カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

29才8ヶ月のリアル――アラサー男子、ヒプノシスマイクにハマる。①信じて送り出した妻がシンジュクの女になって帰ってきた編

余談

 あの頃、筆者は世に言うブラック企業にいた。タイムカードは存在せず、年棒制と言う名の定額働かせ放題、旧態依然とした風通しの悪い歪んだ体育会系企業。家族的経営の典型的な間違った見本。近所からは「不夜城」と呼ばれる事務所を出るのは午前様であることも珍しくなかった。それぞれが個人主義と言えば聞こえがいいが要するに隣のデスクの人間が何をしているのかわからないし自分が何をしているかを他人に共有する術もない。簡単なことが出来なくなる。俺のせい。俺のせい。一つ一つ慎重にやっていく。定時が過ぎる。大ボスが帰り、先輩がはしゃぎ始め、集中力が途切れていく。スペックの低いPCがフリーズする。俺のせい。俺のせい。ボーンというPCからのエラー音、何かの記念でもらったらしい鳩時計の時の区切りを告げる音。出先から帰ってきたスタッフのけたたましく階段を駆け上がる音、耳障りな内扉の開く音。給湯室の笑い声、一番うるさい音、腹の立つ、自分の、心臓の、鼓動。この世界には音が多すぎる。朝起きる度にどうやったら辞められるかを考える。出社の為にエンジンをふかしながら思い切りアクセルを踏みつけて対岸に飛び込んでしまおうかと。けれど会社は嫌いだけどお客様は好きだった。迷惑はかけたくなかった。今日も週に一度の朝七時からの啓発活動が待っている。下っ端だから六時半には到着して座席他の準備をしなくてはならない。お茶用のお湯を沸かさなくてはならない。玄関を掃除しなくてはならない。失礼の無いよう。失礼の無いよう。精一杯の笑顔を浮かべる。媚びた顔をするなと一蹴される。すみませんと頭を下げる。脳内で[s]を打ち込めば「すみません」がサジェストされるようになって久しい。コネ入社の社員が伝票を間違えている。頭でっかちの提案したスキームは法改正を踏まえていない。上役は用紙が切れているのに気づかずに印刷ボタンを押し続けている。それとなく指摘しなくてはならない。失礼の無いよう。失礼の無いよう。

史上最年少である額の売上を達成した。当たり前のようにそれを基準で次の目標が設定された。分かっていたことだったが。「売上次第で年収が上がる」はずだったのだが、「新卒の最初は売上を全然上げていなかったのにお給料はもらっていたこと申し訳なくないの?」という謎理論により据え置きになった。今や時間で割れば大学時代のバイトより薄給になっていて、筆者には大切な人が出来ていた。辞めることにした。心療内科にかかろうかな、と思ったが今のこの状態に名前を付けてもらうと今後の保険加入諸々で不利になってしまうことを仕事柄分かってもいた。俺は眠りたいだけなんだ。

一世一代の退職願を書いた。「水風呂に入って頭を冷やして見たらどうか」大ボスはこれで大真面目に心配してくれているのである。この人は嫌いではなかった。お金が好きで権力が好きだが、お客様のために自分が矢面に立ち、従業員をこの人なりに愛してくれる人だった。けれど後継者があまりにもあまりにもだったのだ。結局辞めるまでに三か月を要したがどうにか生きて脱出できた。体重は入社した頃から30kgほど増加していた。

しばらく休んでいると妻(当時は彼女)が「これ面白いよ。特にR-指定がいい」とある日勧めてくれるものがあった。

R-指定なんていうから何やらいかがわしいものかと思ったら「フリースタイルダンジョン」というものだった。「ダンジョン」という単語にRPGキッズである筆者は食いついて観てみると、画面ではおっさんが罵り合っていた。

MCバトル。

正直なところ筆者はHIPHOPはそれまで全くの門外漢で、やたら感謝したり語尾をそろえたりする類のものだと思っていた。

だが見せてもらったそこには、むき出しの魂と魂のぶつかり合いがあった。今から思えばダンジョン全体を見渡しても屈指の名バウトであった「VS掌幻戦」を鑑賞して筆者はすっかりMCバトルの虜となっていたのだ。当時はバックナンバーがYouTubeで配信されていたのでむさぼるように観た。

人として生きることの最も根源的な欲求、自分を認めさせる、自分を誇る、自分で道を切り開く。それが凝縮されていた。生きるとはこういうことなのだ、とその番組を通して妻が教えてくれたように思えた。

余りに陳腐な言い方をすれば「フリースタイルダンジョン」に筆者は救われたのだ。


SKY-HI / Enter The Dungeon

主題歌もとてもよかった。エンドロールに流れるたびにワクワクしたものだ。AAAが大変だけど頑張ってほしい。

本題

それから幾年かが過ぎた。HIPHOPは我が家にすっかり馴染んでいた。日々のやり取りにパンチラインを入れ込むことも日常であった。

以前記事にしたように、妻は二月に首都圏にてイベントに挑んだ。最中、妻は適宜状況を報告してくれていた。

「新宿に着いた! 人が多い!」

「渋谷に来ました! おしゃれ!」

「反対方向に乗って横浜についてしまった……」

らしんばん最高! 池袋です」

今思えばこの時察してしかるべきだったのかも知れないが、筆者はただ妻が人ごみに流されて変わってゆかないように遠くから見守るしか出来なかったのである。

実際には、それすら出来ていなかったのであるが――

無事に帰鹿し、妻を空港で出迎えた。待ちかねたような顔。「早く車に行こう!」我が家を恋しく思ってくれる妻を嬉しく思いながら愛車に乗り込むと妻はリュックからごそごそとCDを取り出した。

(写真は後日撮影したものです)

筆者「ゲェーーッ これは!」

妻「私は妻……いえ、シンジュクの女……独歩ちゃんの庇護者……」

信じて送り出した妻はシンジュクの女になって帰ってきたのである。ついでに各ディヴィジョンの聖地巡礼も済ませていたのである。恐ろしい子……!

妻「フォロワさんたちが勧めてくれていたから興味はあったんだけど足踏みしていて……でも新宿サラリマンが物を落としてそれを拾ったら『こんな人のような扱い……久しぶりに受けました……』みたいな顔をされて……その時ああ、サラリマンを応援しようと思ったの」

筆者「なるほど……取りあえず聞いてみましょう」

掌に数千曲が入るようになった世の中で、かえってCDを回転させる機会も機械も日常から減っていった。それは誰にとっても、妻にとっても。東京での色々は今、カーステレオにてヒプノシスマイクのCDを流すことで完結を迎えようとしているのだ。

とっても申し訳ないのだが、初めてすごくかっこいい声がそろって「さーいしゅうけっせん!」と言い出したのを聴いたとき、笑ってしまった。シリアスな笑いと言っていいかもしれない。じゃないのかよ! とも思った。しかし、入間銃兎の切れ味鋭いバースの次に観音坂独歩のバースが流れ込むと、そのフロウは確かに妻が好きそうだな、とも思った。わからんさ! 

