・アドカレをいい加減完走させる。
・公募に一作以上出す。
・3月末締切の公募に向けて書き始める。
・週一冊積読を崩す。
頑張ります。
有言を実行した。せっかく文章を書くリズムが出来ているときにブログ記事の方も書いておこうと思う。
「ジャンププラス原作大賞」に「二人のエンドロール」を投稿した。約4,800字。加えてあらすじが250字程度。下記からお読みいただけます。よろしければ。
サムネイル、せっかく作ったのにサムネイルだと「人のエンドロー」になっとる! まあいいや。Canvaはオンライン即売会に出店した時にお世話になりましたが、簡単におしゃれっぽいものが出来てすごいなあと思う。はてなブログでも使えるのでもったいないから今後活用していこうかな……ということで早速本記事のアイキャッチ画像はCanvaで作成した。(一番上の画像)どうせ正方形に切り取られると思うので、素材を真ん中に寄せてみたりもした。果たしてどうなっているかは投稿してからのお楽しみである。(いや、下書き保存したら確認できるんだろうけれど)
Canvaの使い心地はもちろん変わらないが、noteでは「パブリッシュ」だったボタンがはてなで開くと「完成」になっており、なんとなくそういうところでそれぞれのブログのカラーを感じたりした。
原型は学生時代に無料の部誌に掲載した作品。確か2010年だと思うので、「朝井リョウ先生ショック」以後の作品であるということになる。そして、3.11以前の作品。このブログに幾度となく登場するS先輩は東海地方のご出身であり、幼き頃から幾度となく語られたという「南海トラフ巨大地震」の恐怖を話してもらったことが記憶に残っており、また伊坂幸太郎先生フォロワーであった筆者は「終末のフール」を意識しつつ、その「滅び方」は少しアレンジを加えよう、ということで元の作品はもっとガンガン地震が登場するし、津波だってあったが、今回改訂にあたってざっくり削った。作品で起こることですら、自分でも気づかぬうちにあの日以前以後があったのだな、と読み返して気がつかされた。
この頃は「自分と同じ視点は書けて当たり前だからそれ以外のことに挑戦しよう」という目標があって、年下のお嬢さんの視点を借りた文体になっている。外側で起こっていることを綴る文章の軽さには気をつけた。
もともと1万字弱の作品で、ほぼ半分に削ったことになる。それでもこの作品をベースにしたのは「ジャンプ+」という場所には自分の手持ちの中でスケールの大きい作品を送り出したいな、という気持ちがあったから。起伏は少なくなったが基本的な味わいは変わらず仕上げることが出来たと思う。ただ、文字通り骨身を削る思いがしたので減らす改稿はもうやりたくないな、と思った。和牛がM-1ラストイヤーに出なかった理由の1つに「自分たちの漫才を切り刻むのが耐えられない」というのがあった気がするが、その気持ちがおこがましいがちょっとわかったような気がした。
今回初めてnoteで文章を書いてみたが、なんだかふわふわして不思議な感触だった。行間など気にならないではなかったが(あと改行とかスペースがばっちりカウントされるのも前述した通り必死で削っている身にはちょっとこたえた)、この作品の雰囲気には合っているプラットフォームだったのではないか、と思う。
コンテストに対しては、「あらすじにタグをつけ、本文はつけない、あらすじにリンクを張る」という一連の流れが割とこまごまとしていて、運営側からの「例としてこんな感じ」という投稿があればより分かりやすかったかなと感じた。タグ別新着にして投稿直後を見ても自分の作品が出てこなかったのは自作は出ないとかそんな感じなんだろうか?
