カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

落第阿房列車その一

余談、あるいは後日談

さて今から三月三日から三月五日までの筆者と妻が鹿児島から大阪・京都へを行きて帰りし物語を綴るにあたり、まずはそこから随分と間隔が空いてしまったことの言い訳を始めねばなるまい。続きは明日ってお前の明日はいつなんだよという話である。本来ならば毎夜更新することでそのリアルタイム性をもって当ブログにおいて一つのエポックメイキング的側面を持つはずだったこの紀行について、簡潔な真実を言い訳として述べさせていただくとすれば、もう二泊三日の旅をした後少なくとも二日は充電しなければまともに動けないようになってしまった、ということである。ダイエットします。明日から。

本題

昨今のいろいろな事情により「阿房列車を読みたい」という機運が高まり、また「どうせなら列車で大阪に向かう道中に阿房列車が読みたい」とも思った。この辺りの事情についてはもう少ししてから「『ヒャッケンマワリ』マワリ」といったような記事でまとめたいと思うので詳細は省くし、読者諸賢においては釈迦に説法の類になってしまうが、ここから先を読み進めるにあたっては内田百閒というユニークな人が特に用事もないのに東京から大阪まで列車で行ったのだ、ということをお含みおきいただければよい。

残念ながら筆者はその様な大人(たいじん)ではなく、無論エチオピア人でもないから、大阪まで列車で向かうには何かしらの理由付けが必要であった。(阿房列車のコンセプトとしては落第もいいところなので今回のタイトルにつながる)今回大阪・京都に行くことが出来たのは様々な好条件が重なったからであった。

まず費用において、幸いにも21日前に切符を取得することで新幹線代がすこぶる安くなるキャンペーンをJR九州が開催してくれており、これに乗っかる形で片道13,000円というなんと広島までの料金以下で新大阪まで行けることが判明した。

また目的について、妻が刀剣乱舞について著しく沼に沈み込んでいることは読者諸賢においては周知であるが、大阪では「活撃刀剣乱舞の世界展」が梅田ロフトで、京都では北野天満宮で「宝刀展Ⅹと続『刀剣乱舞-花丸-』特別展」、粟田神社、豊国神社、建勲神社、藤森神社にて「京都刀剣御朱印巡り」が開催されており、また藤森神社では妻が特に思い入れの深い「鶴丸国永」の写しを拝観できるということで、妻が有意義な時間を過ごせそうであることがわかり、また妻と筆者それぞれのTwitterでのお知り合いに構っていただけそうな段取りもついたことで密度の濃さが確約された。

また日程についても筆者が振替休日を無事取得出来、妻も勤務日をずらせたことで、よし、三月三日から五日まで二泊三日で大阪・京都に行こう、ということを決めてチケットの手続きをしたのが二月半ばのことであった。

が、宿を決めていなかった。いや、実際はその日に軽く調べて、でも神社がメインだから朝早く出たいしそれだと朝食ついてたら勿体ないな、流石に早めだから予約どこも空いているな、と余裕をぶっかましてしまい、気づけばぎりぎりになってしまったのである。とうとう危機感の迫った我々は妻の楽天トラベルアカウントにすがり、宿探しに明け暮れた。あと一部屋を幾度となく逃し、取れたと思ったら支払い情報を入力しているうちに逃し、我々は疲弊していた。妻は情報がアカウント作成時(結婚前)のままであったので、はじめ所在地が「広島」であったのだが、「鹿児島」に変更した途端空き室が見つからなくなったので(実際はちょうど、人々が予約を取り始めようという時間だったのだと思われるが)学歴フィルターならぬ所在地フィルターがあるのではと毎度のごとく人を信じることを失いかけた我々を、とうとう一つの宿泊先が受け入れてくれた。旅館ではなくゲストハウスなのだという。最早泊まれるならどこでもいい、なんなら馬小屋でもいい、年取らないし、と思いかけていたのでそこまで深く考えずそこへ泊ることに決定したが、後々この選択が大正解であったことを思い知ることになる。

これにより我々は万感をもってこの台詞を発することが許されたのである。

「そうだ、京都行こう」

白鳥がその優美な動きを見せつけつつ水面下では激しく足を動かしているように、何気ない思い立ち旅行に見せかけたあれやこれやにもきっと周到な用意があるのかも知れない、あるいはこれが古都・京都の洗礼なのかもしれなかった。そんな陰謀論めいたことを思い浮かべるほど我々は既に関西に翻弄されていた。とりあえず家庭内では語尾に「どすえ」を使い、京都で一見さんとばれないようにしよう、という最高学府を出ている人間二人がたどり着いた全く隙のない京都対策が発案され、実行された。完璧どすえ。時に妻は「おきばりやす」をさり気なく会話に織り込むなど、もはや生粋の京都人と言っても過言ではないムーブを見せつけていた。よろしおすえ。

