カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

散りぬべき時知りてこそ、あるいは歌仙兼定鑑賞目的で行った熊本県立美術館が最高だった話

夫婦で「刀剣乱舞」ファンをやっていていいことというのは色々あるのだけれど、その一つに「遠出をするきっかけになる」というのがある。

我々二人はどちらとも基本的にはインドア派である。あんまり出歩くのは好きではないのである。ましてや、酷暑。余程のことがないと出たくないのである。

刀剣乱舞ファンには結構、余程のことが起こったりするのである。

今回の「余程」は熊本県立美術館さんの企画展「細川ガラシャ」であった。こちらに刀剣乱舞に出演していることでお馴染み「歌仙兼定」がやってくるのだという。

この情報を我々は、4月ごろに入手した。折しも京都国立博物館にて「歌仙兼定」を含む刀剣乱舞に登場する様々な刀剣の展示が秋に行われることが判明したこともあり、その時点では我々は「京都の方で見ればいいか……」といった程度のテンションであった。3月の京都体験が余りにも素晴らしく何かしら行く口実が欲しかったというのもあろう。

が、来週どこかへぶらり行こうと思っていたがETC休日割引が週末対象外になることを知り、また今回の企画展では「歌仙兼定」の撮影が可能であるということ、熊本県立美術館は熊本城にほど近い場所であることがわかるにつれ、2日前にほとんど行き当たりばったりで行くことを決意した。秋の京都はあまりにも魅力的に過ぎて破産が懸念されるということもある。

平日のモダモダはどこへやら、我々は6時に示し合わせたかのように目覚め、淡々と準備をし、7時には出発していた。外は28℃。これですら「ちょっと涼しい」と感じるほど我々は異常気象に飼いならされてしまった。高速はそこまで混んでおらず、開館前に到着する可能性すらあったので宮原SAで休憩を取った。ここのベーカリーのちくわパンが絶品なのである。また、赤鶏のからあげも大変おいしかった。

熊本の中心街につき、いやがおうにも熊本城の痛々しい姿が目に飛び込んできた。しかしそれは確実に復興へ進んでいることの証でもある。視線でエールを送りながら、その周囲をなぞるようにして二の丸駐車場へ車を停めた。開館から15分が過ぎたあたりで熊本県立美術館へ到着した。

当初は企画展「細川ガラシャ」それも言うなれば「歌仙兼定」に狙いを定めて見るつもりであったのだが、セットで別棟の企画展示「二の丸小さきもの倶楽部」もお得に見られるということでセット券を購入することにした。モダンな階段を粛々と上がり、いざ展示室へ。

 

平成14年に上梓された内田青虹氏のガラシャモチーフの最新の歴史画「往く道に光明を!」が出迎える。リアリティのある質感のヴェール、優しく美しいがどこか浮世離れした風貌など現代の我々がイメージする「キリシタン細川ガラシャ」の姿が見事に活写されている。

(「往く道に光明を!」は残念ながら見ることが出来ないが内田先生のHPでは何点かの作品を鑑賞することが出来る。)

誰もがそうであるようにガラシャも様々な側面を持つ。

前半生謎多き再来年大河ドラマ主役の武将・明智光秀の娘であり、

勇猛かつ利休七哲に数えられる文化人でもあった細川忠興の妻であり、

宣教師がこぞって本国に報告するほど注目されたキリシタンでもあった。

本企画展はそれぞれの要素がどのように構成されていったかを多面的な資料・解説で以て時系列に沿って判り易く説明してくれている。時代の空気も感じ取ることが出来る。

途中、先だってニュースにもなった新発見の明智光秀の空白時代を埋める書簡や、同じく少し前に「本能寺の変四国の処遇が原因説」の論拠の一つとして話題となった長曾我部元親の斎藤利三宛の書状など学説の更新を促すような最新の資料を見ることも出来た。歴史上の人物が書いた手紙が時を超えて自分の前にあるという事実が改めてすごいことだと思わされる。

また、「へうげもの」ファンとしては利休が作ったといわれる絶対に許されなさそうな角度を垣間見せるユーモラスな茶杓「ゆがみ」、忠興とっておきのドデカ魔改造高麗茶碗「大高麗」、関ケ原の褒賞、即ち考え方によってはガラシャと引き換えに手に入れたともいえる利休が北野大茶湯で使ったといわれる茶入れ「尻ふくら」などの名品が直に拝めるのも素晴らしい。特に「尻ふくら」など掌中に転がしたい愛らしいフォルムと色であった。

にわか刀剣好きとしては徳川秀忠から賜ったとされる「彫貫盛光」の透かし彫りに圧倒された。元は神社の宝刀、それが木村重成の父に渡り、豊臣秀吉に渡り、秀忠に至ったという来歴も華々しい刀であり、細川家のお宝刀剣部門では筆頭に挙げられたという。もしかしたら今後刀剣乱舞でも実装されるかもしれない。他にもガラシャの守り刀や将軍・足利義昭から拝領したと伝わる槍なども見ごたえがある。

そしていよいよ歌仙兼定とのご対面となった。

いや、男士としての彼は入り口で既にご対面しているのであるが。

 