そして一週間後、筆者は発売日に「The Champion」を購入するのだった。三軒回った。The Dirty Dawg結成のきっかけが全く見当がつかないので我が家では協議の末「同人サークルだったのではないか?」ということになった。

妻という人は好きになると本を錬成してしまうタイプの人間である。しかし同人においては人気ジャンルにちょっかいを出すことはかなりデリケートな部分でもあるようで、妻は苦悩していた。無論、妻の欲望は金の為にない、妻の為にあり、故に果てしないのであるがなかなかな逡巡があったようである。背中を押すためにバースを蹴ったりもした。(何をしているのだ)

あの史上に残る無様な会見の時もサンプリングで怒りを表明したりした。

妻の一押しは独歩君である。今、筆者は独歩君と同い年だ。けれど夏が来れば筆者は三十歳になる。独歩君は永遠に二十九歳のままだ。そこに幾許かの嫉妬を覚えないでもないが、推しは生活を豊かにすることは筆者もよく分かっているつもりだ。喜ばしいことだと思う。まだ語りたいことの半分にも達していないが、アルバムリリース日になってしまったので急遽複数記事構成であることにして一度筆を置く。リリース、めでたし。

ヒプノシスマイク-Division Rap Battle- 1st FULL ALBUM「Enter the Hypnosis Microphone」 初回限定LIVE盤

 

坂下り――NGT48チームG「逆上がり」千秋楽公演(聞き書き)感想

会合を早く終わらせることが出来、家路を急いでいた。妻に早く会いたかったし、チームG「逆上がり」公演を少しでも見たかったのである。

出発が少し遅れたため、録画をもう一度流したのか? という支配人挨拶はさわりだけ見た(妻によるとのち怒りのヤジがあったようで、ファンの気骨を感じたとのこと)。

妻は最初の寸劇の感想を怒りを乗せて送ってきたが、以降は沈黙しており、少なくとも公演は順調に推移しているのだろうと安心して会合に臨むことが出来た。

やっと駐車場に着いたとき、妻から通知が来ていたのに気づいた。

菅原りこさんと長谷川玲奈さんが卒業発表。

一心不乱に階段を駆け上がり、やはり脛を打ち、鍵を開ける手ももどかしく家に飛びいると、妻は呆然として画面を見つめていた。菅原さんが映っている画面を。

菅原さんはどちらかというと「飛び道具」的なお嬢さんで、まっすぐであるが故にトリッキーと言う不思議な魅力があった。「交通安全は危険です」なんて筆者には一生思いつけないフレーズである。

知らないうちに髪を切っていた菅原さんは、涙に目を濡らしながらしかしいつもの様にまっすぐに言葉を継いでいた。

筆者は前にも菅原さんの涙を見たことがある。総選挙にランクインできなかった時だ。その時に彼女の夢がソロコンサートであることを知った。

そして今、彼女はそのソロコンサートを諦めた訳ではないことを話していた。

今となってはとても皮肉なタイトルになってしまったが文句なしの名曲である「世界の人へ」に総選挙圏外メンバーで唯一参加したメンバー。これからのNGT48を担うべきメンバーがいま、「NGT48のりったん」としてのソロコンサートは行えなくなったことをファンに詫びている。

「少しずつ前を向いていきたい」という言葉にNGTの活力の象徴であった彼女がどれだけそのまっすぐさ故に様々な方向から歪められようとしていたのかが感じられ、胸が苦しくなった。

そして彼女が深く深くお辞儀をした後、チームGリーダーである本間日陽さんがまとめの言葉を言おうとした時、

「ちょっと待ってください」

の言葉が発せられた。聞き覚えのある優しく少し揺らぎのある声。

山口真帆さんだった。

更に痛々しくやつれた彼女はそれでもなお美しく、それ故に一層悲劇的だった。

そして彼女は卒業を告げた。

「最悪だ」

筆者と妻はほとんど同時に声を発した。

二、三、言葉にならないうめきを上げた後、山口真帆さんの言葉の一言一句を見逃すまいと画面に目を凝らした。

この段に至ってもなおNGT48を大好きだと言ってくれる彼女に対する、余りにも酷過ぎる大人の裏切りと、それに対する返答としてもはや選択肢が卒業しかなくなってしまった彼女の諦め。ファンへの感謝、最後の握手会と公演出演の告知だった。

ここまで来ても、彼女はNGT48とファンの為に最後の舞台を用意してくれているのだ。

自分のことを支えてくれてありがとう、今後は自分の為に時間を使って楽しい人生を送ってください――身を斬られるような言葉だった。結局こんな結末になってしまった。

「夢の話をしましょう」そう言っている彼女の笑顔。こんなに悲しい笑顔を筆者は初めて見た。

正しいことをしている人が損をする世の中であってはいけない。初めから一貫している彼女の主張はしかし、とうとうNGT48においては受け入れられることはなかった。

けれども彼女はNGT48になれてよかったと挨拶を結んだ。

彼女もまた深々と頭を下げ、本間さんが今度こそ本当に公演を締めた。

長谷川さんと山口さんが寄り添って退出していく。うつろな目で筆者は「長谷川さんは、(挨拶とか)どうだった?」と妻に尋ねた。

「謝ってた……何度も」

妻もまだ出来事を整理しておらず、そう伝えるのが精一杯の様であった。

本間さんの涙の挨拶の間も心は浮遊しており、いつしか配信は終了していた。

妻からぽつぽつと講演の内容を聞いた。

「寸劇はつぐつぐ(妻のNGT48での推しメンの小熊倫実さん)が出ていて……皆キラキラしていて……言い方は申し訳ないんだけどりかちゃん(中井りかさん)のあんな純な笑顔は初めて見たかもしれない……「エンドロール」はKの印象が強いからすごくかわいいエンドロールでびっくりしたけど新鮮でよかった。「わがままな流れ星」、「抱きしめられたら」、「ファンレター」が個人的には特によかったかな……「ハンパなイケメン」の歌詞が完全にまほほん(山口真帆さん)で……彼女がアイドルとして本流であるべきなのにどうしてって足があんまりやせ細っているのもあって泣いてしまった……もちろん、48Gは既存アイドルのカウンターと言うところから始まっているのは判っているんだけどさ……正統派アイドルが冷遇されるのはともかく人として正当な人が弾劾されるってどんな人外魔境だよと思う……でも全体的に本当にいい公演だったしいいチームだなと思った。正直好奇心と言うか、まほほんがどうなってしまうんだろうっていう部分もあって今回千秋楽を観たという所もあったんだけど、もっと早くからこの公演を見たかった……最後の曲が「To be continued.」で……本当にずっとこの瞬間が続いてほしいと思ったくらいだった。そりゃこのチームを解体しますと言われたらブチ切れても仕方ないよ」

続いて山口さんの今後についても「私なんかがするのはおこがましいけど」と言及を続けた。

「まほほんには本当に幸せになってほしい……でも今後例えば素敵な人が彼女の前に現れたとして、きっとあの瞬間、顔を掴まれたことがフラッシュバックしてしまうと思う。それが同じ女性として本当にあり得ないし許せない。一人の女性にそこまでのことをしておいて、疑惑のメンバーは残っていて、こんなのは納得できないよ。「制服が邪魔をする」(AKB48のメジャー2枚目のシングル)からずっと紆余曲折はあったけど48Gを応援してきたけど、さすがにちょっともう……って感じ。でももふちゃん(村雲颯香さん。山口さんが言及した支えてくれたメンバーで唯一NGT48に残留する)が本当に心配だよ……だから今後も動向はみていくけど、もう応援じゃなくて『監視』だよね……」

NGT48には本当のアイドルがいた。そしてそれを、NGT48自体がアイドルとして殺してしまった。全米が震撼するのと同じくらいのペースでAKSは死に続けているが、今また死んでしまった。信頼は下り坂だ。まだ下る余地があったのかと驚かせてくれる。

長谷川さん、菅原さんともに新潟県の出身である。運営はまた一つ新潟に対して償い難い罪を重ねてしまった。大事な娘さんを預けている親御さんたちの心配いかほどばかりであろうかと思う。

