カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

この街には宇佐美蓮がいる――「天文館探偵物語」ネタバレ感想

余談

聞き慣れた案内音声が流れる。

「次は、天文館通、天文館通です」

すぐに誰かが降車ボタンを押す。

あらかじめ握っていた80円は少し温かくなっている。

市電が停留所に停まり、多くの人が降りるのについていく。

信号を渡るとまず右手に目にする本屋さん、もう一つの通りとクロスする場所には同じくらいの距離でまた2つの本屋さん。それらの誘惑を振り切って、習い事の教室がある雑居ビルに向かう。

今はその3軒の本屋さんも、習い事の教室もない。

それでも筆者にとって天文館は、小学校1年生から3年生まで習い事で通った思い出深い場所で、それ以降もそれ以前も鹿児島の中心地として、親、兄弟、友人、妻子と幾度となく訪れるところでもある。

その天文館が映画化されるという。しかも、主演は今をときめくタイムレスの寺西拓人さんだ。

タイプロという現象が巻き起こってはや1年以上が過ぎた。筆者は本当に芸能界に疎く、その筆者でも知っているグループがそんなに苦悩しているとは思わなかったし、公開オーディションという形に踏み切るとは尚更思わなかった。「俳優部」という概念も知らなかった。ただ、「帝劇」というものの重さというのはそれでも伝わってきたし、一度アイドルという夢を諦め、俳優として成功を収めながらも再び茨の道だとわかっていても挑む彼に心惹かれた。

オーディションの応募年齢上限は30歳(このため筆者は残念ながら応募ができなかった/冗談ですよ)。そして彼はそのスレスレだった(放送中に30歳を迎える)。

たまさか前回のアイドルプリキュア記事とも呼応する形となるが、日本では女性のアイドルはなんとなくの形で「定年」の壁を感じるところがやはりあるのに比べ、男性アイドルはいくつになってもアイドルである、という非対称をしばしば感じることがある。例えば奇遇にも同時期に公開の「TOKYOタクシー」で主演を務めている木村拓哉さんはマルチな才能を有しながらも、やはり自他ともにアイドルだと考えているだろう。とはいえ、若いうちにデビューして30歳を迎えることと、30歳でデビューするのはまた話が違うだろう。昔取った杵柄といっても臼のほうがどうなっているかわからないのに。

全く杞憂だった。寺西拓人さんのタイプロ内でのパフォーマンスさは画面越しに見ても凄まじく、年齢を重ねたからこそ出せる色気、年齢を重ねても失われぬ茶目っ気、キャリアがあるからこそのフォロー、キャリアがあるゆえの謙遜など、タイムレスの三人がなぜ彼をその選考まで進めたのかがありありと分かった。

それ故に最終回が近づくにつれ、筆者は日々不安になっていた。

原嘉孝さん。

寺西拓人さんと同じくかつてアイドルを目指し今俳優部に籍を置き、そこで成功している彼の様々がまた、筆者の心を大きく揺さぶった。しかし、そのポジションの似通い方はすなわち新生タイムレスに加入できるのはどちらか一人なのではないかと予感させた。

筆者にとって「タイプロ」のトロは、最終回直前、アカペラの「RUN」である。

「感じているんだろう? 感じてなきゃダメ 痛みに気づかないふりをするな」

それを歌う寺西さん、原さんの表情を切り取ったカメラマンさんはさすがプロである。

二人がそれぞれ自分の気持ちに整理をつけてしまい込んだアイドルという夢、それを思い出すたび感じていた痛みに向き合っている二人の表情は百万の言葉より切実に筆者に刺さった。一層、新メンバー発表の日なんて来なくていいと思っていた。

そして当日、目黒蓮くんのサプライズ登場などもあり原さんなのだろうか……。と思う中、二人とも名前が呼ばれ、筆写はサバ番の悪魔に脳が支配されていた自分を恥じ、自分たちを信じたタイムレスの三人に敬意を表した。その後の彼らの破竹の勢いは筆写が語るべくもないだろう。残念ながら、その躍動と次女の誕生が完全に重なってしまったため、またそのあまりの人気爆発ぶりにすべてを追えていないのが悔しいところなのだが……。

そのタイムレスの寺西拓人さんが映画に初主演されるという。しかも、筆写にとって思い入れ深い天文館を舞台にして。

……無限ループみたいになってしまった。というわけで、筆者にとっては盆と正月が一度に来たような映画であり、しかも鹿児島では全国に先駆けて上映してくれるということで、早速公開週に見に行ったのである。

 

