カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

やっぱり一週間開いちゃった日記―カスタムと角栄

家庭

とんでもない強風で立体駐車場から車を出庫させようとするとあらゆる箇所のセンサーが反応して朝からビビーッとエラー音が鳴り響き、もう帰ろうかなと思ったが出勤した。これが大人になるということである。

翌日は昨日より早く起きて町内会の資源ごみ回収に尽力した。もともとそうであったが娘が生まれて以来さらに家でジュースやアルコールを摂取するということがなくなり、アルミ缶が全く貯まらないのだが市指定のごみ袋に捨てることが必須なので、こういう時に他の家庭のものとまとめて引き取ってもらったりする。

帰ると娘がぐずっており、そのまま身支度をして公園へと出かけた。父にはない高いコミュニケーション能力で2才上のお姉さんによく遊んでもらっているようだった。ただ、娘は何歳か聞かれた時に「さんさい!」と微妙にサバを読んでいた。大人に見られたい年頃なのかもしれない。

筆者はと言えば気がつけば35歳までのこり3ヶ月を切った。何とかそこまでに体重を減らしていきたい。

妻が起きだしてきたようであるので実に2時間半の公園での遊びをなおも継続せんとする娘のヤダヤダを抱きかかえながら車に乗せ、(最近シートベルトを潜り抜けようとするので冷や冷やする)妻と合流して図書館のち地域のイベントに参加した。昼食を調達しようとしていたが、近隣の小学校の吹奏楽が聴けてお得であった。

強風のためか娘が目当てにしていたソフトクリームは機械が故障していた。そんな娘を見かねて妻は自分のポテト&ミニバーガーをほとんど分け与えていた。筆者はと言えばその帰りに久々に三種のチーズ牛丼をメガ盛りで食べていた。痩せろ。

夜は妻が前回食した瓦そばと自らの幼少期の経験をもとに、自前で瓦そばを作ってくれた。値段は外食の1/4程度で大変おいしかった。また作ってほしいものである。

拝聴

open.spotify.com

オリジンタビュー:KAGASEKNIGHTさん(以下文中かがせさん)のオモチャのカスタム回を聴いた。たった(?)の4時間である。番組内でも言及があるがかがせさんは特に筆者と同世代のオタク必聴と言っても過言ではないリモコンラジオMCのお一人であり、(現在アキラさんが単独でされているリモコンラジオ・ハーフボイルドも最高!)いったんほかの番組に切り替えようと思っていたがその声と語り口についつい引き込まれ、内容の面白さも相まってまたもあっという間に時間が溶けていった。

open.spotify.com

stand.fm

かがせさんは筆者より少しお兄さんだと思うのだが、それだけにその歩んできたルートはわ…わかる~~!となっていくこの感覚、まさにリモコンラジオの延長線上であり、そのトークを引き出していく光光太郎さんの手腕も引き続き間違いがない。(光太郎さんのレゴ画像は筆者のTLの楽しみの一つでもある)


筆者もまた始まりはレゴ、「赤いバケツ」の中で「車の車輪」として使われている部分を、ロボットの肩関節として使えるのでは!?と思いついた時のあの興奮は忘れられない。今は専用パーツが沢山出来ていて、それも素晴らしいけれど、やはりレゴの楽しさ、素晴らしさの一つは「見立て」であると今も思っている。ダイヤブロックの球体関節が羨ましくて練り消しを使って悪魔合体したりした「しょっぱいカスタムオモチャ」のおもひでも蘇り、涙ぽろぽろである。輸入玩具ということもあり立派な値段がしたレゴ、それがお菓子売り場で買えることになった喜びと言ったらなかった。(当時のジャンプコミックス一巻分くらいしたけど)ありがとうKABAYAレゴ……。とはいえ買い食いはご法度であったのでスイミングスクールの帰りにスーパーに駆け込み、素早く購入してスイミングバッグに放り込み、帰宅したら素早く洗濯に汚れ物を放り込んだ後、スイミングバッグは洗濯機のそばの定位置にかけ、夕食後の風呂上りにそっと回収する……というスパイ大作戦みたいなことをしていたことも懐かしい。ゴミは公園のごみ箱に捨てていた(今は無いんだよなあ。時代)なんかミルクみたいな匂いのラムネ、おいしくなかったなァ……(後年久々に買ったら改良されていた)とはいえ筆者においてもまた、レゴというものがあらゆる知見を広めてくれたことには疑いがない。あの頃、デパートのおもちゃ売り場に行ってレゴのカタログをもらうとワクワクしたものである。初めて大人のレゴに手を出したのもスターウォーズのドロイドで、これまた奇妙な符号を感じてしまう。