他の方の作品を読もうと思ったが、Twitterのトレンドでもしばしば見るけれども、全然関係ない記事が閲覧数稼ぎのためにタグをつけたりとかしてその意欲を削がれてしまう。時々見るとちゃんと適宜排除されているようではあるが……。
今回の公募に費やした時間としては4時間くらい。ほとんどが削る作業だった。
今回のタイトルを見て「記事を読み飛ばしてしまったのだろうか?」と思われる読者諸賢もいらっしゃるかもしれないが、第二弾、第三弾については間に合うのかわからなかったこともあり記載していない。
第二弾は「アンデルセンのメルヘン大賞」に応募させて頂いた。アンデルセンは広島時代にお世話になったパン屋さんで、結婚してからもコロナ禍直前の時に本店へお邪魔し、変わらぬおいしさに妻と舌鼓を打ったりした。
その写真がGoogleフォトによってたまさか「おいしい写真」としてピックアップされたことから懐かしく思い出し、調べてみると公募されていることを知った。また、39回の大賞受賞作品があらすじとサンプルのみでもその素晴らしさが伝わり、この賞に応募したい、という気持ちが高まった。
応募した作品の原型はこれまた大学時代の作品だが、データが紛失してしまったので思い切って骨子だけを使って文章はまるまる新しく書いた。2時間で約3,600字の作品になった。事務局様が当日消印有効にしてくださったおかげでなんとかなったはずである。8,000文字以内という文字数制限、童話という概念の弾力性など、色々なものに甘えた作品になったが決して今までの作品に劣ることはない愛しい作品となった。
父娘の話なのだが、当然大学時代には娘を授かるとは思ってもいなかったので不思議なめぐりあわせを感じる。読者諸賢の目にも触れる機会があればいいなと思う。
【公募情報】第5回創元社SF短編賞:サイトーブログ:So-netブログ http://t.co/IWPJuklD8s ぬああああああ こんなのあったのかよ
— 木本 仮名太 (@kimotokanata) 2014年2月7日
ぬわー 創元SF短編賞は三月ではなく今月だったのな しまったー
— 木本 仮名太 (@kimotokanata) 2016年1月15日
(勝手に)因縁の創元SF短編賞についに応募することが出来た。今までの創作の中で一番大切な作品をフォーマットに合わせて改稿し応募した。web提出の細々が行き届いていてとてもありがたかった。40×40の10枚以上という応募規定を11枚で提出する、この最低枚数をギリギリしのぐというのをやるといつもの筆者の公募人生が立ち現われたようでなんだか安心もする。
苦節と言うほどでもないが、8年前から心に留めつつ応募に至らなかった賞なのでついに応募出来て万感の思いであった。大げさかもしれないが提出ボタンを押す時は手が震え、ラスト5分でギリギリ応募が出来た。世紀末の流行曲めいた挙動である。
憧れのレーベルに掲載されるかもしれない権利を得られたことを今はただ喜びたい。夢を見なければ夢は叶わない。
まったくのゼロから、木本仮名太33歳が今持てるもので生み出せる文章で公募を続けていきたい。具体的には今年、筆者が出すことで筆者個人としては大いに意味がある公募が3/31締切になっているので、そこに向けて頑張っていきたい。今回チャレンジした文字数を全て足しても追いつかない、筆者には未知の領域であるがだからこそ目標とするに足りると思う。がんばります。
な、なんとこんな時間(23:45)である。
全てを捨てて娘との絆を深めた日であった。
とりあえずはなんとか15曲選曲したので明日は選曲理由を記載していきたい。
パブリックな場で濃厚ないちゃつきが発生していたので嫉妬のあまり作成しました。
とりあえずまだ日が替わるのまで10分あるので1行ずつ書いていく。詳細は明日。
東京事変の始まりと言えばこれだろうと思う。文句なく格好いい。
歌舞伎に続いて大人の時間がはじまりますよというイメージ。
この曲の「変さ」が東京事変をちゃんと聴くきっかけだった。
こんなタイトル通りの曲があるんだなと思った。浮雲のチキンピッキング、クライマックスの「探し出してくれてありがとう」、最高。
「魍魎の匣」の原作がすべての小説の中で一番というくらい好きなので。映画はこの曲が流れる予告編がピーク。
あのソロちゃんとライブで弾けるんだという感動がある。
不穏の擬音化。
安穏の擬音化。
このくどさを平成に翻案できているのが良い。
MVがとても好き。新しい亀田誠治。
キャベツ姫の思い出。
好きすぎてくるりの「スーパースター」と合わせて作品のモチーフにしたことがある。
実はセットリストを想定しているがここからアンコールのつもり。
刹那性の擬音化。こればっかだな。
寝る前に聴きたい。
時刻は23:38である。気がつけば年末年始休みも明日で最後。
本来であれば今日のうちに様々なことを片付けて明日はゆっくりのんびり寝正月…といきたいところだったがわずかなお昼寝で5分前まで全開だった娘の相手をしているとなかなか難しい。
今は再び妻が寝室、娘と筆者はリビングで寝る、ということになっている。妻は年末からこっち気管支を痛めていて、娘が風邪を引かないためにつけている暖房が喉に障るため、寝室でエアコンをつけず、羽毛布団と毛布、湯たんぽにて過ごしている。筆者が寝ていた場所にはスラムダンク新装版全巻がケース入りで鎮座している。
娘はバステト神のスタンド攻撃でも受けているのかと思うくらいアクロバティックな寝相を毎夜見せつけるため、本人のためにも家具や筆者のためにも以前紹介したベビーサークルの中に羽毛布団を持ち込んで寝かしている。羽毛布団のもふもふに倒れこむのが好きなせいで寝落ちた後にしっかり就寝体制に動かすのに苦労する。おもちゃも色々持ち込んでおり、電源が入りっぱなしのそれに娘を動かす際にうっかり触れてしまったり、また娘が寝返りで触れたりすると夜中にきらびやかな音が鳴り響き、何とも言えない気分になるどころか場合によっては娘が再び目覚めるのでまずはこれらの電源オフが最大のミッションである。が、恐ろしいことに中には電源を切るときに喋ったりするやつもいるので恐ろしい。「まった遊ぼうね~!」じゃないんだよ!
