カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

落第阿房列車その四 京都②あるいは着物日和の暖かな夜

余談


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七年前の三月五日、鹿児島での就職試験会場まで親の車で乗せていってもらった時、ラジオから明るい鹿児島弁が聴こえてきた。丁度一週間後に控えた、九州新幹線全線開業に合わせてどのようなイベントが鹿児島を始め、沿線各県で準備されているのか、といった話だった。今回の就職試験に合わせての帰省も、博多で乗り換え、新八代で乗り換え、と忙しいものだったから、鹿児島から広島まで乗ったままでいいというのは凄いな、乗り過ごさないようにしないとな、という話を父とした。祭りの前のような胸の皮一枚奥がむずむずするようなワクワクを感じていた。試験には落ちた。

その後式典が悉く中止になったのは読者諸賢もご存知の通りである。

被災者に寄り添いたい、何か協力したいとは思っていたが、当時から式典中止はちょっと違うんではないのか、とも思っていた。Aを祝うことがBを軽んじることにはならないはずなのだと。

 


Maia Hirasawa - Boom! Music Video 「JR九州/祝!九州キャンペーン」CMソング

この曲を聴くたびにいつも泣いてしまう。それは色々な理由があって、全てを言語化するのは難しい。例えばこのCMに集う全ての人々がそこに至るまでの物語を持っていて、それらが垣間見える構成であるとか、あふれ出るエネルギーへの感応であるとか、色々あるのだろう。

ただ一番大きいのは、安心感だ。

「よかったんだ」と初めてこの曲を聴いた時に思った。九州新幹線が全線開通したこと、喜んで、よかったんだ。祝ってよかったんだ。ちゃんと祝福されていたんだ、と。

この曲を七年前広島で聞いて、帰ろう、と思った。その年の色々な出来事を通して筆者が悟ったのは、自分はグローバルな人間でも、日本を背負って立つ人間でもなく、ただ無骨に故郷を思うことしかできない人間である、ということであったかもしれない。

鹿児島と広島を繋いでくれてありがとう。

広島から妻を連れてきてくれてありがとう。

鹿児島へ帰省させてくれてありがとう。

広島へ帰省させてくれてありがとう。

新大阪まで阿房列車ごっこをさせてくれてありがとう。

 九州新幹線全線開業、七周年おめでとう。

 

本題

さて読者諸賢もさすがにお忘れになってきたかもしれないが現在は平成三十年三月四日、午前十一時にならんとするあたりである。どうにか自転車二台を帰還せしめた筆者は、旬菜いまりさんの大満足ボリュームの朝食も消化しつつあり、混む前にどこかで昼食を摂りたい、と考え始めていた。具体的にはラーをメンしたかった。暫くは自転車の顔も見たくない状態であったため、近場で済ませたいところだ。

先ほど彷徨しているときにのぼりを見た覚えがあったので、その辺りを目指すことにした。


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午前中も感じたことだがちょっとぶらぶらしただけで史跡にぶつかってしまうのが京都の恐ろしいところで、戦国無双2の本能寺マップの複雑さを思い出しながら瞑目合掌した。周囲では工事がされており、「止まれ」看板を今まさに設置しようとしている貴重なシーンを見たりもした。


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さて件のラーメンのぼりに行きあたりつつ、まさか羊頭狗肉ならぬ狗頭狗肉ラーメン店なのかと若干怖気つつも、よくよく見るとその横が目指すラーメン店であることがわかり安堵した。隠れ家的風情があるのもよい。入ってみることにした。


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店内は八割ほどが埋まっており、食券制であることがコミュニケーション不全である筆者を安堵させた。とりあえずスタンダードなラーメンをたべることにする。

元気な店員さんに食券を渡すとアブラやヤサイなどをどのようにするか、を尋ねられる。そこで筆者はようやくトッピングスペルを唱えるタイプのお店であると気が付くが、なにしろそういうお店は初めてであったのでやはりスタンダードに「すべて普通で」とお答えした。店員さんは快く了承してくれた。朝に引き続き「ロットの乱し」について一抹の不安を抱きながらラーメンの到来を待っているとラーメン道を追い求めていますよというオーラのつわもの達が続々と来店してきて、あっという間に満席になった。慣れた様子で食券を買い、トッピングスペルを唱えている。もしかしたら一人くらいどさくさに紛れてキャラメルフラペチーノを注文している可能性すらある。


