余談
気が付けば前回の加藤シゲアキさんの金田一耕助から一年が経過していた。
配役の妙もありなかなか面白く見させていただいた前回に続き、クリスマス・シーズンに「悪魔の手毬唄」を新作として披露してくれるというまさしく悪魔めいた企みに筆者は大いに喜び、視聴した。
前回以上に興味深い脚本で、原作を知ったうえでも最後まで飽きずに見させていただいた。
以下、原作と比較しつつ感想を述べたいと思う。
注意:以下、「悪魔の手毬唄」のネタバレががっつりあります
本題
原作の小説は1957年に執筆された。
金田一耕助といえば複雑な家系図と田舎のしがらみというイメージが根強いが、実はこの後に書かれた長編でそういったものにカテゴライズできる事件は最後の長編となった「悪霊島」くらいで、これは1979年の執筆であるから実に22年もの間「田舎もの」の長編は書かれなかったということになる。
そしてこの「悪霊島」はいわゆる金田一ブームによってサービス精神あふれる横溝正史先生が新たに上梓した物語であり、いわばイレギュラーな存在でもある。(中絶した長編「仮面舞踏会」から次の長編「病院坂の首括りの家」までは12年、間があいている。当時の角川書店社長・角川春樹氏が遺族に文庫化の許可をもらいに行くつもりで尋ねたらご本人が出てこられたというのは有名な逸話である)
と考えると執筆当時、横溝先生はこの「悪魔の手毬唄」を「田舎もの」の集大成として書こうとされていたのではないかと推察することが出来る。
「顔のない死体」、「見立て殺人」、「怪人の出現」……その道具立てはまさに絢爛豪華である。映像化で期待したいシーンが目白押しだ。
原作との登場人物の相違―リカをめぐる男たちを中心として
長大な作品を約二時間に圧縮するにあたって、登場人物や展開の省略はやはりいかんともしがたいものがあった。とはいえ最終盤に至るまでは違和感も少なく見ることが出来た。
大きく改変されたのは多々羅放庵、恩田幾三、青池歌名雄、そして磯川警部である。
多々羅放庵:飄々たるご隠居は助平な黒幕に
もっとも割を食ったのは庄屋の末裔・多々羅放庵であろう。原作では金田一と仲良くなり、手紙を代筆してもらったりもする。ドラマと同じくリカの秘密を知りながら、しかし強請ったりはしていなかっただろうと登場人物からかばわれるなど、放蕩づくめの困った人ではあるが周囲からは愛されている様子が伝わる好人物となっている。
これが本ドラマにおいては現在の村の権力者たちに一矢報いるために「恩田幾三」を黙認し、そしてその秘密に気付いたリカが過ちを犯すのを止めもせず黙ってみていたばかりか、更に一段闇へと踏み込ませ、それどころか関係を持ってしまう。自分のために他人を利用する殺されても仕方がないある意味今回の事件の黒幕ともいえる存在になってしまった。連続殺人事件の発端ですらあるのである。その死体は沼に沈められており、これは原作の真犯人の最期と通じるのは演出の妙と唸らされた。原作では共同墓地に埋葬されている。
恩田幾三:令和最初にして最悪の恩田
恩田幾三もまた、元からろくでもない人間ではあるのだが更なる「下げ」を食らっている。そもそも原作ではもともと本心から村の窮状を救おうという気持ちでやってきて、村の連中の余りの態度の違いに次第に復讐心が鎌首をもたげ……という感じであったのが、本ドラマでは絶対故郷に血反吐吐かせたるマンと化している。
また原作では大空ゆかりの母・別所春江だけは本気で愛してしまい、一緒に満州へ逃げようとしているが本ドラマではすべてが金づる、巻き上げたので一人でズラかるのでお前たちは勝手にしろ、といういっそ清々しいクズに成り下がってしまっている。多々羅放庵の離れでクズのサンドイッチ状態になってしまったリカにはさすがに同情してしまう。
