カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

君は誰と幸せなあくびをしますか、あるいはアニメ ゴールデンカムイ第六話までの感想

余談

ゴールデンカムイに夫婦でハマっている。単純なもので、自分が好きなものを妻が好きだととても嬉しい。

単行本13巻時点での筆者の好きなキャラクターベスト3は

谷垣一等卒

鶴見中尉

尾形上等兵であり、

妻は、

尾形上等兵

鯉登少尉

杉元であるとのことだった。わかりやすい。

ゴールデンカムイに夫婦でハマってよかったこと

・共通の話題が増える

・食材への感謝がより深まった

ゴールデンカムイに夫婦でハマって困ったこと

・北海道に行きたくなる

・肉をヒンナしたくなる

ということで、近所のお肉屋さん「やまさき」に肉の盛り合わせを食べに行った。本日は博多和牛でお薦めの食べ方はレアということで完全にヒンナ案件である。


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妻「クラシタってさあ…倉下とか……みょうj」

筆者「違うから! 部位だから!(ロースの首に近い部位)ちょっと思ったけど」

妻「カタシンとかさ…そういうあだ名ありそう……」

筆者「カタオカシンタロウとかいそうだけどやめてね!」

(全国のクラシタさんとカタオカシンタロウさんに深くお詫び申し上げます)

因みにコサンカクが筆者的には一押しの部位であった。

良い肉は腹にたまる。食後は南北融和を願って冷麺を食べ、大満足でお店を後にした。


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妻「韓国に行ったときも冷麺に梨入ってたな~向こうはね、ユッケの下が一面梨だったりするんだよ~」

筆者「へ~……。あ、これ林檎だ」

妻「……」

筆者「多分季節で違うんだよ。知らんけれども」

本題

そういうことで、ゴールデンカムイアニメ版を見ることにしたのが先週のことである。携帯を機種変更した際に契約したFODはかつては「古畑任三郎」を、先だっては、「おっきいこんのすけの刀剣散歩」を我々に提供してくれたが、しかし月々千円弱はちょっと重いかな……と思った頃に今度はゴールデンカムイを独占配信などしてくれるので油断ならない。当地ではBS11での放送よりFODの配信開始の方が早いので、今後もFODで見ることになると思う。筆者のスマホからdTVを媒介にして(ミラキャストを使っている)居間のテレビで見る、という手法を使っている。自分のコンテンツは一切顧みられず、FODを見るための踏み台にされるdTVの心境やいかに。おっと思うものは大体かぶっているんだよな他の配信サービスと……頑張れdTV。

我々夫婦としては覇穹 封神演義を視聴しているわけであるが、前期はまだ「続・刀剣乱舞 花丸」があったため何とか相殺できていたダメージも事ここに及んでいよいよ限界、筆者は最早魂魄すら消滅しました……何とも恐ろしいアニメです……してしまうギリギリのところであった。前期、クソアニメと湧いたアニメがあったが、当時ですら「金曜日の夜十時にアベマを見てください、本当の糞アニメってやつをお目にかけますよ」といった状況であった覇穹 封神演義はGWを過ぎて完全に蒼井翔太案件と化していた。蒼井翔太召還は無理かもしれない……覇穹 封神演義を救うことは無理かもしれない……でもせめて視聴している我々の精神は何とか守ってくれ……! そういった手前勝手な願いに見事応えてくれたのが「TVアニメ版 ゴールデンカムイ」であり、不死身の杉元一行であった(すぎもとかずゆきではない)

筆者はどうして忘れていたのだろう……自分の好きな漫画がアニメ化するということは、声がついて動くということはとても素敵なことだということを。

主演陣は勿論、CV.中田譲治氏の土方歳三、CV.大塚芳忠氏の鶴見中尉など漫画を読んでいたときどういう声のつもりで読んでいたか思い出せないくらいのハマリ具合。ああ、後生だから聞きたい鶴見中尉の「ん猫ちゃん猫ちゃん!」が!

しかし何と言ってもCV.大塚明夫氏の二瓶鉄造は正にキャラクターに命を猛烈に吹き込んだといって過言ではない最高のキャスティングであった。もともと二瓶は「身もだえするほど濃厚なキャラクター」の更に序盤の最右翼でその後の方向性を決定づけたような素晴らしいキャラクターであったが、大塚明夫氏が声をあてることでその発言の一つ一つが深く染み入り、説得力を持ってしまう。

五発あれば五回勝負できると勘違いする

一発だから腹が据わるのだ

――二瓶鉄造(テレビアニメ版ゴールデンカムイ第五話「駆ける」より引用)

こんなことを「確かに良い銃だ だがその装飾(エングレーヴ)は何の戦略的有効性(タクティカルアドバンテージ)もない」と言い放ちそうな声で言われてしまったらなるほど……と視聴者は頷かざるを得ないのである。「猟師の魂が勃起する!」と断言されてしまうとああ性欲を持て余しているんだななるほど……それはするだろうななんてったってホロケウカムイだもの……。と納得してしまう。雪原響く狼の遠吠えなんて完全にMGS

そういえば、かの伝説の傭兵シリーズではCV.若本規夫氏のボスキャラクターが演説を攻撃手段にする、というものがあり、当時筆者はその説得力に慄いたものである。確かにあの声で演説されたら、気持ちが傾きそうであると。かように声の力というのは素晴らしく、盾にも剣にも勝る強さがある。

深夜アニメの難しさ、確かに止め画が多いが(この辺り活劇の多い土方組は割を食うことが多そうで残念である)それも「ニヘイゴハン」では効果的に生かされていたし、CGの動物は確かに最初面くらったが、その異質さ、本来この世のものではない「カムイ」であることを表現していると考えるとその違和感がかえって味となる。

はじめは変顔についても控えめであったが最新話ではかなり思い切って来たし、脳みそ食も普通に鹿の脳みそが出ていてスタッフがだいぶ踏み込んできているなというのを感じる。細かいところだが原作で「よくやった! 駄犬」であるところが「よくやった! 湯たんぽ!」となっている辺りも愛を感じる。

でも、「ヒンッ!」のシーンはすごくよかったのだがその前の杉元の台詞は原作通りの構図でやってほしかったかな……と思うが。

アニメがどこまでやるか分からないが、キャラクターを見るに勃起継承はしてくれるのかな……? と思うので楽しみに待ちたい。カネモチの話も観たい。

蛇足:妻が尾形上等兵が好きすぎて正直しんどい

・あっ完全に読者に「モブ第七師団第一号か……」と思われていた頃の尾形だ!

・罠に驚いて完全にキャラ崩壊している尾形(笑)黒歴史(笑)

・腕ぷらーん尾形がカットされている(怒)

・顔パンパン尾形(笑) 何故か二回も出てくる顔ぱんぱん尾形(笑)

大河ドラマ「西郷どん」第十八回 「流人 菊池源吾」感想

余談

今週のお題「おかあさん」

母は十歳の時父を事故で亡くした。元々、病弱だった母(筆者から見て祖母)は心労も重なりその翌年後を追うように世を去った。

後には祖母(筆者から見て曾祖母)と弟、妹が遺された。祖母は、施設でなく、きょうだいをばらばらに親戚に預けるのでもなく、三人きょうだいを自ら育てることを選んだ。と言って祖母もその時点で六十を超えていたから、日々の生活は母が貴重な労働力となった。

母もまた親の血を引いて決して体が丈夫でなかった。喘息を持病としていた。喘息で息が出来ず、視界がぼやけ、世界と自分を繋ぐ糸が一本ずつ切られていくようなあの感覚は、経験してみなくてはなかなかわかるものではない。