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筆者のもとへラーメン「にぼ次朗」が運ばれた。後ろで待っているつわもの達が「ほう……オールスタンダードか……」「どう料理するか、見せてもらおうじゃないの……」と言いたげにオーラを揺らがせているように感じたがそれはただの自意識過剰であろう。ガラガラのゲーセンで対戦可能な台に筆者がコインを投入するや否やどこからかベテランがわらわらとやってきたあの日のトラウマをまだ払拭できていないことを感じながら、しかしいざ箸をつけるとそのコクのあるうまさに背後のことなどどうでもよくなった。鹿児島ではなかなか味わえない煮干しを活かしたスープをふてぶてしく飲み干し、去り際には「しかし薩摩人としては麺1.5は一朗半ではなくて半次郎としていただきたいところだ」などと考える心の余裕さえ生まれていた。人間腹膨れて平静を知るとはよく言ったものである。

腹ごなしに少し遠回りをして帰ると今度は「与謝蕪村終焉の地」に出会った。


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筆者にとって与謝蕪村はまさに春のイメージがある俳人で、

「菜の花や 月は東に日は西に

「春の海 終日のたりのたりかな」

など大づかみな描写が印象深く、勝手に関東平野辺りの人だと思っていたので京都にゆかりがあるとは知らなかった。それにしてもいいですよね、「ひねもす」。「せせらぎ」とかね。「さらしな」とか。響きが。

少し(本当に少し)行くと辞世の句の句碑もあった。


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「白梅に明くる夜ばかりとなりにけり」

ああこの人は春を愛し、春に死ねたのだ、となんだかほっとしてしまった。春の京都で出会えたこと、まこと嬉しいめぐりあわせである。

再び太鼓屋さんに戻る。ベッドに横になる。心地よい生活音がそこここから聞こえてくる。ああ、こんなに心地よい独りぼっちはどれくらいぶりだろうと思ううち、まどろんでしまう。

目が覚めると三時前であった。ぼちぼちと準備をはじめる。

待ち合わせの相手は一目でわかった。古都・京都であっても今回の旅で夫婦で着物で出歩かれているのはこのご夫婦以外とうとうお会いしなかった。

でごさん、へなさんご夫妻はご主人のでごさんとはこまごまとした交流をTwitter上でさせていただいていたが、昨年末あたりから筆者が急速にすり寄り始め、またそれをでごさんが懐深く受け取ってくださり、ばかりか、ぜひ遊びに来てくださいという一般社会人であれば社交辞令であると瞬時に理解すべきものを筆者は額面通り受け取ったところ、それにも快く対応してくださって今回の邂逅に至るのであった。でごさんはかつて着物男子記事において特集されたことがあり、既にお顔を存じていたが、実際に全体像を拝見すると写真より更にすらっとしてしかし樫の木のような頼もしさがある方であった。へなさんは先に拝読した文字通りのやわらかな方であり、でごさんとの結婚を発表したときにはでごさんのお腹が可及的速やかに下ることをねだった人々は少なからずいると思わせた。お二人とも着物が板についていた。着物の方から追いかけていく感じでさえあった。我々夫妻は世界初対面もじもじ選手権タッグ部門があれば千年に二人の逸材であったのでおおいにもじもじしたが、お二人は優しく導いてくださった。すごい……京都の町をグーグルマップ無しで……! と思う間もなく第一の目的地にして実は筆者の今回の旅最大の目的地「ミミズクヤ」さんにたどり着いた。あんまり興奮していたので外観を撮影するのを忘れた。

ミミズクヤさんでは「屋号がどうぶつ市2」を開催されており、どの出展も個性豊かであったが、銭湯に入れなかった無念を晴らすべく、らくがきひつじさんの「ひつじがのぞいた銭湯」を、そういえば阿修羅に言わせたかったことがあったような気がするので黒猫屋さんの「阿修羅はんこ」をそれぞれ購入させていただいた。もっと住処が近ければよりお迎えできたものは多かったのに、と悔しがったりした。