最高のアイドルにせめて最高の花道が来月の公演で用意されることを願いたい。

傲りの悪鬼(オーガ)――NGT48チームNⅢ「誇りの丘」千秋楽公演感想

本当はレインボーライブを鑑賞するつもりだった。

ただ、妻から本日がNGT48の千秋楽公演であるということを教えてもらった。

虹の煌めきとは正反対の厳冬を日々過ごす現実のアイドル達。

その一つの区切りが訪れようとしている。

「これ以上あのクソ運営に金を落としたくない」という気持ちもあったが、かつて愛したグループを「看取る」と言う気持ち、「香典」という考えでもってDMMに課金した。

開演は12:30からと言うことであった。

夫婦で買い物に出かけ、ギリギリになるということで妻は自分の買い物を1つ諦めた。

慌てて階段を駆け上がり、脛を打ったりしながらもDMMにアクセスした。時刻は12:32分となっていた。

画面は静止画のままであった。もしかして時差があるのかと思って暫く待っても始まらない。Twitterで検索してみると他の人々も同じような状況にあるようだ。どうも入場に随分時間がかかってしまっているらしいという話、もしかしたら自体が風雲急を告げており開演に手間取っているのではないかと言う話など情報は錯綜していた。

13時前、漸く画面が動いたかと思うと、加藤美南さんの影ナレが始まった。いつもより声のコンディションが良くないようだった。開演が告げられると、早川麻衣子支配人が登場した。ファンへの謝罪とこれからのNGT48への応援のお願いだった。声は震えており、涙が見て取れた。

山口真帆さんへの謝罪は特になかった。

そして公演が始まった。

惜しくも二ケタ出演に届かなかった(五回)柏木由紀さんのさすがのパフォーマンス、急遽怒涛の研究生公演を押し付けられながらもこなした研究生メンバーの初々しくも可能性を感じさせる動き、そして他メンバーが所々で感極まりながらもしっかりとした演技。正しく集大成であったと言えよう。

公演自体は恙なく終了した。

本当に恙なく。

それこそ異常なほどに「普通の千秋楽公演」だった。

MCカットもなく、メンバーの途中降板もなく、不自然に避けられるメンバーもいなかったように思う。

メンバーが公演の思い出を語り、兼任解除されるメンバーが残されるメンバーへの思いを語り、キャプテンがこれからの展望を語った。

「ちょっと待ったー!」

は内部からも外部からもかかることはなかった。お見送りも普通に行われたようだ。

実のところ、筆者はアンコールの時少し期待をした。本当のファンなら、こんなお仕着せの手打ちではなく、声を上げてくれるのではないかと。

あるいは退出でもよかった。

結局のところ。NGT48の感謝と今後の益々の発展を祈った後、全てのメンバーの名前がコールされ、チーム名がコールされ、アンコールは成立した。

はじめニュースになった時、筆者は襲撃者がニュースにて「ファン」と呼称されたときに憤った。奴らは断じて「ファン」ではないと感じたからだ。

けれど画面越しにそういった光景を見せられると、少なくとも今日において、NGT48を「殺した」その一翼を「ファン」が担ってしまったのだなとさめざめと悲しくなった。

残念ながら会合があるので筆者はチームG「逆上がり」千秋楽公演を観ることは出来ず、妻に託すが、17:30開演でありながらやはり今のところ動きがないことを見るに、早くも暗雲が立ち込めている。

AKSという傲りの悪鬼を懲らしめてくれる桃太郎の登場を望んでやまない。

 

プリズムに煌めいてあれ――はじめてキンプリ見たよ、あるいはKING OF PRISM -Shiny Seven Stars-1話感想他

余談

噂は聞いていたのである。キンプリはヤバイらしいと。TLで垣間見するその界隈は、製作者がクレイジーか、ツイート発信者がファンキーなのか、あるいはその両方であるのか……一言で言うなら混沌であり、二言で言えば対岸の狂騒であった。

今月初め、一つの動画を妻から見せてもらった。


EZ DO RAP & ヒプノシスマイク-Street Rap Battle- Squash The Beef/Buster Bros!!!&KING OF PRISM Street Unit

実は夫婦そろってヒプノシスマイクにハマりつつあり、本来であればその経緯を説明した二記事ほどを挟んでからこの記事と展開していきたかったのだが、

何しろ、

abema.tv

4/20の0時より一話が無料開放され、

abema.tv

abema.tv

過去作二つが4/20の十二時まで無料であるのだからこのタイミングでお勧めするしかないのである。無論、正規料金を払ってもそれ以上の感銘があるのだが、資本主義社会においてタダより安い物はないのである。全ての熱量は新規会員を思い立って、個人情報を入力して支払方法を登録している間に1/10になってしまうものだからだ。ただワンクリックだけのうちにこのエンターテインメントを取り入れてほしいのである。

話が前後した。そういうことでしっかりと所謂「キンプリ」に向き合ったのはこれが初めてだった。短い付き合いだが愛着の湧きつつあるヒプノシスマイクの代表的なビートとバースをオリジナルなリリックに載せて宣戦布告する三名。大和アレクサンダー、香賀美タイガ、十王院カケル。画数では山田三兄弟の完敗である。カヅキさんって誰だ、君の直後にチャラそうな男が出てくるが大丈夫なのか、そういった戸惑いを吹き飛ばすそれぞれの強烈なパンチラインにたたらを踏んでいると今度は山田三兄弟のアンサー。(筆者は後から知ったのだが前日のうちにこのアンサー部分が公開され話題になっていたのであった。そしてキンプリ側でも新聞で話題に。筆者はこの時、キンプリに本編随所に織り込まれる豊富な新聞ネタに目を白黒させられることをまだ知らない)

これは……EZ DO DANCEじゃないか! 幼き日のヒット曲をこんなところでこんなアレンジで聴く機会に恵まれるとは、と動揺している間に二作品間ではPEACEが成り立っていた。完。

否、始まりなのである。賽は投げられたのである。

刀剣乱舞ヒプノシスマイク。世間で女性向け作品と言われる二つに楽しませてもらっているアラサー男性が女児向け(派生)作品に足を踏み入れる舞台は整ったのである。

 

ここからはネタバレがあります。出来れば初見の方はまっさらな状態でプリズムに煌めいて頂きたいので騙されたと思って一話を鑑賞してみてください。ちゃんと二十五分で終わります。

本題

KING OF PRISM -Shiny Seven Stars-は筆者の暮らす大都会では残念ながら上映がなく、足踏みをしていたのだが、BSテレ東でも放映されているということで録画してみることにした。有難うBS放送。文化の極みよ。よかったNHKにBS料金で加入していて。有難うNHK。NHKオンデマンドを受信料と込々にしてくれNHK。せめて見逃しと特選を統合してくれNHK。受信料まで併せるとabemaの3倍くらいするぞNHK。

いきなり中性的な人物が開幕を宣言し、続いて三人組がパフォーマンスを始める。突然の電車。全裸。終電。アフレコパート。星座。お酒は20歳になってから。すごい説得力だ。どこからが現実でどこからがパフォーマンスのイメージ映像なのか。全てが現実なのか。全てがイメージ映像なのか。

そうではないのだった。全てがキンプリであるのだった。

ただ、思っていたよりもずっと親切だった。プリズムショーの説明、トレンドの説明、メンバー紹介、(タイガ君が思ったよりも純朴で、カケル君が思ったよりもチャラくなかった)天然ガスの高さ、対立構造、放漫経営、大和アレクサンダーの孤立(絶対にストリート系だ)、メンバーの信頼関係……これまでの流れが何となくわかったような感じになった。気が付けば風呂に入っているので油断ならない。

新たなるステージが開幕したところで次回に続く。既に来週が待ち遠しくて仕方がなく、とりあえず応援音声にして二週目に入り、世に言うキンプリエリートの凄まじさと素晴らしさを言葉ではなく心で理解するのであった。

二週目終了後、妻と無言のアイコンタクトを交わし、KING OF PRISM by PrettyRhythmの再生が始まった。そうなると加速度的にKING OF PRISM -PRIDE the HERO-も続けて視聴するのはHBの鉛筆をベギッとへし折れるくらい当たり前のことだ。

