カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

アラサー男ツイステにはまる―ツイステッド・ワンダーランド4章「熱砂の策謀家」妄想・感想・考察

※ツイステッド・ワンダーランド全般(原作作品含む)のネタバレがあります

余談

気が付けば前回更新から十日近くが過ぎており、おうち時間の盛り上がりの中でありがたいことに過去記事を読んでくださる方が増えたのか、安定してアクセスが高い傾向にある。

本当は毎日更新したいくらい書きたいことがたくさんあるのだが、未だコロナ対策に追われ(どんなものであっても「やったか!?」となったときが一番危ないというのが世の常であるから居間こそ最も神経を注がねばなるまい)帰宅即メシ、フロ、ネルというあまりよろしくない日々を送っている。妻とあつ森がなければ即死だった。

そしてもう一つ。

実は前回の記事更新の後、筆者は「ディズニーデラックス」に加入した。

dd.deluxe.disney.co.jp

その直後にディズニープラスが日本上陸ということでこの間の悪さ、まさしく筆者といったところだがともあれそこから先ほどのメシフロネルの間に夫婦でディズニー作品をずいぶんと見た。

何故か。

またまたどちらかというと女性向けのジャンルにはまってしまったのである。

時間は有限、気を付けていたのにまたしても沼が。こうなると最近の沼はホーミング性能が付いたと思わざるを得ない。

刀剣乱舞、ヒプマイ、そして今度はツイステッドワンダーランド――「ツイステ」に筆者ははまってしまったのだった。

というか妻が我田引水ならぬ我沼引筆者したと言って相違ない。

刀剣乱舞においては筆者が先に浅瀬でばちゃばちゃやっていたところを後から来た妻がより深いところで楽しんでいるから追いかけてみたらまんまと沈み。

ヒプノシスマイクでは東京に信じて送り出した妻がドはまりして帰ってきたので正気に戻そうと追いかけたら見事ミイラ取りがミイラになり。

そして今回は、筆者が漫然と日々を送っていたところに妻が「オラッ 沼だぞっ」と浴びせかけてきたような形である。

「ツイステはいいぞ…いい…」

そう妻が少し前から呟き始めていたのは筆者も感じていた。ただその時筆者は「ツイステ」は例えば「刀ステ」や「ヒプステ」のように「作品名+ステ(舞台)」の略称だと思っており、おうち時間ということもあって「ツイッターで舞台を楽しむとかなんかそういうことなのだろうか? ともあれ楽しそうなのでよいことである」と太平楽に構えていた。

その少し前、まだ三密を全く気にもしていなかった外出、アニメイトにて店頭POPを見て夫婦して「ディズニーのヴィランをイケメンに……? 『戦が始まる』じゃん……好きな人たちは大変だな……」などと思ったりもしていた。

我々夫婦と言えばごく平均的にはディズニーを摂取してはいたものの、入れ込んでいる、という形ではなく、その派生に対してもそこまで食指が動かなかったのである。

げに恐ろしきはサブリミナル布教で、妻はそのSNSにおいてフォロワー諸賢が一人また一人とその沼に沈んでいくのを観測していた。今までそういった「属性」がなかった人がそのキャラクターにはまっている……妻もまたオタクの荒波を二十年近くにわたって泳ぎ続けてきた女……本能的にわかってしまったのだろう。

「そういった場合は反動ですごくそのキャラクターにハマってしまう」

「そしてそれほどキャラクターに気持ちを動かさせるコンテンツというのは『本物』だ」

と。

そしていつの間にか、「推しの条件の一つは視力がいいこと」だったはずの妻はアズール君を庇護する存在となっていたのであった。とはいえ今のところの最推しはフロイドであるらしい。妻は言う。

「古の人は言った……。『信彦を信じろ。信彦の信は信じるの信』だと。それは真である。例えばあの覇きゅ(筆者の脳が自らの保護のために記憶をシャットダウンしたのでこれ以上のことはわからない)であってもジョジョ5部であっても刀剣乱舞であってもそうだった」

古の人は多分平成生まれっぽかったが、しかしその言葉は信じるに値すると考えた筆者はSTAYHOMEの流れに沿ってツイステッド・ワンダーランドへ足を踏み入れることとなったのだった。家にいろや。

その前に妻のプレイしている様子を横目で見ているので、「なんかハリーポタ夫(著作権の関係で筆者が提示できるぎりぎりの表現)みたいな世界観だなあ」と思ってはいたが、いざ自分で始めて見ると寮を選んだり箒を扱うスポーツがあったりして筆者の中の杉下右京さんが「おやおや」と興味を示し始めたが、深く気にしてはいけないのだろう。「式典服」のシックな感じに早くも筆者は「ほう……いただきましょう」といった姿勢になってもいた。

選んだのは、ジャミル君であった。モチーフがわかりやすく、野心がありそうなところがいい。声もいい意味で冷めていてよい。その後のガチャのSSRはエース君であった。その後、戯れにピックアップを引くとアズール君のSSRを引き当て、妻の怨念を背中に受けながら、ちょうどオクタヴィネル寮の強化キャンペーンであったので(スカラビア寮でもやってほしい)ひたすら授業を受けさせ続け、アズール君をグルーヴィー化にまでこぎつけた。

人並みにソシャゲはやってきたが、ツイステはとにかくよく動き、喋る。しかも所作がそれぞれ違って細かい。まだストーリーを参照せぬうちから、なんとなく各人のキャラクターが想像できてしまう。

プロローグの肉厚ぶりにもたれてしまった筆者は、並行して慶長の熊本でおっかなびっくり暗いところを歩いたりしながら、漫然と授業を受け続けていた。オート機能、とても楽。しかし妻の「3章を読んだほうがいい、早く」という助言に従い、意を決して本編を読み進めることにした。妻は先が気になりすぎて石を砕きまくったということだが、事前にしつこいくらい授業を受けていたおかげもあってランク上げを途中で要求されることもなく読み進めることができた。

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著作権の関係で我々が用意できる限界のツイステでの岡本信彦氏(十年位前の宮島水族館にて筆者撮影)

なるほど妻が文字通りタコツボめいてハマるのも納得できるというものであった。そして筆者もまた、その世界に魅了され、そうなってくるとしっかり表玄関から入りなおそうということでずいぶんと迂回してしまったが最初に戻り、ディズニーデラックスに加入しようということになったわけである。時刻は深夜3時であった。

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ディズニーデラックスのユニーク魔法「始まりの黒鼠(ミッキーマウスマーチ)」によってホーム画面がかわゆく変貌し、戸惑うセックス・ピストルズ

ツイステ全般にかかる考察・妄想

そうしてモチーフになっているであろう作品をあるいは改めて見直し、あるいは初めて見た。さすがにディズニー、上質な作品の数々は筆者と妻を家にいながらにして幸福な時間を過ごさせてくれるのだった。