青池歌名雄:マイクを鍬に持ち替えて
もっとも運命に翻弄されたであろう青池歌名雄もまた、後半大きな変更を受けている。原作では終盤、村を挙げての作戦で犯人をいぶりだすことになる。それに窮した犯人はあるいは身を投げたかのように、沼へ落ち死亡する。
歌名雄は自らの恋人や妹の命を奪ったにっくき犯人の顔を一番先に見てやろうとその死体を引き上げ、泥をぬぐい――それが実の母・青池リカであると知ってしまうのである。あまりにむごい。
本ドラマにおいては沼に落ちていた死体」は放庵であり、犯人ではなかったことを悔しがる。そこに真犯人を間接的に伝えられ大いに取り乱す。しかもそのあと母には自殺されてしまう。これまたむごいことである。その後は磯川元警部と田舎で農業をやるようである。原作では大空ゆかりのマネージャーが彼の美声に目をつけデビューを画策する、という展開があったがかなわないようで残念である。(これ自体が原作では大空ゆかりと父親が同じという伏線としても機能していたのだが……)ジャニーズ事務所とかとても似合っていると思うのだが。
青年団のリーダー的存在であるところが山狩り決起を煽るシーンくらいしかなくて、家格が低い亀の湯の倅でありながらその人柄でもって周囲から一目置かれている感じがわかりにくかったのは残念。
磯川警部:古谷一行さんの金田一世界からの花道
「悪魔の手毬唄」というのは磯川警部の、いや磯川常次郎の物語である。すなわち彼がどのように扱われるかというのがその物語全体に大きく影響してくる。
今回磯川警部は、リカを見逃した。原作ではなすすべなく半ば自殺のようにして死んだリカに、選択肢を与えた。もちろん警察官としてあるまじき行為で、責任を取って辞職してしまう。そしてリカも、恐らくは警部の予想通りに、死を選ぶ。
でも本当は警部はリカに生きていてほしかったんじゃないかと思う。彼のリカに対しての気遣いはすべてが裏目に出る。金田一を文筆家と紹介したことが殺人へ至るドミノ倒しのはじめとも言えなくもないし、執念の捜査資料がリカを追い詰めるし、最後には死へ導いてしまう。その「きっかけ」となる様はまさしく金田一の哀愁で古谷磯川の脚本との呼応が見事である。
原作では「またあなたと仕事をしたい」といって金田一と別れる磯川警部をこのような描写にしたのはメタ的な意味で磯川警部役の古谷一行さんを「金田一世界」から解放しようとしたのではないか、と考えている。原作と世界線をずらすことで安穏たる田舎暮らしを送る磯川常次郎を生み出そうとしたのではないだろうか。
映像として―不気味な老婆・見立て死体の再現度を踏まえると終盤がやや残念
個人的なビジュアル的な悪魔の手毬唄の印象というと「鬼首村に向かう不気味な老婆」「一見してぎょっとする見立てが施された死体」「終盤の大捕り物」だと考えていたので、終盤はやや残念であった。炎上するゆかり御殿、駆け抜ける犯人、引き揚げた後の衝撃の展開……どれも映像的にとても映えるものになったであろうからだ。
また、原作では「犯人死後にブレインストーミング的に意見を出して真相を構築していく」という推理小説的に非常に興味深い展開がなされるのでそれもぜひ映像で見てみたかった。
配役について―前回に続き素晴らしい。それだけに省略された部分が残念。
主人公・金田一耕助役の加藤シゲアキさんは相変わらず格好良すぎるきらいはあるが「何よりも謎とその解決に興味が集中している」という筆者の考える金田一耕助像に一致する演技で今回も満足である。死体を見つけたときより恩田がハーレムを築いていた時の方が驚いているように見えるあたりも解釈一致である。冒頭、籠にススキを放り込むチャーミングさがたまらないし、老婆と対峙する夕日のシーンはキラーショットだ。映画館のシーンも光が印象的である。
