カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

10日はたそがれの街、あるいは黎明館特別企画展「西郷どん」展に行った話

本編の感想がなかなか追いつかないうちに「西郷どん展」が来週までであったので、おりよく市内に出向く用事があったので訪れてみた。

瑛太さんが音声ガイドをされている、ということで今回音声ガイドデビューもしてみた。

 

西郷隆盛展」ではなく「西郷どん展」であるがゆえか、まずは幕末、特に薩摩の時代背景を来場者に丁寧に説明していく。洋風で開明的なイメージがある斉彬公の大鎧が大々的に展示されているのは新鮮であった。

城下絵図、錦江湾(薩摩潟)の屏風など、大づかみな薩摩がビジュアルで展開され、示現流の解説も交えつつ、劇中でも印象深いアジア図が視界に飛び込み、目にも美しい薩摩切子を初めとした斉彬の事業の成果物が並ぶ。続いて篤姫に関連する様々な資料が展開される。特に白眉は雛調度と言われるミニチュアの薩摩切子であろう。クリアファイルになっていたので妻へのお土産にした。これが原寸大なのだから圧巻である。

続いていよいよ西郷が政治の表舞台に……と思いきや早速島流しにされてしまう訳であるが、大久保が丁寧に当時の情勢を伝える手紙が残されており、女房役の健気さがしのばれる。また、島にいる間愛用していたという酒器はなかなかのインパクトで、その大きさからまた西郷という人の規格外さをしのぶことができる。

イムリーなところでは維新後の愛佳那への手紙もあった。菊次郎のアメリカ留学のほか、娘を上京させるようアドバイスしている。間違いなく娘のことは考えているのだろうが母の気持ちについての機微は今一つなあたり、大河ドラマはリアルなのかもしれない。

二度目の完全に罪人として流された沖永良部島でのゆかりの品も数多く残っており、西郷という人が幻想の中の人物でなく、確かに島の人に愛されていたのだということが外堀からわかったような気がした。

沖永良部では西郷は疑似餌を手作りしてイカ釣りを行ったといい、その疑似餌も見ることが出来た。本土の方では南方の木で作るイカ釣りの疑似餌は最上とされていた、というが、島の人々はそのように疑似餌を使ってイカ釣りをする西郷を奇異に見ていたというのはなんだかおもしろい。

そしていよいよ中央復帰、禁門の変へ繋がっていくのだが、今度は大久保へその情勢を西郷が手紙で細かく伝えていることが立場の変遷が分かって興味深い。

幕末全体のファンとしては新選組関連の展示(袖章、英名録)にテンションが上がってしまう。英名録は島田魁筆ということで、巨漢のイメージのある島田が端正な筆致だったのが失礼ながら意外であった。ゴールデンカムイを読んでいるものとしては「松前 永倉新八」にピクッとしてしまうし、単に折り目の部分だからかもしれないが、武田観柳斎の名前だけぐちゃぐちゃに滲んでいるのにメッセージ性を感じてしまったりする。

また、にわか刀剣好き、陸奥守吉行好きとして見逃せないのが「竜馬を斬ったかもしれない刀」京都見廻組桂早之助所用刀である。武骨な造りがいかにも「実用刀」――人を斬る(斬った)刀という風情で凄みがあった。

進んでいくと実物の「錦の御旗」が鎮座ましましており、その荘厳たる姿、当時のピカピカの状態であったらばよりオーラがあったであろうと感じた。

明治天皇が下賜したという「必勝祈願セット」もあり、その中に入っている「勝栗」でそろそろ聚楽第を攻略せねばと思う筆者であった。(刀剣乱舞の話が多くてすみません)

ここから会場は向かいの特別室に移る。

 

最初の特別室には西郷を演じる鈴木さんのパネルが、

向かいの展示室には大久保を演じる瑛太さんのパネルが向かい合わせに配置されている、というのもなかなかメッセージ性が強いと深読みをしたりした。

こちらの展示室にも西郷が薩摩最後の藩主より拝領した「太刀 額名 雲次」があり、その直刃調の小丁子乱れの刀身は刀剣好きとしては来歴も含め垂涎である。

ここからは幕末の英雄西郷隆盛が明治政府の重鎮となり、またそれを捨て去ろうとし、しかし捨てきれず、(が、その合間に確かに憩いの時間はあり)賊軍の総大将となり、その後文字通り星(西郷星)となり、「上野の西郷さん」となるまでが語られる。

明治天皇から下賜された刀装具(繊細な装飾が施された目貫・縁頭)を優れた猟犬を借り受ける質草代わりに人に渡してしまう、というエピソードがなんとも西郷を象徴しているように思えてならない。(この刀装具は子孫の方が大切に保存されていて、今回初めて公開されている)

西郷という人は、己のことであればそのようにバッサリと切り替え、捨て去ることが出来る人であって、また本当に隠居を望んでいたんだなということが伺いしれる。

しかし私学校設立他も二心があるように疑われ続け、ついに私学校生徒は暴発する。この手法は鳥羽伏見の際に西郷印の旗の下で薩摩が使った手法であるのが歴史の皮肉であろうか。

西郷は熊本城に、清正公に敗北し、かちあい弾をも生んだ田原坂にも敗北し、とうとうこの展示会場である黎明館の目と鼻の先、城山を士の山にし、死の山にして果てる。

しかし明治天皇のお気に入りだったことも手伝って(刀装具のこと知らないんだろうなあ)名誉回復し、「上野の西郷さん」として文字通り鎮座している。

この展示の最後の最後に、筆者が「西郷どん」を総括する最後のピースとなるような資料と出会った。これは「西郷どん」感想シリーズの最後に記したいので、今回は保留とさせていただきたい。

西南戦争辺りからは、「ああ、こうなってしまうのだよなあ」と胸が苦しくなりながらの展示であった(最初の展示室の人物相関図の没年が1877が多数あったことがリフレインされた)が、それだけ感情移入が出来るようなつくりとなっていたということであろう。「上野の西郷どん」ではなく、京都に西郷像を造る計画があったというのには驚いた。西郷像まわりの資料は充実していたので、翻って最終話であるであろう除幕式が楽しみである。