今回モチーフ作品を見直してみて、その展開と章のメイン、すなわち寮のストーリーの実装の順番に符号を見出したので記しておく。

簡単にいってしまえば、モチーフのヴィランが悪逆(理不尽)であるほどストーリーの実装が早い、というものである。

ハーツラビュル寮のモチーフ「ハートの女王」は何かと首を刎ねたがる(実際刎ねているのだろう)暴君。

サバナクロー寮のモチーフ「スカー」は実の兄を殺し、甥を追い立てた。

オクタヴィネル寮の「アースラ」は詐欺めいた契約で姪と弟を掌握し、過失とはいえ部下を殺めた。

スカラビア寮の「ジャファー」は王女の想い人を殺そうとし、謀反を企てた。

ポムフィオーレ寮の「ウィックド・クィーン」は白雪姫を永遠の眠りにつけようとし、小人たちを岩で潰そうとした。

イグニハイド寮の「ハデス」はパワハラめいた環境の改革を目指した。

ディアソムニア寮の「マレフィセント」はお祝いの席に呼んでもらえなかった。(さすがに「マレフィセント」での改変はやりすぎだと思います。好きだけど。)

どうだろうか。下に行くほど「いやヴィランがかえって気の毒だな」という風に思えないだろうか。特に後半3名は、主人公がいなければそもそもヴィランになっていなかった可能性さえあるのである。

ツイステのキャッチフレーズは「本当のハッピーエンドを見せてやる」である。なるほど「不思議の国のアリス」でだれにも制御不能だったハートの女王=リドル君は寛容さを持つようになった。「ライオンキング」で狡猾なるカインであったスカー=レオナ様は家族や仲間との共存共栄を得た。「リトルマーメイド」で無慈悲な契約にこだわったアースラ=アズール君は契約よりも大切な関係を再確認した。

いわば「直しどころ」が、どこをフォローするべきかがはっきりしていれば、ハッピーエンドに導くのはたやすい。しかし後ろの寮になるにつれ、事が起こった状態で挽回することはいわゆる「主人公ポジ」からでは困難なように思えてしまう。その難易度も含めて寮のストーリーが配置されているのでは、と筆者は考えてしまうのである。



本題

余談が、ながくなった。

いや、今回本当にだらだら書きすぎて、本来前編配信前に更新しておくつもりだったのが気付けばこんなタイミングなのである。あんな展開もこんな展開も予想していたのに、自分の遅筆が憎いばかりである。

気を取り直して後編の予想をしていきたい。

と、ここまでを先週書いていて、今までアップデートと言えば刀剣乱舞くらいだった筆者は火曜日アップデートだと勝手に思っていたので本日、ばっちり後編が更新されてもう完全に出遅れも出遅れ、お前はいつもそうだ、誰もお前を愛さないといった感じであるが、せっかくなので感想なり妄想なり考察なりを事前の筆者の予想の検証も行いつつ、垂れ流していこうと思う。

筆者の事前の予想(妄想)

今までのパターンで行くと章ボス=イコール章タイトルに当てはまる人物であった。そしてそれはまた、寮長でもあった。つまり、「熱砂の策謀家」はあからさまにジャミルっぽいが実はカリムで、ジャミルが自分を陥れようとするところまでを計算に入れ、ジャミルの野心を打ち砕こうとしていたのである!

とはいえカリムはジャミルが憎い訳ではなく、むしろ対等な友人関係を結びたいと願っていた。ホリデーの居残り合宿を思いついたのはカリム自身で、それは実家に帰ると否応なしに自分とジャミル、それぞれの両親の主従関係を嫌でも見せられてしまうからだったのだ……。 

しかし思いのほか自分を憎んでいたジャミルの本性を目の当たりにしたことや、魚類の余計な茶々によって思惑は中途半端に頓挫。焦ったカリムは自分でも無意識のうちに、「オアシス・メイカー」の真の能力を発動してしまう。そう、「オアシス・メイカー」の真の能力は「元素を操る」能力。空気中の水分から雨を生み出すのはその力の一端に過ぎなかったのだ。カリムが触れたものが次々に黄金に変わる。それはまるで「ミダスの手」のように……。寮も、寮生も、スカラビアの時空のすべてが黄金に染まろうとする中、カリムはオーバーブロットする。その姿は古の「盗賊王」の姿……カリムの家は元は盗掘から財を成した一族であったのである。

辛くも監督生たちによって暴走を鎮められたカリム。その目に映るのはジャミル。そして暴走が鎮まったことで元に戻った、黄金に変えてしまった寮生たち。まぶしすぎる太陽が自ら生み出していた暗い昏い陰を知った彼らは新生スカラビアとして一致団結を誓うのだった……。

目を開けた彼らが驚いたのはカリムが無事だったからだけではない。その目の色はオアシスのような水色に変わっていたのである。実はカリムの赤目はジャミルが長年かけていた催眠によるもの。その呪縛からもカリムはようやく解き放たれたのである。SSRカリムのグルーヴィーが目を閉じている絵なのはこの伏線だったというのだから驚きである。

大団円……と思いきや、火の精霊をすっかり忘れていた練習生。息も絶え絶えな火の精霊に大いに慌てるが、今回の恩を返したいとやってきたカリムの「オアシスメイカー」により、空気中の酸素を多く取り込んだ火の精霊は普段以上に強力になり、帰ってきた学園長によってスカラビア寮長・カリムはまさに熱砂の国の誇るべき魔法士であると賞賛を受けるのだった……。

熱砂の策謀家・完。

実際に「熱砂の策謀家」を通し読みしての感想(と検証)

まあ全ッ然違ったので下手な予想を上げて恥をかかなくて良かったなとは思う。(結局こうして記事にしているから意味はないのだが)

さて熱砂の策謀家、全41話というボリュームを全く感じさせず、分割配信のたびに怒涛の勢いで読み進め、後編も配信されるや否や読み進め、ボスは最終的にフレンドの方のレオナ様をお借りすることで何とか突破したのだった。ダブル風属性…すちだ……いつも草属性と間違えてごめん…初代ポケモン世代だから……。

通し読みしての率直な感想は、今回も間違いなく面白かったのであるが、過去3章と比べると、特に後半に行くにつれて怒涛の展開に押し流されつつもしかし、ところどころ雑というか駆け足のところが見受けられたように思え、残念だった。スカラビア寮が特に「推し」であるからそのように思ったのかもしれない。「アラジン」もとても好きなディズニー作品だ。(イアーゴモチーフの寮生が実装されてほしい。前の寮長だったりして)

前述したが、「ツイステッド・ワンダーランド」のキャッチコピーは「本当のハッピーエンドを見せてやる」であり、過去3章はそういった気概を感じられるものであった。そこを踏まえると、本章はちょっと物足りなさを感じてしまった。

今までの流れから考えると、「アラジン」で傲慢で独善的な奸臣であるジャファー=ジャミル君はその主に尊敬すべき点を見出し、ともに国を盛り立てる展開となると思っていたのだが、そうはならなかった。もちろん、君臣の関係を超え、本当の肚の底をぶちまけられるようになったジャミル君が以前より前進したのは間違いない、とは思うのだが……。

そう、ジャミル君は、と今筆者は言った。この展開で一番救われていないは誰あろう、カリム君ではないかと筆者は思うのである。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

 

平成31年東京大学学部入学式 祝辞より引用

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

4章を最後まで読み通してこの言葉が脳裏をよぎった。この祝辞を述べられた上野千鶴子先生自身について言及することは脱線となるので避けるが、しかしこれほど端的にカリム君とジャミル君の立場をまざまざと見せつけるものもないのではなかろうか。