かがせさんは最近「スター・ウォーズ第一作」をついに劇場で鑑賞されていたことの熱気あふれるツイートやスペースは記憶に新しいが、筆者もまた「新三部作」のはじめ、ファントム・メナスを親子で見に行った。コロコロのコミカライズも夢中で読み、ノベライズも読んだ。しかし、そこから旧三部作へは派生していかず、(たぶん一回は通してみているはずなのだが)筆者は小学校の図書室にあったオリジナル展開のジュブナイルを読みふけった。(君は知っているか? パルパティーンの息子・トライオクユーラスを!)この辺りに光のオタクになりきれない自分が象徴されている気がしなくもない。

そんな筆者が中学校に上がり、そこで出会ってもう「おしまい」になってしまったのが仮面ライダー龍騎であったのはこのブログにも何度か書いてきた。そして、当時のインターネットには○○サバイブのカスタムオモチャがあふれており、これこそが筆者が「カスタムオモチャ」という文化を深く尊敬するに至るきっかけであったように思う。既存のソフビや装着変身に手を入れ、設定が、想像が、願望が形になっていく興奮……それは制作過程随時アップがあったりもし、筆者をますますミラーワールドに捉えていった原因であった。
「素体」というものの存在も初めて知ったが、オモチャをカスタムするまでには至らなかった……思えばミニ四駆もマーカーを買ったものの怖気づいて塗ることが出来ず図工の時間に使うくらいで(金や銀のマーカーは小学生に大人気だった)ガンプラも素組ばかりである。自らのセンスや不器用さを言い訳にしてきたが、それは楽しみを損なってはいなかったか……。そういった自問をさせられもした。
しかし一方で筆者は「いいんだよ」と過去の自分に声をかけてもあげたい。その状態は間違いなく100%なのだと。例えばポケモンシリーズは対戦ツールとしても非常に人気を博しているけれども、ストーリーを楽しむことができればそれで満点であり、その後の対人戦を楽しめたらそれは110点、120点…の楽しみとなるように、カスタムもまた、あくまでプラスアルファの楽しみであり、あなたは過去のオモチャを100%楽しめたのだと。

けれど、ラジオの中で語られるかがせさんの「オレ流テクニック」を活用すれば、例えば実家に眠っているオモチャに娘が興味を示したとき、よりディテールアップした姿で継承させることが出来るかもしれない、あわよくば、「パパってすごい」というリスペクトを獲得できるかもしれない……そういった下心も鎌首をもたげてくるのだった。同様にラジオの中であったメイク道具に関して妻が娘の尊崇を一身に集めている現状があるので、余計にである。(キッズネイルを塗ってもらってうっとりしている)

nippper.com

しかしラジオの中で教えてもらったニッパードットコムは抜群にいい。特に上記の記事が良かった。過去のオモチャを労わりつつ、未来のオモチャへの可能性を与えてくれたオリジンタビューに感謝である。

 