特に印象に残った展示

あんまりいい展示だったので図録を買ってしまった(トートバッグとセットでお得!)。この写真ではわかりにくいがメタリックで格好いい。解説も充実している。

が、筆者が特に心に残った二つの展示はどちらも未収録なのが残念であった。

どちらも特別展示であるからであろうか? 県のHPに案内が掲載されていたので引用させていただく。

「西郷午次郎武小学校入学誓約書控(西郷家萬留二〇七)」

西郷隆盛の息子・午次郎は,西南戦争の前年にあたる明治9年(1876),武小学校(明治8年(1875)12月創立,現在の鹿児島市立西田小学校)に入学することになりました。
資料は,入学に当たって小学校に提出した誓約書の控えです。父親としての隆盛の姿を感じ取れます。
盛は午次郎の名を書くべきところに自分の名(吉之助)を誤って書き,黒塗りした上で書き直しています。
お,隆盛は午次郎の通った武小学校門札も書きました(太平洋戦争で焼失)。

西郷の「父」らしさ、愛嬌のあるうっかりさなど、西南戦争の前年、貴重な心やすらかな時間を過ごせたことが伝わり、心に残る資料であった。

刀:銘州住守次藤原是利治二年十一月吉日」(伝・桐野利秋所用刀)

本資料は,桐野利秋が愛用したと伝わる長さ98.5センチメートルの長い刀です。
野利秋(中村半次郎1838年~1877年)は,剣術に長け,「人斬り半次郎」の異名をもっています。西郷隆盛のもとで国事に奔走しました。篠原国幹村田新八らと共に私学校の設立に関わり,西南戦争では,薩軍の隊長として活躍しましたが,城山で戦死しました。

見廻組の刀とは対照的に長く優美で、これで本当に示現流が使えるのか、一回で折れてしまうのでは、と思わせる刀。しかし確かに殺気は纏っていたように思う。

↓引用元

鹿児島県/黎明館「西郷どん」展(鹿児島展)限定関連資料の特別展示について

 

ミュージアムショップで購入したこの飴も素朴な味でおいしかった。

特にお気に入りはこのクリアファイル。デザインはもとより、実用性が普通に高い。

ポスターは無料なのでもらってしまった。西郷どんもいよいよ最終コーナー、特別展でのあれやこれやは大河ではどう描写されるのか。最後まで楽しみに待ちたい。

2018年の荒野を行く あるいは本日発売テキサスバーガー2018&アイダホバーガー2018を食べた話

男には地図が必要だ…荒野を渡り切る心の中の「地図」がな

――「スティールボールラン」より

 

筆者がマクドナルドを偏愛している、ということは既に述べた。

特に大学時代はあらゆる制約を解き放ってやたらとマックしていた。完全オフの日など、前日の夜に四人だかでシェアする用途のドライブスルー用セットを自転車で買いに行って(怒られました)それを都度ぱくつきながら一日引きこもって箱○でゲームをしていたものである。マクドナルドは荒野に似ている。それは荒涼としているということではなく、どこから手を付けたらいいかわからないという意味において。

約束されたレギュラーメニュー、目を引く期間限定商品、数々のサイドメニュー……それらを自分の獰猛な胃袋をどう鎮めて制覇していくか……正しく暗中模索、荒野の中で一粒の白ごまを探すようなもの、ほとんどマザー2である。

その為の地図がかつて筆者にとっては「クォーターパウンダーチーズ」であった。

圧倒的肉の説得力。クォーターパウンダーチーズの前にクォーターパウンダーチーズはなく、そして残念なことに今の所後にもない。

とりあえず生、のようにとりあえずクォーターパウンダーチーズ、が筆者の定番であった。ここを起点に荒野を切り開いていくのがお決まりのパターンという訳だ。

2010年、そこに颯爽と現れたのがテキサスバーガーである。今も思い出す。バイト帰りのバイト仲間と行ったあのマックでの出会いを。それは荒野の地図を手にし粋がっていたワイルド筆者強盗団に保安官(シェリフ)が放った銃弾であった。フライドオニオンの香ばしさ、マックらしからぬ、しかし根底には確かにマックらしさが流れているソース……そのワイルドな魅力に筆者はシャッポを脱がざるを得なかった。だからその次のウェンディーズのなりそこないみたいなニューヨークバーガーには心底がっかりしたものだ。

思えば2010年はその後秋に「レッド・デッド・リデンプション(RDR)」をプレイし、その勢いでマカロニ・ウェスタンにハマるなど荒野めいた年であった。

また荒野と食事の組合せで思い出すのは先日惜しまれつつも亡くなられた土山しげる先生の「荒野のグルメ」だ。これは小料理屋を荒野のオアシスになぞらえてそこでの交流や料理が明日の活力となる……という趣向で、夜九時くらいに読むととてもいい感じの漫画である。筆者は田舎の車社会の人間なので帰りに一杯ひっかけて……というのに憧れがあるので羨ましさがさらに増幅される。

さてなぜこんな話をしたかというと、筆者にとってのオアシスはやはり筆者の近所の(と言っても隣町である)マクドナルドであるからである。前職から取引先が同エリアにあった関係から、取引先と取引先の間が開いたときなどよくお世話になっていた。

引っ越して後、ドライブスルーでの利用が主になっていたが、今回奇しくも「レッド・デッド・リデンプション2」が発売され(残念ながらまだプレイできていない)テキサスバーガーが復活し、色々あってジャンクなものを半端な時間に食べたい、ということになったとき、再びあの保安官(シェリフ)に会いに荒野のオアシスを訪れようと洒落込んだわけだ。

昼過ぎ、店内は落ち着いていた。これはまた別の記事で語ることになると思うが、かざすクーポンを使い、結構溜まっているdポイントでキャッシュレスで決済する。スマホだけで会計がすむのはやはり楽である。諸般の事情で30分も滞在できないので手早いのはありがたい…と考えているうちに出来上がった。ファストフードの名に恥じない手際の良さである。

 そうしてヤツはやってきた。いや、ヤツらはやってきた。そりゃどっちか聞かれているのだから食べ比べなくては仕方ないのである。

まずはアイダホである。「君なんか写真と違わない?」してもよくないのでドタマをご紹介だ。はみ出るベーコンが食欲を誘う。以前アイダホバーガーを食べた時はおいしいけどまあ…こいつ大体朝マックだな…という感想であったが、今回のアイダホバーガー2018はハッシュドポテト部分がよりカリカリクリスプになっており、歯触りが楽しく、またソースがしっかり「昼のアメリカンマック」を主張しており、食べごたえがある。

続いてテキサスである。思わず写真を撮るのも忘れまずかぶりついてしまった。お見苦しいところを見せて申し訳ない。

「早撃ち対決だ。1,2,3でお互いに正面を向いて銃を抜く…1、2、(ダァーン!(乾いた銃声)ウッ…貴様卑怯だぞ」といった具合である。荒野では油断した奴から死ぬ!