結局のところ本編で、カリム君は「幸福な環境に生まれ育ったものはその環境を自覚することが難しい」という点では消化不良のまま終わっているように思う。なんなら、実際にジャミル寮長がちやほやされ、それを見せつけられて初めは喜んでいたが最終的に嫉妬からオーバーブロットする……からのこれも今回のストーリーではあまり語られていない「勝ち組」であるからこその苦悩がぶちまけられる……という過程を経て、2人は平行線で決して交わることはないが、しかしいつも隣にあるということをお互い理解する……というエンディングを筆者としては期待していたのである。

そこまでいかなくとも、例えばカリムの家の振舞い、自らとの境遇の違いをますます感じさせる一件となったと思われる学園長の「寄付金」の話が、実は本来入学資格のないジャミルを従者としてではなく息子・カリムの一人の友人として学園にねじ込むためのものだったのだ――的な秘密があったらまだ救われたのではないかと思うのだが。ていうか今の段階だと学園長がただのクズだけど大丈夫なんだろうか。

そうそう、「章ボスは毎回寮長だから今回もボスはカリム! 『熱砂の策謀家』というタイトルがミスリード」と予想していて見事に外れたのだが、しかし原作に沿って現寮長を追い出し、新寮長の座に居座ることで「章ボスは毎回寮長」のパターンを変化球で守ってくる脚本には唸らされた。初めの対決が後編の割と初めの方だったので、本章はジャミル&カリムのボス連戦なのかと思ったが特にそんなことはなかったのである。ジャミル君のオーバーブロット時の姿はジャファーの大蛇&魔神に変貌した時がモチーフなのだろうが、その手には原作で敗北の原因となった「従」の証である腕輪がはまっているのが切ない。思えばカリム&ジャミルはスルタン(国王)とジャファーだけでなく、アラジンとジーニーという対比もあることに気付かされる。(もっと言えば、カリムのモチーフには「ダイヤの原石ではない男」カジームや「盗賊王」カシムも含まれているのではないかと筆者は思うのだが)

オアシス・メイカーが普通にそのままの能力だった……がまさに適材適所という活用方法でよかったと思う。しかし「ジャミルはすごい魔法士」というのが強調されているが、あれだけのことを出来るユニーク魔法、カリム君も相当な使い手だとやはり思うのだが。

ジャミル君のユニーク魔法は反則と言ってもいい能力だが、しかしジェイド君の制約の多さに比べてずいぶんフランクに使えるのだな、とも思う。劇中で語られていないだけでしばらくお腹が緩くなったりする副作用でもあるのかもしれない。パターンとして、次章ではスカラビア勢が監督生をサポートする(カリム君の毒に強い設定が毒リンゴを前に活きるはずである)展開となると考えると、何らかの危機に陥った一行、グリムがジャミル君にユニーク魔法を使えと促すが、そこで何らかの条件があるのでこの場では使えない、とその制約の理由が明かされるのかもしれない。鬼が滅んでも連載が再開しない漫画、ハンターハンターを愛読した人間としてはやはりこれだけの能力にはそれなりの制約があってほしいものだと思う。ユニーク魔法ってハンターハンターの念能力っぽいよね。「枯れない恵み(オアシス・メイカー)」「俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)」「蛇のいざない(スネーク・ウィスパー)」……思いのほか違和感がなかった。

ジャミルの失態について、指定暴力団オクタヴィネルは「全国放送」と言っていたが、その後の寮生やエース、デュース両君のリアクションからしてそれはブラフだったのではないかと思う。または全員がハチャメチャに性格が悪いかである。大体あのインテリヤクザが拡散してはいおしまいですであんな面白いおもちゃ…いや顧客を手放すはずがないのではなかろうか。記録自体は何らかの手段でばっちりしていると思います。巻貝とか使って。ほとんどワンピースである。(空島編)

そしてカリム君の目は真っ赤なままであった。よくよく考えるとハッピービーンズデーは時系列的にこれより後で、その時のカリム君の目はバリバリに赤かったのだから当たり前と言えば当たり前である。今思うと今回を経たからか、ジャミル君のカリム君の扱いが若干ラフだった気がしないでもないハッピービーンズデーである。

火の精霊のやっつけぶりは脚本の人もしかして忘れてた? というくらい雑で逆に心配になってしまったが、スカラビアから戻ってからの火の精霊は実際には確認されていないので、本当は大変なことになっているか、または学園長が監督生を学園へ留めるための口実だったりするのかもしれない、と不穏な伏線の可能性を懲りずに主張しておく。

以上、八千字を超えてなおいくらでも語ってしまいそうなのでいったんこの辺にしておく。ここまでオタク特有の早口にさせてくれる作品は久しぶりであるので今後も楽しみに更新を待ちたい。

M(魔王)~愛すべき人がいて~舞台『刀剣乱舞』虚伝 燃ゆる本能寺(初演)初見感想

余談

刀ミュ無料配信という神企画…それに追随して感想をつづっていくつもりだったが、音に聞く「むすはじ」で完全にぶち抜かれてしまい、その後茫として消化が追いつかない状態であった。

審神者諸賢の勢いはやまず、最新作の同時上映、刀ステ、活撃とムーブメントが続き、まさしく炉で煮えたぎる玉鋼のようなその勢いは鬱屈とした日々の中で痛快な出来事であった。

そしてDMM様が今度は刀ステまで無料配信してくださるという。神の上か?

以前、維伝に備えて再演の方は視聴したのだが初演は初めてであったのでさっそく視聴することにした。

刀剣男士が人の物語をその根源とするのであれば、この展開で大いに力を蓄えることであろう。

開始十分前。既にスタンバっていた我が家はしかし開始時間になってもぐるぐるが回り続ける画面に困惑した。見守ること暫くして画面がすっと暗くなったときはついに暗転! 始まるぞ! と思ったのだが待ちすぎて画面のスリープ機能が働いただけであった。

システム障害が起きているという。まさかの時間遡行軍との戦いにもゆるりと構える審神者諸賢たち、さすがに盆栽ゲーの熟達者である。面構えが違う。

予定より一時間押して、天下五剣、三日月宗近の声から部隊が始まった。

本題

天正十年六月二日、京・本能寺。

織田信長は家臣・明智光秀の謀反に遭い、紅蓮の炎の中に消えた。

日本人に膾炙しているといってもよい「本能寺の変」である。

魔王・織田信長の絶頂期での突然の最期はあまりにもセンセーショナルで、あまたの創作に取り上げられている。

もちろん「刀剣乱舞」ゲーム本編でも序盤で取り上げられているし、最初のアニメ化「刀剣乱舞花丸」においても初期でピックアップされた。そして初のメディアミックスとなったこの舞台でも。

そしてそれを踏まえた映画でも。

 

kimotokanata.hatenablog.com

 そんな本能寺の変と縁深い刀剣男士・不動行光が本丸に顕現するところから話は始まる。まだ刀剣男士の自覚が浅く、前の主・織田信長森蘭丸への執着が強い不変更行光。丁寧にへ し切長谷部の地雷を踏みぬき、新たに近侍並びに第一部隊隊長及び不動行光のお世話係を拝命した山姥切国広のストレスはマッハである。

そんな中、大坂夏の陣の任務をこなす一期一振、鯰尾藤四郎、小夜左文字、江雪左文字たち。自らが焼け身となる運命を知る鯰尾藤四郎は歴史を変える誘惑に負けそうになるが、同じ運命をたどることとなる兄の説得に思いとどまる。

