カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

君の孤独もすべて映し出す秋、あるいはkindleで買った電子書籍1600冊くらいから選ぶ1冊完結の漫画10選

今週のお題「読書の秋」

余談

 読書の秋である。明々後日は師走だが読書の秋なのである。

読者諸賢であれば、筆者がこのブログにて立てたある誓いを思い起こされるかもしれない。

 

kimotokanata.hatenablog.com

 早半年が過ぎた。果たして積読本はどうなっているのか……

その成果が……これだッ!!

 

1(ワン)

 

 

2(トゥ)

 

 

3(スリー)

 

……はい。すみません。一冊しか積読は減っていません。でもこの後書籍で五冊ほど読んだし、電子で買った本もそのまま積まずに三冊ほど読んだのでなんだかんだで半分くらい積み本を減らしたといってもいいんじゃないだろうか。駄目ですか。はい。

 

おいしいロシア (コミックエッセイの森)

おいしいロシア (コミックエッセイの森)

 

 ということで唯一積読本から崩された本はシベリカ子さんの「おいしいロシア」であった。コミックエッセイは肩がこらず読み進められるのでつい優先的に崩してしまったり、再読してしまったりする。実はこの本も三回くらい読み返した。帯の通り素朴でやさしい(そしてダイナミックな)家庭料理を中心に等身大のロシアが柔らかな筆致で語られる。スメタナ食べてみたい。

この本でとりわけ「おっ」と思ったのは、「ウハー」の紹介。ロシアの温かい汁もので、魚を主体にしたものが多い。この紹介を聴いておや、と思った読者諸賢もいることだろう。そう、このブログでも何度か紹介した「ゴールデンカムイ」でもお馴染みオソマ…いや「オハウ」こそは同じような「温かい汁もの」をアイヌの言葉で意味する。

「ウハー」と「オハウ」は語感も似ているし、語源は一緒なのでは!と閃いた筆者は感動のあまり入浴中の妻に報告に行ったら「それ昨日私言わなかったっけ?」と一蹴された。ともあれ常々言っている自分の人生の伏線が回収されていくように過去の読書体験とリンクするという読書の醍醐味が味わえて楽しかった。

これからの季節にお勧めの一冊である。

本題

ということで読書の秋、ガッツリ読書ももちろん素晴らしいのだが、一冊完結のコミックもおすすめしたい、ということで千六百冊近く電子の海に漂わせている筆者が、その中から拾い上げた十選をご紹介したいと思う。

こちらである。十選なのに十二冊あるとかそんなことはいいのです。竜造寺家とか軍艦四天王とか、あるじゃないですか。最初三十八冊あったのを頑張って減らしたので許してください。

十選選出基準

①一冊完結であること

大前提としてこちら。また、一冊完結であっても連作であったり続編が出ているものも涙をのんで対象外とした。

②同じ作者の重複はしない

ちょっとグレーゾーンが一例あったがまあグレーゾーンということで

③すでに取り上げた本、今後取り上げる予定の本は除外

これはかなり悩んだ。選ぶくらいだから当然どれも単独記事を書けるくらい思い入れがあるのだが。紹介済みの「ミュージアムの女」「おいしいロシア」や紹介予定の「ヒャッケンマワリ」他はしぶしぶ除外することにした。

オンノジ 施川ユウキ先生

 えっもう五年も前の本なの……といきなり落ち込んでしまったが、もちろんそんなことは微塵も感じさせない傑作である。

そこにあるのは優しいポストアポカリプスである。何があったのかはわからないが、しかしいつの間にか終わってしまったような世界で、少女は一人暮らしている。イレギュラーな世界観で、しかしほのぼのと過ごす少女の日々はある出会いから変わり始め……。

バーナード嬢曰く。」からもSF好きが伝わる施川先生だからこそ描き得た作品であろう。静かに転がり始め、終盤怒涛の展開を見せるこの作品がどのように着地するのか、是非見届けていただきたい。飛行場のシーンが筆者はとても好きである。

 

大斬 西尾維新先生(原作)

西尾維新――ゼロ年代に青春を駆け抜けたサブカル男子が胸をざわめかせるこの四字熟語。色々言われていたけれどめだかBOXも筆者は大好きである。完全に球磨川先輩が主人公だったけどなあの漫画! でも好きだよ!