ともあれテキサスバーガー2018、それはかつての筆者が圧倒された懐かしきフライドオニオンであり、ソースであった。ゆっくりとその荒野の苛烈さをバーガーにしたような味わいが辛ッ

「筆者、まだくたばってなかったとはな…お前のことはクソ親父からよく聞いてるぜ。俺は親父の様に甘かあねえ、失せな、ケツの穴をもう一つ増やされたくなかったらな(撃鉄を起こす)」

それはテキサスバーガーにはなかったパンチあるマスタードの刺激。保安官(シェリフ)は代替わりし、よりスマートに、よりパワフルになっていた。

テキサスバーガー2018は間違いなくおいしい。しかしかつてのテキサスバーガークォーターパウンダーベースであったのに対して、今回のテキサスバーガー2018は(おそらく)マックグランベースであり、近似しているがゆえに、思い出の中で理想化されている初代テキサスバーガーがより恋しくなってしまうという点は否定できない。

月並みな感想になってしまって恐縮だが、あくまで「テキサスバーガー2018」という新バーガーを食べに行く、という気持ちで臨むのがいいように思う。コンビニの何度もループする「新商品」に比べればずっと新商品らしいではないか。

2018年の荒野、そこには常に前を見据えるマクドナルドの姿があった。頼もしさを覚えながらもどこか一抹の寂しさがよぎるのは、筆者が老兵になりゆくからであるからかもしれない。

 

荒野のグルメ 1

荒野のグルメ 1

 

 

書を拾おう、街に出て。

余談

文化の日である。碑である。と変換され、前回触れた「鵺の碑」がフラッシュバックされる。曾祖母の命日でもある。いつの間にか八年も経ってしまった。

八年前の今日、筆者は大阪にて開催されるリクナビ開幕liveに参戦する――と見せかけて海遊館に向かっていた。広島大阪間がお得な切符が出ていたのである。そして初めての海遊館を堪能し、大阪城に到着して暫くして、母から訃報が届いた。それは丁度、蓮如上人の像に差し掛かったあたりで、敬虔な浄土真宗門徒であった曾祖母が招いた不思議な出来事のように思えた。

翌日は大学祭で、筆者は何度か書いたけれど文学サークルに所属していて、寡作ながらも「個人誌」(自分の作品をまとめた単行本のようなもの)を出すくらいの分量が貯まっており、文化祭にて頒布することになっていた。100部くらい刷った。

葬儀のため筆者は帰省し、大学祭には参加できず、自分の作品だけを集めた冊子を手に取る人を目の当たりにする、という野望は実現せずに終わった。

多分その時から、創作者としての筆者は足踏みが始まった。創作というのは基本的には孤独な作業だ。特に筆者は集中力がないし他にも色々ないのでやたらと時間がかかる。そうして出来上がった作品はかわいい。初めのころは、サークル仲間に受けるだけで嬉しかった。しかし学年が上がると、褒めてくれてもそれは年上だから気を遣わせてしまっているのでは……という思いがあった。だからこそ大学祭という外部の場で、実際自分の作品がどうなのか、というのをわが目で確かめたかった。あれこれを片付け、広島に戻るとありがたいことに在庫はだいぶ減ってはいたけれど、もしかして鍋敷きとして使われたのでは……という思いすら抱いた(失礼な話である)。

blog.hatenablog.com

先日、「週刊はてなブログ」で言及して頂いた。アプリを(ところで今、アプリから記事を書くボタンがなくなってしまっているのだけどどうしたのだろう)開いて通知を確認し、見慣れたペン先マークがあったので「今月のPV通知かな?」と思ったら言及についての通知だった。すぐに記事に飛んだ。有り難いことに二つも記事を紹介して頂いていた。大げさでなく、ちょっと涙が出た。

「フィッシュストーリー」という映画がある。原作は伊坂幸太郎先生の同名の作品だ。同先生の「終末のフール」とマッシュアップしたような内容のこの作品は多部未華子さんが可愛く、高良くんが爽やかで、渋川清彦さんが(西郷どんでは板垣退助役で登場している、筆者の大好きな役者さん)独特の味を出している、爽快に終わる傑作なのだが、その中で登場人物は言う。「これ、誰かに届くのかなあ?」大学時代からずっと、筆者が思っていたことだ。正しく大学時代、今は亡き素晴らしい映画館、「シネツイン本通り」で見た時もそう、そうなんだよな、と頷いた記憶がある。帰ってこないキャッチボールほどつらいことはない。

今年ブログを始めて、筆者がとても観測できないところからキャッチボールが返ってくることが何度かあり、投げ続けてよかった、とそのたびに思った。そして今回、公式にも取り上げて頂いて、より多くの人に届いたことがアクセス数からもわかった。

フィッシュストーリーは世界を救う。筆者が思いのままに各記事はそんなことは出来ないけれど、どこかの誰かに、そう、そうなんだよな、と思ってもらえることを目指して、これからも書いていきたい。

 

フィッシュストーリー
 

 現在Amazonprime会員なら無料で見られるので未見の方は是非。

本題

余談が、ながくなった。

図書館フェスティバルというなんとも文化的な催しがあると知り、行ってみることにした。うっかり「PRODUCE48パフォーマンスSP③」を追っかけ再生してしまったせいで、出発は昼前。幾らかの企画は既に受付終了していたりした。いつもとは違う、コーヒーの香り漂う図書館にわくわくする。