そして筆者はマットに寝るわけであるが、さすがに三年も使うとヘタレてきて寝心地が下がってきて悲しい。冬用布団は妻と娘で使い切ってしまっているので綿入れ半纏を着て夏用のタオルケットを被って寝ている。必然眠りが浅くなるが娘の夜泣きへの対応速度も上がるので結果オーライというところだろう。ただリビングで娘と寝ると、家族で一番早起きなのは筆者であり、ゴミをまとめたり、妻が夜にかけてくれた食器洗い乾燥機から食器棚に食器を戻したりという生活音で起こさないような配慮に神経を配る必要がありなかなかしんどい。土日であれば娘のむくりを最初に見られて幸福感に包まれるわけであるが、これが出勤日であると地獄の釜の蓋が開く音に聞こえるのだから我ながら勝手である。
ともあれ後回しにできる可処分時間は今の自分には存在しないと考えて動かなくてはいけない。家族を最優先にしつつ自分の主体性の復活が今年の課題だろう。
(21分/996文字)
特別お題「わたしの2022年・2023年にやりたいこと」
本年もよろしくお願いいたします。
さて、2018年1月1日に開設した当ブログもなんと5周年ということで月日が経つのは早いなあ、としみじみしてしまう。殊に昨年は早かった、というのも来年も言っているように思え、すなわちこれが老い……ということなのだろう。
昨年の「一昨年より記事数を多くする」というのは無事達成でき、歴代2位タイとなった。が、残念ながらPV数は再び前年割れしてしまっており、ただノルマ的に更新するのはやはりよくないということが実績をもって証明されたことは今後の指針となるであろう。
実際、一年目二年目の記事を読んでみると、「ああ頑張ってるな」と思う。最近は打鍵を進めることに手癖を頼り、あまつさえそれを「文芸」などと呼ばれることによって驕っていなかったか……。
自分が誰よりも自分の文章、記事のファンであると胸を張って言えるような記事を書いていきたいと思う。
本年の目標としてはまず去年の後始末である。下書きを片付けるためのアドベントカレンダーは家族が自分を含め順番に週末体調を崩し、1/3程度の達成率にとどまってしまった。しかしどれも記録しておきたいものではあるので、ここに今月中の達成を宣言しておきたい。
具体的には、以下である。
1/18:おれは果たして人生で何度「大宰相」を読み返すのか
2/18:あばよ、相棒。
3/18:娘氏、1歳5カ月になる。
4/18:5年前発売の海賊無双3を夏からずっとやってる
5/18:娘氏が871万人の目に触れた日
6/18:3年ぶりの帰郷、娘氏初めて県外に出る。
7/18:あの「センキュー!」と僕らについて、あるいは「芸人迷子」感想
8/18: 林檎かじれ、mini。 androidユーザー11年目にしてiPhoneを手にした話。
9/18:東京事変プレイリスト15選
10/18:法制婚をし、子を成して結婚観は変わったのか
11/18:今年どんな本を読んできたか
12/18:笹貫の記・推しが実装されたその時オタクは
13/18:ハロヲタアドカレ感想
14/18:一月のトピックスをなにか
15/18:BUMPプレイリスト15選
16/18:なにかしらK-POPについて
17/18:祖母を葬送(おく)る
18/18:アドベントカレンダーを終えて
失敗の一つの原因として日程に捉われてしまったというのがあったと感じているので順不同としたい。
昨年は久々に人の目を振れることを前提に掌編を書き、好評いただく有難い機会を得た。恥も外聞も捨て「ワナビー」である自分についても記事にした。
そのくせ、公募については昨年は全くノータッチであった。まあ、そんなリソースがあったら記事を書くか娘と遊ぶ方が優先順位が高かったのである。