一夜明けてまだ余韻の中にいるが、聖鼻毛領域(ボーボボ・ワールド)の中でコロコロホビー漫画とあしたのジョー北斗の拳ウテナめいてリミックスされた結果しかしそれはやはりキンプリに落ち着くのだ、という納得と感動があった。EZ DO DANCEという曲の重みに改めて感じ入ったし、新聞が出るたびに一時停止できる環境でよかったと思った。代表は経営から身を引いた方がいいとしみじみ考えたし、ドラゴンズネストが出て来た時の時系列を追ってきたエリート諸賢とは違う方向の「ここ、あそこじゃん!」という感激は今、このコンテンツに触れたからこそであるという喜びがあった。

また少し調べて、初めの劇場版は14館での上映からスタートしたということで改めてエリート諸賢への畏敬の念を禁じ得なかった。

大いなる愛が人々を救い、スタジアムを救い、地球を救った。愛が地球を救うというそんな簡単なことを我々は久しぶりに一切の欺瞞がない真実として受け取ることを許されたのである。全ての登場人物がそれぞれに光を放ち、それはプリズムに煌めいて拡散し、増幅し、昇華していった。

これほど幸福な結末を迎えておきながらしかし主人公の話は転がり始めたばかりであり、じゃあエーデルローズに今度は一千億の負債を背負ってもらいましょう、というのはなんたらと天才は紙一重と言わざるを得ない脚本の妙であるな、と過去をDigして改めて感じることも出来た。

非常に濃密な時間を過ごせたことに感謝をしたい。この時間を継続するためには今後どうすべきか、エリート諸賢に教示を請いたいところである。

審神者就任四周年―筆者と陸奥守吉行たちの1460日

なんだかいかがわしいがバレ防止のつもりである。一体、誰っちゃんなんだ……。

余談

六年前、筆者は提督であった。久々のブラウザゲーはコンシューマーゲーより気軽で、(何しろ当時は「ゲーム機の電源を入れる」ということすらとても億劫だったのだ)一日一時間程度でちまちま進めていた。

そして血気にはやり、一人の艦娘を失った。折しも終戦記念日の前日であった。その後も暫く楽しませてもらったが、建造で同型が出るたび、やるせない気持ちになった。難所である2-4を超え、3-2くらいまで進んだところで業務もますます忙しくなり、そのまま鎮守府から足は遠のいてしまった。

今回この記事を書くにあたり、久しぶりに着任してみた。ログイン画面が随分変わっているように思い、艦娘のスケールが本丸と比べて近い、と感じた。

右上に遠征が完了しました、とメッセージがあった。最後に遠征に送り出したのはいつだったろう。クリックして、長い長い遠征から彼女たちを迎え入れた。持ち帰ってくれた僅かばかりの資源は、放置してカンストした資源の前に切り捨てられてしまった。

建造でも、と思ったがもはやレシピも思い出せなかった。出撃を押すと、海域が全く把握できなくなっていて二度驚かされた。

もはやここに筆者の居場所はないのかもしれない。データの海に彼女たちを沈めることといつか来るやも知れぬ提督としての使命感が燃え上がるのを待たせ続けるのはどちらが罪深いだろう?

少し逡巡し、今回はこのままでいることにした。帰ろう、帰ればまた来られるから。三年の時を経ても、彼女たちは待ってくれていたのだから。

本題

就任まで

四年前、筆者は審神者に就任した。実家を出て職場のそばへ引っ越し、社会人になって幾らか年月が経って時間のやりくりも出来るようになり、とはいえコンシューマーゲームのモニタとテレビを統一してしまい、HDMIをレコーダーから挿しなおさなくてはならなくなったので「電源起動クエスト」はさらに難易度が上がってしまった。

そんな折、「刀剣乱舞」が新規サーバーを開放するという報が入ってきた。男の子はいくつになっても刀が好き。筆者も例外ではなく、前々から興味はあったが新規参入が難しい状況でもあった。

新規解放されるサーバーは「薩摩」であるという(「備後」も同時に解放された)。これも何かの縁と帰宅後早速申し込みをした。既に結構埋まっていてその人気ぶりに驚いたものだ。妻も周防サーバー実装時に始めているので、旧国名サーバーというのはゆかりの地が解放されたときにやってみよう、と思わせる意味ではなかなか効果的であるのかもしれない。

初期刀選択、初鍛刀、初出陣

さてログインし、初期刀を選ぶ段になった。ざっと見て、ほぼノータイムで陸奥守吉行に決めた。無知を晒せば、初期刀の中で見知った名前が陸奥守吉行しかなかったのである。性格も快活でルックスも秀逸であり、選択しない理由がなかった。

初鍛刀は、今剣だった。これは……後から来た大柄な刀剣男士にも先輩風を吹かせてえへんしそうなタイプ……いいじゃないですか……となりつつ、その日に1-3くらいまで攻略したと思う。「艦これ」より結構楽だな、という印象であった。

よう狙って……バン!

えっ刀はいいの? と思って笑ってしまったのも今や昔である。

コンシューマーゲームへの移り気

織豊の記憶まではスムーズに進んだが、そこから停滞が始まった。スムーズに進み過ぎてレベルが足りていなかったのだろう。また、任務を達成しても回収を忘れることが多かったり、資源をケチって短刀が顕現することが多く錬結によってステータスがなかなか上げられないのも今覚えば響いていたように思う。

はじめて陸奥守吉行が中傷(いつ見てもこの表現どうなのかなあと思うのだが)まで追い込まれた。その時の「吠たえなや……」と言う言葉に背筋がざわついたのを今でも覚えている。(実際は軽傷時の台詞であるはずなので記憶は前後しているのだろうが、印象としてこの時初めてその台詞を認識したのでこのように表記させていただく)。

歴史好きであれば嫌でも近江屋事件と、龍馬暗殺事件と結びつくその台詞。陸奥守吉行が刀である自分を否定するようなことを言うことが、誉をとってもイマイチ嬉しそうでないことがつながったように思えた。

今の主である審神者を、筆者を立ててくれているが、未だに彼は守れなかったことをしまい込んだ上で戦っているのだと。

初めての撤退を行い、手入部屋に直行させ、その日はそれで終わりにした。

カッとなって転職し、しばしの自由時間が出来た。PS4を買い、大作ゲームに手を伸ばした。こうなるとブラウザゲームはいつでも出来るからこそ、足が遠のいてしまった。月単位で本丸を開けることが多くなり、こんのすけは「嫌味を言ってくるやつ」というひどい認識に至っていた。

いつでも陸奥守吉行は朗らかに迎えてくれていた。

夫婦審神者・そして再開へ、からの再中断へ

刀剣乱舞をはじめて二度目の春、妻(まだ同居人であったがこの表記に統一する)が審神者に就任した。単純に共通の話題が増えるのは嬉しかった。

妻の偉いところはこれと決めたゲームを一貫してやり続けるところで、筆者のようにゲームを積むことは決してない。常にそのゲームと真摯に向き合う。(平行して進めることはある)刀剣乱舞もその例外ではなく、元来不精な筆者はあっという間に差を詰められてしまった。

困ったことにTLの情報や妻のプレイ報告で自分も「プレイしたつもり」になってしまうのがますます問題で、新刀剣男士も妻は顕現させるが筆者は……ということが続き、妻との審神者偏差値の違いに自分でうんざりしてしまい、またまたの中断となってしまった。

刀剣乱舞の映像化との邂逅

転職後の業務が本格化し、新職場の近くに引っ越した。BS環境が整備されており、早速秋口に始まった「刀剣乱舞 花丸」を夫婦で鑑賞することが出来た。筆者は鍛刀もそんなに熱心に行っていなかったので刀剣男士たちの諸々を妻にレクチャーを受けながら、我が本丸のわびしさに思い至った。