このタイミングでこのエピソードを挿入するのは後の不動行光の歴史を変えようとする暴走の対比だというのは勿論のこと、彼が事あるごとに歌う「不動行光、つくもがみ。人には五郎左御座候」という信長の座興の唄と呼応していることに唸らされる。

刀剣乱舞に慣れ親しんでいると「つくもがみ」=「付喪神」と思ってしまいそうであるが、実際には「九十九髪」。「九十九髪茄子茶入」という茶の湯の祖・村田珠光や足利将軍・足利義満、越前のチート武将・朝倉宗滴、爆発したリア充松永久秀という錚々たる来歴を経て信長の手に渡った。ある刀と共に。

その刀の名は、薬研藤四郎といった。不動行光、九十九髪、薬研藤四郎は「本能寺の変」においてその運命を共にし、焼け身となる。

そして焼けた「九十九髪」はそれでもなおその来歴から珍重されるが、再びその身を戦火に晒すこととなる――。

もうお分かりであろう。

九十九髪は一期一振、鯰尾藤四郎らと一緒に大坂夏の陣において紅蓮の炎に包まれるのである。

ざれ唄の「登場人物」である九十九髪を介して天下人をめぐる二つの火をつなぎ合わせる趣向には恐れ入った。

左文字兄弟もまた、「織田組」との対比になっている。刀匠は同じとはいえ伝来はバラバラである左文字に対して、確かにひとところにいたはずの「織田組」はどうにもかみ合わない。それは「織田信長」という人のとらえかたの違いによるものか……。

ツッコミ不在(物理的に口を塞がれる)の軍議…いやおはぎの宴…いやおはげの宴…(やっと助け船が来たと思ったらド級の泥船だった時のへし切長谷部の心境やいかに)を経て紅白戦を行っても溝は埋まらない。

既に史実との乖離が進み始めている「本能寺の変」の歴史を護るため、刀剣男士はあまり類を見ない二部隊同時出陣という体制で出陣する。

炎上する本能寺。森蘭丸もまた、必死に応じるが多勢に無勢、史実通り安田国継に討ち取られようとしたとき、時間遡行軍のナイスアシストにより一命をとりとめる。

そう、時間遡行軍にとっては森蘭丸が生き残り、ひいては織田信長が生き残ってくれたほうが都合がよい。

翻って、刀剣男士としては森蘭丸にはここで死んでもらわなければならない。もちろん、織田信長にも。

葛藤し、甘酒よりも甘い情けをかける不動行光。それは戦場では最も致命的な行為である。森蘭丸が目の前の「邪魔者」を排除しようとしたとき、宗三左文字が割り込んで住んでのところで助かる不動行光。

へし切長谷部が自分を「下げ渡された」として信長を恨み続けているのに対して、不動行光は自分が森蘭丸に下賜されたことで「森蘭丸の手にある織田信長の守り刀」と自らを位置付けていた節がある。だからこそ不動行光は蘭丸や信長を殺せないし、蘭丸は信長に仇なすと思われる不動行光を排除しなくてはならないのである。

そこに風穴を開けるのが最後まで「信長の所有刀」であった宗三左文字というのはなんという皮肉だろう。歴史を護るために、主・織田信長を殺させるためにその寵愛した部下である森蘭丸を討ち、また仇である明智光秀をかばわなくてはならないとは。

そうまでして生かした明智光秀は、しかし信長をその手で討ち果たすことはない。織田信長は恐らくは薬研藤四郎を用いて、自らの下天の夢の幕を閉じた。それに一番慟哭していたのは誰あろう明智光秀であった。信長より年上であった彼は自らの老いと、それによるお払い箱(信長は結構思い出したかのように家来を追放したりする)を恐れて謀反を起こしたのであった。信長に必要とされたかった。隙間を埋めてもらいたかった。その願いはかなわず、信長は散り、大きな空白が生まれるも、そのための犠牲を誰あろう不動行光が思い起こさせ、史実通り彼もまた、歴史の敗者となるのだった。

一回り大きくなった不動行光は馬当番もこなすようになり、山姥切国広もまた近侍として、隊長として成長するのであった……。

見終えて

映画と同じ本能寺を扱った内容でありながら(時系列はこちらが先だけれど)互いに呼応しながらも別物に仕上げていて良かった。

織田信長」という存在が様々な登場人物から語られ、その輪郭はどんどん縁取られていくけれどもついぞ本人は言葉を発さず、姿も終盤にほんのわずか見えるだけ、というのは良かった。

以前も指摘したが、刀ステにおいて現状最新作の維伝に至るまで「織田信長」という存在は極めて強い影響力を放っているように筆者には思え、一度「本能寺の変」としてはステと地続きの映画版で完全に昇華されたけれども、例えば既にステージで実装されている分であれば「長篠の戦い」(タイミングとしては森蘭丸に不動行光が下賜されたり光秀が戦後処理で信長へのヘイトがたまりまくっているころ)あたりで信長を正面から扱ってくれてもよいのかなと思った。信長存命時をガッツリはまだステだとないのではなかろうか。

では日付が変わって本日、再演を楽しみに待ちたい。

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生々流転――鬼滅の刃第205話「幾星霜を煌めく命」感想

鬼滅の刃 23巻 フィギュア付き同梱版 (ジャンプコミックス)

余談

以前、こんな記事を書いた。

 

kimotokanata.hatenablog.com

 えっ……半年前……?

そこからなかなかタイミングが合わず、というかもう展開が凄まじすぎて振り落とされないことに精いっぱいで、記事を書くことがなかったし、今日も他の記事を書く予定だったのだが、しかし深夜に衝動をぶつけるための場所としてここを構えていることを思い出したので走り書きで申し訳ないが記しておくことにする。

本題

鬼滅の刃全体の致命的なネタバレがあります。

ということで鬼滅の刃本編が完結した。

SEO的には題名に「ついに完結!」とか「最終話!」とか入れて煽ったほうがいいようにも思ったのだけれど、少なくとも筆者は「クライマックスとは言うものの果たして最終回なのか、それともいわば『現代篇』のようなものが開幕するのか」と言ったところまで含めてドキドキしていたので、あえて伏せさせていただいた。まあ、夜が明ければこれだけの話題作、ニュースなどでも言及されそうだけれども、自分の城でくらい辛いニュースが夜明けとともに街に降ることに抵抗してもよかろう。

本誌展開を追うようになって大体半年、いつも読むときはドキドキさせられっぱなしだった。今回はあくまで205話を中心に述べたいので詳細は省くけれどもハチミツとクローバーの竹本君母よろしく今度は丈夫な人を選んだと思っていた推しが痣によって死が避けられそうにないことがわかったり、ラスボスが変身したり、と思ったらおじいちゃんになっただけだったり、面白黒人枠だと思ってた子さえ容赦がなかったり、からくりサーカス以来のどす黒い太陽ぶりに慄いたり、えっ…日本一慈しい鬼退治ってそういう……?(読者にやさしいとは言っていない)となったり。まさしく枚挙にいとまがないとはこのことであろう。

とりわけ筆者が一番恐ろしかったのは前回であった。(その次は「究極生物(アルティミット・シィング)無惨」が誕生しそうでしなかった回)ついに大団円、エピローグ……。そう予感するからこそ、一ページ一ページに幸せを感じるからこそ、「もしかして次のページで関東大地震が起きるのでは」「急に戦争が始まるのでは」とじくじくと胃が痛かった。大体黒賀村のせいである。(鬼滅の刃には色濃くジョジョの影響があることが指摘されており、実際筆者もそう思うが、吾峠先生の作風には藤田先生のイズムを筆者は個人的には強く感じる。「少年少女に夢と希望を与える前提で心をバッキバキに折に来る」あたりとか)

しかしありがたいことに平穏に過ぎ、けれども時代が一気に飛んだ。頼む……頼むから一度くらい月曜の朝を安穏と迎えさせてくれ……!筆者は前回、ほとんどそのように叫びそうであった。輪廻転生を描いて円満終了なのか? 新たな脅威が現れ新世代編となるのか? 今までのことはすべて忘れてキメツ学園編がはじまるのか? それとも……?