中学を卒業し、学費と、また一刻も早く一家を支えたいという気持ちから、母は看護学校へと進んだ。看護学校の系列へ進めば奨学金は返さなくてもよかったのである。もしかしたら、母や自分が病弱であったことも背中を押したのかもしれない。

そして就職した先に、臨床検査技師でありながら当時は貴重だったパソコンオタ…造詣が深い人材であったために(親父はマシン語を使っていたらしい。ご存知ですか? マシン語。機械とため口で話してんですよ)事務課に異動させられていた父がおり、なんだかんだで母は私の「おかあさん」となったのだった。

おかあさん、いつの間にかおかあさんになってからの方があなたの人生長いんですね。気が付いたら手品みたいに三人も息子がいましたね。

初めて進学のため広島に出てきた時、一緒について来てくれましたね。一人暮らし経験者の先輩として家具をそろえ、最寄りのスーパーで食材を指南し、保存食を手際よく作り、そして最初の講義へ送り出してくれた。

おかあさん、僕はあの時初めてあなたが泣き崩れるところを見ました。正直なところ、それまでは早くあなたと離れて本当の意味での一人暮らしをスタートさせたいぜ、くらいに思っていたのです。僕は講義の内容なんて全く入ってこなくて、そのまま食事をするのも忘れてしまいました。唐突に記念日なので寿司を食べようと思いつき、昼二人で行ったスーパーに行って、三割引きの寿司を買いました。寿司についていた醤油が塩辛くて、鹿児島の味と違って、とりあえず舌をリセットしようと冷蔵庫から昼間買ったお茶を出そうとしたら、サイドポケットに見慣れた鹿児島のさしみしょうゆが入っていました。多分あなたは全てお見通しだったんですね。ここまで早いとは思っていなかったんでしょうけど。僕はもう泣けて泣けて寿司どころではありませんでしたけど。

月日が経って、妻を紹介したとき、初めて娘が出来そうでとても喜んでいましたね。今では無事あなたの義理の娘になりました。震災不況の影響か、僕が最終選考に十二連続で落ちまくって東京他の交通費も馬鹿にならなくなっていて金銭的精神的肉体的に余裕を失い僕が自分を見失っている頃、弟に「東京の私立大学の推薦を蹴らせなければこんなことにならなかったんじゃないか」とこぼしてしまったことがあったそうですね(最近聞きました)おかあさん、私が東京の私立大学の推薦を辞退したのは徹頭徹尾主義の問題であって、また自分が弱いことをよくよく知っていたからです。仮に東京に十八の身空で出てきていれば、今頃生きていたかもわかりません。何より妻に出会うことも出来ませんでした。一切気に病むことはありません。


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おかあさん、最近ではLINEもマスターしましたね。カーネーションに対してベルばらのスタンプを用いるという、世代アピールとと花の関連性を併せ持つ素晴らしいスタンプセンスには畏敬の念すら覚えます。本日は帰れなくてごめんなさい。河原の草を刈っていました。花を贈りつつ、草は刈る。植物に対してアンビバレントな対応をするといえば聞こえはいいですがダブルスタンダードなところがあるのがあなたの息子です。今後ともよろしく。僕は元気です。妻はますます元気です。

 

本題

余談が、ながくなった。いやー大河ドラマ「菊池源吾」第一話「流人」、面白かったですよ。開始前は「島めっちゃ頑張るから」みたいな脚本側の言葉にかつて滅茶苦茶軟禁されていた黒田官兵衛を知っているものとしては一抹の不安があったのですが、少なくとも初回は大満足。視聴者を代弁してくれたというか、今までの部分のB面的な側面があったのがとてもよかった。

奄美大島。それは地上の楽園でもなんでもなく、薩摩本土からひたすら搾取される砂糖地獄の島。そこに住む人々は「民」にカウントされない。本土から来た流人に女性をあてがう風習もある。斉彬が、歴代薩摩藩主が、「最大多数の最大幸福」のために切り捨ててきた土地。残酷なまでの自然の美しさが、仕打ちの過酷さをより一層際立たせる。

菊池源吾は大いに荒んでいる。(実際は薩摩藩としては幕府の追及を避けるため島に死んだことにして「匿った」側面があるのだが今後語られるだろうか。できればそれが明かされて役人たちが平身低頭する展開でカタルシスが欲しい。(だから西ご…菊池源吾にはお給料もしっかり出ているのである)かつて農民の暮らしに涙したものとは思えぬお膳への八つ当たりなどその極地であろう。死するべき時に死ねない、ということは彼にとってそれほど重い。

そんな精神状態で斉彬が島民たちにどう思われていたか知る菊池源吾。正しく世界が反転する思いだったに違いない。あの斉彬の豪奢な衣装も、篤姫お輿入れのあれやこれやも、無論近代化のためのなにもかも、「カライモ! イブスキ! サクラジマ!」でさえも、島民たちの犠牲なくては成り立たない。その事実と、敬愛する斉彬を否定された菊池源吾は疲れからか、黒塗りの高級車には激突しなかったものの、高熱を発する。まあ推しメンの裏垢をいきなり暴露されたようなものだから仕方あるまい。この高熱、おそらくフィラリアで、この後遺症により菊池源吾はおかあさん、いやお袋さんが大変な大きさになってしまったという逸話がある。とぅまの「災い」はもしかしたらそういう形で作用したのかもしれない。

ともあれ菊池源吾は熱が下がって毒気も抜けたのか、島のことを教えてほしいと願うのだった。奄美大島のエメラルドグリーンの海がひたすらに美しい。

一方で橋本左内が粛々と処刑されてしまった。僅かな表情で見事に橋本左内を表現した風間さんは素晴らしい。それだけに、もう少し関係を掘り下げてほしかった。因みにこの二十日後に吉田松陰が処刑されるわけですが、出なさそうだなあ……。あ、サツマンルーレットの被害者こと島津斉興もこの頃だともう死んでいるのでは。

さて次回の島編、なかなか怒涛の展開である。個人的には1クールくらいAパート島、Bパートその頃江戸・薩摩では……というような感じでもいいと思うのだが。

覚えよう・島唄

今回からOPの奄美パートに歌詞が入った。ぜひ覚えてみんなで歌おう。

すらちまいあがれぃ

(大きくはばたけ)

なだこぼさず

(涙をこらえ)

あぶぃてぃ

(叫び出す)

うらんなりゅんちゅんきゅぬ

(散りゆく人々の)

うむいー 

(信念を)

かなむあふりてぃゆぬたむぃじ
(愛が溢れる世界のために)

 引用:見せもす!島の世界|NHK大河ドラマ『西郷どん』

封神演義 外伝という福音および覇穹 封神演義15話目までの感想

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画像:封神演義 外伝を二話目まで読んだ時の筆者の心象風景

封神演義全般のネタバレがあります。

余談

ジャンプ+で少年ジャンプを定期購読し始めて二年くらいが経つ。が、実は今年になってから一度も少年ジャンプを開いていない。

一つは最近のアンドロイドはアプリのデータをSDに移せないものが多く、ジャンプ+も例外ではないのでエクスペリアの容量がいっぱいいっぱいですごく動きがもっさりして、読んでは消しを繰り返さなくてはいけないというのが面倒くさいというのが理由だろう。

連載作品がつまらなくなったということは全くなくて、ドクターストーンはじめ毎週楽しみにしている作品は沢山あったし、ワンピースもこの間表紙でどかんと展開のネタバレを食らったからそろそろ読みたいなあとも思うのだが、しかし、年末年始の合併号で間が空いて、ちょっと読まずにいて、意外と平気な自分にちょっと驚いた。男は死ぬまで少年で自分もそれは例外ではなく、うちの親父の様に30,40,50,60歳喜んでの精神で週刊少年ジャンプを読み続けていくのだ、と何の疑問もなく考えていた。(うちの親父は50歳までジャンプ、マガジン、サンデー全てに目を通していたある意味での化け物である。チャンピオンは時々間違えて買ってきた)けれど半年近く、ジャンプ無しで何とかなっている自分がいる。