ともあれそういったところから原作者として存在感を発揮してきた西尾先生が「めだかBOX」でコンビを組んだ暁月あきら先生、「うろおぼえウロボロス」でコンビを組んだ小畑健先生を初めとした名だたる作家諸賢を向こうに回し、原作という名の挑戦状を叩きつけたルール無制限反則なしの真剣勝負(セメントマッチ)――それが本作品集である。

それぞれの話は正しく西尾維新的であるのだけれど、その見せ方が漫画家先生方の面目躍如といった感じで素晴らしい。最後には西尾維新先生の解説もついていてお得である。筆者が一番好きなのは福島鉄平先生の「ハンガーストライキ!」サムライうさぎを初期の感じで二十年くらいやってくれないかなあ……。

8bit年代記 ゾルゲ市蔵先生

8bit年代記

8bit年代記

 

例えばこんな風に気軽に貼る画像と同じ、あるいはそれ以下の容量に死に物狂いでゲームを組み込んでいた時代があった。それは決して古き良き時代ではなく、子どもからガンガンに搾取する詐欺まがいのものであったり、未完成であったり、受け手の想像力に丸投げしたものだってあったりしたけれど、しかし間違いなく熱があった。そんな時代に生きた一人の男の半自伝である。ファミコンになれなかった諸々の仇花への愛情ゆえの辛辣なレビューはネットで聞きかじったその辺の評とは重みが違って読みごたえがある。

そして特筆すべきは主人公が高校時代自主制作したアニメの顛末であろう。少しでも創作に携わった人々であればきっと心に刺さるはずである。

創作を「継続する」上で大切なことは一度「折れ切る」ことではないか、と筆者は考える。何かしら大きなものにぶちのめされ、このままじゃ駄目なんだ、と考え直して、自分を再構築していくことが出来るか否かが、創作人生の寿命を決めるのではないかと。勿論、最初からずっとトップスピードで駆け抜ける天才もいるのだろうけれど。

また、最後に紹介されていた「寿屋」はかつて南九州に存在していたデパートで、店舗こそ違え筆者にとっても思い出の場所であった(かつて筆者にクリスマスプレゼントや、おいしいお肉や、かいけつゾロリを与えてくれたその場所も、今はもうない)ので画面の向こうとつながったような不思議な感じがあった。

因みに作者さんはあの「セガガガ」の発案者である。

成程 平方イコルスン先生

成程 (楽園コミックス)

成程 (楽園コミックス)

 

世の中には「なんじゃこりゃあ」が褒め言葉である作品というのがあって、この作品集はまさにそういうたぐいであると思う。「え、なにこれは(困惑)」といった昔懐かしい語彙も飛び出すかもしれない。

タイトルは「成程」だけど全然成程じゃないんである。どちらかというと真逆なのである。いや、ちょっと待って一から説明して? といった感じなのである。基本的にはスタンダードな女子高生やそのあたりの年代の人々が、しかし何かミョーなシチュエーションに身を置こうとしていたり、置いていたりする。けれどそこにあるのは奇妙な「リアルさ」である。読みながら自分の常識が揺らぐ感覚があるかもしれない。気づけば思わず「成程」と声が漏れているかもしれない。

えっなんで俺この展開で、文章で感動しているの? という事態が発生するかもしれない。他の漫画で例えるならば「ヤクザウィングである」のような不思議な余韻を残す短編がたっぷり収録されている。筆者の一押しは「とっておきの脇差」。

異郷の草 志水アキ先生

絶対滅茶苦茶難しいだろうといわれ続けて来たし筆者も思っていた京極堂シリーズのコミカライズを最高の出来で提供し続けてくださる志水アキ先生。もうすぐ完結の鉄鼠の檻は坊主が多すぎて困っていたけれどコミカライズされるとかなり判り易い。刀剣乱舞ファン諸賢においては南泉斬猫公案が出てくるのも見逃せない。しかし講談社で言うとアフタヌーンがあっていそうなんだけどな。