図書館を廻るクイズラリーは大人用、子ども用とあり、無論大人用を選んだわけであるが、なかなか手応えのある内容であった。(市章の色、映画化した作品、今期の芥川賞西郷どん島流しされていない島、など)大人用の問題に挑戦する少年少女がそこここに見られ、微笑ましかった。

「本の玉手箱」という司書さんおススメの本の福袋企画もやっており、今まで妻のカードで自分の分まで借りてもらっていた筆者も一念発起してカードを作成、挑戦してみることにした。これで我々夫婦で一度に十六冊の本が利用できるわけであるが、今の我々には持て余してしまいそうである。とんかつがきつくなるように、本の消化もエネルギーを使う。

カードの作製は暫くかかるということで、その間屋上での除籍書類無料配布へ。スタート時は整理券が配られるほどの盛況ぶりで、筆者が行った時は既に落ち着いていたものの、本もほとんどなくなってしまっている状態であった。それでも青空の下、掘り出し物を探す作業は楽しかった。

因みにどれくらい青いかというとこれくらい青空であった。気温も二十度とぽかぽかであった。

思いのほか楽しく時間を過ごすことが出来たが、明日の行事に向け買い出しが逼迫しており、ビブリオバトル他午後からの催しが拝見できなかったのが残念であった。また、本のフリーマーケットスペースには何も見当たらなかったが、すべて売れてしまって撤収したのか、場所が変更になったのか、それとも参加される方がいなかったのか……最後であるならば、筆者が前回の記事で処分したものを出典すればよかった、と後悔したりした。

本の玉手箱はこちらを選び、

中身はこのようになっていた。読了後また感想を記事にしたい。

除籍書類でゲットしたのはこの五冊。俳句は全然わからないのだが、ぱらぱらとめくった「俳句」三月号の「葱」一つがものすごくスペクタクルという見出しにハッとしてグッときて持ち帰ることにした。ちなみにこれは西村和子さんの俳句

ふたり四人そしてひとりの葱刻む

という句に対する言及となっている。(葱が歴史を語っている、といった感じ)個人的には「ふたり」「四人」「ひとり」と数え方のひらくか開かないかが葱の刻み方のリズムの違いを表しているようで面白い句だと思う。

言葉は自由で柔軟だ。矛にも勝れば盾にも勝ろう。それ故に獰猛な言葉を五・七・五の窮屈な檻に閉じ込めるというのは並大抵のことではない。筆者の文章は冗長になりがちであったり、中身が薄いことがよくあるので、この機会に俳句を学び、そこから記事に還元することを目指していきたいと思う。

電子書籍積読はどうしたか、というのは言わない約束でしょ、おとっつあん。

 

冬の始まりに夏の摸倣を振り返る

講談社ノベルス期」というのがある人にはある、と筆者は思う。筆者にはあった。

あのサイズ感に。イヌくんに惹かれてたまらない時期が。

「カバーデザイン=辰巳四郎

「ブックデザイン=熊谷博人」

この並びだけでご飯がうますぎてふりかけが欲しくなってしまう時期が。

筆者は中学二年時にそうなった。そしてそれはほろ苦い諸々とともに封印されていたのだが、何度か書いた通り本で実家が傾いてしまっているので処分することになった。大分厳選して元々の1/5くらいになっているはずだがそれなりにあった。

カッパノベルスが混じっているじゃねーか! というのは言わない約束である。

自分の机の引き出しにしまっていたノベルスのカバーにこんなことを(移動教室の時に勝手に)書いてくれた「ヨネピー」は今、歯科医になっているはずである。それほどの時が流れても、鵺の碑はまだ出ないのだった。筆者が進学し、就職し、転職し、結婚しとライフイベントを黙々とこなしているのを横目に鵺の碑は何を思うのか。ということでカバーの下は邪魅の雫である。十年以上が立っているとはにわかに思えない。カバーって大事だ。

これら本は総じて今の筆者を形作った財産であるが、相続相手を探す前に家がつぶれても致し方ないので古書店に引き取ってもらうことにした。50円だった。引き取ってもらっただけで有り難いのであるが、筆者の青春は硬貨一枚か……とちょっとしみじみしたりもした。(とはいえ貧乏学生のこと、上記のほとんどはもともと古書店で購入したものである)また誰かの手に渡ればいいな、と思う。犯人にアンダーラインは引いていないので安心して欲しい。

本題

前述したとおり貧乏学生のこと、古書店だけではなく図書館も活用していた。

夏のレプリカ」は高校の図書館で初めて借りた本だった。森博嗣先生の作品は人気があり、値が張ったので図書室で借りられるのはありがたかった。季節は七月に入ろうとしていたと思う。いい時期に読んだ、と思った。

夏のレプリカ」は偶数章だけで展開される小説だ。奇数章だけで展開される「幻惑の死と使途」と対を成しているが、それぞれ単体で読むことが出来る。「幻惑の死と使途」の方は中三の冬に全く季節感なく読んでいたので、大分間をあけての偶数章、ということになる。

森博嗣先生の作品は残酷なまでにロジカルでありながら、しばしばマジカルを挟み込む時があって、特にこの作品はボーダー的である。「信頼できない語り手」が登場することが更に内容を一枚秘密のベールで包み込んだかのような、神秘性を持たせている。

上記の様に図書室の本で読んだ、即ち自分に所有権がない状態で主に授業の空き時間に読んだというパーソナルな事情も手伝って、シリーズの中でも本作品は曖昧模糊とした、夢の中の雲を歩いているような不思議な気持ちになる作品だ。

どうしてこの作品を今になって回想しているかというと、この間amasonmusicをシャッフルしているとカナブーンの「talking」がかかったからで、森ミステリィをそういえば大学時代にあまり読まなかったことにも思い立ったことに端を発する。高校までは森ミステリィで垣間見える「大学生活」にあこがれを感じたものだった。進学したのは文系だったけれど。

それで「夏のレプリカ」で検索をして、一つのブログに心を揺さぶられた。即ちまたまた、この記事は冗長なブコメであったことが明らかになるわけであるが、ともあれ下記の記事であった。

dokusyotyu.hatenablog.com

自分は果たせなかった「同時読み」「大学生時に読む」の達成を羨ましく思いながら、記事読了後4年前の記事であることに驚いた。

そして最新記事を拝読して二度驚いた。

dokusyotyu.hatenablog.com

 ああ筆者はこの方のレプリカなのだ(性別は違うし年齢は筆者が恐らく上だが)、とじんわりと感動し、数ある森ミステリィの中から「夏のレプリカ」でGoogle検索をしたことになにかしら運命めいたものを感じてしまいさえした。

