カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

フロアがきつね色にアガるとき―映画「とんかつDJアゲ太郎」ネタバレ感想

余談

有名料理マンガの科白に

いいかい学生さん、
トンカツをな、
トンカツをいつでも
食えるくらいになりなよ。
それが、人間
えら過ぎもしない
貧乏過ぎもしない、
ちょうど
いいくらいって
とこなんだ。

というものがあって、最近目下減量中の筆者にとっては「そしていつでもとんかつを食べることが出来る体調管理も大切であることだなあ」と思うことしきりである。やはり肉、そして揚げるということはそのまま「おいしいものは脂肪と糖でできている」の代表格であり、ずいぶんとご無沙汰であった。

二週間前、鬼滅の刃「無限列車編」を鑑賞した筆者は予告編で「とんかつDJアゲ太郎」を見た。

ジャンプ+の草創期にその「フレッシュさ」「既存誌には感じられない斬新さ」の代表格としてよくピックアップされ、筆者もちょこちょこと読んでいた。2016年にはアニメ化され、筆者も丁度フリースタイルダンジョンにハマってHIPHOPをかじり始めていたところであったから、ナレーションがサイプレス上野さんであることをも相まって楽しく見させてもらった。アゲるのはもちろん、マンガよりも「チル」の概念がより伝わっている感じが好きだった。原作も無事大団円を迎えているので是非続編を作ってほしいが……。


【実写映画化記念!】アニメ「とんかつDJアゲ太郎」第1話 期間限定無料公開

確かその頃から実写化の話はあったはずであるが、筆者の狭い観測範囲では暫く追うことが出来ず、次に知ったのはコロナ禍で上映延期、というもの。それからややあって、残念ながら伊勢谷友介氏逮捕の報で再び知るところとなった。そして木曜日には、伊藤健太郎氏の事件の報……。

しかし制作陣は10/30フライデイの上映開始を動かさなかった。罪には罰である。自らの犯したことは必ず身を持って償うべきであり、被害者の方には心からお見舞い申し上げる。しかしそれは個々人の問題であり、映画には罪はない。この制作陣の姿勢を応援したい、と思った筆者は妻を誘い、黒豚王国・鹿児島の中でも筆者が最も偏愛するとんかつ屋さん「竹亭」さんへ向かった。

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1100円。(上とんかつ定食)安い。早い。うまい。とんかつの三冠王である竹亭を噛み締め、そのjuicy&crispyを堪能しながら我々は誓っていた。上映初日に「とんかつDJアゲ太郎」を見ようと。

本題

ということでここから「とんかつDJアゲ太郎」のネタバレがあります。

いや~……よかった。

冒頭、ワーナーのロゴの辺りでキャストの皆でワーワー言い出すあたりで不安を煽られたりもしたし、YouTubeの下りやDJKooの下りはちょっと冗長な気がした。

しかしそれを補って余りあるパワーが本作にはあった。青春の葛藤、うぬぼれ、挫折、恋、友情、成長……。それらが終始ご機嫌なビートとDJプレイによってまぶされ、アゲられていく。陳腐な言い方だが映画館がクラブに様変わりする感じは映画は「体験」だという気持ちを高めてくれる。例えば地上波初放映でTwitterハッシュタグをつけながら、という感じでも大いに盛り上がる映画ではあるが、間違いなく劇場に向けて最高にミックスチューンされたこいつを劇場で賞味しないのは非常にもったいない。

それだけではなく、この映画は映画館をとんかつ屋にも変貌させる。というか、レイト―ショーで見た人間には辛抱たまらん熱々のとんかつが揚がるシーンから本作は始まる。アニメを見ていた時からとんかつDJアゲ太郎に何か既視感を感じていたが、今回実写化されてはっきりした。

べしゃり暮らし」とのシンクロを本作からは感じるのである。都内の老舗の跡継ぎ、後継ぎ役の主人公は生まれながらに人生のルートが決まっているような自分の境遇について複雑な感情を頂いているが、自分の店については誇りを持っている。父親は寡黙な職人肌で一見厳しいが、いつも息子を気にかけている。そして主人公は自分の店がそうであるような、笑顔があふれる空間、みんなが楽しんでいる空間を愛し、別のフィールドで自分の腕一つでそれを実現させようとする――こう書いてみると箇条書きマジックも相まって思った以上に共通点が多い。

そして二作に共通するのは父と子のラブストーリーであるという点である。筆者は普通のサラリーマンの家庭であるので、(何の因果か似たような職種についているが)このような「背中で語る」職人のオヤジに憧れる。アゲ太郎の親父を演じるブラザートムさんが抜群に良い。カメラが回っていないところでもとんかつを揚げ続けたということもわかるような彼の背中は完全に「職人」であった。アゲ太郎の想像の中でクラブでとんかつを揚げている親父はめちゃくちゃに格好いい。後半、クラブで涙するところがまたいいんである。息子に確かに自分の想い、「しぶかつ」の魂、バイブスが伝わっていると分かったのであろう漢の涙は親であること冥利に尽きている。

そして三代目道玄坂ブラザーズの面々がたまらない。「とんかつDJアゲ太郎」はライトでアゲアゲな娯楽作品と見せかけて、というかもちろんそのように見ることの出来る肩の凝らない素晴らしい作品なのだけれど、しかしその衣にくるんで労働賛歌を我々に見せつけてもくれる。