ちょぼちょぼと日課をこなすようになり、妻のアドバイスでレシピを調整するなどし、新たな刀剣男士たちが続々と顕現した。中でも次郎太刀は顕現当初から大いに活躍し、今でも我が本丸の主砲として厳然たる地位を築いている。

妻が最早刀剣乱舞にどハマりしているのは明らかであり、田舎の悲しさ、一番くじ他コラボレーションの度に県内を北へ南への移動の日々が始まった。元来インドア派である我々が週末の度に外出するようになるとは。

妻への某かの贈り物(誕生日・ホワイトデー・クリスマスなど)も刀剣乱舞に関連したものが多くなっていった。

年が明けると諸々の研修に追われ、地方に出張も行ったりし、ようやく人間としての姿かたちを思い出したころに「活撃 刀剣乱舞」が始まった。

いや~九話……九話なんですよ……もうほんとこれだけは千夜を以て万言で語っても到底伝えられないので是非ご視聴頂きたい。

連動特典をちゃっかり獲得しつつ、いつの間にやら審神者のレベルが三ケタになっている妻に慄いたりもした。当時のスマホはあまりゲームと相性が良くなく、相変わらずPCでプレイしていたのだが鍛刀をして満足、という日々が続いた。

そして昨年、筆者はブログを始めた。夫婦で「西郷どん」一話を鑑賞し、「続・刀剣乱舞 花丸」一話を鑑賞した。観ながらの鍛刀で、へし切り長谷部と蛍丸が続けて顕現した。

これは何かの思し召しと考え、翌日、へし切り長谷部及び日本号を鑑賞してきた。初めて車で福岡まで行った。(日帰り)それほど刀剣乱舞と言うコンテンツが我々の生活に影響を及ぼしてきたのである。それは幸福な浸食であった。

太宰だったかと思うが、季節外れの夏物の衣服をもらって夏までは生きようと思った、という話があった。筆者は別に死のうとは思っていないが刀剣乱舞関連の色々がこの日にあるからそれを目標に頑張ろう、と言うような生活リズムとなっていった。

審神者、東奔西走す

春、活撃 刀剣乱舞展に行き、京都御朱印巡りを達成し、髭切を鑑賞した。

GW、宴奏会に参加した。一刻も早く本丸に帰参したい、そう思わせる本当に素晴らしい体験だったが、ただ一つ筆者には負い目があった。阿津賀志山(厚樫山)を当時の筆者はまだ突破していなかったのである。そういった意味で我が本丸の完全な追体験とはならず、悔しい思いをした。

早速刀装破壊の心配がなく、経験値の割もいいイベントによって部隊を鍛える日々が始まった。蛍丸も既に欠かせない戦力となりつつあった。和泉守兼定の打刀離れした打撃に何度助けられたことか。討ち漏らしたと思ったところに次郎太刀の一閃が決まると何とも言えない爽快感だ。鶯丸は今日も命を大事にしろと叫びながら敵を薙ぎ払っている。

鍛える過程で新しく実装された刀剣男士達も顕現させることが出来、審神者としての自信を取り戻しつつ久々に通常ステージへ挑むと、驚くほどあっさりと阿津賀志山を突破することが出来た。かつては最終ステージだったことをうかがわせるメッセージが流れるが、目指すは陸奥守吉行の極である。その為にはまだまだ鍛錬を積まねばならない。

幸い、鍛刀革命が起こり、優秀な刀剣男士が顕現しやすくなっていた。いつものメンバーに二人ほど短刀の男士達を……といったやり方で少しずつ鍛える日々が続いていた。

今剣が重傷からの真剣必殺で最後のボスを仕留めたのは既に秋風吹く九月のことであった。

可愛い刀剣男士には旅をさせよ

すぐに陸奥守吉行が相談しに来た。勿論ノータイムで送り出した。しかし陸奥守吉行はかなり精神的強度があるだろうから今更修行する必要などあるだろうか……? などと思いつつ、しかし届く手紙からその深い度量がますます深く、龍馬への思いが自分のある種アイデンティティであることを認めつつ、今の主――審神者の為に極となる姿勢であることがしみじみと伝わり、改めてその成長を感じさせてくれた。

戻ってきてくれた姿も提督感があり勝手ながら筆者のかつての業まで背負ってくれるようで大変嬉しい。暫くは鍛刀→錬結の日々が続いた。

次に送り出したのは今剣。妻曰く「極短刀ちゃんたちはすごい……今剣さまとしか呼べなくなる」と言っていたがそれ以前に手紙がビシバシ刺さってつらかった。ある意味陸奥守吉行と今剣は対照的なのだなと改めて気付かされもした。

帰ってくるといつまでも上がり続ける機動に顕現したそばから刀剣男士が錬結していきそれはそれですさまじいものがあった。

現在

新マップが実装されたものの延享の記憶で無事足踏みしている。イベント戦に慣れたら刀装が剥がれるのがなかなか辛くて……あと高速槍死んでくれないかな? 頼むから死んでくれないかな。 すごく苦しい死に方してほしい。

昨年の京のかたな展に行けなかったのは痛恨の極みであったので何卒……何卒、陸奥守吉行の再展示を……といったところである。

四周年と言うことで何かしら特別なことを、思い立って今まで夫婦合作の祭壇であったのを分離して、陸奥守吉行専用祭壇を拵えてみた。滅茶苦茶楽しかったです。今年はS・H・フィギュアーツ:仮面ライダースカル以来の立体物、ねんどろいど陸奥守吉行を是非お迎えしたいところ。

まだまだ語りたいことはあるのだが、五千字近くなってしまい、日も替わろうとしているのでこの辺りで。むっちゃん他、本丸の刀剣男士諸賢、妻、各種界隈の方々、TLの皆々様のおかげでこの四年間は楽しかった。五年目も楽しんでいきたい。

因みに現在の第一部隊はこんな感じである。色んな刀剣男士の就任祝い台詞を聞きたかったので第二部隊になっているのはご愛敬だ。

鏡は横にひび割れぬ―刀剣乱舞イベント「文久土佐藩」を迎えるにあたって

余談

相変わらず刀剣乱舞をちまちまとやっている。球集めは相性が良くなくて振わないのだが、今回の江戸城は先年初めて真剣に取り組み、どうにか南泉一文字くんを迎えられた思い出深いイベントであり、移動だったり宝箱開封である程度プレイヤーの裁量が効いてゲームらしい挙動が出来るのでお気に入りだったりする。

そして次に控えているイベントは特命調査。こちらも前回、聚楽第に潜入し、優評価を頂戴した筆者にとって思い入れのあるイベントである。筆者の初期刀が陸奥守吉行であることは既に何度か述べたが、それだけに今回の「文久土佐藩」の特命調査においてはワクワクが止まらない。もうずっと妄想している。妻に話すのもそろそろ気の毒になって来たので、ここらで一度ネットの海に放流し、デトックスしておきたい。

筆者が考える程度のことは皆々様が既に考えていらっしゃったので、説として目新しいものは特にないが、幕末歴史好きかつ陸奥守吉行が初期刀である人間にとって、「文久土佐藩」という五文字だけでどれだけ妄想がはかどるかという一つの記録にはなろう。

 

ということで以下、妄想が繰り広げられています。

本題

文武並用、成長久之計。

文久――わずか三年足らずのこの時代は即ち土佐勤王党の興亡の歴史である。

読者諸賢――特に少しでも多くの情報を取り入れようとウィキペディア他webの荒野を「文久」の文字列でもって駆け抜けた方々には今更ブッダトークショーであるかもしれないが、筆者としてはここに書き記すことで前後の時代の把握を行いたいのでお許し願いたい。

文久の前、万延元年はわずか一年に過ぎなかった。万でも延でもないわけだが、それは改元当初から約束されていたことであった。

何故か。翌年、即ち文久元年はしきたりにより改元することが決定しているからである。

十干十二支を組み合わせて年を表現することは昔はよくあった。例えば壬申の乱乙巳の変文久の近くで言えば戊午の密勅であったり。現代も丙午生まれの女性は……といいう迷信が細々と生きていたりする(ちなみに筆者の母は丙午生まれ)。

そして辛酉の年は改元するしきたりがあったのである。何故ならこの年はみんなの心が冷たくなりがちで革命とか起こされたら怖いからである。ポエット!

