カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

夢を見せてくれている間――IZ*ONE 1ST CONCERT [EYES ON ME] IN JAPAN:マリンメッセ福岡感想

www.instagram.com

余談

福岡での外せない用事。それはIZ*ONE (以下文中アイズワン)のコンサートであった。去年の夏熱狂し、その後も画面越しにずっと追い続けてきたグループが、ついに近く(車で3時間)のところまでやってきてくれる。

この朗報に喜び、すぐさま申し込み、祈り、当選して更に喜び、なかなか発券準備がなされずやきもきし、男性は当たりにくいと言われるアリーナ席が当選して更に小躍りする、忙しい日々をこの1か月余り送ってきた。

当日。8時半に出発予定であったが、6時に起きた。いつもは1秒でも長く寝たがるのにまるで遠足の日の幼稚園児である。同伴者の妻は未だ夢の中にあり、しばしコール動画を見て予習をしていた。

この画面の向こうのミューズたちが今から自分たちと同じ空間に出現する? 本当に?

にわかには信じがたい。実はCGでしたと言われた方がかえって安心する美しさを持つ彼女らを肉眼でとらえることができる機会が来るとは。

暫くして起きてきた妻もそのままコール動画に見入ってしまい、出発時間ぎりぎりに慌てて家を出た。

車内にアイズワンメドレーを流しながら、高速で九州を縦に突き破っていく。

マリンメッセ福岡は高速から近いのでありがたい。13時前に到着し、駐車場もまだ余裕があった。

WIZONE(以下ウィズワン)たちがそこここで交流しており、熱気を感じるが物販の流れは緩やかで、タオルとTシャツ、生写真各タイプ1つずつを購入。

着替えようと思ったが、妻も会場の熱気に触れボルテージが上がったようで、妻に服の上から着てもらうことにした。筆者は博多座Tシャツである。

その後の開演までの時間つぶしは別記事に譲るとして、厳重な確認を突破し、我々は席に着いた。近い。全速力であれば、あるいは5秒もかからずにステージまで辿り着けてしまいそうだ。

この日の為に購入した応援棒の点灯を2人で確認し、BGMとして流れているアイズワンの曲をハミングしながら益々気分が盛り上がっていると、会場が暗くなり、重低音が轟き始めた。

開場である。

本題

スモークの中から続々と、メンバーが現れる。ステージで、ポーズをとる。ステージそばの大スクリーンにも映し出される。

本物だ。

筆者は、もっと見ようとした。スクリーンはともかく、ステージ上の彼女たちは筆者の視力のせいか滲んで見えてしまう。こういう時のための、双眼鏡である。目に当てる。やはり滲んで見える。長く使っているから壊れてしまったか。

そうではなかった。

何のことはない、筆者は泣いていたのである。彼女らがステージへ並んでいる、ただそれだけのことでもう、無意識に、じんわりと涙が滲んでいたのである。

それは「ただそれだけのこと」ではないということを同時に理解していたからなのであろう。

昨年、素晴らしい原石が揃い、そして文字通り切磋琢磨し、アイズワンが誕生した。

そうして世界的な展開を行い、成功をおさめ、今回の凱旋なのである。

彼女らがここに屹立している、ただそれだけでもう偉業なのである。

とはいえこの機会を逃すわけにはいかない。目に焼き付けねば――。

意を決して涙をぬぐい、再びステージ上を見る。

が、上手くいかない。長い間見ることができない。オーラが強すぎるのである。1日に摂取できる美しさのキャパシティを超えているのである。

月並みな言い方になるが、実物はテレビ他で見るのよりも何十倍も可愛いし、美しかった。正直なところ、現代のあたりまえの工程として我々が見る写真は加工されており、それが更に美しさの底上げの役目を果たしているのだと思っていた。

が、今回の経験を踏まえると逆にデチューンしているのではないかと思うくらいであった。

そして細い。皆細い。全員あと12キロくらい増やしてほしい。誰それが太っただの劣化しただのという心無い声も一部にあるが、実際に見たらそんな懸念は吹き飛ぶだろう。

結局ちょいちょい左右のスクリーンに目をやり、幾らかオーラをやわらげた状態で鑑賞することが多かった。

大画面に映る彼女らは汗だくで、ああ、生きているのだと思った。

公演前はメモ帳と筆記具を用意し、セットリストと一言でも感想を記して後でブログを書くときの材料にしようと考えていたのだが、そんな余裕は一切ない。

ただただ、美が殴ってくる。12通りの美で殴ってくる。もうグロッキーである。

高度に発達した美は、それを見せつけられた人間から語彙力を奪っていく。

今筆者が何か言えるとしたら「なんかとんでもないものを見せてもらった」である。

大体、2~4曲で一休みといった構成で、MCや映像も充実していた。日本語しりとりからさりげなくクォン・ウンビさんが外されていて笑ってしまう。

重低音が喉に響き、音に支配されながらもくもくと応援棒を振う機械となっていた筆者が特に心に残っているのは「好きになっちゃうだろう?」であった。

西野カナ女史がなぜ圧倒的に支持されたかというと、あらゆる人に代入しうる最大公約数的な歌詞を作成することに非常に長けていたからだと筆者は考えるのだが、この「好きになっちゃうだろう?」はまさにアイドルソング西野カナだと言っていい。

