カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

「とうらぶ」というコンテンツ及び小林靖子氏と同じ時代を生きる喜びについて、あるいは映画「刀剣乱舞」感想

余談

筆者はアラサー男性である。人並みに特撮を嗜み、ソシャゲを摘まんで暮らしてきた。

刀剣乱舞は薩摩サーバー開設の折からちびちびと参加しており、後発ながら筆者より大いに愛を誇る妻とともに遠方に刀を愛でたりイベントに参加したりなど新たな趣味も開拓してくれた大変感謝すべきコンテンツである。

昨年、刀剣乱舞が実写映画化すると聞いたとき筆者は特に驚かなかった。天晴れコンテンツの隆盛ぶりいよいよ極まれり、そういうこともあろうと思った。

が、脚本:小林靖子の文字に瞠目させられた。我々の世代は井上敏樹小林靖子に人生の某かをコークスクリューでねじ込まれた者が多く、筆者もまたその一人であった。

刀剣乱舞のことごとくを愛しながらも2.5次元を「最後の砦」としてきた妻(マイナージャンルを渡り歩いてきた妻はオタクHDDのパーテーションが出来ていないので刀剣乱舞という精強なるコンテンツの前に日々いっぱいいっぱいであり幸福な苦悩を味わっていた)を「タイムレンジャーの人だよ」という誘い文句でたぶらかし、公開後初の休日に鑑賞することにした。

家での予約時、座席はゆとりがあり油断しきっていたのだが、映画館に登場した我々を迎えたのはパンフレット完売の貼り紙であった。昨日公開なのに。

何かが起こっている。同時刻に開催されるAKBグループのリクエストアワーも気になりつつ、我々夫婦は震えながらスクリーンへと足を踏み入れた。

ということでここからは映画「刀剣乱舞」のネタバレの嵐です

本題

信長の「二つの謎」を刀剣乱舞に落とし込む見事さ

久しぶりに展開にビビって変な笑いを浮かべるしかない状態を味わった。

創作において面白くなるか否かという要素の一つはどれだけデカい嘘を綺麗につけるか、ということだと筆者は考えるが、正しくこの映画はそれをやってくれた。

天正十年六月二日、織田信長は家臣・明智光秀の謀反に遭い、紅蓮の炎に消えた。数多の創作で出現するシーンであり、戦国無双2においては何度そのムービーを見せられるのかと思ったことが懐かしい。例えば仮面ライダーオーズにおいても「ノブナガの欲望」なるエピソードが存在するわけだが知らない人は別に見なくていいです。でも「仮面ライダースカル メッセージforダブル」は絶対見てくれよな!

ともあれエンチャントファイアしたと思しき信長の死体は見つからず、首級を晒せなかったことが光秀の信長討伐に不信感を抱かせ、天下餅で喉を詰まらせ横死する結果となった遠因の一つともいわれる。「信長は死んだのか・死体はどこに行ったのか」は信長を巡る所謂歴史ミステリーの中でも有名であろう。

また、安土城天主は山崎の戦後焼失しているが、これも原因がはっきりしていない。「へうげもの」においては千利休明智光秀の「わび」に対する紅蓮の挙句として燃やさせたとされており、千利休の「業」を表すエピソードとして効果的に機能している。

この二つの信長晩年にまつわる謎を刀剣乱舞と絡めて腑に落とさせる力量には恐れ入った。

物を書いていると、ある時会心の瞬間、打鍵し終わって渾身のドヤ顔にてッターン! と高らかにエンターキーを押したくなる時があると思うが、筆者が小林靖子女史であったとしたら薬研・三日月二人の「安土城……」のシーンこそがまさにそうであったろう、と思う。勿論それは鑑賞者にも怒涛のカタルシスを与えてくれる。