ともあれそういったことで改元の日が決まっていたのにわざわざその一年前に改元してしまったのである。現代であればエンジニア諸賢が爆発四散していたところであり、当時も「どうしてあと一年待ってくれないのか」といった空気はあったようであるが、孝明天皇のたっての希望により改元された、という。仕方がない。安政は余りにもいろいろなことが起こり過ぎた。ここらでいっちょ改元というのが雅ムーヴである。

そうして万延の年が始まり、あっという間に終わって文久となった。

因みに文久の後の元治もまた、一年で終わる。やっぱりしきたりで革命を防ぐ為である。明治維新という革命の足音はそのようなことをしても三年後に靴音を響かせて近づいてきていたわけであるが、旧来の陋習にくるまれた人々には届かなかったのかもしれない。

本題に入ってからの方が脱線が長くなってしまった。以下、文久各年の土佐藩に起こった主要な出来事と、そこから連想される「新刀剣男士」やその背景を予想してみたい。

文久一年:土佐勤王党の結成

武市半平太という、早すぎたのか遅すぎたのかわからぬ勤王家によって結成された土佐勤王党は若者の鬱屈したエネルギーの受け皿となっていく。血判した名簿に記されただけでも二百名近くとなる。

それほどの組織の首魁たりえた武市という人は、剣術の達人であり、また多くの名士と交わった人物でもあった。そんな彼が剣術修行の名目で各地を巡っていたときの話に、「この時に彼の物入れにあったのは「霊能真柱」(国学者平田篤胤の著作。この作品自体は所謂復古神道に連なる本であるが、ほかの著作である「出定笑語」は王政復古の原動力の一つとも言える話であり、勤王家の間では人気があった)と新刀「南海太郎朝尊」だけであった――という下りがある。

南海太郎朝尊は土佐の評判の刀鍛冶で、武市が求めたのもごく納得のいく話である。固有の名前ではないが、そうではない刀剣男士諸賢は既に大勢いるので大きな問題ではなかろう。と、いうことで筆者の考える刀剣男子第一候補は「南海太郎朝尊」である。朝尊は親王のご落胤の子孫という説があり、また持ち主である半平太が勤王家という点から新刀だけど麿麿した感じの見た目だと面白いかもしれない。現代的な陸奥守吉行と対にもなろう。

文久二年:龍馬脱藩・吉田東洋暗殺

明けて文久二年。土佐勤王党の勢力はいよいよ拡大し、藩論への意見もするようになっていた。武市の論とは一藩勤王。しかしそれを良しとしないのが土佐藩の重要人物・吉田東洋であった。龍馬伝での田中眠氏の怪演も印象的であった吉田は、しかし暗殺される。暗殺されたその日は藩主に本能寺の下りを抗議していたというのは歴史の皮肉である。土佐藩士の頂点と言っていい参政の職にあった吉田は、刺客と二、三合斬り結んだもののついに果て、その首は郷士の古ふんどしに包まれて運ばれた後、河原にて晒された。土佐勤王党の手によって。それを機に一層土佐勤王党の影響力は拡大していくのである。院政を敷いていた山内容堂にとってはまさに懐刀、のち土佐藩より唯一明治政府の中核に食い込む後藤象二郎にとっては叔父である吉田の暗殺はそれぞれに深い衝撃を与え、失脚してからの土佐勤王党への弾圧が容赦ないものになったことにも影響していることであろう。

それよりも少し前、龍馬は脱藩している。またも脱線してしまうが、この時にともに脱藩し、龍馬と最も苦楽を共にしたであろう沢村惣之丞という人物がつまらぬ小競り合いがもとで維新直後にあっさり割腹してしまうことに歴史の無常を感じる。

国を捨てる。

一大決心である。龍馬はそれを成し遂げたものの、それによって寺田屋事件をはじめとする数々の苦難を引き寄せることにもなってしまう。死の遠因ともなっているといってしまってよいだろう。それでもなお彼は藩という小さな国を捨て、日本という国を救うことを選んだ――というのは後世的な見方であって、実際のところはわからないが。

龍馬が捨てた国、土佐。その土佐一国に相当すると言われた刀がある。一国兼光である。現在は高知城歴史博物館に所蔵されているというチラシのワードとも符合するこの刀は山内家の重宝である。土佐を飛び出した陸奥守吉行と言ってしまえば土佐そのものである一国兼光。これまた対になっており、顕現すれば興味深いやり取りが見られそうだ。

文久三年:八月十八日の政変土佐勤王党の衰退

土佐勤王党はその名の通り尊王派である。そして明治維新とは尊王の結果によるものである。ならばなぜ、土佐勤王党は歴史の敗北者(取り消せよ…今の言葉…!)にならなくてはならなかったのか。その大きな要因が八月十八日の政変である。土佐勤王党尊王派であった。しかし悲しいかな、その後ろには攘夷がぶら下がっていた。前述した政変は複雑なものであるが、乱暴に言ってしまうと鎖国派と開国派の対立、尊王派と公武合体派の対立であった。公武合体派としては異国のやばさを感じているのではっきりとは言えないが積極的に攘夷はしたくない。そして公武合体派が勝利し、以降尊王攘夷派は風下に立たされることになる。因みにこの一連の流れで新撰組が誕生している。

土佐はジョン万次郎という当代の日本人で誰よりも外国に精通した人物を擁しながら、この争いに関してイニシアチブを握れず、以降幕末までその半歩遅れを引きずってしまうことになる。既に増長しつつあった土佐勤王党(この前にも容堂に僭越であると説教を食らった挙句切腹に追い込まれたりしている)はいよいよ立場が危うくなり、武市は投獄される。土佐勤王党の断末魔の叫びであった。

さてその八月十八日の政変の引き金の一つが朔平門外の変とも言われる姉小路公知暗殺事件である。彼の殺害犯は幕末四大人斬りの一人・田中新兵衛と言われる。武市の義兄弟でもあるこの人物は、この容疑による収監時に自害している。

今一人、この事件に関わる幕末四大人斬りがいる。読者諸賢ご承知の通り岡田以蔵である。彼は死亡前、姉小路の護衛を一時期行っている。Twitterなどを見ても今回の本命では? と思われる肥前忠広は彼の佩刀とされる(というよりより正確に言えば岡田以蔵の佩刀が今回の刀剣男士であると予想されている、だろうか)。

筆者も文久土佐藩と聞いた時まずしたことはGoogleで「岡田以蔵 刀」で検索することであった。調べてみると有名な勝海舟護衛エピソードで以蔵は勝からピストル(リボルバー)をもらっており、この時の佩刀も肥前忠広と考えれば陸奥守吉行が守り刀としての座をピストルに明け渡したのと対照的に守り刀として機能することでピストルを得たという刀が顕現するのはなかなかエモい。生涯ただ一人も切り倒さなかったという刀と天誅の名のもとに日夜血で染まっていた刀というのもあまりにも彼岸である。また、坂本家の刀であったということを踏まえると龍馬の刀として後世も(焼けはしたけれども)大事にされている刀と持ち主が身を持ち崩し、手から離れ、現在行方不明の刀ということであまりにも真逆……どうしてこんなことに……祝福される道が忠広にもあったのか……という気持ちになり、めっちゃ回想が見たくてならなくなってしまう。