多分このまま卒業することも出来るだろう、くらいの手ごたえはある。フェードアウトさせようと思ったら出来る。でも多分、もうちょっとしたらまた溜まった分をガツンと読んで、週刊ペースで連載を追っていくのだろうなとも思う。

実はジャンプ+でジャンプを読み始めた最初の頃もこういう時期があった。鹿児島に住む筆者にとって、流通の関係で長らくジャンプは「火曜日に読むもの」であった。今では、毎週月曜日の朝に今週のジャンプが配信されました! と通知が来る。それがなぜかつらかった。自分の中でジャンプはつらい平日の始まりを何とかやり過ごしたその次の日に、弟と順番を争いながら読むべきものであって、そのリズムを崩されたくなかったからかもしれない。弟の、「ワンピースだけ先に読ませて!」という悲痛な叫びを、そういえばずいぶん聞いていないな、と思う。(筆者がジャンプを、弟初号機がマガジンを、弟弐号機がサンデーを親父が読み終わった次の「ご相伴」にあずかるというシステムがかつて我が家にあった)ともあれその時も、半年分くらい読まなかった気がする。その時は結局転職期間中の暇な時期に一気読みした。今、ジャンプを溜めているのはもう少ししんどくなった時のための安定剤として、最後に残しているのかもしれない。そういった自分を知っているから、溜めていても平気な自分がいるのだろうか……。

とかいいながら、来週辺り今週のジャンプ感想みたいな記事を書いてしまうのが筆者である。いつか子どもを授かり、ジャンプを読み始めた時に「この漫画父さんが○○歳の時からやってるんだぞ~」みたいな話をするためにもやっぱり読むかもしれない。かつて親父が少年漫画を息子たちとのコミュニケーションツールとしてきたように。

本題

そして筆者はヤングジャンプを購入した

封神演義外伝 - 藤崎竜 | 少年ジャンプ+

とりあえずまだもう少し一話は無料で読めるようなのでまだの読者諸賢は是非ご一読いただきたい。

この時点で筆者に一つの予感があり、本日とうとう前述のように少年の気持ちが停滞していたことも後押ししてヤングの階段を登り、初めてヤングジャンプ本誌を買い、はやる気持ちでページを繰って第二話を読んで筆者はやはり一つの推測をさらに固めざるを得なかった。

もしかして、藤崎先生は覇穹 封神演義で省略されたあの場面やこの場面をメインとして外伝を描くのでは、という推測を。

花狐貂の登場だけでは「過去の中でもインパクトのあるシーンだからなあ」と思うにとどめたが、なんと孔宣が登場するではありませんか。

孔宣は藤崎竜先生版封神演義にこそ登場しなかったものの、原典においては周の多くの武将を捉えた殷の将軍(三山関の総兵(総司令官→西伐軍大将)であり、原典作者のオリキャラで一度意識してみるとメアリー・スーぶりが愉快な「陸圧道人」すら一度退けた「もうこいつ一人でいいんじゃないかな」的強敵なのである。その正体は原典では孔雀明王で、正体がばれても倒したり封神したりされるのではなくおうちへおかえり……されるにとどまるという破格の待遇である。

孔雀明王を雉鶏精にアレンジするという手腕ももちろんのこと、こちらが時を飛べるだけではなく、相手も飛べるのでいろんな場面にお邪魔できる……という藤崎先生のストーリーのつくり方には感嘆しきりであるが、ここで重要なのは先ほどの原典での孔宣のポジションである。なんと、あの高継能の上司なのである!

えっ読者諸賢ともあろうものが「ちくしょう……この高継能が……」でおなじみのあの高継能をご存じない? 毎回筆者が「高い継ぐ能力」と入力して余剰部分を消し込んでいる高継能を? きっと蜂木乃伊を操っていた地面に潜っていたおじさんと言えば思い出していただけるんではなかろうか。ちなみに原典ではこの人が黄天化を討ち取っていたりする。へっ……こんな最期は考えてなかったさ……。

ともあれその高継能が登場した場所と言えばそう……クィーン・ジョーカーⅡ世号である。覇穹ではバッサリカットされた趙公明編である。他にも孔宣の同僚には丘引(ほら、あのミミズですよミミズ)や余化(黄天化ファンが蛇蝎のごとく嫌うあいつですよあいつ)がいたりしてもう完全に趙公明編も外伝で舞台にしちゃおうかなあという感じがしませんか?(しかし改めてみてみると、趙公明編は原典の朝歌への道筋の関所破りの大半を登場人物たちを豪華客船に移籍させることでマンネリに陥らせず行っているわけで、やはりこのストーリーの転がしっぷりはさすがである。)ちなみに趙公明編と言えば最初の敵でありまさかのキーマンとなった楊任は原典だと黄一家も竜吉公主も土行孫もガンガン死ぬ中最後の最後までスタメンだったりする。

ともあれまだ神農も完全に信用していいのか? とも思うし、(しかし三皇のうち伏羲、女カは早々に登場しているのに神農はずいぶん遅れて登場、というのはまるで無双シリーズのようである)全て成し終えた後太公望は本当に地球と同化してしまうのか? そもそもなぜ太公望の格好なのか?(ファンサービスなのか、事情があって分離しているのか)など気になる点も多い。が、やはり久々に毎週が待ち遠しい気分である。今後も楽しみに追っていきたい。そして見たい。今の作画で私立アンニュイ学園が!(基本的には昔の画風に寄せていて流石だと思ったが、やはり筆者は妲己ちゃんは昔の方が好きである。ちょっとのっぺりした感じがする。体型は外伝の方が「プリンちゃん」の形容に相応しくなっていると思う)

 

光が強ければまた闇も濃くなる

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画像:覇穹 封神演義を最新話まで鑑賞した後の筆者の心象風景

物事を再構成するときに取捨選択はもちろん大切である。重要なことはより詳しく、そうでないことは端的に編集することが肝要だ。

……楊戩、筆者も好きですよ。仙界大戦においてキーパーソンであるのもわかってますよ。でもそこに注力しすぎではなかろうか。その上で総集編まで楊戩楊戩アンド楊戩…そもそも仙界大戦の合間に「鏡」エピソードを挟むという狂気の沙汰をまあ……回想を総集編的な意味合いで使うというのはありかな……と何とか擁護できようかと思ったら一週はさんで総集編ってなんなんだよ……はじめて「アニメを見て酔う」という体験をした。ところでどうしていきなり鄧蝉玉を回想でしれっと出したのかな? どうして嘘つくのかな? かな?

最新話に関しては、比較的まともだったと思う。少年漫画していたと思う。だが、それまでの負債が余りにも多すぎて……「今何やってるんだっけ」と思っている間に30分が過ぎていく。また、新OPが折角曲(と背景美術)は引き続き素晴らしいのにアニメーションがダサすぎる。お前が歌うのかよ。お前も歌うのかよ。真ん中の丸い部分、いる? 同じような構図の白と黒のモントゥーノは格好いいのになあ……。


「白と黒のモントゥーノ feat.斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN)」MV-YouTube Ver.-/東京スカパラダイスオーケストラ

ひっくり返す掌がどうなっているかというと、今は主にヤングジャンプを支えてくれています。ともあれ今後は、かっ飛ばされるたびに「もしかしたら外伝でフォローされるかも……」とポジティブになれるので良かったですね。

完全に、「見るのよ 最後まで お父さま 戦ってらっしゃるわ」の心境で見ているので、せめて戦っていただきたいと思う。

蛇足:原作未読の妻の感想

・さいきん妲己ちゃんあんまりでないね…膝丸君はいっぱいいるね……。

・いつおもしろくなる?