しかもカタルシスは続く。エンドルフィンが忙しい。何故それを知っているのかと尋ねる信長に対して三日月宗近が答える。秀吉が後生大事に抱えている刀袋の中身。

それこそは先の山崎の戦いの功にて将軍足利義昭より下賜された天下五剣筆頭――

「三日月、宗近……!」

信長が欲しながらついぞ手に入らなかった刀の名を現実に直面しその口から漏れ出させるこの場面こそはミステリードラマとしての映画:刀剣乱舞のキラーショットである。

本能寺の変では織田信長は死なず、安土城にて天主とともに葬られた。黒幕は秀吉」

というミステリーの真相を「三日月宗近はその時、秀吉の手にあってその場にいたので全て知っている」という刀剣乱舞ならではの理由で納得させてしまうのが素晴らしい。

ミステリーと言えば三日月宗近の来歴としてはっきりしているのは高台院(秀吉の妻・ねね)から徳川秀忠に伝わった、ということからである。それ以前は基本的には伝承の域を出ない。その中に、秀吉が将軍から下賜された、という俗説もあるにはあるが、確かな証拠はないし、時期さえはっきりしない。その史実の隙間を巧妙に突いてくる脚本には前述したがただ笑うしかなかった。

薬研の「炎の中にあったため信長切腹の時の記憶がはっきりしない」という設定の活用方法も見事で、なるほど先入観を捨てて考えれば「本能寺」も「安土城」も信長ゆかりのもので炎上しているのであるから言われてみれば目からうろこであった。ここは特に映像による種明かしの爽快感が抜群だ。ミステリーでは「殺害場所の誤認」はメジャーなトリックの一つだが、その扱い方がうまい。

骨喰のフォローという形で上記の設定をさりげなく話させるなど、映画内での伏線の貼り方としても巧妙だった。

正直このネタだけで筆者なら三か月はニヤニヤして過ごすことが出来るだろう。

人・その儚さと強かさ

山本耕史さんの織田信長八嶋智人さんの羽柴秀吉、それぞれの役の厚みがまたこの映画を傑作に押し上げるのに一役買っている。

序盤、信長が森蘭丸に投げかける「大儀であった」の言葉のさりげなさにしみこむそれまでの忠義へのねぎらいは「あれ? 大河ドラマ織田信長』最終話を見てたんだっけ?」と錯覚させられるくらいその背景に様々があったことを予感させてくれて、開幕から山本信長最高だな……という気分になった。上等なスープは一口含んだだけで豊かな材料を想像させるという……とグラップラー刃牙で言っていたがまさにそのような感じであった。三日月宗近との会話もまさに信長。人外である時間遡行軍もスッと受け入れるあたりさすが信長。しかし安土城に入るとその信長も人としての儚さ、脆さを見せ始める。「真実の歴史」を知り、腹心に裏切られたことを悟り、慟哭する。人でありながら魔王と称した男は骨喰を人質に取り「人なのだから自分を助けろ」と要求する。カリスマブレイク……がっかりだよと肩を落とす筆者に対して三日月宗近は告げる。「『真実の歴史』の信長はそうではなかった」と。最高の発破である。果たして信長は信長らしく散っていく。人質を取るところで視聴者にがっかりさせるところまでコントロールしてくるのだから完全に小林靖子氏の手のひらの上である。くやしい…でもカタルシス……。

他方、八嶋さんの秀吉も恐ろしい。秀吉という人は毀誉褒貶の激しい人物であるが、筆者はもともと恐ろしく酷薄な人がしかし人情深いという二面性があり、晩年はその酷薄さを道化の仮面で覆うことが出来なくなっただけであると考えているが、正しくそのような秀吉でよかった。信長の欲しかったものをすべて手に入れたと狂喜する秀吉も、形見の薬研を拾って人知れず鼻をすする秀吉も、どちらも本来の秀吉なのである。しかし赤尻を出した後なのにあんなに怖い秀吉なんて後にも先にもおるまい。

追加戦士・倶利伽羅

登場からどう見ても訳ありな素振りを見せる時間遡行軍の先兵・無銘。二回目に同行させない不動、または薬研の成れの果て? 実は今本丸にいる二人は二振り目で初代は闇落ち? 他の本丸の不動、または薬研か――? 様々な予想を立てたが刀身が違うという根本的な謎がある。終盤、とうとう割れた仮面の中から現れたのはまさかの新刀剣男士、倶利伽羅江であった。本映画が刀剣乱舞初体験の諸賢はポカンとしたかもしれないがそうではない審神者諸賢も同様にポカンとしたので安心して欲しい。

文脈としては悪の組織側のメンバーが終盤に洗脳が解け仲間になる……といった特撮追加戦士の黄金パターンであり、劇場版限定or先行登場戦士というこれまた黄金パターンを同時に達成するわがまま展開である。やはり今後追加されるという原作ゲーム8面のボスドロップとして輸入されるのだろうか?