三十六人斬ったかどうかはともかくとして、恐らくは人の命を絶ったことはあるであろう得物が、目の前にある。

その刀にしかし、陰惨さや血生臭さは全く感じられない。

この角度から撮ると反りが深いことがよくわかる。

銘もくっきりと確認できる。

解説にある「のたれ」とは矢印部分のこと。以降は実直な中直刃なのでギャップがよい。

さてその中直刃が魅力の切っ先は…撮影失敗! この先は読者諸賢自身の目でお確かめいただきたい。妻情報によると歌仙兼定は撮るのが難しい刀、ということで、そういうことかもしれない。(不思議に妻も切っ先に関してはぶれが出ていた)

列は落ち着いており、都合三回ほど鑑賞することが出来た。二回目でもうやめよう、と思ったのだが後ろ髪引かれてついつい見てしまう、スルメ的魅力をもつ刀剣であった。

最後は入り口と対照的にキリシタンとしてのガラシャを描いた最初期(大正12年)の絵画と言われる橋本明治氏の「ガラシャ婦人像」(今回展覧会のキービジュアルともなっている)に見送られ観覧を終了した。

敬虔なキリスト教徒のイメージが強いガラシャであるが、実は教会に行ったのはたったの一度であるということを筆者は今回初めて知った。それは九州征伐に夫・忠興が出征した隙を突いてのことであったというから、ある種島津が暴れなければ彼女の生涯はここまで劇的にならなかったのではないか、という風に考えてみるのも面白い。

しかし閉口したのは、メディアの信用できなさである。現在では宣教師が本国へ伝えた内容が逆輸入された形をベースにガラシャの最期は伝わっているが、当時は子ども二人を自ら手にかけていたり、織田信長トップオタでお馴染み信長公記の作者太田牛一なんかは「死ぬときに南無阿弥陀仏と言っていた」と書いちゃったりするなど情報が錯綜していたとはいえ余りにも出鱈目が多い。(後者においてはガラシャが少なくとも「現役の」キリシタンであることは余り知られていなかった証左でもある。)

時代が下ると「貞淑な妻かくあるべし」というプロパガンダに利用されたりもする。キリスト教布教の紙芝居にも使われたりもする。死してなお、意に添わぬ切り取り方で消費されるガラシャには同情を禁じ得ないが、今展示のおかげで、例えば素朴な歌であったり、ガラシャが自ら作ったといわれる忠興のための雨具などを見るにつけ、そういった様々な付加された要素をすべて取り払った、一人の女性としてガラシャがどのような人物であったか、またその付加要素を構成する人・モノ・時代背景がどのように移り変わっていったかを非常に多層的に丁寧に読み解くことが出来る興味深い展示であった。

すっかり満足した筆者(注意力5)であったが妻(注意力30000)は浜田知明氏追悼展示を見逃さなかった。先だって亡くなられた浜田氏はここに常設の展示室があり、無料で鑑賞が出来るのであった。版画のA4あるかないかといったサイズにある時は緻密に、ある時は大胆に描かれるのは戦争への嫌悪であろうか。何かしらのすさまじいエネルギーがその小さな空間にみっしりと内蔵されているようであった。少なくとも筆者は連作を見た時、その迫力に圧倒されすさまじい厭戦気分に陥った。

流れるように図録と限定お菓子を購入し続いて別棟展示である。外に出た瞬間、蒸し暑さが襲う。歌仙兼定は雨刀だというが、公開初日である前日は良く晴れる火の国祭りVSよく雨を降らす歌仙兼定という好カードで、結果は夜に大雨だったそうである。ドローか。その雨の影響もこのじめじめした暑さはあるのかもしれなかった。

さてどことなくおじゃる丸を思い出させる「二の丸小さきもの倶楽部」であるが、子ども向けの展示と侮っていたらとんでもない。早速同田貫がお出迎えしてくれるし、刀を細かく分解(刀を構成する小さき物たちの紹介)したイラストをはじめ、とても判り易く、またそのものに興味を持つようにできている。

展示品自体もその細かさに職人の技の確かさ、おままごと用の数々が本物の横にちょこんとすましているいじらしさがたまらないし、クイズもあり飽きさせない。

特に熊本へ向かう車中、おもむろにシルバニアファミリーガチ勢を信仰告白した妻などは雛調度に卒倒しかかっていた。

鑑賞中何回か「歌仙兼定は……」「あっちの本館です(手慣れたご様子)」「ありがとうございます(脱兎)」というやり取りを見たが、その度いやいや! 刀がお好きなら絶対こちらも見た方がいいですよ! と呼び止めたくなるほどであった。今から観賞予定の読者諸賢は是非セット券の購入をお勧めする。

そのようにして熊本県立美術館を堪能した我々は(山本二三展は鹿児島で既に鑑賞していたので)あか牛ダイニング yoka-yokaさんで赤牛を堪能し、「黒牛もいいけど赤牛もね。でも黒いクマはいつかたおす」という気持ちを(筆者のみ)改めて確認して帰路に着くのであった。

蛇足・いつかたおす黒いあいつ

シビリアンコントロールからくまモンコントロール

kumamon watch you

くまモンスクエアのそばを通ったのですが入り口がよくわからず入れずに残念でした。