大河ドラマ「西郷どん」第十七回 「西郷入水」感想

余談

今週のお題ゴールデンウィーク2018」

前職では超繁忙期であったためゴールデンウイークは「仕事を振ってくるくるボスが出勤せず取引先から電話がかかってこないボーナスステージ」扱いであったため、休んだことなどなかった。なので、転職してカレンダー通りのゴールデンウィークをもらって「いつの間に僕は出ていたんだ? こんな明るいところに……」と思ったのを覚えている。といって転職してすぐの一昨年のゴールデンウィークは震災のあれやこれやで奔走していたが。

昨年のゴールデンウィークは何していたかというと、ひたすら「アー・ユー・ザ・ワン?」を見ていた。いわゆるリアリティ・ショーに分類されるもので、リゾートで男女が最高の相性の相手(番組が事前のデータをもとにあらかじめ決めている)を探す、というものなのだが、日本のドラマなら1クールでじっくり描かれそうなところを30分でやってしまうスピード感がたまらなかった。出会って30分で合体してんじゃないよ。論理的に考えればみんなで話し合い、組み合わせを吟味することで確実に正解できる(全員が運命の相手を決められた期限までに見つけられると、全員に多額の賞金が手に入る。週に一回、一組のカップルだけ正解かどうか答え合わせが出来る)のだが、人間そう簡単にはいかず、不正解の相手といつまでもずるずる一緒にいたり、そうなるのが怖くて答え合わせから逃げ回ったり、不正解だった相手の切り替えの早さに揉めたりと密度がすごい人間模様が展開され、筆者がアメリカ人ならプレッツェルを運ぶ手が止まらないに違いなかった。あらゆる意味で刺激的であるので読者諸賢もぜひ機会があったらご視聴願いたい。Huluで現在も配信されているはずである。

さて今年は、既に記事にしたが、前半は診療報酬・介護報酬同時改定と自治会の総会準備に追われつつ、ゴールデンカムイを一気読みした。後半は「刀剣乱舞宴奏会」に滑り込みで参加させていただいた。よろしければ以下をご参照ください。

kimotokanata.hatenablog.com

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博多どんたくVS全然知らなかった筆者たち

さて読者諸賢ならばご推察の通り、宴奏会の日は博多三大祭りの一つ、博多どんたくともろ被りなのであった。筆者は全然知らなかったのであった。とりあえず自分が休みの日に宴奏会とれた~よかった~(完)筆者たちの勇気が経済を回すと信じて……! 次回作にご期待ください! くらいの感じであった。宴奏会は十八時からであるが、午前中には宿泊先周辺道路は規制されてしまうのであった。

それだけではない、と妻は言う。

「物販の先行販売があるのでその意味でも早めに行きたい」

開場してからも販売があるようだが、と筆者が意見すると、妻は唇の片方だけを釣り上げて左右非対称にほほ笑んだ。

「あなたは審神者の愛をあまりにも見くびっているわ」

筆者も審神者の端くれではあるのだが、蛇の道はスネークということ、また今回の旅は妻の慰労もかねているのでなるたけ妻の希望通りにしようということで朝六時に出発することにした。睡眠中、起きれるか不安で二度ほど目が覚めた。妻はすやすやと寝ていた。

「それは右側じゃろ……」

広島弁で寝言を言っていた。どれだ。

翌日、妻はいつもの起床時間より著しく速いがばっちり目覚めた。

「楽しみであんまり眠れなかった~」

パラレルワールドから来たのか? 既視感を覚えたが気のせいであろう。

 

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ながい たびが はじまる……

途中、横転している車がありびっくりするものの、早めに出たこともありゴールデンウイーク特有の混雑もなく(鳥栖JCTくらいであった。下りはそれなりに混んでいた)スムーズに高速を降りた。車中は予習の意味も込め近侍曲集を流していた。

刀剣乱舞無双を出してほしい、という話が特に盛り上がった。コンパチが多くてもいいから出来るだけ多く出してほしい、組み合わせによって特殊ボイスを出してほしい、その刀剣男士のストーリーをクリアしたら内番衣装でプレイできるようになってほしい、サポートキャラもたくさん出してほしい。システムボイスも差し替え出来るようにしてほしい、無双乱舞の時に刀紋がバーンと出てほしい、敵は時間遡行軍だけでは単調になるので誤解して他刀剣男士と闘うなどシナリオを工夫してほしい、などかなり具体的な話になった。コーエーさん、どうでしょう。

 

街中に入るとまさに沿道がまさに出店の準備をしているところで、祭りの始まりの様子に胸が高まる。ともあれ我々は空腹であるので、駐車場に車を停め、まずは腹ごしらえをすることにした。早くついてしまったことがあだとなり、まだお店が空いていない。宿泊予定のホテルのフロントで情報を仕入れ、商店街に向かう。

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まさしくパレードに向かおうとする一団に出くわした。商店街が元気だと、なんかほっとする。

うどんを食べる。値段相応といった感じであった。やはり博多駅因幡うどんは相当レベルが高いのだな、と思い知る。

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食べ終わったころには町が少しずつ目覚め始めていた。我々は商店街内のゲームセンターへ突入した。刀剣乱舞のプライズが入荷している可能性があるからである。目論み通り、鶴丸国永のパペットがあり、五百円で入手することが出来た。が、その次の一期一振についてはビギナーズラックは通用せず、残念ながら二千円を溶かしてしまう結果になった。いや、それ以上に溶かす可能性があったのだが、妻が急にきびきびと動き出し、「宴奏会会場に向かおう」と言い出し打ち切りになったのである。

Twitterによると、既に物販先行の列形成が始まったという。物販開始は十四時からで、まだ時刻は十一時にもなっていない。本当か?こうどなじょうほうせんなのでは? とさすがに筆者は疑う。現に、公式アカウントはアナウンスをしていない。

「そうかもしれない」

妻は筆者を先導してまっすぐ前を向いたまま言った。

「けれど私は審神者のお姉さま方を信じる」

か、かっこいい……しかしゲームセンターを出ると目的地にどう向かえばいいかわからなくなってしまったようであるのでホテルで入手した地図を頼りに筆者が先導する形となった。

と、突然声をかけられた。身構える筆者。既にどこかへ姿をくらました妻。ほとんどニンジャ。怪訝に思っていると、「シリタカ!」さんという番組のインタビューをしたいということであった。県外人を探していたのだという。折角の機会であるので刀剣乱舞の宴奏会に行くこと、せっかくフィルムカメラを持ってきたのにあと一枚しか撮れないことをお話した。折角なのでその一枚で記念写真を撮っていただいた。たどたどしい喋りに親切にお付き合いいただいた。結局使い物になったのだろうか。(まさしく宴奏会真っ只中にシリタカ!は放送されたのだった)もし頭のでかい白い服の薩摩訛りの男が出ていたらそれは私です。

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ステージでも披露が始まっており、いよいよ「どんたく」が始まったのだなという感じがした。色々なところにステージがあり、町中がお祭り騒ぎで自然こちらもうきうきしてくる。

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果たしてアクロス福岡には既に多数の審神者が詰めかけていた。日陰であるのが幸いだが、鳥の被害を防ぐ為か耳障りな音が時折鳴っており、頭が痛くなってくる。「刀オケ」でTwitterを検索してみると、待機列からつぶやいている審神者諸賢が多くいることが伺い知れた。十二時になってようやく、十三時から販売を開始する旨が公式よりアナウンスされた。妻は「ゴールデンカムイ」を読んで時間をつぶしていた。十三時になり、いよいよ建物内に入ってみると、そこにもさらに多くの審神者が詰めかけていた。先ほど筆者が多い……! と思った待機列はその氷山の一角に過ぎなかったのである。皆、推しに会うためということか華やかな格好をされていた。ここはどんたく参加者の楽屋か何かにもなっているようで、我々を不思議そうに見る参加者の面々がたびたび横を通り過ぎていった。