展開的には非常に熱かったのだが、経緯がわかりにくかったのが気になった。パンフレットなどで補完されていたら確認したい。(現状では驚きはあったが無銘になるまでは元々刀剣男士だったのか? それはこの本丸でなのか別の本丸でなのか? 時間遡行軍に取り込まれたのは出陣にて折れたからなのか? その場合他の刀剣男士もそうなる可能性があるのか? 大倶利伽羅と呼び分けはどうするのか? など沢山の? の方が大きくなってしまった)

敵と自軍が同根である、というのは別の同メーカーの有名ソシャゲでも仄めかし後劇場版にて確定、という流れがあったようであるが、刀剣乱舞にてはどうであるのか(舞台版など筆者が未確認の媒体で既にそのようなことがあったのか、今回が示唆されるの初めてなのか)が筆者はよく把握していないのでそちらに気を取られてしまい、集中できず申し訳ない気持ちになった。

なお、史実での倶利伽羅江は明智秀満(映画にも登場。通商左馬助、そう、鬼武者である。最近switchでまた出ましたね)により焼失。主君・明智光秀の後を追っている。その上であの奮戦を考えると、なお感慨深いものがある。

完全に実写だこれ、となった刀剣男士たち

数々の二次元原作の実写映画を経てある種の諦念を以て鑑賞したが、目の前にいるのは紛れもなく刀剣男士であったのでしゃっくりが止まってしまうほどであった。声も違うはずなのに。三日月宗近の静と動の緩急、山姥切国広のはためく布と煌めく剣先、薬研藤四郎のグリップの効いたしなやかさ、へし切り長谷部の典雅ながら刀の重さを感じさせる動きと主への(あえてこう書くが)執着、日本号の歩く豪放磊落ぶり、骨喰藤四郎の初陣のぎこちなさと素早さ、不動行光の回転の速さと何かを既に乗り越えた瞳、鶯丸の抜け目のなさと省エネ気味の殺陣。「命が惜しいなら退け!」の声の響きよう。圧巻であった。

全てを自分で背負い込んで何とかしようとするザ・小林靖子的主人公:三日月宗近の前に現れる誤解が解けた刀剣男士達……筆者の中のゴローちゃんが(この流れだと紛らわしいが弁護士のお付きではなく個人輸入雑貨商の方である)こういうのでいいんだよ、こういうのでと力強く頷いていた。

最後に登場した遠征組では博多藤四郎の後ろ姿が「ぴっ!」と音がしそうに背筋が伸びていたのが印象に残った。

刀剣乱舞というのは付喪神の物語であるが、舞台を経て俳優諸賢の思いが正しくそれぞれの役柄に宿ることで物語にとって幸福な効果を果たしているように思えた。

審神者、その別れと出会い

刀剣乱舞ソーシャルゲームであり、いつかサービスが終わるときがくるだろう。

筆者も前述したように審神者であり、自分の本丸を持つ。が、熱心であるとはいいがたく、しばしば久しぶりの御帰還ですねとこんのすけに嫌味を(そう思うのは自分に後ろめたさがあるからであるが/映画ではそのまんま狛犬ナイズドされていてかわいかったですね)言われる。