閑話休題。そんな志水先生の作品で今回ご紹介するのは三国志をテーマとした連作集だ。主人公が黄忠甘寧、鐘会、孟獲、簡雍というのだから渋い人選である。しかしそれぞれの作品の人物はみずみずしく、また力強く我々の前で立ち回ってくれる。乱世というのは即ち、己の業を突き詰めやすい時代だといえるが、それぞれの志、言ってしまえば野望や業と表裏一体のそれらが内側から人物を振り回していく様は時に痛快で、時に哀れで、時に滑稽だがしかし土臭い生の力強さに満ちている。読了後は真・三國無双エンパイアーズシリーズを起動したくなってしまう一冊である。

 

散歩もの 谷口ジロー先生、久住昌之先生

散歩もの (扶桑社文庫)

散歩もの (扶桑社文庫)

 

孤独のグルメコンビの送る、文字通り散歩がメインの漫画。因みに筆者が初めてkindleで買った漫画は孤独のグルメである。

谷口ジロー先生の精緻な筆致で描き込まれた風景にはため息が漏れる。散歩している今をベースに、様々な過去が重層的に重なってエピソードを形作る様は圧巻である。筆者が初めて読んだのは二年前の連休真ん中の真夜中で、収録作の「真夜中のゴーヤ」に特に心を打たれた。ただいま時刻は零時四十分であるが、むかしはこんな時間に活動するなんて思いもよらなかった。大学でバイトを始めて、深夜二時帰宅するとき、まだ明かりがぽつぽつとついていて、こんな時間に起きている人もいるんだ、自分は世界のほんの少ししか知らなったんだな、と思ったことを思い出す。

散歩こそは正しく自分の感受性を開拓していく過程に他ならない。

さよならタマちゃん 武田一義先生

アザラシではない。あのタマである。GANTZで著名な奥先生のアシスタントとして辣腕を振っていた主人公にあるとき難病が降りかかる。時折不意打ちの様に漫画家さんの訃報があるけれど、やはり過酷なお仕事なのだ、と思う。優しい絵柄だが、その内容は重々しい。(この絵柄に落ち着く過程も必見である。)

忙しかったのはホントだけど

命より大切な用事なんて一つでもあったのかな

という登場人物の言葉がじんわりとしみこむ。筆者にとっては妻との入籍を決意させたきっかけのひとつでもあり、思い出深い作品である。

主人公やそれを取り巻く人々の話がメインであり、もちろん面白いのだが、妻に先立たれた主人公の父が僅か四コマで最終盤に描写され、今までこらえていた筆者の涙腺が決壊した。妻、長生きしてくれ。

さよならもいわずに 上野顕太郎先生

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

 

前述の「さよならタマちゃん」とはある種、対になっている作品。どこまでも個人的であるがゆえにかえって普遍性をある部分で持ちえたように感じられる作品。今回、久しぶりに再読したがやはり更なる再読は相応の時間を置くことが必要そうであると感じた。それほどこの作品に込められた熱量はすごい。冷たすぎて火傷をしそうな矛盾した熱量はしかし、矛も盾も突き破って読者の喉元に突きつけられる。

愛というのはどこまでも主観的なものであるのかもしれず、さよならもいわずに去った人のそれを推し量るのは残された人々のエゴでしかないのかもしれないが、しかし人はせずにはいられない。それはもしかしたら他の誰かが、また別の誰かを見送るための準備として見せてくれているものであるのかもしれない。

絶対に活用したくない予習本として稀有である。妻、長生きしてくれ(二回目)。

粋奥 日本橋ヨヲコ先生

粋奥 (IKKI COMIX)

粋奥 (IKKI COMIX)

 

 パーフェクトな奥様が愛する旦那さんの為に行動していくと、いつの間にか世界が優しく回り始める、という一見すると都合が良すぎる展開も先生の説得力ある画面展開により納得してしまう。

特に一話目は伏線の貼り方も見事で、あ、あんたは…そういうことか! と膝を打ちたくなること請け合いである。二話目は年末の話で今からの季節にぴったりなのも嬉しい。

極めつけはこの漫画が出来るまでが日本橋ヨヲコ先生の解説付きで見られるおまけがついているところ。漫画家志望者諸賢必見である。

シブすぎ技術に男泣き! 見ル野栄司先生

シブすぎ技術に男泣き!

シブすぎ技術に男泣き!