筆者はリアルガチャめいたメタルチャームを五つ、ワッペンを二つ、チケットホルダーを一つ、巾着を一つ購入した。丁度一万円であった。メタルチャームをコンプリートするために再度並ぶ猛者もいるという。筆者は誰を引いても満足であるので一回にすることにした。妻はどうするか尋ねると、

「本当に推しを引き当てたい人に引いてほしいからいい。肉を食べよう。お腹が空いた。ヒンナしたい。ヒンナヒンナ」

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ということでそのあまりの学習速度に感嘆しながら、ひとまず来た道を戻ることにした。アクロス福岡は丁度パレードのゴール地点で、様々な参加者を見ることが出来、飽きなかった。ソラリアステージの「ハチハチ」さんで昼食をとった。希少部位が惜しげもなく並べられておりまたロースターの温度調整も素晴らしくとお~ってもヒンナ!

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その後はホテルに戻り、妻も宴奏会に向けてお色直しをして一休みのち出発した。

ちなみに物販は売り切れが多く出ていた。妻の行動は正しかったのである。審神者の愛は偉大だったのである。

宴奏会堪能後はもつ鍋&酢もつを求め居酒屋へ。牛もつは完売で、鳥もつ鍋となった。おいしかったが、牛もつとはやはりジャンルが異なる味で、目的は果たせず悔いの残る結果となった。

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スッと眠りに落ち、起きると丁度朝食開始直前の七時であった。ホテルと提携している「プルミエ」さんに向かう。途中一本筋を間違えそうになる。なかなかお洒落なオープンカフェ然としている場所で、味も「ホテルのバイキング」という端的な言葉で片付けるのは余りにも惜しいおいしさであった。

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チェックアウトして妻が化粧品を見繕っている間に、岩田屋地階にてお土産を購入する。一番の目当ては「鬼瓦もなか」だったのだが、入荷は昨日であったという。妻にお願いして、本店のある太宰府に向かうことにする。

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道中、福神さまにすれ違った。本当は大黒様もいらっしゃったのだが逆光でうまく撮影できなかった。

太宰府の前に、駐車場近くの博多まんだらけに立ち寄ることにした、というかここが十二時開店なのでそれまで周辺をぶらぶらして時間をつぶしていた側面もある。場所柄か、お客さんはかなり多国籍であった。同じ建物内にSPIテストセンターがあり、なかなかメッセージ性が強いな……と感じた。妻は長らく探していた同人誌に巡り合えたようであり、筆者も「ナツメマニア再々録」を入手でき心が大変平和になった。「マーダーケースブック」ファイルに二人して心惹かれたが、収録事件が袋に入れられた状態では分からなかったため断念した。

太宰府は過去妻は三度拝んで三度えらい目にあったいるので参拝したくないという。馬鹿だな……オレと一緒に参拝してそんなジンクス吹き飛ばしてやるよ……と言いたいところであったが腹が減っており「ほいほい」とあまり腹筋を使わない言葉で了承するにとどめた。

鬼瓦もなかの「天山」さんはスタンダードな鬼瓦もなかだけでなく、「わらびもち」や「葛アイスバー」、また「鬼瓦もなかあまおうDXいちご大福」という様々な魅力的商品を開発されており、空腹により思考能力が著しく低下している我々はそれらを全ていただくことにした。早速写真を……しまった!二人とも両手がふさがっているから写真が撮れない!(著しい思考能力の低下)ということでわらびもちは犠牲になったのだ……写真撮影の為に片手を空ける犠牲にな……

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鬼側もなかあまおうDXいちご大福のへへへ、こいつこんな厳めしい顔してこんなにかわいいいちごちゃんをのせてやがるぜ……感がたまりませんね。

糖分を摂取し脳が正常に働きだした我々は渋滞に巻き込まれないよう、早めに帰宅することにした。高速に乗ると妻の脳はいよいよ冴え始め、夕食も宮原SAで摂るつもりだったが絶対に混むと思うのでその手前の北熊本SAで摂ろう、と提案してくれた。ローストビーフ丼もあるし、と。

鹿児島県民的にはこちらを食べるべきではと思ったが肉の魅力に負けた。

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惜しげもなく並べられたローストビーフにわさびを混ぜたたれが相性よく絡み合いとても美味しい。ヒンナヒンナ。

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宮原SAは予想通り、満車で入場制限がかけられていた。帰りもさほど混まず、三時間半程度で帰り着くことが出来た。

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五千字近くなってしまったので、こどもの日のことはまた項を改めたいと思う。

本題

もうずーっと言っているけど役者さんの演技は本当に素晴らしいんですよ……でも脚本がつまらないというかそう話を振ったらこうするだろう? というのを外してくるんだよなあ……。山田さんは結局何を託されたんですかね?

以前より述べているがこの大河における久光がエポックメイキングになりそうなのは嬉しい。青木さんは今後もこのままでいってほしい。

幾島は涙の暇乞い……まあ戻ってくるんですけど……篤姫は再び孤独に。家茂との関係をどう気づいてけるのか。島編、島だけじゃ難しいから篤姫パートを差し込んでほしい。

正助からしたら信じて送り出した幼馴染が変ななまめかしい坊さん連れてきて面倒なことになるというどうすりゃいいんだという状態。久光にも怒られるし。「吉之助は正助ことを尊重しているようで実は全然いうことを聞いてくれない」というのはもうパターンなのだがそれが何に結実するかを知っているだけに悲しい。

平野國臣に至っては出ないのかよ!

「わが胸の燃ゆる思ひに比ぶれば 煙は薄し桜島山」

の大名歌を読んでかつ本来はこの人が月照を薩摩まで連れてきたんだけどなあ……というかこの人が助けるんだけどなあ入水した西郷を(あっ西郷は助かるんです。いっけねネタバレしちゃった)。

西郷という人物を語るにおいて文字通り一度死んだこの入水事件は非常に大きな出来事なのだが、その前に既に吉之助が悟った感じなのが気になった。そのくせ来週は非常に取り乱しているっぽいし。

まあ来週から新番組「菊池源吾」が始まるらしいので楽しみにしたいと思います。

 

いつの間にかkindleで買った本が1555冊になっていた話、あるいはコレクションタグをつけた電子書籍積読本265冊の魂の比重

余談

ブログを開設して五か月ほどが経った。ちょっとしたカップルであればなんとはなしに別れたりするくらいの時間が経ったが、有り難いことに継続できている。基本的には一日100PVほどで、いつの間にか累計で10000PVを超えていた。わーい。

相変わらず天才柳沢教授について書けていなくて、これはなんとかしなくてはいかんと思うのだが、しかし自分の気持ちに従って書くというのが趣味のいいところであるのでもう少し機運が高まるのを待ちたい。

相変わらずと言えば検索流入からはほとんどへうげもの、次いで封神演義、西郷どん、といった感じで、「へうげもの 最終回」で検索いただくとついにGoogleで一番最初に出てくるようになったみたいである。やったー。

やったーといえばページに大体3~5分くらいとどまっていただいているようで、即ち記事をちゃんと読んでいただけるということもとても嬉しい。

あんまり宣伝というか、営業というか、そういったことはしたくはないのだけれど、単純に見てくださる分母が増えれば、なにかしら刺さる方が出る可能性も上がると思うので、そういうところを考えた方がいいのかな、と思いつつ、多分あんまりしない(できない)。タイトルをちょっと考えたりするかもしれない。今回のタイトルも最初はあるいは以後のみであったのを付け足したりなどした。前回の記事を読んだ妻にも、「タイトルにまんばちゃん(山姥切国広のこと)を持って来ればお姉さま方がもっと見てくれたかもよ」と指摘してもらったりもした。SEO対策!