そして迎えた今週。筆者の愛するJOJOスマホはだいぶ前に対応機種から外されており(俺をおいていかないでくれェーッツ)、またジャンプブックストアは例外なく落ちているので最近は妻のiPadから購読するのが常であった。もちろん、妻が先に読む。どよめき、呻き、慄き、さまざまな音を発したのち、妻は筆者にiPadを手渡す。

コガラシさんを絶対に救わなくちゃ……!(妻がネタバレに配慮してカラー版の一つ前のページまでスクロールしてくれていたのである)。

開幕。時は現代。見知った二人の面影がある、初めて見る二人。ページを繰る度、そういった人々が増えていく。平和な世界で、生きてほしいと希った彼ら彼女らが躍動している。いや、実際には本人ではない。それはわかっている。しかしそうして連綿と命をつなぎ、そして謳歌することが鬼には決してできない、人類の手段なのだ。こうしてあることが、人類の完全なる勝利なのだ。無惨を滅したというその事実にあって、人類は負けなかった。しかしここにおいて間違いなく勝ったのだという感慨を、筆者は胸の奥じんわりと抱くことができた。

途中、「青い彼岸花」についても言及がなされた。「昼間だけ咲く花」ということで鬼たちがどれだけ必死になっても見つけられなかった理由が明らかになったわけであるが、それをうっかりミスであるとはいえ「全部枯らして」しまったことは、我々にそんなものを必死に守ったり奪ったりする時代はもう終わったんだよ、と伝えようとしてくれているようにも思えた。研究者自身は先祖返りというか帰巣本能というかが見られているようであるが。

こういった輪廻転生を描くときに、世代を固定しないのは新鮮だった。個人的には小林靖子脚本味を感じたりもしていた本作品だが、仮面ライダー龍騎を想起したりもした。

個人的には村田か愈史郎が語り部となっていくのかと思ったが、善逸が「嘘小説」をものしていたのは驚いた。でも、もしかしたら禰豆子に伝えるために書いたのかと考えると納得がいくように思える。

あの時代から生き続けているものがいる。愈史郎は予測はできていたもののしかし長年風貌が変わらぬアーティストというとやはり筆者としては荒木飛呂彦先生を思い浮かべてしまい、最後に作者まで織り込んできたか……!と邪推してしまう。しかし少なくとも821枚は描いているわけでめちゃくちゃ創作力が旺盛である。見習いたい。「無惨が死んだら鬼はすべて死ぬ」は無惨のリアクションから考えると真だったようであるが、愈史郎は経緯が違うから例外だったのだろうか。 

今一人は恐らくは産屋敷家の当主である。これもまたさりげなく書かれてはいるけれども、鬼を生み出したことによって代々短命だった一族が、鬼を滅しきることによってそれまでの連綿と奪われていた寿命を取り戻したことにより長寿となっているのかと思うとまた胸が熱くなるものがある。

偏愛している村田がぱっとわからなかったのだが、最後の門を閉めようとしている教師なのだろうか? 転生後は義勇と関係がなくなってしまった村田……。

ラストシーン。刀は鞘に納められ、髪飾りと共に飾られている。鬼滅の刃はもはや振るわれることはない。彼らは使命を果たしたのである。

まさか最後の最後で物語の余韻に「学園物の最終回の皆の日常は続いていくのに自分だけはそれを共有することができなくなる」というあのさみしさまで付加されてしまうとは思っても見なかったが、しかし、しみじみよかったなあ……と声が漏れる最終話(ああ、この言葉を使ってしまう)であった。

このままぽけーっと過ごして複製原画を頼むことを忘れないように注意したい。

吾峠先生は勿論、この超人気作品をここで完結させることを決断した編集部諸賢も大英断であったと思う。この世界にまだ浸っていたいという気持ちはあるし、スピンオフも歓迎だけれどもあそこから「新たなる脅威」が出るのはちょっと違うかな……と筆者としては考えるので。

ただ、編集部は大英断だと思うけれども、電子版の目次をだれがどんな風に作っているかは存じないが、「最終回複製原画」をそのままばっちりと目次に載せてしまうのはちょっと悪手だったんじゃないだろうか。紙面構成自体はやはりその辺り配慮して、センターカラ―扉絵からのめくるとついに完結!となっていただけに(本当は本編の後でも良かったと思うけど)猶更残念である。なお、筆者は上記のように妻がソートしてくれていたので読了後に気付いた。ありがとう妻。枕を高くして眠ってくれ。もう鬼と鬼滅の展開に怯えることはないのだから。

阿津賀志山RPG2・そして伝説へ――ミュージカル『刀剣乱舞』~つはものどもがゆめのあと~初見感想

ミュージカル『刀剣乱舞』 〜つはものどもがゆめのあと〜

  余談

 

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 ということで第三弾である。厳島での神事も国技館での祭りももちろん見てはいるのだけれど、記事にするタイミングを逃してしまった。いつかまとめたいものである。

――まで書いて、しばらく放置してしまった。連日20時に情緒をめちゃくちゃにされまくるのだからそうもなろうという話である。とくにこの「つはもの」と「むすはじ」そして「みほとせ」とある程度のスパンがあったから受け止められていたであろうそれを立て続けに叩き込まれてしまうと「やめてくれないか! ことばの洪水をワッと浴びせかけるのは!」と筆者が思うのも仕方がないことではなかろうか。こういうのを贅沢な悩みというのであろう。

過去二つの記事のようにリアルタイムだから吐き出せた気持ちもあるだろうし、今、他の演目を鑑賞した上で書ける感想というのもあるだろう。

そう信じて今このタイミングで、まずは「つはものどもがゆめのあと」の初見感想をつづっていきたいと思う。

本題

三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。

秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。

先高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。

衣川は和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。

泰衡等が旧跡は、衣が関を隔て、南部口をさし堅め、夷をふせぐとみえたり。

偖も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢となる。

「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」と、

笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ。

 

夏草や兵どもが夢の跡

 

――松尾芭蕉奥の細道」より。

前作の劇中歌でも歌われた「つはものどもがゆめのあと」。いうまでもなく、松尾芭蕉奥の細道の道中、平泉で詠んだ歌がもとになっている。かつて栄華を誇った奥州三代の本拠地・平泉も往時の面影はなく、その無常に思わず芭蕉もリスペクトしている杜甫の一節を引用ツイしつつエモ泣き……といったところである。(乱暴)