映画での山姥切国広は恐らくあの本丸の初期刀だと思うのだが、写しだからと自分を卑下しない。

ああ、ここはいい本丸なのだなとそれだけで察するし、事実、審神者三日月宗近の会話からも、他の刀剣男士の様子からも窺い知ることが出来る。

それは所詮データかもしれないけれど。自分の本丸をもっと大事にしよう、と改めて思わせくれる映画でもあった。

あえての、残念な点

非常に濃密かつ満足度の高い映画であり、そのままショップにて売っている限りの参考書籍を妻とともに購入し、「よかったね……」「うん……よかった……」と三分で飽きられたRPGツクールの世界の住人のような会話しか出来ないほどであったが、それだけにあと、これがあれば……という点が二点ほどあったので蛇足として書いておきたい。

黒田官兵衛の不在

秀吉の中国大返しがあり、その秀吉と日本号・へし切り長谷部が絡む……という最高のシチュエーションであるのに黒田官兵衛はこの映画に登場しない。

秀吉が自分で「気付いて」しまうのがこの作品のキーの一つだからと言われてしまえばそれまでなのだが、「御運が開けましたな」は是非聞きたかったので残念。

それがなかったのはあえてのハズシで、安土城攻防戦で日本号・へし切り長谷部がピンチに陥ったところをなぞのお椀兜マンが颯爽と駆けつけ助ける……というパターンも期待していたのだが残念ながらそちらもなかった。信長・秀吉どちらともに絡みがある貴重な人材だったと思うのだが。

1/25追記:黒田官兵衛に愛着を持ったきっかけ・福岡市博物館訪問の過去記事です

 

kimotokanata.hatenablog.com

 

遠征部隊にもう一花

終盤その姿を見せてくれる遠征部隊は舞台に出演した刀剣たちであり、舞台を支えてくれた審神者諸賢は感涙必至であるらしい。筆者も一目見て第一部隊たちと遜色ない刀剣男士ぶりにたじろいだものであるが、やはり特撮物の王道としては結界が破られそうなときに颯爽と遠征組が現れる……という展開を期待していたのでアクションがなかったのはいささか残念であった。「特別出演」の限界だったのかもしれないが……。

観終えて

繰り返しになるが大変面白く圧倒された映画だった。刀剣乱舞小林靖子氏それぞれの持ち味が幸福なケミストリーを起こした作品である。

本映画で刀剣乱舞に興味を持った方にお勧め

「活劇 刀剣乱舞」の視聴をお勧めしたい。Huluならば見放題である。作画は安定しており、特に殺陣は見事の一言。幕末を軸に話が展開される。是非順番に見ていってほしいが、お急ぎの方は第九話「元の主」だけでも是非ご視聴いただきたい。刀剣男士のあり方について一つの回答を提示した回である。

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2/2追記:9話のおすすめ記事を書きました

 

kimotokanata.hatenablog.com

 

本映画で小林靖子氏脚本に興味を持った方にお勧め

仮面ライダーオーズ」の視聴をお勧めしたい。本作品にて審神者と刀剣男士という言ってしまえばヒトと異形のもののあり方の一つの理想を提示した小林靖子氏が一年というスパンでもってその問いに答えた作品といっても過言ではないだろう。日本号こと岩永洋昭さんも出演されている。

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1/25追記:劇場版のおすすめ記事を書きました

 

kimotokanata.hatenablog.com

 

自分の本丸を持ってみませんか。

映画を見て、ソーシャルゲームの「刀剣乱舞」に興味を持った諸賢は幸いである。八振りは彼らのものである。

そう、原作ゲームは1/18より1/31まで、映画「刀剣乱舞」にて主要な役割を果たした八振り、即ち三日月宗近・山姥切国広・薬研藤四郎・へし切り長谷部・日本号・骨喰藤四郎・不動行光・鶯丸の八振りをログインした審神者に一回に限り配布してくれるのである。

これはあまりにも大盤振る舞い、盆と正月とゴールデンウィークとクリスマスと文化の日時の記念日が一度にやってきたようなものであり、恐らくは二度とないであろう出血どころか失血死が心配されるサービスである。

三日月宗近も今まで生きてきて一度あったかどうかというこの破格のキャンペーンが行われている今こそ、自分の本丸を持つ好機である。審神者着任、お待ちしています。

games.dmm.com

ひとまず明日は買いこんだ諸々を引きこもって堪能する予定である。

映画刀剣乱舞 公式シナリオブック