かつて、そう、それこそ同じ高校の図書室で伊坂幸太郎先生の「重力ピエロ」に出会った時、その帯にあったように「小説まだまだいけるじゃん!」と思ったし、その後諸作品を読むにつれて、自分の書きたいものが既にとんでもない高水準で世に出ていることに絶望したりもした。大学時代の四年間、筆者は不精な創作者であったが、常に自分が誰かの劣化コピィでないかと怯えていた。(そういえば筆者が所属していたサークルでまぎれもないオリジナリティを発揮していた友人K氏が上記ブログ主様の記事にスターをつけていて三度驚いた)けれど今、自分の辿れなかった奇跡を辿ってくれている上記記事を見て思うのは絶望ではなく感動であった。それは同一化なのか、昇華なのかわからないが、高速道路のジャンクションで同じ車種が一瞬交差したような気持ちがそこにはあった。同胞を見つけた思いが勝手に湧き上がっていた。

なんだかんだで創作欲が再び湧きあがったりもして、リハビリの為に何年かぶりに即興小説を始めることにした。今月の目標は、少なくとも10本の即興小説を書くことしよう。

木本 仮名太の即興小説一覧 - 即興小説トレーニング

咲良の下には魅力が埋まっている


【MV full】NO WAY MAN / AKB48[公式]

AKB48の最新シングル「NO WAY MAN」のMVが公開された。センターは宮脇咲良さん。他にもPRODUCE48組が多数選抜された。特に下尾みうさんは事ここに至って手あかのついた表現を使ってしまえば完全に「覚醒」したと思う。


【MV full】 UZA -Dance ver.- / AKB48[公式]

今回センターを務める宮脇さんが初めてシングルメンバーに選抜されたのは6年前。14歳であった。つまりはPRODUCE48で1位となり、IZONEでセンターを務めるチャン・ウォニョンさんと同い年の時だと考えるとなんだか不思議な符号を感じてしまう。

当時UZAは今までのAKBの曲で最高難度だと言われた。その末席で踊る宮脇さんは、素人目にも他のメンバーと比べると動きにぎこちなさがあった。しかし、数少ない姿が映るシーンではその眼が闘志に燃えていることを誰もが感じたはずである。

その闘志は燃え続け、最高難度が更新された最新曲で単独センターをもぎ取った。ここに6年間の1つのストーリーが結実したように思うが、文字通りの「俺より強いやつに会いに行く」理論で2年半の間AKBグループから離れIZONEとして活動するというのだから恐れ入る。


IZ * ONE(アイズ・ワン)コンセプト・トレーラー:あなたの色は何ですか?


IZ * ONE(アイズワン) - 「ラビアンローズ(La Vie en Rose)」MV Teaser 2

あぁ~~可愛いんじゃあ~~。

 

筆者が初めて宮脇さんを知ったのは2012年の2月。当時大人気であったSKE48(当時)松井玲奈さんが主宰する「メロンパン同盟」に加盟しようとする…というアクションが発端であった。当時の筆者は卒業を目前にしながら自動車学校を未だに卒業できておらず、自動車免許が取得できずに内定取り消しになったらどうしよう…と怯えながらAKBグループではSKEを特に贔屓にしていた。当時は大名曲である「片思いファイナリー」がリリースされた時期であり、世界征服女子という冠番組をやっていたりして追いかけるのがとても楽しい時期であった。そのような筆者にとって、「メロンパン同盟」という聖域に踏み込んできたような宮脇さんの行動は正直なところあまり好ましいものではなかった。半年ほど前にデビューしたばかり。知名度を上げるためになりふり構わず人気メンバーの懐に飛び込んできたのでは……? と穿った目で見られずにはいられなかった。SKEファン諸賢は団結力が強い一方で過激派も目立ち、「ビジネスメロンパン」というパワーワードが創出されたりした。この騒動は松井玲奈さん自身がブログを書き記すことにより収束するのだが、(実際はコンサート会場で松井玲奈さんの方から声をかけていたのである)筆者が苦手な「グイグイ系アイドル」だな……という印象は色濃く残った。年若さに比べ「プロ」と若干の揶揄を込めながら称される達者なふるまいも無理をしているように思えてしまっていた。

 

が、その翌月印象は大きく変わることになる。

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AKBグループ以外誰が使っているんだ? と思っていたらやっぱりほとんど誰も使っていなかったようでサービスが終了する「ぐぐたす」こと「Google+」で宮脇さんが投稿した上記の文章は筆者を、そして多くの人の心を打った。秋元康プロデューサーや週刊誌も同様であった。そういうことなのか、とその時筆者は腑に落ちた。彼女は沢山の人に沢山のものを届けたいのだ。その為にはなりふり構わずともガンガン前に進まねばならないだ。勿論その文章の上質さにも感嘆した。

 

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そして4月、「バック・トゥザ・サクラー!」に至ってその構成力と自己プロモーション能力に筆者は完全に打ちのめされ、気になるメンバーとなっていったのだった。

 

しかし社会人になり、可処分時間が減り、AKB関連割くリソースもなくなってしまっていた。この間も宮脇さんは総選挙ランクイン、そしてUZAの選抜抜擢と階段を駆け上がっていった。翌年は総選挙ではアンダーガールズ入り、翌翌年は選抜入りし、「希望的リフレイン」ではダブルセンターへと抜擢され、妖怪ウォッチとのコラボも果たした。


【MV full】 希望的リフレイン / AKB48[公式]


ニャーKB with ツチノコパンダ / アイドルはウーニャニャの件

当時彼女であった妻がアイドル好きであったこともあり、また仕事も幾らか慣れてきて、少しずつそういった情報を取り入れられるようにはなってきていた。

そして2015年。筆者は現妻と同棲することになり、宮脇さんは写真集を上梓した。いつの間にか宮脇さんはショートカットの良く似合うお嬢さんになっていた。鹿児島への凱旋握手会が開かれるということで、筆者は現妻を刺客に放った。信じて送り出した現妻は無事メロメロにされて帰ってきた。数々のアイドルを愛でて来た彼女をここまでにする……改めて筆者は宮脇さんは「本物」であることを感じた。「HKT48のおでかけ!」を録画するためにHDDを購入したりもし、仕事で精神が加速したためカッとなって夫婦二人で博多座に観劇に行って感激した。