つはものどもがゆめのあと。

もちろん、普通に解釈すれば、「あと」とは「兵士たちの夢の残骸」あるいは「残滓」とするべきであろう。

しかし本作においては、「つはものどもがゆめのあと」とは「武者たちが夢見たその後――つづき」を示唆しているかのように筆者は思えてならないのである。

武者たちの夢。義経が平泉に戻ってくること。兄と手を携えること。戦をなくすこと。劇中においてそれらはあまりにも皮肉な形で実現していく。

特に劇中において、大きく感情を動かされた人物がいた。藤原泰衡である。

一作目「阿津賀志山異聞」より少し昔の時間から始まる本作。前作で一人だけIWGPみたいなテンションでのっけからバーサーカーだった泰衡が、兄・頼朝のためにと快く義経を送り出すところからはじまる。泰衡は、驚くほど好青年である。

「源氏の重宝」を知らない今剣、源氏兄弟に与えられた密命、どんな本丸でもぶれずに報連相を行わない三日月宗近――。

色々な不穏が交錯する中で、まず三日月宗近義経を思う泰衡が邂逅する。泰衡を友と呼び、蓮の花を差し出す三日月宗近と闖入者に刀を振るう泰衡。

場面変わって岩融は膝丸に「自らは存在しない刀ではないか」と問いかける。かつての主と自らが呼んだ、その人が握っていた薙刀は自分ではなかった。そして源氏兄弟のことを自分は知らない――今剣も。

自分はともかく、今剣はそれを知ったらどうなってしまうのか。心配する岩融と対照的に髭切は楽観的だ。

どうあれ歴史は、物語は、絵巻は進行していく。

平家物語」のハイライト、一の谷の合戦、屋島の戦い壇ノ浦の戦いイーリアスよろしく神々の視座から刀剣男士によって歌われる。「物語」となったこれらであるからこそ、今剣も岩融も見てきたかのように高らかに歌い上げていく。

そうして驕る平家は久しからず、源氏の棟梁・源頼朝は勝利を手にする。

そして再び、今度は頼朝の親しげに現れる三日月宗近。語りだすのは我々の知る歴史――近くは「阿津賀志山異聞」でうんざりするほど痛感させられた――頼朝の義経追討に続く物語。

三日月の暗躍あってか義経は都を追われ、再び「物語」である安宅の関――「勧進帳」の話が繰り広げられる。その主を思えばこそ打ち据える弁慶を見て、岩融は自らの今剣への接し方がエゴであったのではないかと感じる。

今度は泰衡に義経を討つよう進言する三日月宗近。泰衡は三日月の「友」の意味を知る。彼は何度もこの時代でこのように憎まれながらも調整者としての役割を果たしてきたのだ。自分に対してこのように自分と己の役割を説いてきたのだ。

それに感じ入った泰衡は、己の役割――親愛なる、兄弟同然の義経を裏切り、頼朝に媚び、しかし逆に軍を差し向けられて一族を滅ぼされ、自らの首は晒される、という史実の道を進むことを選ぶ。

蓮の花を供えてもらうことを三日月宗近に願って。

一方の三日月宗近は一連の流れを見ていた小狐丸と対立するが、審神者という蓮の花を咲かすための泥というべき役割であったことが髭切のとりなしにより判明し、ことなきを得る。

冒頭の約束通り生きて平泉に戻った義経を待っていたのは「阿津賀志山異聞」そのまま、泰衡の急襲であった。それは寸分違いなく、であればこそ筆者はそこに載せられた感情の分厚さに泣けてしまう。義経の「泰衡殿ではこの首持て余すであろう」という言葉の響きがこうも変わってしまうとは。脚本の見事さで、こういうリフレインに弱いオタクとしては完全にやられた! という感じであった。

しかしクライマックスで、三日月宗近義経主従を逃がす。ここで死んだことにすれば歴史の辻褄は合う。だから逃げろと。

かくしてつはものどもがゆめのあとは伝説となって細くしかし確かに続いていくこととなったのである。そして「物語の中の存在」と自らを受け入れた今剣もまた修行へ向かい、舞台の幕は下りる。

考えてみると一作目、ほぼほぼ史実通りの展開を見せる「阿津賀志山異聞」は「異聞」である。さすれば今回のこの展開(義経主従は人知れず生存)こそが刀ミュの考える「事実」であると考えるとまた表題まで見事に呼応させた展開であるとしみじみさせられる。そしてそれは、現存し確たる物語を持った三日月宗近が暗躍するだけでは決してなされず、物語から生まれた今剣、岩融、小狐丸や、そうであるとされる刀が複数存在する髭切、膝丸という他の刀剣男士とのかかわりを通して生まれたファジイさであると考えると、その配置の巧みさに唸ってしまう。

なんとすれば、その後生き永らえた義経岩融自身の口から語られる「物語」によって今剣や岩融はその核を得たのではないかとすら考えられるではないか……。

夏草や兵どもが夢の跡。

その跡から発掘された泰衡の首桶。そこには発芽しなかった蓮の花の種子が残っており、現在は「中尊寺蓮」として復元され、別名を「泰衡蓮」というのだとか。

劇中、三日月宗近は千年前のことなど誰も覚えていないと嘯く。しかし八百年の時を経てよみがえったこの蓮を見るにつけ、少なくとも筆者は敬愛する人物を己の役割(ロール)を全うするために柄にもなく悪ぶって声が裏返ってしまったりもした、愛すべき奥州藤原家の末代を今後も思い出さずにはいられないのである。

具体的には二部の太鼓ですぐ思い出すことができた。やはり太鼓はショック療法に効く。

花も花なれ、人も人なれ、刀は――刀剣乱舞イベント特命調査「慶長熊本」を迎えるにあたって


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余談

2016年4月、九州・熊本広域地震にて被災された方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 

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 筆者は、熊本が好きである。熊本城が好きである。

 

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 歌仙兼定君も好きで、見に行った。ついでに言えば細川家も好きである。加藤家も好きである。

であればこそ、メンテ明けに待ち構えるイベント「慶長熊本」が非常に楽しみである。またしても新刀剣男士が実装もされると言うことで、いつも通りの予想というか妄想を繰り広げていきたいと思う。

いつもと違うのはこれが休憩時間のお昼ど真ん中更新という事である。頑張れ! 筆者のスワイプ速度。

本題

「慶長」熊本であることから新刀剣男士を考える。

はじめ筆者は、興奮しながらもしかし疑問を抱かずにいられなかった。

歌仙兼定がメインとして扱われる、熊本を舞台にした特命調査。

しかしそれは「慶長」熊本であるという。

なぜ疑問なのか。

慶長。元年に豊臣秀頼元服し、末年に自害して果てた年間。慶長の役があり、関ヶ原の戦いがあり、そして大坂冬の陣・夏の陣があった年間。

この時、熊本ははじめて、「熊本」になった。南北朝の昔から「隈本」と呼ばれていたこの地を「熊の方が強そうだから」という理由で「熊本」へ慶長十二年に改名したその男の名は、加藤清正と言った。日本屈指の名城、銀杏城こと熊本城を築城したのも彼である。(熊本城完成祝いに解明したという話もある。)