ともあれ今後ともよろしくお願いします。

本題

我いかにしてkindleを愛用するに至るか


2012/12/13より筆者はkindleの使用を開始した。kindlefire初代の購入と同時であった。当時筆者は広島から就職に伴い実家へ出戻っており、その際にいくらかの本を友人知人に譲る、あるいは古書店に引き取ってもらうなどして処分していた。愛着のある本との別れはつらい。また読書の醍醐味としてそれぞれ独立した本の一節が自分の脳のシナプスを通じて関連し、増幅するというものがあるが、本を手放してしまうとそのリンクが途切れてしまうという悲しさがある。(書棚にあっても探し出せなかったりすることも多々あるが)しかし実家も実家で本の収納限界に限界が迫っており、具体的に言うと筆者の部屋のドアの立て付けがビックリするくらい悪くなっていた。本の重量で傾いてしまったのである。加えて、弟二人がそれぞれ一人暮らしをするようになったため、今まではそれぞれの趣味の本を買ってシェアしていたが、それが物理的に難しくなった。これらの要素と、Amazonが安価なタブレットを出すというタイミングが重なり、電子書籍をメインに移行することにした。社会人になりクレジットカードを持ち、Amazonのワンクリック決済の悪魔的便利さに魅了されていた筆者は電子決済に対して抵抗が和らいでおり、それも背中を押したかもしれない。

導入してみると電子書籍は思った以上に便利であった。便利になり続けているといっていい。

やはり一番は重量がないこと。以前は今のように連休の時は枕元に続き物の漫画をドンと積んで読みふけり、その後えっちら後片付けをしていたものだが、その必要はなくなった。現在は巻の終り頃になると「次の巻をDL/購入しますか?」という気遣いまでしてくれる。どころか、関連書籍まで案内してくれる。恐ろしい。

次にクラウドであること。つまりは目の前に無限の書庫が広がっている訳であって、前述したようなあー前にこれあの本であーいうあれがあー、となったときにそのまま探して読むことが出来る。続き物の漫画でやりがちな「あ、一巻前だ」となったときの再び本棚まで戻るむなしさも感じなくてよいし、布団の中でふと別の本が読みたくなった時もいちいち本棚まで向かわなくてよい。特に冬はとても有り難い。また、旅先など以前はまずどの本を持っていくかが最大の懸案事項であったが、それも解消された。

またセールも有り難い。掘り出し物を探す楽しさもある。特にKADOKAWAは心配になるくらいの割引率を叩きだしてくれたりする。新古書店と違い、安くとも出版社、作者さんに還元されるところもいい。

他にも、kindleの場合文章にマーカーを引いてハイライトしたり、注釈を書けたり、自分がどの本のどこにハイライトを引いたか確認できたり、また他人が引いたところを確認できたりするのも電子書籍の面白さであると思う。

無論、最近もあったようにあくまでデータでありAmazonの方針でどうにもなってしまう点、電子書籍化されていない本も多いことなどデメリットもある。

筆者にとって最大のデメリットは積読の不可視化である。

電子の海にたたずむ1555冊の本、そして積読

恥ずかしながら紙書籍の頃から積読をすることはあった。が、紙書籍は物理的に厳然とそびえたっているため、筆者のような小心者はその圧に耐えられず、地道に崩していった。それでもなかなか崩れるスピードは緩やかであったが、段ボール二箱を超えたことはなかったはずである。

前述したように電子書籍を導入して五年半ほどが過ぎ、総数は1555冊になった。こんなにもと思うしこんなものかとも思う。漫画の続き物が多いので(例えば風雲児たちへうげもの蒼天航路だけで100冊を超えるわけである。他にもジョジョ7部、るろうに剣心、達人伝などそこそこの巻数のものがちょこちょこある)体感としてはもっと少ない。紙書籍であればこれほど持つことは出来なかったと思うので、この辺り本当に電子書籍様様である。紙書籍であれば購入を諦め、貯金が出来たのではないかと思う節もあるが、その場合は多分すでにある書籍を処分して置き場所を作ってどっちにしろ買っていたと思う。

が、1555冊すべてに目を通したかというと、恥ずかしながらそうではない。やはり積読本があるのである。電子書籍積読の恐ろしさは、沈黙の積読である点である。kindle、「この本まだ読んでないんですか」のアラームを早く実装してくれ、頼む。

ところで積読とはどうして発生するのであろうか。前提として読む時間はないのが一番なのだが、なれば他の本も読めない訳で、「読む本」と「積読される本」にはやはり曖昧であれ画された一線があるわけである。

積読される本」を本日筆者が恐々としながらカウントした結果、265冊に上った。全体の17%である。これらの本がどうして積読されたのか、考えてみたい。

・セールで安易にホイホイ買って積読

該当する筆者の積読本:ほぼすべて

最も大きな理由はこれである。電子書籍の値引き率は時としてすさまじいものがあり、半額どころか70%off、100円均一、はたまた期間限定無料まであったりする。これによって多少でも琴線に触れる要素があると、「いつか読むかもしれないから買っておこう、安いし」と免罪符となってしまって積読沼へ一冊、また一冊と本が沈み込んでいくのである。時々、おっこれいいじゃんとクリックした本に木本仮名太さんは○○年○○月○○日にこの本を購入しています」とヘルプが出て真顔になる。ということで以下の理由は大体、「セールで安かったので安易に買いはしたけれども」を枕詞としていると考えてもらって差し支えない。

・買った時点で一度完結してしまって積読

該当する筆者の積読本:「日本一やさしくて使える会計の本」「すぐわかるExceデータ集計&分析」など

世に言う「参考書を買った時点で勉強した気になって満足してしまう現象」に似ており、筆者の場合は所謂ビジネス本に多い。「こういった本を買うデキる俺」感に酔っていなかったかというと嘘になるかもしれない。日本一やさしくて使える会計の本を使う前に税理士事務所は退所したし、すぐわかるようになる前にExcelのバージョンは変わってしまった。何とももったいない。

作者買いして積読

該当する筆者の積読本:「昼のセント酒」「キャプテン・サンダーボルト」「バカ男子」など

前述したようにkindleは読後に関連書籍を勧めてくれる。この作者さんは信頼しているので抑えておこう、と購入するが、優先順位の高い他の本を優先してしまってそのままになってしまうケースや、漫画家さんのエッセイが漫画メインかと思ったら思いのほか文章が多くて読書のギアを変えるのに失敗してしまっていったん中断してそのままになってしまったりすることがままある。

・表紙買いして積読

該当する筆者の積読本:「北海道室蘭市本町一丁目四十六番地」「缶詰博士が選ぶレジェンド缶詰」「地図入門」など

これも購入時が瞬間最大風速になってしまうケースで、この表紙を自分のクラウドに持っておきたい、という気持ちが先走り自分の読書状態を考慮していないため後回しになってしまうケースが多い。

・ジャンル買いして積読

該当する筆者の積読本:「地図で読む幕末・維新」「司馬遼太郎が描かなかった幕末」「図解日本史」など

自分の好きなジャンルであるからとりあえず抑えておこう、後から思い出せないともやもやするし、と先回りして購入した結果なかなか「その時」が来ないケース。まれに本当に訪れて当時の筆者、よくやったぞ、ということもあるにはある。