俺なんかどうせ……系の刀剣男士はだいぶ渋滞しており競争率が高そうなので、ピカレスクロマンあふれる感じの造形であればいいなと思う。「戦で褒められてこその刀じゃき!(ガハハ!)」ぐらいやってほしい。

埋忠明寿も同じように「日の目を見なかった坂本家の刀」として興味深いが、少し独自のエピソードが弱いかもしれない。

果たして何が「改変」されているのか

さてつらつらと書いてきたが、そもそも文久土佐藩、何が「改変」されているのだろうか。筆者としては「龍馬脱藩」か「吉田東洋暗殺」、即ち文久二年の出来事が改変されているのだろうと考える。例えば龍馬が脱藩せず、吉田東洋の暗殺犯になるとか。逆に吉田東洋が暗殺されず、龍馬が投獄され獄死してしまうとか。

歴史に「if」はないと人は言うが、実際のところその一瞬一瞬が「if」に満ちていると筆者は思う。この三年とは思えない密度であれば、どこが改変されていても大変なことになるに違いなく、またなるほどそうきたか……と思わせてくれることであろう。

はりまや橋がめちゃくちゃ豪華になっているとかそういう方向で改変されていたらどうしよう。かんざしでも買うか。もしかしたら特別アイテム枠で出るかもしれない、かんざし。

ともあれ平成最後のイベントの主役が陸奥守吉行であること、運営に深くお礼を申し上げてこの項を閉じたい。

蛇足・その頃の薩摩

・開国した方がいいと思うな~

・過激な思想はメッだよ!(寺田屋事件

・でも無礼な外国人は斬るね……。(生麦事件

・なんか一国と戦争することになったわ(薩英戦争)

・イギリス強いわ、攘夷とか無理言うなよ(八月十八日の政変

なんだこいつ……。

ばらはあかい、すみれはあおい――IZ*ONEカムバックソング「violeta」感想

余談

IZ*ONEのオフィシャルファンクラブに入会した。アイドルのファンクラブに、しかもできた初日に加入するなんて初めてで、それほど筆者にとってIZ*ONEというグループは特別なものになりつつある。

勿論、カムバックのショーコンも観たし、「HEART*IZ」も配信でガンガンに聞かせてもらっている。

極めつけは表題曲「violeta」である。前作もそうだったが、今回も素晴らしかった。奇跡は二度も続かない。間違いなくIZ*ONEは「本物」であると改めて確信した。

 


IZ*ONE (아이즈원) - 비올레타 (Violeta) MV

既に様々な方々の素晴らしい感想・論評があるので気後れしていたが、折角であるのでMVから感じた諸々を自分の言葉で書き留めておきたい。読者諸賢御推察の通り、あくまで筆者個人の感想であることをあらかじめご承知おき頂くようお願いします。

本題

タイトルについて

タイトルである「violeta」はスペイン語で「スミレ」。スペイン語と言うと最近、サクラ大戦新作のキャラクターデザインを担当され注目された久保帯人先生の不朽の名作「BLEACH」が浮かんでしまうのは世代として仕方のないところである。いいですよね……「グリジャル・グリージョ」……。

ともあれスミレというと日本では「山路来て 何やらゆかし すみれ草」という芭蕉の句が思い出され、先頭に立つわけではない、控えめな美しさを筆者は思い浮かべる。

ちなみに前回、雄略天皇の御歌を紹介したが、そこで女性が摘んでいる「若菜」のように昔はスミレも摘まれ、食用とされてきた。「スミレ」は「摘まれる」の変化したものだという説もあるくらいである。偶然ながら記事が呼応しているようでうれしい。

花言葉は「謙虚」「誠実」であり、また紫のスミレに限れば「貞節」「愛」とファンがアイドルに求める概念が勢ぞろいと言った感じだ。韓国での花言葉は「真実の愛」であるのだとか。残念ながらスペインでの花言葉は筆者の力量では調べられなかった。

後述するが、歌詞を参照するに日韓の花ことばを融合したような「誠実なる愛」をMVでは描いているように感じた。

他方、前回から今回――薔薇からスミレへと考えた時、筆者は表題にも用いたマザーグースの一編が思い出される。

Roses are red,
Violets are blue. 
Sugar is sweet,
And so are you

ばらはあかい、すみれはあおい、さとうはあまい、あなたはいとしい――と言った感じの訳になるだろうか。現代でもバレンタインに添える言葉の鉄板であるらしい。

グローバルアイドルのカムバック曲と考えた時、当然英語圏も意識しているであろうから、この歌も踏まえているのではないかと思われる。

 

歌詞について

浅学の徒であるので自ら韓国語を聞き取り、訳すことは出来ず、(ウォニョンさんからのメールはエキサイト翻訳を用いてどうにかこうにか解釈するのだが)有志訳を拝見した。

ちょっと泣くかと思った。

正しく「ネッコヤ(PICK ME)」の発展形であったからだ。

かつて「私のための光になって」と願った少女たち、すがった少女たちは本作において、「あなたをもっと輝かせてあげる」と応援する側へ転身を果たしている。勿論、それはまず「あなた」が照らしてくれた光があることを前提としながら。

世界が語られる。広い世界のことが。しかしそれでもなお、彼女たちは「あなた」に対して応援を投げかける。「あなただけの私だから」と。

そうなのだ。

あの暑く、熱い夏から半年が経ち、数々の記録を塗り替え、グローバルアイドルとして実績を固めた今でも彼女たちはなお、言ってくれるのだ。

「私は君だけのヒロイン」であると。

応援が反射し、増幅し、拡大する。その幸せな連鎖に含まれることの喜びは無類である。

MVについて

記事によれば、今回のMVは「幸福な王子」をモチーフに作成されたものであるらしい。筆者は初め、Twitterにて「人魚姫モチーフでは?」の方を拝見した。それは大変に素晴らしい解釈で、大いに納得もしたし、今も一つの正解としてそれはあるべきだと考えるが、ひとまず筆者が「幸福な王子」モチーフと言うのを知ったうえでの解釈…というか妄想を書いておきたい。

「幸福な王子」について

「幸福な王子」は有名な童話で、筆者も覚えがあった。同世代の読者諸賢がいらっしゃれば国民的漫画かつアニメであるクレヨンしんちゃんでパロディがあったことをご記憶の方もいるだろう。

今回、こちらにて改めて再読させていただいた。

(Copyright (C) 2000 Hiroshi Yuki (結城 浩 様) 

以下、基本的に本記事での「幸福な王子」についての諸々は先程のリンク先のことを言及していると思っていただいて差し支えない。

アンデルセンあたりの童話だと思っていたのだが、作者はオスカー・ワイルドだというから「サロメ」戯曲の人ではないか。驚かされた。小さい頃「薄いから」と言う理由で読んでショックを受けた人は筆者以外にもいるはずである。(薄いから読んどくかシリーズはジキルとハイド、智恵子抄あたりが安パイであると思う。春琴抄は罠。そう言えばこういう話が「バーナード嬢曰く」にあった気がする)

筆者の曖昧な記憶では「王子の銅像に呼び止められたツバメが人々を救いたいという志に感じ入って施しを代わりに行い、越冬できず死んでいく」と言った話で、その切なさが印象に残っていた。

今回再読してみると、絵本では省略されていた諸々がなかなかインパクトがあって面白い。いきなり上流階級への皮肉から入ってくるキレッキレぶりであるし、ツバメに至っては葦に対して熱烈なアプローチをしておきながら難癖をつけて去ると言うかなり度し難い状態からスタートする(このツバメが植物に対して愛を抱くタイプの特殊なツバメなのかと思ったら途中で「今頃仲間たちは蓮の花とイチャイチャしてますよ」みたいなことを言うのでツバメ全般がそうであるらしい)