元々肥後は小西行長と半分ずつで統治されていたが、関ヶ原の戦いによって加藤清正が肥後全土を統治することとなっていたのである。

そう。慶長年間、熊本は加藤家のものなのである。細川家が熊本城に入城するのは寛永九年を待たねばならない。

我々の歴史では。

そして、PVで見る限り、熊本城は非常に立派である。が、実は現在の姿に至るまで城を拡張し続けたのは細川家が治めるようになってからであるという。

つまり、慶長年間に細川家にまつわるものが熊本にあのように跋扈するはずがないのだ。城も、刀剣も」。

では、何が、どこで起こったのか。何が歴史改変されたのか。

関ヶ原」ではないかと筆者は考えるのである。

上記の様に、史実での関ヶ原の戦いの結果、加藤清正は肥後一国を得た。

細川忠興はどうであるか。豊前を得た。

では何を失ったか。

細川ガラシャである。

「そこ」ではないか? と筆者は考える。今回の時間改変の起点は細川忠興であり、関ヶ原の戦いの前哨戦とも言うべき大阪城屋敷人質事件において死を選ばざるを得なかった細川ガラシャを失ったことこそが時間遡行軍の手中に落ちた原因では無いかと。

細川ガラシャの守り刀も現存するし、上記予想から言えばそれこそが新刀剣男士!とも思うのだが、今に一つ二つ因縁を絡めて筆者は彫貫盛光を主張したい。この刀剣はあの「聚楽第」にも縁を持つ刀剣で、細川家の刀剣第一の呼び名も高い。関ヶ原の戦いに忠興とガラシャの間の子・忠興が東軍として参戦する折、人質として興秋を差し出したことがきっかけで徳川秀忠より拝領したものである。その後興秋が数奇な運命を辿り、やはり慶長年間に忠興が救わなかったために切腹に至ることを考えれば、慶長年間の細川家を語るに当たって外せない刀剣と言えるのではないだろうか。

既に筆が滑ってしまったが、筆者は「聚楽第」という「舞台」、「文久土佐藩」という「藩」、「天保江戸」という時代の「刀工」に続き、今回は「慶長熊本」における「家」がテーマなのでは無いかと密かに考えていて、であれば細川家を細川家たらしめたあの男、細川藤孝――細川幽斎に登板頂かねば嘘であろうとも思う。

そして細川幽斎と慶長年間を刀剣で割れば出てくるのは当然、豊後国行平、名物古今伝授の太刀ではなかろうか。ということでこれがもう1人の刀剣男士ではないかと筆者は予想する。PVでいうところの「裏切った」のは細川ガラシャの父、明智光秀であろう。(麒麟がくるの感想記事も書きたいですね)戦争の最前線ど真ん中で文字通り古今伝授という文系オブ文系ズの力でもって軍勢を武では無く文でねじ伏せたエピソードはそれだけで顕現するにあまりある物語の力を持っていることだろう。

ボスは? 攻略方法は?

となれば三の丸・二の丸・本丸を攻略することになり、細川ガラシャ細川幽斎細川忠興(ぽいものたち)が立ちはだかるのではないかと考えるが、「慶長熊本」で有ることを考えると歴代国主が立ちはだかっても面白い。加藤清正小西行長、まさかの佐々成政とか。しかしいつ打鍵しても「さっさなりまさ」は声に出したくなるな。

今回の攻略方法はといえば前回がマインスイーパーだったので、坊主めくり、神経衰弱あたりがあやしいとにらんでいる。

まだまだ書きたいことはあるのだが休み時間の終わりが迫るのでこのあたりで。ともあれ慶長熊本、花は咲き誇り、人は躍動し、そして刀はどうあるのか、楽しみに待ちたい。

虎狼の心は残忍でも貪欲でもなく――ミュージカル『刀剣乱舞』~幕末天狼傳~初見感想

余談

ということで神企画に合わせて拙ブログも連続更新である。

その日のうちに更新を目標としているのでどうしてもいつも以上につたないところがあるかもしれないがご容赦いただきたい。

幕末――歴史好きにとってたまらない時代の一つ。幕末オタは最初に見た創作を親と思ってしまう傾向があるが、筆者にとってはやはり「お~い!竜馬」史観が強い。読者諸賢も機会があったら是非読んでみてほしい。

本題

新選組が嫌いな男子なんていません! ということで筆者も当然好きなのだが、しかし本作もめちゃくちゃよかった。刀剣男士諸君は勿論のこと、近藤勇、(なんと本日が命日、役者の方はお誕生日という不思議なめぐりあわせ)土方歳三沖田総司の三人の熱演にはたびたび目頭を熱くさせられた。

相変わらず一人「ハズした」ような編成をする審神者。筆者本丸では蜂須賀虎徹はあまりキラキラきらびやかでなんだか気後れしてしまって、しっかりと経験を積ませてあげられず、そのせいもあり天保江戸でも十分な活躍をさせてあげられなかった(このままでは慶長熊本での歌仙兼定もどうようになってしまうのでなんとかしてあげたい)ことを悔やむ日々でもある。

そういったことでイメージとしては「花丸」で培ったものが大きかった。別にそれで嫌いになったとかではなかったが、本作を通して蜂須賀虎徹がめちゃくちゃに好きになってしまった。天保江戸をなるはやで復刻してほしいという審神者は筆者以外にも大勢生まれたことであろうと思う。

 

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 前作の今剣たちがそうであったように、今作も刀剣男士は様々なジレンマに悩まされる。

今回、新選組の愛刀の中に一人放り込まれた蜂須賀虎徹。他の刀剣男士が刀としての本領を存分に発揮し、その持ち主の個性を色濃く受け継いでいるのに対して、「蜂須賀家の重宝」としての属性が濃い彼の在り方は対照的だ。重宝というプライド、虎徹というプライドへの自負は実戦において活躍できなかったという後ろめたさと鏡合わせである。そんな彼にとって偽物の「虎徹」である長曾祢虎徹――源清磨の刀という己を捨てて主が「そうあれかし」と願った振る舞いをし続ける――の存在は尊敬と畏れが入り混じるものであったろう。かくして他ごとにおいては極めて優等生な、酒だってジョッキでイケてしまう彼の長曾祢虎徹への対応は傍目には悪態という形で出力される。

終盤。歴史修正を回避するためには誰かが近藤勇を「斬首」(当初は切腹が予定されていたが斬首に変更になったという。近藤はその人生の終局において、ついに手に入れた武士としての面目を剥奪されたのである)しなくてはならない。そんなときにおいてすら、全てを自ら背負い込み、刀剣男士の役割を全うしようとする長曾祢虎徹を前についに蜂須賀虎徹は激昂し、その気持ちをぶつける。そして長曾祢虎徹の代わりに近藤勇の首を落とすのである。

「人間を斬る」という刀としての使命を、ずっと果たしたかったはずのそれを全うした時彼が果たして何を思ったのか。それはその鮮やかな太刀筋のように物語も断ち切られてしまうのでわからないけれども、一つ言えるのは長曾祢と蜂須賀、二人の魂は分かち合うことでそれまで以上に強固になったであろうということである。

そして近藤勇という壬生狼の長にして虎徹を愛した男、虎狼でありながらもしかしどこまでも懐大きく優しかった男が刀剣男士を未来からの存在を見抜いた眼力や、長曽祢虎徹を信頼のおける(自分の首を斬らせるほどに)と認めた気持ち、そして憧れの「真作虎徹」に初めてその肌で触れるその時が命の終わるときであったということを考えるに、役者さんの熱演もあって筆者はやはり涙なくしては観劇できなかったのである。