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【MV full】12秒 / HKT48[公式]

38秒~の宮脇さんの目線の使い方がたまらない。博多座でコールできたのは思い出である。勿論アリスの格好の田中さんもカワイイである。

この時総選挙で宮脇さんは「AKBを壊したい」と宣言していた。(ちなみにこの年から筆者は宮脇さんに毎年1票ずつ投票している)勇み足ではないか、と思ったし、実際批判的な意見が出たけれども、もしこのムーブメントに同調する意見が多ければ、例えばPRODUCE48のような「グループの殻を破る」ことがもっと早く出来て、AKBグループも今よりもっと活気があったのかな、と今になって思う。

更に翌年には「君はメロディー」で単独センターを務め(といってもMVはレジェンドが多数参戦し、食われてしまった感があったが)、主演ドラマも多数。総選挙では「神7」入りも果たした。


【MV full】 君はメロディー / AKB48[公式]

そして今年、総選挙では3位、PRODUCE48では2位(日本人1位)となった。

彼女の来し方を見て思うのはそのパッケージングの上手さ、それを切り替える躊躇のなさっぷりのすさまじさである。始めに彼女は子役の経験を生かしたものかどうか、「子どもらしい子ども」としてAKBグループファン諸賢の前に現れた。「子どもらしい子どもと振る舞っているのが見え隠れしてしまう子ども」というところまでが本人が想定していたパッケージングかどうかは判らないが、(ちなみにこの時期、バラエティで足つぼをされているフリを完ぺきにこなして同期を疑心暗鬼に陥らせ涙させたりしている)それにより一定の支持を得た。が、ある時バッサリとショートカットにして、幼くして人気を得たメンバーの宿命ともいえる「成長することにより人気が減少する」という試練を「さくらたんが咲良さんに覚醒した」というストーリーへスイッチすることによって見事にかわして見せた。「ファンへしっかりとした文章で思いを伝える才女」という一面を大切にしつつ、「びっくりするくらい珍妙なフォームで運動音痴」であることも崩さない。MVの撮影であっても、今後を左右する曲選択のためのレースでもぶれずに珍妙なフォームである。絵に描いたような清純で現れるかと思えば育児放棄したヤンママみたいな格好も妙にしっくりくる。テレビゲームはダーティプレイも辞さない姿勢で勝ちにいくくらい熱心だし、オフの時はビックリするくらいオフだ。そしてここまで登りつめる恐ろしいほどの野心がありながら、醸し出す雰囲気はあくまでも謙虚である。そしてそれらすべてが与えられた書き割りのような背景ではなく宮脇さん自身がPRODUCEしたものである、ということに若干20歳の恐ろしさがあり、魅力がある。

izone chu!の1話を見た。Mnetの接続が不調になるほどの盛況ぶりであったが、そこで展開される宮脇さんの姿は日本での番組とはまた違うもので新鮮であり、「まだこういう切り口も用意しているのか」とその引き出しの多さに打ち震えた。深夜にだらしない格好でラーミョンをすする宮脇さんが見られるのはizone chu!だけ!冒頭のウォニョンさんもかわいい。なんだそのTシャツ。韓国メンバーとの細かなやり取りが気になるので日本語字幕版が待たれるところである。


IZ * ONE CHU [1回]「豚よ」はないよ、「よね」です!(feat。クラモクバン)181025 EP.1

今後もますます魅力ある姿が見られそうで楽しみであるし、最近興味を持った読者諸賢においては是非今回貼った動画他を参照して過去の宮脇さんの魅力を掘り起こしていただきたいと思う。

2つの黄金を巡る体験について、あるいは「ゴールデンカムイ アニメ2期(13話)」と「TVアニメ ジョジョの奇妙な冒険第5部 黄金の風」感想

余談

今から約五年前、一つのゲームが世に放たれた。素晴らしいPVは多くのファンを引き付け、筆者も予約した。仕事で遅くなる筆者の代わりに当時入籍前だった妻が引き取りに行ってくれた。何故かオランジーナも買ってくれていた。筆者もなるべく早く仕事を上がり、妻と、そして弟とともにゲームをプレイするべく自室から(実家の自室にはエアコンがなかったのである)居間へPS3を移動させた。起動、OP――ワクワクが我が家に満ちていた。

そして残念ながら、ワクワクは一日もたなかった。頑張って自分をだましてみたけれど、やはりどうしようもない物足りなさが残った。メーカー側も慌てたようで色々対策をしたようだけど、発売日当日に早く帰るために後回しにした仕事の片付けに追われる中、再び筆者がそれを起動することはなかった。健気な弟はその後もちょこちょこ遊んだようである。

ぼく(筆者)― を含む…ジョジョ愛する人々……「ジョジョファン」はとても深く傷ついた……。いや…、正確に言えば「筆者が予約してまで定価で発売日に購入したジョジョの奇妙な冒険ASBによって筆者自身は傷つけられた…」。各部のファンは追加キャラDLCをずっと待つのだろう…。「オンライン対戦」の人々は活気が戻るのをずっと待つのだろう……。ASBに殺された小売店は在庫の解消をずっと待つのだろう……。傷の痛みが深くあらわれてくるのはこれからなのだろう……。いったい…、この「痛み」はどうやって癒やせばいいのだろう? ぼくにはわからない…。ジョジョの未来にとって命取りになるのか、さもなくばいずれ消え去るのだろうか― ぼくにはわからない。

ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風 #1 黄金体験(ゴールドエクスペリエンス)感想

そういうことでその後のアニメや実写映画もなんとなく追う気にはなれずにいたのだが、たまたまFODでゴールデンカムイを視聴していたら続いてこちらを勧められた。

妻もジョジョは嗜んでいるのだが、5部に関しては原作は読んでおらず、「暗殺チームがすごいことはお姉さま方から受動喫煙している」「嘘をついている味がわかる人がいる」「なんか近寄ってほしくない人がいる」といううろジョジョでももうちょっと理解していそうな発言で面白かったので、視聴してみることにした。