 

 続刊があることに商品詳細を張ろうとして気づいた(番外編まで買っているくせに…)でも是非読んでいただきたい作品なのである。プロは何故すごいのか。妥協しないから。そういうプロもいるだろう。でも本当のプロは、落としどころを間違えないところなのだ……と学んだように思う。そして、立志伝中の人物はたいていねじが二三本外れているということも学んだ。

中小企業の悲哀、意地、工夫……日本スゲー番組なんか見ている場合ではない、これを読もう。

 「設計は思いやり」……「次工程はお客様と思え」の極致である。

 

と、ここまで書いたところではや深夜二時が近くなってしまった。あと二作残ってはいるが、一応十作品はご紹介できたので、残り二作は明日の更新とすることをお許し願いたい。ハブアナイス読書の秋!

(ここから11/29更新分)蛇足・残りの二冊

ということで残り二冊である。前提条件にやや触れるところがあったため、(本当はスゴすぎ技術もそうだったのだけど)後回しにさせていただいた。決してすでに紹介した本に劣るという訳ではない。(もっと言うと先の十冊も紹介した順番が面白いと考えている順番という訳でもない。)

黒博物館 スプリンガルド 藤田和日郎先生

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

 

からくりサーカスがアニメ化されているらしい。封神演義のアニメ化によって心に深い傷を負った筆者は観る勇気が持てないでいるのだが、その分量なら本作を代わりにアニメ化してくれたらいいのに……とは思った。結構ちょうどいい感じになるんではないかと思う。

魔都ロンドン。ジャックと名づけられた怪人物はジャックザリッパーに留まらない。ジャックザストリッパーなんてのもいる。そしてこの物語で言及されるのは「バネ足ジャック」である。以前書籍版を紹介したオカルトクロニクルさんでも記事になっていたりする。

okakuro.org

 かつては他愛もないイタズラに思えたバネ足ジャック。ある時忽然と活動をやめた彼は最近復活し、過激化し、ついには死人が出る事態に至る。

FBI心理分析官を読んだ読者諸賢であれば犯罪は頻度が短くなり、そしてエスカレートするのが常であるのは御承知の通りであろう。今回もその例外に漏れないのか? バネ足ジャックは最悪の殺人鬼に堕してしまったのか?

 イタズラ時代の捜査主任であった「機関車男」ロッケンフィールド警部は当時目星をつけていた男の元へ殴り込む。男の名はウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド。侯爵である。絵に描いたような放蕩貴族の彼がバネ足ジャックなのか?

一触触発の警部と侯爵。そこにメイド・マーガレットが現れるや一変する侯爵。そんな侯爵をやさしいと評するマーガレット。彼女が雇用された三年前はバネ足ジャックが一度活動をやめた時期と符合する。そこに何か秘密があるのか?

犯罪の証拠が集められるという「黒博物館」を訪れた彼は、そのバネ足ジャックを巡る物語をキュレーター(かわいい)相手に語り始める――。

ここから先は敬虔で善良なるもの以外立ち入り禁止だ

……オレたちは入れない

余韻が美しい一編の映画のような物語である。

かっこいいスキヤキ 泉昌之先生

かっこいいスキヤキ (扶桑社コミックス)

かっこいいスキヤキ (扶桑社コミックス)

 

 小学校~中学校の一時期、古本屋でやたらVOW系統を読み漁っていた時期があって、そのころからちょっとずれた感じにひねくれていたのだな、と思うのだが、その時に出会ったのが収録作品である「パチンコ」であった。当時、こんなくだらないことを力いっぱい描けるなんてすごい、と思ったものである。後年、孤独のグルメの原作者であると知り、なるほどそのイズムが生きている、と納得した。

本作に収録されている「夜行」は「孤独のグルメ」と「食の軍師」に分離する前の(他にも色々とグルメ漫画の原作はされているけれども両巨頭として。うさくんは関係ないだろ! いい加減にしろ!)原作者のむき出しのスタンスが垣間見られるようで面白い。(筆者は未見だが世にも奇妙な物語で映像化もされたらしい)

全編くだらない、くだらないのだが一本筋の通ったくだらなさがありどこか哲学さえ感じさせる。

やっぱり男はキンピラゴボウよ!

 そう断言できる人生はきっと豊かであるに違いない。

以上蛇足でした。御笑覧、感謝。