今一人、選ばれなかったことに思い悩む刀剣男士がいる。大和守安定である。筆者が刀剣乱舞の世界に深く耽溺するきっかけとなった「花丸」でそうであったように、どうも彼は「池田屋事件の時の帯刀が自分であったら」という思いが強いようである。どんどん限界沖田オタクと化す彼は、ついには新選組隊士として潜入してしまう。一歩間違えれば歴史改変につながることであるが、相方・加州清光は信じている。その絆の強さと加州自身の胆力は前作から地続きであることが感じられる。潜入時に名乗る偽名・奥沢は池田屋事件で亡くなった隊士として実在しており、この世界線では池田屋事件の際にフェードアウトしたということになっているのだろう。

そうして大和守安定は、選ばれた側、事件に居合わせたものだからこそ「大切な人が大変なことになっていてもどうすることもできないという辛さ」を味わうことになる、ということを痛いほど感じ、薬瓶を使うことはなかった。同時にそれを体験させないがための加州清光の配慮に改めて気づき、そしてその相棒と出会わせてくれた元の主・沖田総司にも感謝することで「選ばれなかったもの」という呪いを彼もまた断ち切ることに成功するのである。

その沖田総司は黒猫=時間遡行軍にそそのかされ、その身を乗っ取られて刑場へ向かわされる。

前作の義経VS今剣の件もあるのでハラハラしていたが、局長の偉大さで乗り切れてよかった。蜂須賀と安定、それぞれで一編が成立するのに実に贅沢な作りであったといえよう。そうなってくると土方歳三と土方刀のエピソードも欲しくなってくるのだが……。

しかし舞台の公演時は観劇後、空を見上げると天狼星が瞬いていたかと思うとやはりリアルタイムで体験できた先輩審神者諸賢にうらやましさが募ったりもするのであった。

第二部

太鼓は労咳に効く。みんな知ってるね。

やっぱり漢道が好きです。

前作で覚悟はできてると思ったら開幕ロボットダンスマスカレードで覚悟の足りなさを痛感する次第であった。また明日。

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阿津賀志山RPG――ミュージカル『刀剣乱舞』 ~阿津賀志山異聞~初見感想

余談

驚くべきことに来週はもう五月、寝ても覚めてもコロナコロナで一人暮らしだったらとうに発狂していたことであろう。妻がいてくれてよかった。何気に新居への引っ越しもカウントダウンなのだが、果たして予定通りに行くのだろうか……。相も変わらず細心の注意を払って出勤・勤務しているが確かに県外ナンバーが増えたような気もする。少しずつ何かが良くなっていきますように。

 

※阿津賀志山異聞全般のネタバレがあります

本題

 控えめに言って神であったのでさっそく妻と鑑賞することにした。勤務後に楽しみがあると仕事にも張りが出るというものである。

七時四十分ごろ帰宅し、入場した。

阿津賀志山。かつての刀剣乱舞の終着点の一つであるその場所でいかなる異なる風聞が……。

身構える筆者に語られるのは音に聞く義経の最期。兄である源氏の棟梁・源頼朝は策略により義経の庇護者であった奥州藤原氏当主・藤原泰衡義経を追悼するように仕向ける。炎に包まれる衣川館。天下無双の忠臣・無双で言うところのチャージ攻撃を会得しているとしか思えない武蔵坊弁慶に死してなお自らを守護することを遺言し、義経は守り刀――今剣で自害する。そして弁慶もまた壮絶な最期を遂げる、我々の知る、哀しくもまごうことなき真実の歴史が語られたかに見えたが――。

※ちなみ

刀剣男士の格好いい紹介(本気を出すとカットインが入ることを学ぶ)。加州清光with三条ズという布陣は一癖も二癖もあり、部隊長を悩ませる。彼らの向かう場所は、阿津賀志山。そう、史実では自分がけしかけておきながら「は? うちの弟を殺すとか許せんのだが?」という完全なるいちゃもんによって攻め込んできた源頼朝により滅亡に至る藤原泰衡と、何故か生き残っている源九郎判官義経武蔵坊弁慶によって源頼朝は捕えられてしまった。そこにちらつく時間遡行軍の影。歴史が変わっているのである。

事態の深刻さとは裏腹に、生きた主と会えることに喜ぶ今剣。気負いからか采配が振るわない加州清光。葛藤する岩融。それらを三日月宗近・石切丸・小狐丸といったベテランたちがやさしくケアし、部隊がまとまっていく。

武蔵坊弁慶義経にすっかり懐いた今剣は、義経から「己の役割」を全うすることの大切さを説かれる。しかし義経自身のその行為はコンプレックスまみれの頼朝にとっては逆効果となってしまい、争いとなるが、お互いの思いを吐露したことで和解……と思いきや持っていた刀剣が豹変、義経の体を侵食する。

「裏の裏」―正面突破で向かう刀剣男士に立ちはだかる武蔵坊弁慶。対するは岩融。「元の主」が強かったと嘯き薙刀対決を制する岩融は、しかし弁慶が手加減をしていたことに気付く。

それは弁慶もまた気づいていたから。今剣が言っていた「大切なヒト」が岩融であることを。この者達であれば自分がなせなかった義経を止めることができるのではないかということを。

だが、その忠義の心は変貌した義経自身によって裏切られてしまうのだった。

そうして今剣は否応なしに元の主と対峙せざるを得なくなる。動揺してか皆で義経の家来になろうとまで言い出す今剣。

そう、彼には「己の役割」という大好きな義経が提示してくれた指針がある。

しかし「守り刀」としての彼の役割は「義経を護ること」。

刀剣男士としての彼の役割は「歴史を護ること」。

相反する二つが彼をさいなむ。それは「守り刀でありながら主人を死に至らしめた」という自分自身の来し方を改めてみさせられるようなつらいつらいアンビバレントだ。

しかし目の前にいるものが「義経公だったもの」と気付いた彼は、自らの手でそれを倒し、「義経の名誉」を護ったのである。もし義経が生きていれば、それ以前の彼との会話がきっかけで失われようとしていた兄弟の絆を君は「護って」くれたのだ、と言ってくれたかもしれない。

ビターな、しかし間違いなく部隊員たちが成長したことをもってこの異聞は締めくくられるのだった……。

と思いきやとんでもねえ刺客が待っていやがった。

第二部である。

ショータイムである。

高低差がすごすぎて発電してしまうのである。

理屈ではない。エンターテイメントなのだ。

実際には休憩があったらしいのだが暗転からびしっと洋服でキメキメ刀剣男士が英単語を流暢に歌いこなすその様はまさしく狐に化かされたかのような気持ちだった。現場にいたら筆者の涙にサイリウムの光が反射してさぞロマンチックであったことだろう。

個人的には漢道が好きでした。あんなにシリアスしていた歴史上の登場人物に太鼓を打ち鳴らさせるその発想は天才となんたらは紙一重という賞賛を贈りたい。

どんなベクトルでも全力な「刀ミュ」なかなか得難い経験であった。明日も楽しみにしたい。

個人的に気になったこととか、妄想としては

藤原泰衡はなんであんなにクボヅカなのか説明してほしい

・時間遡行軍に共鳴する「依り代」となった義経の刀は「膝丸」だったりしないだろうか

といったところで、この辺りは時間があるときに加筆してみたい。

ではまた明日。

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