妻「(ジョルノの服装を見て)胸元が開きすぎている」

筆者「まあほら…ハート形というのに意味があるから…ハートが前提にあって結果として胸元が開いてしまっただけだから……」

妻「3つのU? イタリア人なのにローマ字の話を……? いやイタリア人だからローマ字で言及するというギャグ? 実はイタリア語でも綴りがUから始まるとか……?」

筆者「ヤロウ……タブー中のタブーに触れやがった……」

妻「こいつ15歳かよ! 絶対15歳じゃないでしょ」

筆者「金髪になると大人っぽくなるから」

妻「あっこの人舐める人じゃん! また胸元が開いてるじゃん」

TV「次回 『ブチャラティが来る』」

妻「もう来てるじゃん」

なかなか忙しない視聴であったが、妻も続きが気になるようなので継続して視聴しようと思う。5部キャラの胸元について深く考えたことがなかったが確かに結構皆思い切っているな、という発見があった。ちょっと線が太くて固い印象があるが、やはり荒木先生の絵が動いているさまは面白い。でもタイトルがGIOGIOじゃなくてJOJOでいいのだろうか。

ゴールデンカムイ 第13話 江渡貝くん 感想

さてゴールデンカムイである。そういえば無事にDVD付特装版を手に入れたのだが、尾形への愛が振り切れてしまっている妻は帰りの車中で再生するという挙に出たため、運転中である筆者は音声のみでの観賞となり、まだ感想を書くに至っていない。今度の休みにでも改めて居間にて鑑賞したいと思う。音声のみの感想としては、「女将、声高くない?」「高木渉氏、最高に高木渉だな……」「『どんなもんだい』はやはり外せないよな……」といったところ。

13話公開に先立って、1期アニメの一番くじ(鹿児島では1店舗しかないというレア具合であった)を夫婦して引きにいった。妻としては尾形は引き当てられなかったが満足、といった様子であった。(筆者は二瓶と谷垣が出たので大満足)嫌いなキャラがいない作品というのはこういうとき本当に有難い。

その高揚を持ってちょっと夜遅かったのだけど向かいのとんかつの竹亭さんへと駆け込んだ。上ロース定食1,100円。安い、安すぎる。鹿児島においしいとんかつ屋さんは数あれど、竹亭は「安くてウマい」の大王道であり、基本的には他県からの方にはこのお店をおすすめするようにしている。県内に複数店舗あるのもポイント。いつか鹿屋店を訪れてみたい。(田上店が筆者の“ホーム”である。)

一挙にグッズが増えたのでしっかり陳列したいものである。

余談が長くなってしまった。まずは導入、さわやかで穏やかな道中から始まり、場面は変わって12話の引き通り、奇妙な剥製職人を訪ねるところから2期は幕を開ける。ということはエピソードが飛ばされてしまっているわけだが、再び特典DVDなどで補完があると信じたい。いつもあの恋を思い出してきっと泣いてしまうだろうから。

基本的にはいつもの通り、原作に声がついて動くというだけで大満足なのだが、中でも特A級にハマっていると思う大塚芳忠さんの鶴見中尉さんの声が前期に比べてちょっと熱が抑え気味に感じられたのが残念だった。江渡貝くんとの会話があくまでもうわべである、ということの証左なのかもしれないが……「ん猫ちゃん猫ちゃん!」はもっと早口で勢いよく言ってほしかったし、「江渡貝くうううううん」もより力強さがあってよかったのかな……とも思う。

次回のタイトルからして谷垣サイドはいったんお休みなのだろうか。カネモチの話は白眉だと思うので楽しみである。

審神者諸賢、京都が遠ければ密林へ行こう。あるいは映画 日本刀 ~刀剣の世界~感想

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今年の1月に筆者が撮影したへし切長谷部。撮り方に迷いが見られる。

導入

前回、地方オタクの悲哀を述べた。ことに現在筆者が日々臍を噛んでいるのはその際にも話題に挙げた「京のかたな展」である。めっちゃ行きたいのである。片っ端から友達に借りまくれば決していけない訳でもないだろう京都くらいと吉田拓郎は言うかもしれないが(つま恋版永遠の嘘をついてくれ頼むから音源化してくれ)行くのならば妻と一緒に行きたい、そうなると当然諸々の出費が二倍、しかも休暇のすり合わせも必要、土日は「○○の秋」を安易に標榜する地域のイベントに(職場は別だが2人とも割と公共性の強い仕事をさせてもらっているので)どちらかが駆り出されていることがほとんど(イベント自体は楽しいのだが毎週あるとなかなか体力ゲージが回復しない)、ということで行くことはかなり現実的に厳しいのである。今回は涙をのんで帰省を名目に次はふくやま美術館を狙っているのである。(妻の実家と福山美術館は同じ広島とはいえかなり距離があるのだが、必要なのは大義名分だ)

が、やはり刀剣を鑑賞したい、という気持ちは収まらない。「こんのすけの刀剣散歩」続編が決まり歓喜したが、少し間がある。このようなモダモダとした気持ちでいたところ、Twitterで一つの情報が舞い込んできた。

 

映画 日本刀〜刀剣の世界〜

映画 日本刀〜刀剣の世界〜

 

 こちらの映画がAmazonprimeビデオで配信されたのだという。Amazonprimeと言えば地方オタクにとって必須科目と言ってもよく、筆者ももちろん加入していた。どれもこれも一長一短であることで著名な定額配信界隈であるが、筆者にとってはM-1仁義なき戦いがprime会員見放題であることがかなり重要である。

 特に敗者復活戦が見られるのはかなりポイントが高い。

仁義なき戦い 広島死闘篇

仁義なき戦い 広島死闘篇

 

 仁義なき戦い広島死闘編は本当に名作なのでいつか記事を書きたいと思う。

少し話が逸れた。しかしこの朗報を受け筆者と妻は早速鑑賞することにした。京都まではあまりに遠い、けれどprimevideoの再生ボタンを押すときだけは、東京も、鹿児島も、アメリカも、その距離は平等なのである。有難うジェフ・ベゾス。日本に税金を納めてくれジェフ・ベゾス