・ミーハーで積読

該当する筆者の積読本:「天地明察」「とんび」「64」など

ドラマ化などで話題の作品を抑えておこうと思って購入するも読みなれない作者さんであったりしてちょっとかじってそのままになってしまうケース。このケースで購入してみたが読むと面白くその後も購読を続けているのが「半沢直樹」シリーズである。

・ボリュームがすごくて積読

該当する筆者の積読本:「合本 世に棲む日日」「合本 三国志」「金田一耕助ファイル 全22冊合本」など

もともとが文庫本で4~22冊あり、そのボリュームのため途中で別の本を読み始め、そのままになってしまったケース。

・タイトル買いして積読

該当する筆者の積読本:「へんな死にぎわ」「焼肉のことばかり考えてる人が考えてること」「私はなぜにしてカンヅメに大失敗したか」など

そのままずばりタイトルにぐっときて購入しそのままになってしまったケース。普段の読書傾向と異なるので読む気持ちを作る前に読みやすい本を読んでしまい積読に。

大体こんな感じであろうか。一応述べておくが、一切は積読してしまった筆者の責任であり、各積読本に関しては誠に申し訳ない気持ちでいっぱいである。

積読を可視化し、片付けよう

ということで積読を消化しようと考えるに至った。いや常日頃考えてはいるのだがいよいよ実行することにしたのである。まずは散々述べた通り電子書籍積読本はぱっと把握できないものであるから、それを可視化することを考えた。

幸い、kindleにはコレクションという機能があり、これによって本を分類することが出来る。(フォルダ分けやタグ付けようなものと考えていただければよい。一つの本に複数設定が出来る。)AmazonのPCサイトより、「コンテンツと端末の管理」から積読本を選択、コレクション「つんどく」に積読本の一切を指定した。合わせてコレクション「既読」も作成し、読み終えた積読本はこちらに移すことにした。

今後は定期的に進捗状況をブログでも報告することにし、レコーディングダイエット的な効果を期待したいところである。減っている様子がなかったらお叱りください。

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追記

積読本は265冊と書いたがスマンありゃ嘘だった、文春がこのタイミングで50%還元セールなんてするもんだから……

追加された積読本:「帳簿の世界史」「昭和史の10大事件」「よちよち文藝部」「昭和芸人 七人の最期」「歴史を歩く、文学をゆく」

がんばります。

 

 

帰ろう、帰ればまた近侍に会えるから あるいは5/3刀剣乱舞宴奏会(刀オケ)福岡の感想

本格的なオーケストラアレンジを加えた「刀剣乱舞-ONLINE-」の楽曲を「和楽器」と「オーケストラ」で演奏

大迫力の生演奏の音が響き渡り四季を織りなす光に包まれる空間で
あなたの本丸が今、ここに
いざ、『刀剣乱舞』宴奏会へ

刀剣乱舞 宴奏会 公式HPより

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S席見切れ席をどうにか入手出来、駆け込みで参加することになった。見切れ席というから覚悟していったのだが、全く影響なく鑑賞することが出来た。

静寂の中、尺八の音が響き、そして指揮者がダイナミックな動きを見せメドレーが始まった。各初期刀が語る。そうだ、選んだのだ彼らの中からただ一振りを。共に歩む者を。

和洋の楽器はそれぞれの個性を消さずしかし見事にハーモニーを奏でていた。個人的には三味線と二十五弦筝のロジカルを通り越してむしろリリカルですらある奏法と音色、コーラスの方々の笑顔と深みのある声が特に印象深い。ああ、声って、音って、空気の振動なんだよな、圧なんだよな、としみじみ五感で感じた。こればかりは生演奏の特権であろう。
鍛刀のBGMが流れ、短刀が顕現したときに何故か瞳が潤んでいる自分に気が付いた。やばい、なんだこれは。戸惑いながら隣の妻に目をちらりとやると、妻はじっと目尻にハンケチを押し当てていた。反対側のお隣さんが肩を震わせているのが視線の端にとまった。

あ、大丈夫なんだ。この反応でいいんだ。安心しながらも、しかし筆者は音を立てないようにしばし涙の表面張力の限界に挑まねばならなかった。

スクリーンが戦闘画面に移行し、初期刀を部隊長に先程顕現した面々が懸命に敵と戦うところで涙腺は決壊してしまった。

先に引用させていただいた通り、この会のコンセプトは「あなたの本丸が、今ここに」であった。いやいや、それは無理だろ、と筆者は初見一笑に付した。刀剣乱舞の魅力のひとつは審神者の数だけの多様な本丸があることである。初期刀を選ぶ段階で既に五通りに別れるのだ。そうであるのに「あなたの」即ち審神者それぞれが納得しうるような本丸を表現することなど出来るはずがないーーと。

そうではなかった。会場の雰囲気が僅かながら湿り気を帯びているのを筆者は感じた。心の汗のせいであろう。それが答えだ。

福岡シンフォニーホールを埋める審神者諸賢はこの会に確かにそれぞれ自身の本丸を見出だしている。

何故か。まずは初期刀メドレーにてそれぞれの顕現台詞を流したことが大きいだろう。今回の部隊長は山姥切だが、各審神者はここで各々の初期刀を強く想起したはずである。

その後、会は審神者全員に流れる通奏低音に着目した。

初めての鍛刀。装備作成、部隊の結成、出陣……まだぎこちないいびつな部隊が序盤ステージを満身創痍になりながら進軍していく姿……。

それはかつてどの本丸でも見られた光景。それが数多聞いたBGMがより厚みを増した楽曲と同時に届けられる。

刀剣乱舞は繰り返しの必要な根気のいるゲームである。会に参加するほど気合いの入った審神者諸賢はそれこそ耳にタコが出来るほど聞いた楽曲、審神者DNAに刻み込まれていると言ってもいいほどだ。だからこそ強烈にそれぞれの本丸のあの頃を思い起こさせる。あの頃の必死さに、気づけば重ねた研鑽に感無量となる。あるいは黎明期はあれほど頼った刀剣男士を待機させ続けていることへの罪悪感が心の汗をかかせたこともあるかもしれない。いずれにせよ、初期刀メドレーからの本丸→鍛刀→作成→結成→出陣という流れによって各審神者諸賢に各々の花丸を幻視せしめた構成の妙と演出の説得力には頭が下がった。

引き続き夏のアレンジが施された本丸の曲が奏でられる。アレンジでここまで違う顔を魅せてくれるのかと驚かされる。

続いてへし切長谷部が顕現し、近侍曲が始まった。一月に鑑賞して以来愛着が強まり、現在妻の主な近侍であるので家でよく近侍曲を聞く機会もあるので自然のめり込んでしまう。

へし切長谷部だけでなく、近侍曲演奏時は顕現時、戦闘開始時のイラストがスクリーンに映される。刀剣乱舞の公式イラストは多くはない。そのイラストを寄り代として各々の審神者が想像し、創造して各々の花丸を唯一無二のものにしていったことに思い至りまたしても筆者は目頭を熱くするが三味線とストリングスの和洋のせめぎあいつつも調和する見事さ、熱気にいつしか蒸発していた。

その後一度の挫折を経て、内番の曲でクラップによる会場の一体感を噛み締めたところで、恐ろしいほど短い体感時間で第一部が終了した。

第二部に至ってはもはや完全に演奏に身を委ね、圧倒された。まさしく真打登場といった彼の顕現、その存在感にはやはり嘆息が漏れた。

演奏終了後、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。筆者もいつまでも拍手をし続けたいと思った。拍手をしすぎて二の腕が痛くなるという経験を初めて味わった。

最後に山姥切からの言葉があった。多くの審神者が一分一秒一刹那も早く己が本丸に戻りたいと思わせる言葉であった。

妻は一番くじで得た刀剣乱舞コスメでメイクアッブするつもりが家に忘れて大変落ち込んでいたが、どうせ涙ですべて流れてしまったろうからかえってよかったかもしれない、と述べた。