出発前日。本来ならば筆者の業務終了後お土産を買いに行く予定であったが、急な来客がありそれは果たせなかった。また、妻はその際ATMから出金する予定であったのでそれも叶わなかった。帰宅すると妻は既に筆者のキャリーバッグにあれやこれやを詰めていた。筆者は出来るだけ荷物はコンパクトにしたい質であったが妻は万全を期す質であるので妻に任せることにし特に確認はしなかった。自分の下着とシャツを詰めた。既にきゃりーばぐばぐはなにやらぱんぱん、といった有様であったがキャリーバッグとしては本領発揮をしている感があったので良しとした。明日の新幹線発車時刻は九時二分。広島行よりはだいぶ余裕がある。それでもいつも通りの六時半にアラームをセットし、寝た。京都へのプレッシャーからか四時と五時に目が覚めた。妻は太平楽そのものといった感じでいずれの時も寝ていた。タフどすえ。

さて当日、妻は「楽しみでなかなか眠れなかった」とパラレルワールドから来た可能性を示唆させる発言をしつつもしかし平日よりずっとぴしゃりとしっかり起床していた。もう一度荷物を確認し、出発する。カメラの充電器を一応……と心配になり取りに戻る。読者諸賢もお察しの通り今回の旅ではカメラの充電は必要なかった。人生はそういう風にできている。

出発時間は最悪の場合を想定していたものであったので駅へは特に問題なく着いた。前日に果たせなかったお土産を吟味する時間も十分にあった。駅弁も。チケットの受け渡しをするとき筆者が二枚とも乗車券、妻が二枚とも特急券という初歩的な間違いを犯しつつ、改札を抜ける。今回は指定席であったのだが、十分前にはやはりホームに並んでしまう。

たくさん用事を拵えて、新幹線に乗って大阪へ行ってこようと思う。

そういったわけで、二千六百字を超えていよいよ落第阿呆列車の出発である。本家阿房列車も四分の三くらい列車に乗る前の話であるので、そこに関しては先人を踏襲しているといえる。


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折角なのでいつもは席に座って新幹線が出発したら食べ始めてしまう駅弁も動き出してしばらくしてから食べることにした。具体的には熊本駅まで我慢した。その辺りで妻が車窓の遠くを見つめ始めたので駅弁分が欠乏していると判断し、食べるに至った。

筆者は牛肉めし、妻は枕崎めしを頼んだ。牛肉めしは赤牛黒牛が食べ比べられてお得であったし、枕崎めしは釜飯がとてもおいしく、ごはんをおかずにごはんが食べられてしまうレベルであると感じた。

車内放送で次の停車駅が広島であると告げられ、一瞬身構えるがそういえば今回の旅はここでようやく半分程度なのである。ちょうど前の座席の方が降りられた。なんだか取り残されてしまったような気分になる。
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久しぶりに肉眼でマツダスタジアムを見る。今年もカープには頑張ってほしい。
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岡山駅では「もんげー 岡山国際サーキット」が「んげー 岡山国際」となっており、岡山国際がなんだかエンガチョみたいな逆広告効果が発生していた。筆者のように、普段岡山を訪れない層=新幹線利用者の目線から見て刺さる広告を用意することが急務であると感じた。

姫路では車窓から姫路城がジャストの位置に見えたものの、アングル的に見ず知らずの企業戦士を激写してしまうことになるので流石にためらわれた。車内放送で「新神戸」などと言われ出すと、アウェー感がひしひしと漂いはじめる。

 

この辺りから「阿房列車」を読み始める。百閒先生は「山や川の見え方でだいたいどこを走っているかわかる」というが、筆者は新神戸を抜けた以外に素朴な辺りを筑後船小屋の辺りですと言われてもあっさり信じてしまいそうだなと感じた。そういえばミステリーの古典にそういうトリックがあったように思う。

いよいよ新幹線は終点、新大阪へと到着した。が、我々の旅はまだ始まったばかりであり、落第阿呆列車も乗り換えである。打ち切りにならなければ明日に続きます。