が、ここでアクシデントが発生する。我が家では基本的にPS4を用いてprimevideoの鑑賞は行っているのだが、検索が上手くいかないのである。

「にほんとう」で検索すると仁義がなさそうな感じの「日本統一」であったり「ほんとうにあった!」系の怖いvideoが出てくるのである。夜に急に怖いジャケットを表示するの本当にやめてほしい。せめてsnowめいたフィルターをかけてほしい。猫耳とか。

それらを潜り抜けようやく辿り着いた――と思いきやなんと現在再生できません(予告編は再生可能)との表示。ここまでくると時間遡行軍の暗躍を疑わざるを得ないのであるが、そこは刀剣男士に任せるとして、PCでは普通に視聴が出来そうであったので(それでもなぜかパッケージ画像がないなどやはりなんかちょっと変である)もはや一刻も早い刀剣鑑賞の摂取が必要な我々は再生ボタンを押したのであった。

本題

再生が始まると、鳥海浩輔さんの柔らかな声が出迎えてくれる。

本映画は大きく、

  1. 刀剣鑑賞の基礎知識
  2. 刀剣の歴史(権力者と刀剣・刀剣の推移)
  3. 上記を踏まえた上での刀剣鑑賞
  4. 月山貞利氏をはじめとする月山鍛冶道場による作刀作業
  5. 本阿彌光洲氏による刀剣研磨

となっており、その構成に一部の隙も無い。やはり何かを理解するのにビジュアルというのがどれほど効果的であるかということを痛いほど思い知らされる。筆者の世代であればあの国民的漫画、「ワンピース」で「造は黒漆太刀拵・刃は乱刃小丁字」という言葉にわくわくした読者諸賢もいらっしゃるであろう。当時、なんかわからんがすごそう、と思っていたその言葉の意味をSBSからさらに発展して理解するチャンスである。

刀剣鑑賞においてもさすがプロの仕事、筆者など現場に赴いても刀剣のオーラに気おされぶれてしまったりぼやけてしまったり面白味のない構図になってしまったり……と散々であるのだが、しっかりと見どころをHD画質でとらえてくれている。今後鑑賞のチャンスがある場合は予習にも最適である。しかし途中、他の刀剣と並べて映るシーンがあるのだが、へし切長谷部の頭一つ抜けた刀身の青光りした姿には驚かされる。

因みに本映画で鑑賞できる刀剣は以下(公式の紹介順番によりますが、必ずしもこの順番に登場するわけではありません)

01:明石国行
02:三日月宗近
03:鬼丸国綱
04:姫鶴一文字
05:謙信景光
06:景光
07:へし切長谷部
08:義元左文字
09:一期一振
10:日光助真
11:日向正宗
12:中務正宗
13:丙子椒林剣
14:童子切安綱
15:虎徹
16:名物 金森正宗
17:太刀 銘 備前国住人雲次
18:刀 銘 陸奥大掾三善長道
19:刀 銘 阿州吉川六郎源祐芳
20:刀 銘 大和守源秀国
21:寸延短刀 古月山
22:刀 銘 村正
23:刀 大和国住月山貞利彫同作(花押)
24:刀 大和国住月山貞利彫同作(花押)
25:刀 銘 備前国住長船勝光

 

圧巻は作刀と研磨、二つの名人技である。

まずは作刀。十トンもの砂鉄を用いて活用できるのはその十分の一という気の遠くなる精錬作業すらスタートに過ぎず、ひたすら鍛え続ける。そのうちに現れてくる月山の特徴である「綾杉肌」の美しさときたら。是非その眼で御覧じられよ、というしかない。そしていよいよ刃紋が決まる焼きの作業……水の沸き立つ音がまるで刀剣の誕生した産声の様ですらある。人間国宝を父に持ち、自らも奈良県無形文化財、最近では白鵬関土俵入りの太刀も鍛え上げた当代の名人貞利氏ですら「技術を超えた神秘的な某かが介在するように思う」と言わしめる刀をつくる、という作業。暫くは手伝い札を用いず、じっと見守ってみようかと思う次第である。1時間半やましてや20分なんて実際の鍛刀の過程に比べれば瞬きのようなものであるのだから……。

刀剣は当然、作ればそれで終わりというものではない。本来の「用途」があり、その後のメンテナンスを怠れば当然、いかな名作であれどたちまち無粋な鉄の塊と化してしまう。それを甦らせるのが研磨という作業である。その名の通り教科書上の人物・本阿弥光悦氏の系譜を継ぐ人間国宝・本阿弥光洲氏によるそれは傍から見れば、くすんだ錆びた棒からかぐや姫よろしく光り輝く刀剣を取り出して見せるほとんど奇跡の領域に見える技術である。かつてミケランジェロが石自体の持っている限界を引き出そうとしたように、氏の研磨は刀剣がかつて輝いていた時のことをやさしく撫でながら刀剣自身に思い出させようとしているかのようだ。その劇的なビフォーアフターはやはり自らの目で見ることに意味があるだろう。これを見た後だと、すべての刀剣は作刀した鍛冶職人はもとより、現在我々の目に映る状態を保ってくれている研磨職人も是非併記すべきではないか、と考えてしまう。

鑑賞後余韻に浸っていると、作成協力者に審神者の文字。先輩審神者の正しい経済活動により良い映画を堪能でき、感謝の気持ちでいっぱいである。

ああ、見たかった銀幕でこの映画を! となってしまうと最初に立ち返り、地方オタクの悲哀、ということになってしまうのであるが、この様に様々な形で救済があるのが現代のオタクの有り難いところなのだなと思う。いかんともしがたいことを知ってしまう可能性もある、というリスクと隣り合わせなのも事実ではあるが。

ともかくも審神者ならば必見、そうでなくとも鑑賞すれば人生有数の濃厚な一時間になることは間違いないと保証できる。安易な「日本スゲー」番組が氾濫しているが、過剰なテロップもワイプ芸もひな壇いじりもないこの映画を鑑賞するだけで、日本の文化の奥深さを』味わい、何かしら創作に携わる諸賢にとっては大きな刺激となることであろう。是非ご鑑賞頂きたい。