とんかつ屋「しぶかつ」三代目アゲ太郎を筆頭に旅館、電飾業、薬局、書店の三代目で構成された三代目道玄坂ブラザーズは初め、アゲ太郎の晴れ舞台にキメキメのスーツで臨み、アゲ太郎共々失敗する。

紆余曲折在り、アゲ太郎の再起の舞台にも彼らは行動を共にする。それに臨む姿はそれぞれの仕事着。それでもってアベンジャーズ歩きする彼らはめちゃくちゃに格好いい。世界は誰かの仕事で出来ているというキャッチフレーズがあるが、渋谷は彼らの仕事で出来ているのである。

フロアでは衣装に着替えてしまったのが些か残念であるが、そこからの「とんかつアンセム」はもう圧巻。

まず響くのはアゲ太郎のサンプリングを駆使したパフォーマンスだ。それはキャベツを刻む音、溶き卵を混ぜる音、そしてとんかつが揚がる音……。日常に「アガる音」は潜んでいるのである。

そこから繋がるのは師匠、DJオイリーのフェイバリット・ヴァイナルである「juicy&crispy」まさしくアゲ太郎はとんかつとDJが同じであることを自らの手腕でもって再現して見せた。合わせて軽快に踊る三代目道玄坂ブラザーズたち。

そして電飾業「東横ネオン電飾」三代目・夏目球児からはじまる三代目たちの自分の店レペゼン・ラップ。もう、泣くしかない。かつてR指定はverseを蹴った。「レペゼンってのはな 地元に留まって東京の悪口を言うことじゃねえ」意訳すれば、レペゼンとは自分のフィールドに、安全圏にいるだけでは決して果たせない、とも言えるだろう。三代目道玄坂ブラザーズ達は苦い思い出のあるクラブに再び立ち向かい、アウェーでもって自分たちの職業をそれぞれ最高のラップでレペゼンして見せた。これはモンスターエンジンの「中小企業ラップ」以来の快挙である。かっこよすぎる。

そこにライバルである屋敷とのセッションも加わり、興奮は最高潮。ソーシャルディスタンスの座席であることに感謝し、暗闇の中で筆者も小刻みに揺れることを止めることが出来なかった。

授賞式の場に、アゲ太郎たちはいない。今度はしぶかつでお客さんたちをアゲアゲにして笑顔にしていたからである。その見事なスイッチぶりはまさしく名DJであった。

そして劇中ではキャベツ太郎からぬか漬け太郎へのの上達で終わるかと思っていたしぶかつ三代目としてのアゲ太郎も最終盤でついに揚げ太郎への階段を上がり……。

そのラストシーンの爽快感は是非劇場で「アガって」ほしい。

ちょっとだけ残念だったところ

とんかつDJアゲ太郎」の根幹とも言える左右にとんかつとDJを配し、中央でアゲ太郎が「とんかつとDJ」って同じなのか!? と悟るシーンが予告編では完璧だったのに本編では変なとこがくどくて再現性が落ちていたのは残念だった。台詞リピートはいらない、一度の叫びがあれば……

DJオイリーが思いのほかダメ人間でビビった。アゲ太郎役の北村匠海さんがDJ経験もあるということでDJプレイシーンは説得力のあるものになっていたが、その上達ぶりは過程がわかりにくいものになっていたので、オイリーとの修行シーンは前半の冗長なシーンをもう少し縮めて具体的にしてほしかったし、そういった師弟らしいシーンがもっとあれば終盤のDJオイリーの名誉挽回だ! という感じももっと強くなったのかなと感じた。DJオイリーとイベント主催者の和解シーンもぜひ欲しかった。ついでにいえば最後のDJプレイのシーンでは満を持してジャケットをブースに掲げるのかと思ったらなかったのは肩透かしだった。

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表紙の人物のうち半分が不祥事というのもすごい話である

パンフレットもアナログ盤ジャケットを意識した感じで最高だった。キャストインタビューのほか、劇中のプレイリストの意図を選曲者が明かしてくれたり、DJオイリーのDJ入門はおろか親父のとんかつ入門まである贅沢仕様である。

ただ、「とんかつDJアゲ太郎」のオリジナル楽曲である「juicy&crispy」や「passion dancer」のライナーノーツは絶対あると思ったのになかったのは残念であった。アニメ版も良かったが本作の解釈もとても良かったので余計にである。

サウンドトラックは既に大手音楽サブスクに収録されているというからすごい時代である。早速筆者も本日はヘビロテであった。

open.spotify.com

しかしこれもまた、サムネイルを「juicy&crispy」のジャケットとかにしてくれればアガッたのになあ……。と思う。そういう意味では「フィッシュストーリー」は完璧であった。

最後にちょっと愚痴めいた感じになってしまったが、映画はカラッとアガッた気持ちのいい作品になっている。繰り返すが、作品に罪はない。ぜひ一人でも多くの方に劇場で観ていただきたいと思う。自分の仕事を頑張ろうと思うし、もれなくとんかつが食べたくなること請け合いである。

映画ノベライズ とんかつDJアゲ太郎 (集英社オレンジ文庫)