王子も王子でけっこう「やりがい搾取」みたいなことやってるな……と大人になってから読むと思う。勿論善意で動いているのだが。モデルとなった王子の魂が銅像に宿っているという設定なのも初めて知った。

記憶通り、王子の像の装飾をツバメが人々に施していく。「枯れたスミレ」がタンブラーに挿されている才能ある若者がサファイアを施されるのは象徴的なシーンである。

そしてやはりツバメは越冬できず死んでいく。王子の鉛で出来た心臓が寒さで割れる。(児童向けではツバメの死のショックで割れる)

そして人々はツバメをごみ箱に捨て、みすぼらしくなった王子像を溶かしてしまう。

しかし2人の善行は神が見ていて、天国で幸せに暮らす……というのがあらすじとなる。筆者のイメージの中ではツバメが献身の末死んで終わる、悲しい話であったのでちょっとデウスエクスマキナ的であるが救いがあってほっとした。

「天国」の「王子」ウォニョン、転生する「ツバメ」咲良

それを踏まえてMVを観ていく。金髪になったからこそ余計に清楚さにハッとさせられる宮脇さん、前髪を作ったことが余りにも大成功過ぎるキム・ミンジュさん、ゴージャスな服装に全く負けていない本田仁美さん、黙っていれば彫像のように美しいアン・ユジンさんに続き、チャン・ウォニョンさんのティーン全開、いやもっと幼く見える無邪気な笑みと暖かな風景に口元が緩む。一方、明らかにウォニョンさんのいる場所だけが不自然なほど明るい(他のトーンが暗い)ことが気にかかる。

前述した記事ではIZ*ONE全体が「ツバメとしてサファイアを届ける」役割であるとし、実際そろってのツバメダンスが存在するように「そうである部分」もあると思うのだが、筆者はそれ以外に各々役割が付加されているようにも思えた。

例えばウォニョンさんの役割は「天国に魂を移された生前の王子」であると考える。花畑は天国である。一切の不安がなく、解放された王子の表情は穏やかだ。途中、手を上に伸ばし、一層の笑顔を向けるシーンがあるが、これは同じく天国に居場所を移したツバメが飛んできたのを見つけたのではないかと思う。

他方、宮脇さんは「ツバメの総代」とでも言うべき役割を持つ。サビのゆっくりと広がっていくツバメダンスにおいて宮脇さんがセンターを務めているのが象徴的である。

箱に突っ伏する宮脇さんはそのまま博愛に殉じたツバメが王子像の下で力尽きた姿であろう。その亡骸は冷たい雪に覆われていく……と思いきや花びらが降りしきる。周りは花畑。目を覚ます宮脇さん。きっとウォニョンさんとの再会が待っているはずである。

他の人々はどうか。例えば前作に引き続き短い出演時間ながらバチボコ可愛い姿で今回も視聴者のハートをつかみ、視聴者はどないなっとんねんと製作者の胸倉をつかみたくなる矢吹奈子さんであるが、彼女のいる場所は極端に暗い。これは「幸福な王子」の施される側―例えば子どもたちや支配人―を暗示しているように思える。矢吹さんの目尻に「応援される側」であるスミレのような意匠のメイクがあることが一層そのように感じさせる。花が開くのは文字通り「才能の開花」を示しているのかもしれない。

同じくそばで花が咲くラップパート(ルビーのようなという歌詞は今回にも呼応している)からボーカルパートになったものの今一つ譜割りが少なく感じて筆者としては不満なチェ・イェナさんについてはその開花の「監視者」なのではないかと考える。神の使い、言ってしまえば天使である。施しにより開花する花によってその善行を測り、もって王子とツバメの2人を評価しているのでは。

PRODUCE48時代に比べてどんどん目が輝いて全体の魅力も相乗効果で高まっているイ・チェヨンさんは最後のシンプルな服装、台座の上にいる様から「王子像」なのではないか。もはや遥か過去の指標でしかないが、12位と1位の立ち位置が対照的、と言うのは意図としては判り易いと思う。

相変わらずのメインボーカルぶりを発揮、愛嬌にも磨きがかかるチョ・ユリさんの役割はなかなか謎めいている。液体を飲むことが「雪を降らせる」効果があるのか「転生させる」効果があるのか、いずれにせよ何か高位な存在なのではないだろうか。

まさかの復活、地獄から蘇ったラッパー、カン・ヘウォンさんは相変わらずの美貌で殴る力強さを見せつけてくれるが、「王子像の内面・葛藤」を表しているように思える。歌詞の分担もちょうどそういった感じである。

じつはグループバトルでもラップを担当、あの頃と明らかにものが違うミンジュさんは対になる「ツバメの内面」を担当しているように思う。初めに咲良さんの後にカットインしてきたのもそう考えるとうなずける。

かわいいかわいいウンビちゃんことクォン・ウンビちゃんのセレブな格好のハマり具合と言ったらないが、パステル調の衣装でちょっと浮いているような感じがギャップの可愛さにつながるのはさすがである。終盤にどっしりとダンスを見せつけてくれるなど、前作を踏襲した役回りをばっちりこなしてくれる。台座に腰かけ、手にした花に火をつける。「幸福な王子」がみすぼらしくなったことで運ばれる「溶鉱炉」の象徴のように思えた。

前作からキム・チェウォンさんの「悪女っぽい表情」は天下を取れる要素があると考えているのだが、今回は益々素晴らしいものがあった。是非この路線で今後ともお願いしたい。彼女の持っている四角柱は何とも意味深で、最初のシーンでは突き立て影が映る―日時計トケイソウの暗示と考えれば自らの幸せを謳歌しつつ、人の不幸には鈍感な「侍女」であるのかもしれず、あるいは雪の結晶を表していると考えれば残酷なまでに厳格な自然の化身であるのかもしれない。

立てばイタズラ座ればMC、黙っていれば超美人のユジンさんの飛沫を上げながらのシルエットダンスにはしびれた。めちゃくちゃにかっこよく、また、シルエットでも「ユジン君(我が家での愛称)だ!」となるその動きには釘づけだった。シルエット=不確定であり、水辺であることからツバメが持ってくるつもりが幻となった「大海のように青いサファイア」なのかもしれず、同じく白を基調とした衣装であるチェヨンさんが「王子像」であると仮定をしているのだからこれは先程の「ツバメに対しての王子の内心不安な部分」ではなく「激しく燃える人々を救いたいという心」の表れであるのかもしれない。

朝ドラ主演女優さんのような清楚さと益々レベルアップするダンスを我々に見せつけてくれる本田さんはもしかして「サファイア」そのものなのだろうか? あるいは王子の目であるサファイアを前にしてそれを取れと言われた「ツバメの逡巡」であるのかもしれない。

次作への期待

以上、妄言であった。こういったことを書き散らすのは楽しい。楽しみ過ぎて五千字を超えてしまったのでこの辺りにしたい。考察も出来るし、ただ見て美の暴力に打ちのめされるだけでもいいのがIZ*ONEの良いところである。

西洋においてはバラ・スミレ・ユリがセットとされているらしい。であるならば、気が早いが次回のカムバックはもしかしたらユリをモチーフとしたものになるかもしれない。ちなみに花言葉は「威厳」であるらしい。

もし採用されたらユリさんがどんなリアクションをするのか気になる(ちなみに韓国語で花のユリは「ペカプ」といったように発音するらしい)

ともあれ各種コンテンツの日本語字幕などまだまだ今回カムバックの諸々の提供が山積みである。ゆっくりとHEART*IZを堪能しながら待ちたい。

IZONE-HEART IZ Violeta Ver.(輸入盤)