歌詞を読めば思いのほか「推し」に当てはまる要素があるのではないかと思う。

筆者は個人的にはこの曲の歌詞を聞くとクォン・ウンビさんが思い浮かぶ。リアルタイムでPRODUCE48の最終回を視聴しているときも、今回も彼女の最後のシャウト? で泣いてしまった。ずっとこんな仲間とファンが欲しかったんだもんな……。

最後のお茶目ポーズの所でミンジュさんが懐かしの猿のポーズをしているのも良かった。新体感ライブで改めて見て他のメンバーは何のポーズをしていたかを確認したい。

また、ゴンドラ曲も2つあった。映像作品で見るときは、踊らないのか~とちょっと残念なシーンであったりもしたのだが、すみません、ゴンドラ、最高です。

筆者の記憶では朝ドラ女優路線で行くのかと思いきや金髪もめちゃくちゃカッコいい本田仁美さんや人柄の良さがにじみ出ているキム・ミンジュさん、胃袋と瞳にブラックホールがあるとしか思えない深遠さを称えるカン・ヘウォンさん、世界最大の妖精と名高い矢吹奈子さんが我々の方に手を振ってくれた。(筆者がそちらを向いているので確認できていないことももちろんある。)

そしてもう一人。

最後の曲の宣言がなされ、ゴンドラが動き出す。ゴンドラは会場を一周し、戻ろうとしている。

筆者はクライマックスのクライマックスということもあり、半ば放心していた。

と、彼女は筆者の応援棒を指さす。それは彼女のパーソナルカラーである。彼女から見えたかどうかは分からないが、ストラップもそうだ。

彼女はそれまで以上の笑顔で――というのは完全な主観であり妄想である――筆者と目を合わせ、手を振ってくれた。

一推しであるチャン・ウォニョンさんからレスを頂いたので、帰りにゲリラ豪雨に巻き込まれるくらいは幸運の揺り戻しとしてまあ手加減してもらった方だろうなと思った。(妻は災難である)

さてこの楽しい楽しい公演を語るにあたって外せないのはやはり、最後の宮脇咲良さんのスピーチであろう。

以前記事を書いたが、彼女の素晴らしいことはセルフメンテナンス、セルフアップデート、セルフプロデュースといった自己管理能力が凄まじいところである、と筆者は考える。

非常に極論を述べることをご容赦願いたいが、チャン・ウォニョンさんは先天的なアイドルの天才であり、宮脇咲良さんは後天的なアイドルの天才であると思う。もちろん、ウォニョンさんも大変な努力をしているし、宮脇さんが天性の美しさを持っているのは諸君もご承知の通りである。

賢い彼女はアイドルとして何度も脱皮を果たし、そのたびに大きく成長してきた。さくらたん、さくらさん、クラオンニ。若手のホープ、HKTのエース、AKBの主力、PRODUCE48の人気日本人練習生……。

それらを彼女は今回、まとめて肯定して見せた。即ち自分のオタ(あえて敬意をもってこう表現する)を、過去現在未来すべて愛して見せたのである。

これは並大抵のアイドルにできることではなく、去年の宮脇咲良さん自身にもできなかったことであった。

去年の総選挙、ささやかながら投票した人間の1人として、筆者は悔しかった。彼女の努力を知っているから、謝らないでほしかったからだ。彼女自身の頑張りを彼女に貶めてほしくなかったし、またそれは彼女を支えているオタも傷つけているように感じてしまった。

彼女が凄まじいのはその後そのことにすぐ気づき、メールでフォローするところなのであるが。

ともあれそのようなパッケージをいくつも使い、結果今がベストです、ではなく、過去も肯定することはそれだけ自らに対する「覚悟」が決まったということでもあり、とても頼もしく思う。

スピーチで言及したように、今のメールでは本当に嬉しい報告をたくさんしてくれる。それが何よりもうれしい。

こんな風に気が付いたら宮脇さんの話になってしまうのが彼女の恐ろしいところである。どんどんはまってしまうので、HKTの時もアイズワンでも「二推し……二推しなんだ……」と自分に言い聞かせているが、いつかタガが外れそうで怖い。

本当に白昼夢だったのではないかというくらい現実味の無い、桃源郷の時間であったが、しかし確かに実在し、時間を共有できたということを今後の糧にしたい。

二時近くになってしまったので一度区切りたいと思う。睡眠時の夢にも見そうではある。