拝読

佐藤あつ子著「昭 田中角栄と生きた女」を読んだ。筆者の愛読書の一つとして「大宰相」があることは繰り返し述べてきたが(とうとう中曽根康弘氏も泉下に没してしまった)これは全く史実通りということではなく、特に序盤は架空の人物、半架空の人物もおり、そして作者の史観――語り口によって読者が受ける印象にもバイアスがかかっている。とみにゴルゴでおなじみあのさいとう・たかをプロの作品であるから劇画調の人物がにやり企み顔をするとまさにゴルゴにドゥガーンと眉間をぶち抜かれても仕方なさそうな悪徳政治家に見えてくるものだが、歴史は必ずしもその人物をそう評していなかったりもする。
そういった「デフォルメ」の最たる人物が田中角栄であった。
「大宰相」の原作、小説吉田学校の作者・戸川猪佐武氏は親田中であり、解説を書いた早坂茂三氏は田中角栄の秘書であったからやはりそういうバイアスがかかっている。そうなると別の光が当たった田中角栄という人を見てみたくなり、この本を手に取った。もはやそれ自体が歴史となった「田中角栄ブーム」の巻き起こった2016年の角栄の語られ方はカリスマ重視、半ば神格化されていたが、2012年出版のこちらはナマな角栄が顔を出す。
「寂しき越山会の女王」としてマスコミに取り上げられた田中角栄の腹心にして愛人、佐藤昭(のち昭子)。著者・佐藤あつ子氏はその二人の間の子とされる(田中角栄から認知はされておらず、また遺伝子鑑定なども行っていない)著者曰くおとぎ話のような世界に生きていた幼少時代、欲さずとも大人たちがかしづき、何もかもが手に入る――から、自分の母とのスキャンダルが起因となっての角栄の失脚、それに呼応するかのように彷徨する著者……。
本文では田中角栄の細やかさ、豪放さという相反する長所が随所に見られ、認知はできずとも良き父であろうとしたのだな……と思っていたらさらっと別の愛人の話が出てきてズッコケてしまう。郵政大臣だった角栄が著者に度々プレゼントしていた希少な郵便切手シートもそちらの愛人の子もばっちりもらっていたらしく、角栄、溺愛の仕方がワンパターンしかないのか。 多分真紀子にもあげていることだろう。
しかし別の愛人の子とはっきり違うのは、向こうは男児であり、認知されていた。あるとき角栄は郷里より実父を呼び寄せ、本宅にてその「息子」を抱っこさせたという。その場にいた当時11歳の真紀子氏は号泣したそうだ。そりゃそうだ。角栄ほど人間の機微が分かっていたはずの男がなぜこんなことをしでかしたのか、それほど政治家にとって跡継ぎというのは目を曇らせるものなのかもしれない。
平成元年生まれの筆者の記憶にある田中真紀子という人はビシビシガンガン歯に衣着せぬおばちゃんという感じであったが、忙しい父親との貴重な団欒の時間にこんなことをされた小学生のお嬢さんだった頃があるのだと思うと何とも言えない気持ちになる。著者にとっての真紀子氏は優しい笑顔の印象というから、やはりマスメディアに筆者も知らぬうちに色々と刷り込まれていたのかもしれないと思った。
面白いのは先ほどの大宰相解説を書いた早坂茂三氏は彼の話を読むと角栄一の子分であり懐刀みたいな感じなのだが、著者によるとマスコミ担当に過ぎず、それも高圧的な態度が不興を買って著者の母、佐藤昭の方に陳情に来る人も多かったという。資料を多面的に当たる必要性を痛感させられるエピソードである。
これが面白くなかったのかもう一人の秘書と組んで佐藤昭追放嘆願とでもいうことを早坂は角栄に行うのだが、それは容れられることはなく、もう一人の秘書は田中事務所を去った。ただ、結論から言えばまさにそこが田中政権の命取りになったのだから二人は正しかったと著者は記してもいる。
ちなみに角栄が倒れた後、佐藤昭も早坂茂三も仲良く田中真紀子氏に放逐されることになる。

読了して思うのは角栄、昭、そして著者であるあつ子氏の情愛の深さである。真実は知らず、その点において確かに彼女は角栄の娘なのだと思わせるものがあった。巻末には角栄政権を倒したもう一つの記事、「田中角栄研究―その金脈と人脈」を著した立花隆氏(この方も鬼籍に入られてしまった)との対談があり、そこには父を倒した怨敵という雰囲気はなく、歳月を感じさせた。

図書館に返却する際、田中角栄の書生さんと田中真紀子氏が著した本、戸川猪佐武氏著「昭和の宰相」田中角栄大平正芳政権の7巻があったので入れ替わりに借りた。もう少し、田中角栄の周辺を色々な目で見てみたい。