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さて着物男子ぶってみようと思いつつ、実はオンラインショップで遠目にはトラディショナル、近づけばプラモデルの柄が気に入っていたので装備させてもらう。(筆者マメ知識:服を着ることを装備するというやつは大体オタク)ちょうどいい具合である。典型的日本人体型でよかった。帯をつけ、羽織まで装備させてもらうと服の力でもってなかなかそれらしく見えてくる。ちなみにネルシャツもそのまま中に着ている。そういう自由度があっていいんだ、ということをでごさんのツイットで知ったことがここへ参じるきっかけであったりした。


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自分が着たところで、木乃伊取りが木乃伊になるという訳ではないが妻にも着せてみる。と言うは易いが実際に着つけてくださるのはミミズクヤご主人である。無論筆者も着せてもらっている。馬子にも衣装、ジャバ・ザ・ハットにもミミズクヤさん着物といったところで、ゲキカワ帯の力もありなかなか大正はいから娘然としており良い感じであった。金田一(じっちゃんの方)に出ていたら莫大な遺産を相続させられそうである。


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熱に浮かされ二人分の着物を購入しそうになるが、我が家の財務省(妻)は忖度を行わない正しさを見せつけ、今回は筆者の分のみとなった。思いっきり着物を満喫し、妻に着物を欲しがらせてやりたいと思う。現時点ではまだどきどきで着られていないが。

日が落ちた京都のメインストリートを連れ立って歩いていく。先導してくれるでごへなご夫妻を結構な人々がうらやましげに眺めており勝手に筆者が自慢げな気分になったりしつつ、今度は「ごえん茶」さんへ着く。ゴールデンルートである。


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ミミズクヤご主人もどことなくツイッターアイコンのようなきりっとした感じと優し気な感じを両立させた方であったが、ごえん茶の大将もツイッターアイコンそのままあたたかな方であった。既に我が家でごえん茶のお茶は味わっており、フフ……お茶の生産量全国二位を誇る鹿児島人の筆者はそんじょそこらのお茶ではひるまないでごわす……と思っていたところをあっさりひるまされていたのだが、店頭で冷たい玉露を頂いて自分で淹れた二億倍くらいおいしく、あまく、まろやかであったので大いにひるんだ。モンハンで言えば大剣タメ3が確実に入るくらいに。お茶うけに出していただいた松風も風味よく、しかも三袋買えばお得ということで迷いなく三袋買った。

いよいよ晩御飯、「京のおへそ」さんである。でごさんがご予約の労をとってくださっており、難なく入ることが出来たがなかなかの盛況であった。鹿児島では普段なかなか呑めない日本酒を飲み、京を主張しているのに夫婦して串カツを頼んだ。(美味であった)


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妻「あっ二度漬けしちゃったどうしよう」

でごさん「そのソースは自分の分だからなんぼでもつけて大丈夫ですよ」

という会話を聞いた後素知らぬ顔でソースをじゃぶじゃぶ漬けたりしつつ、

京らしく鴨をたべ、


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白いおでんと赤いこんにゃくのコントラストに驚き、


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湯葉ってさあどうにもお高くとまってる感じで……と思っているところを湯葉クリームチーズコロッケという変化球で平伏させられたりした。


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町屋でボードゲームが楽しそうだという話のほか、色々と失礼をしてしまったように思うが、圧倒的に楽しかったという記憶が勝っており、でごへなご夫婦のおかげで非常に素晴らしい時間を過ごすことが出来た。が、我々がご夫婦を楽しませることが出来たかというと、課題が山積していたと言えよう。

中京都らしいセブンイレブンを発見しつつ、


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「ここをまっすぐ行ったらお宿につきますから」

といつの間にやらスマートにご案内くださり、別れがたかったが別れた。そもそも明日は月曜日なのである。なんと有難いことだろうか。

まっすぐ行くと本当にすぐ逗留先に行きあたり、またそれが自分が思っていたのと反対方向から行きあたったことで驚きながら、まだ九時を少し回ったところであり、相変わらずの京都の時間の濃密さに思わず目薬を差した後、そういえば西郷どんを見逃したことにも思い至り、今年の最優先事項があっさりと翻されたことに改めてどれだけ楽しい時間であったかをしみじみと思いながら、やはり寝落ちした。次回、完結編。