記事を書けば、有難いことにリアクションが(リアクションがないというリアクションも含めて)ある。娘と遊べば過剰なくらいリアクションしてくれる。公募においてはそれがない。ほんの一握りの栄光を掴む人々以外は、今まで注いできたことの悉くは雲散霧消する。
「いや、そうじゃない。そりゃあ作品は陽の目を見なかったかも知らないけど、そのために費やしたことで広めた見聞、研鑽した筆力が必ず次回に繋がるんだよ」
とおれが他人を慰める立場なら言うかもしれないが、しかし自身の正直な感情としてはうっせーよ仕事と家庭を持ちながら公募に出す原稿を生み出す労力舐めてんじゃねーよ次回ってなんだよ! 10回落ちたら1回入賞と交換してくれんのかよ! ともなったりし、精神衛生上もあまりよろしくない。
昔は出力したい物語が頭の中で順番待ちをしていた。汲めども尽きぬ愛すべきキャラクターたちのエピソードがあふれていた。
今はもうない。昔こんなのいつでも書けると思って捨てたものを探しに行ってボロボロなのを磨き上げて見たり、日常で触れたものを足したり引いたり掛けたり割ったり切り刻んだり繋いでみたり、これおれだったらこうするのにからスタートしてみたり……。なんとかしてそうやって話を紡いでいる。
そうまでして自分は何がしたいのだろう、と自問するときもある。創作発表の場なんていくらでもある、公募に出さなくてもいいじゃないかと。ただちやほやされたいだけなんじゃないかと。
きっと筆者は「大丈夫」になりたいのだ。
33年生きてきて妻をはじめとして周囲に迷惑かけ通しだ。刑罰を受けたこともないが、首からメダルをかけられたことも、大きな賞状をもらったこともない。難関資格を取得できる頭脳があるわけでもない。
でも創作は、ずっと筆者と共にいてくれた。逆に言えばこの何もない自分が最後に縋れるものはこれしか残っていなかった。マンガが描けたら漫画家を目指していただろう、楽器が出来たらミュージシャンを目指していただろう。映画監督。俳優。スポーツ選手。できない。何もできない。でも打鍵はできる。できてしまった。
その果てに大丈夫になりたい。第三者に自分の人生を一端でいいから肯定して欲しい。
そういう願いを込めて、今年は公募を再開することにする。ストックは何もないけれど半年以内にどこかへ挑戦が出来たらいいと思う。
あっという間にいつもの74kgに戻ってしまったので恥も外聞も捨ててTwitterでタグでも作って定期的に自分を戒めるようにする。フィットネスアプリとエクササイズバイクを再開したい。プランクをしていると娘が飛び乗って負荷が爆上がりしてしまったりして前回は中断してしまったのだが、どうにか打開策を見出したい。
育児費のために真っ先に削ったこともあって激減した。ゲラ読みサービスは引き続き参加しているので活用していきたい。インプットの枯渇から老化がはじまると個人的には思っている。
上記いずれも残業していては覚束ないので以前よりだいぶ減りはしたがさらなる労働時間の減少を目指す。上半期は大きな変化があるが、うまいことこなして評価に繋げたい。
最優先。この大都会鹿児島でも幼稚園戦争は健在らしく、プレスクールに行けるかどうかが勝負の分かれ目…ということで夫婦で役割分担しつつ娘の将来がよりよくなる手助けをしていきたい。
がんばります。
仕事は納まることなくむしろ雪だるま式に肥大化し、
娘氏を寝かしつけてじっくりと思ったあれやこれやはパソコンを触ることすらできず越年の勢いである。
リクライニングシートに寝そべりうっすい粥をひと匙ふた匙食べていた娘が今や下手したら大人茶碗一杯分くらいの白米をモリモリ食べているので一年はあっという間だなあと思う。
ブログ活性化のための手立ては色々打ってみたがことごとく挫折しているので来年はしっかり向き合っていきたい。
良いお年を。