始めと終わりのシーンは「マレビト」としての金田一耕助が鬼首村へやってきて、そして去っていくさまが象徴的でポストカードにしてほしいほどである。
名相棒?立原役の生瀬勝久さんはふとした時にやはり矢部を感じてしまうが一服の清涼剤として、よく機能してくれていたと思う。ちょっと賑やかすぎたかもしれないが。今後も往年の加藤武氏ポジションであってほしい。
歌名雄役の小瀧望さんの愛する人の遺体に駆け寄るシーンは思わず息をのむ迫力があった。鬼気迫るとはああいうことを言うのだろうと思う。もっといろんな芝居を見てみたい。
里子役の大野いとさんも難しい役柄を見事にこなした。六道の辻のシーンはわかっていても胸がぐっと苦しくなる。不安と祈りが見事に表現された表情は素晴らしいものがあった。しかし新聞記事に掲載された頭巾を外したキメ顔は誰がいつ撮ったんだろうか。
由良敦子役の斉藤由貴さんはますます美しくなっており恩田への殺意が沸き上がるのを感じる。原作では泰子の死に際して仁礼嘉平に静かに詰問するところが女棟梁の何とも言えない凄みと母の怒りを感じたものだったが、本ドラマでは葬式の席でヒステリックに怒鳴り散らす感じになってしまったのは残念。ぜひ見てみたかった。
多々羅放庵役の石橋蓮司さんはまさしく怪演といったところ。落ちぶれても隠然と村を陰で支配していた凄味を感じさせてくれた。ただ原作の愛嬌あふれるところも石橋さんに演じて頂きたかった……。
圧巻は青池リカ役の寺島しのぶさんであろう。彼岸に行ってしまった人物をこうまで説得力を持って見せつけてくれるとは。里子を自らの手で殺めたと知った時の表情、その後大空ゆかりへ迫るときの濁った眼……「凄味」を感じた。
原作にはない四番目の歌も、そのあとの展開も寺島さんがリカを演じることであたかも最初からそうであったような説得力を纏っていたように思う。
磯川警部役の古谷一行さんは言わずと知れた人間・金田一耕助役の代名詞的存在で、おかま帽をかぶって懐かしいなあなんて言われると涙が出そうである。岡山弁がその口から飛び出てくるのが不思議な気分である。リカと同様、この磯川警部が決断したのなら仕方ないだろう、と納得させる、理屈が後からついてくるような演技は恐れ入った。
おわりに
全体的に満足であったがそれだけに初めて見る人のためにもスタンダードに原作準拠の脚本が見たかったな、とも思う。これは昨今の金田一リメイクで毎回言っているような気もするが……。
大空ゆかり(別所千恵子)が歌名雄にかける言葉が「女である私にできたのだから男である兄さんにできないはずはありません」といった感じの原作から「私にできたのだから兄さんにできないはずはありません」という激励になっているのは令和の金田一という感じでとてもよかったと思う。強く輝く黄金の意思に男女は関係ないのだ(そのような状況でゆかりがした苦労が小さくなってしまうというきらいもあるかもしれないが、筆者はこのセリフを支持したい)
前回のフジ版金田一をなぞるのであれば「獄門島」、そして「女王蜂」と続くやもしれず、期待したいが、個人的には次回はなにか短編をやってみてほしいな、と思う。「雌蛭」とかどうだろうか。アロハで変装する加藤シゲアキ金田一が見たい。
また地上波では規制で重大部分の改変を受けそうであるし、今作で解放されたと思う古谷磯川警部を再登板させての「獄門島」は筆者はちょっと消極的である。「百日紅の下にて」は是非見てみたい。復員服の加藤シゲアキ金田一……。
原作も半世紀以上前の小説とはとても思えないので未読の方は是非ご一読されたし。いつもいっているがJET氏の漫画版もおすすめです。