九州交響楽団様による演奏は勿論のこと、審神者諸賢の鑑賞姿勢も大変素晴らしく、会場全体が一体となった素晴らしい時間を過ごすことが出来た。

再び味わいたいし、他会場の様子も拝見したい。一刻も早い円盤化を望む。近侍曲集の第二段や、宴奏会の第二段も。

しかしひとまず筆者は久方ぶりに本丸に戻り、池田屋を今度こそ突破するためひとつまたひとつ積み重ねていかなくてはなるまい。頼れる近侍と共に。

「とうとう来た」よりもお前は一生逃走劇だ、あるいはゴールデンカムイ一気読み

※今回のリンク先は自己責任でクリックをお願いいたします。ご気分を害される恐れがあります。特にお食事前後はおすすめいたしません。

余談

月曜日というやつは四天王の最初の敵みたいなところがあって、週の序盤から我々を苦しめるくせに、いざ祝日になって味方となるとあっという間に弱体化していつの間にやらもう二十一時である。近頃すっかり体力がなくなってしまって昼食後シェスタをしてしまい、目覚めると個人的にはもしかしてもう死んでしまっているのではと思っていた平尾龍磨容疑者が広島市南区で確保されたというニュースが速報で飛び込んできた。二十三日の逃亡生活だったということで、見た目も随分と削ぎ落とされていたが、それ以上に精神をすり減らしたのだろうなと思う。もう少しでGWの人ごみに紛れてさらに遠方へと逃げられてもおかしくなかったわけで、無事捕まってよかった。

彼が二十三日かけて辿り着いた広島市南区から元の刑務所まで、戻るのはわずか数時間に過ぎなかった。世の無常を感じる。そこまでして抜け出したかった「刑務所内の人間関係」とは一体どんなものなのだろう。筆者にはちょっと想像がつかない。

脱走と言えば筆者が広島にいた時分にも広島刑務所から脱走があった。殺人未遂で収監されていた人物であり、筆者は大いに怖じ気づきその日返却予定だったDVDを延滞してでもひきこもるかどうか大いに悩み、結局びくびくしながら夜道を歩き、僅かな物音にも過敏に反応し、恐らくは脱走犯以上に不審者に成り果てていた。途中、貼り紙を見たときは叫びそうになった。

その脱走犯は翌日だか翌翌日に確保されたが、その現場が当時の下宿先から自転車で五分ほどであったことは今でも筆者を思い出し戦慄させる。

もともと懲役二十年以上だったはずだから、今も塀の中にいるはずである。冬に脱走したためか、かえって刑務所のありがたみを知ったというような話も聞く。どうにか心を入れ替えていてほしいものである。

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本題

ちんちんぬきなっもしたなあ

集英社刊・野田サトル先生著ゴールデンカムイ10巻より

 

余談が、めずらしく本題の前置きとして機能しそうである。そういう訳で引用した台詞のような感じとなってきたところでゴールデンカムイの話を始めたいと思う。えっ急に幼児めいた破廉恥さを出されても困るって? さにあらず、ひいてはゴールデンカムイをごろうじろ、と言ったところであるが、さておきゴールデンカムイの話を始めたいと思う(二回目)

 

明治末期、北海道。それは古き良き時代では決してなく、未だ近代になり切らぬ中世の断末魔が響き渡る土地――あるいは人が最も近くまで自然に畏敬の念を抱き、受け入れ、共生しようとしていた場所。地獄の釜の蓋が開きそうな、はたまた地上の最後の楽園でありそうなここを舞台に日露戦争帰りの兵隊、杉元佐一を主人公として物語は幕を開ける。

話の筋は判りやすい。ある男が宝の地図を24人の囚人に刺青として分割して彫った。それを(刺青人皮と呼ばれる)――刺青を彫られた囚人の生死を問わず――集めたものがお宝、すなわちアイヌの金塊を手に出来るということで、それを巡って冒険活劇が繰り広げられる……というものである。

ワンピースで例えると生ポーネグリフを集めるみたいな感じだろうか。

ドラゴンボールで言うとドラゴンボール自体が遺志と悪意を持って動き回っているようなものか。

多重人格探偵サイコのバーコード人間を集めたら特典が付いてくるみたいな。

無理矢理ほかの作品に例えようとしたところでろくなことはない。さて上記の大筋だけ見ればちょっとスパイスの効いた単純明快な痛快活劇のように思えるが、実際はとんでもないことになっているのである。

何故か。キャラクターが濃すぎるのである。煮詰まっているのである。

特に刺青を持つ囚人たちのキャラクターは筆者の心をとらえて離さない。

余談・再び

美しい話である。

筆者はかつて妻(まだ彼女だった)の部屋にお邪魔したことを思い出す。彼女の本棚には「FBI心理分析官」が何気なく置かれており、「あ、私はこの人と結婚するんだ」と感じたものである。

 

FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)

FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)

 

本題再び

 そんな訳で登場する囚人たちはサイコキラーをモデルにしている人間が多く、筆者のような人間にとっては元ネタに思い当たってなるほど、と思いつつ、サイコキラーの存在感の恐ろしさに改めて慄然とする。ベクトルは全然違うが、「モデルのキャラが濃すぎて創作世界でもなんか盛った風に見える」という意味では実在棋士を多くモデルにしている3月のライオンスピンオフ・灼熱の時代のキャラクターたちに通じるものがある。いいよね……田中名人。

例えば劇中では既に死亡している「三十三人殺しの津山」は明らかに「津山三十人殺し」の都井睦雄がモデルであろうし、辺見和雄はヘンリー・リー・ルーカス、家永カノはH・H・ホームズだろう。姉畑支遁は無論シートンに違いあるまい……シートン先生への風評被害がとんでもない。刺青の入った囚人はあと九名ほどいるはずなので、アルバート・フィッシュテッド・バンディジョン・ウェイン・ゲイシー辺りをモデルとした人物が出てくるのではないか、とにらんでいる。他にもモデルに採用された人物はクヒオ大佐や絶対に食事中に見てはいけない、食事中じゃなくても出来れば知らずに済ませたいエド・ゲインなどそれぞれがとんでもないエピソードを持った人々であるから、ゴールデンカムイも必然混沌とした闇鍋テイストを醸し出す。しかしそのコクは無類である。

闇鍋、という単語が出て来たがゴールデンカムイを他の漫画から出藍せしめている要素の一つがアイヌの文化の丁寧な描写、特にその食文化についてである。生き物への感謝と食べたさが同時に湧き上がってくる。筆者個人としてはルイベがとても食べてみたい。将太の寿司で初めて見て以来ずっと食べたい。

ゴールデンカムイは血沸き肉躍る物語であるがしかし、話の底には恐ろしいほどの冷たさが流れている。それは舞台のせいではなく、主要登場人物のほとんどがお膳立てされた死に場所で死にきれなかった人物だからであろう。いわば彼らは半死人であり、「きっちり死に切る」ために金塊を求めているといってもいい。彼らが「死に切る」のか「生き返る」のか、今後も興味が尽きない。一気に十三巻読んでしまったので、次の単行本が恐ろしく待ち遠しい。

筆者のWikipediaにリンクを張る時点で疲れてしまってイマイチ精彩を欠くレビューで読者諸賢が読みたくなってきたかどうかはわからないが、幸いにして5/10まで引き続きkindleでまとめ買いセール中であるから、(クーポン取得の必要があるのでご注意されたし)是非ご一読いただきたい。胸焼けするほど濃い読書体験があなたを襲うはずである。

www.amazon.co.jp