ということでここから先は「天文館探偵物語」のネタバレがあります。内容を知りたくない人、手放しの絶賛だけを受け取りたい人はここまでにしてください。

本題

ちなみに天文館シネマパラダイスは「再開発」によって生まれた映画館である

せっかくなので舞台となった天文館にある映画館「天文館シネマパラダイス(愛称・天パラ)」にて鑑賞することにした。孫に飢えた実両親に娘二人を預け、妻と二人での鑑賞である。お客さんの構成は明らかに地元の人もいれば完全に出演者のファンで遠征してくれたであろう方もおり、どちらかに偏っているわけでもないバランスの良さを感じた。

いつもはインターネットで予約をしてしまうのだが、天パラは提携企業の会員証などを提示すれば有人窓口であればチケット代が割引になるサービスが有り、久々に窓口で購入した。半券もまた鑑賞の思い出である。ついでにいうと座席はスタッフさんが自動で割り当ててくれたが、中央よりの見やすい席だった。プロフェッショナルの手腕を感じる。

眼の前のスクリーンに、ついさっき通った道が映し出されていく……。

story

天文館のとあるBar兼託児所のスタッフにして探偵も営んでいる宇佐美蓮(演:寺西拓人)とその相棒の健斗(演:肥後遼太郎)は鹿児島の夏の風物詩、おぎおんさあ(祇園祭)に天文館一帯が熱狂に包まれる中、依頼者のペットの亀を探していた。その途中、凪(演:大原優乃)によるスリに遭遇。彼女はDV夫から6歳の息子と鹿児島に逃げてきており、金銭的に困窮していた。

境遇に同情したBarマスターにして託児所長の有村(演:新名真郎)の好意によって息子は託児所で無料で預かってもらえるようになり、宇佐美の斡旋で凪は飲食店で働くようになる。

一段落と思いきや、白昼堂々息子は何者かによって連れ去られてしまう。宇佐美はその一味の蒲生(演:高田翔)を追いかけるが、市電に乗って逃げられてしまうものの、推理と有村の情報によって一味のアジトを突き止め救出に成功する。

その事によって凪の信頼を得たのか、今度は彼女の生き別れの兄探しを依頼された宇佐美。地道な調査で兄:橋口拓海(演:原嘉孝)が現在市内の病院で勤務医をしていると知る。宇佐美の強引な突破力で拓海と再会する凪だが、彼は冷たく「今は他人だから」と言い放つのだった……。

それでも職場や鹿児島に少しずつ慣れ、明るくなってきた凪だが、地方創生担当大臣である板倉雄馬(演:西岡徳馬)が職場に現れたのを見て遁走。実は息子は板倉の子、靖幸(演:室龍太)との間の子であり、親権も靖幸にある。彼らは息子を板倉家の跡継ぎにしようとしているのだ、と宇佐美に告白する凪。

つまり宇佐美が凪を助けようとすれば、誘拐犯を幇助してしまうことになるのだ。正義感の塊である宇佐美にはそれは耐えられないだろうと言う凪だが、自分はそんな物は持っていないと叫ぶ宇佐美。その上で、助けてほしいなら遠慮なく頼れと声を掛ける。

そんな中、健斗が慌ててBarに1枚のチラシを持ち込む。天文館の再開発計画が立ち上がったのだ。Barも区域には入っており、託児所がなくなれば凪を始め天文館で働くシングルマザーの多くが困ってしまう……。宇佐美らは計画撤回の署名を集めることにするが、再開発計画の本丸である会議に乗り込んだ宇佐美はその責任者である板倉にまんまとやり込められ、会議に乗り込むという強引な手段が問題となって商店街の人々からは署名を撤回されてしまった。

無力感に苛まれながら、宇佐美は彼の「最初の事件」について語る。健斗の家の放火犯を突き止めること。しかしそれは解決することはなかった。犯人は宇佐美の父であり、彼はそれを誰にも言えずにいたのだ……自分は正義なんかじゃない、と再び絞り出すように言う宇佐美。そしてそれを健斗も密かに聞いてしまっていた……。

万事休すと思われたところで、凪は元夫の靖幸とコンタクトを取る。Barを再開発計画区域から外す代わりに息子を引き渡せという要求に応じようとする凪だが、こっそりそのやり取りを録画していた健斗が慌てて止める。録画していた動画を盾に条件を撤回させようとする健斗だが、秘書の大森(演:SHIGETORA)と靖幸の連携によりスマホを奪われた上、重症を負ってしまう。

病院に駆けつける宇佐美。健斗に対して放火犯のことを詫びようとするが、健斗はそれよりも宇佐美と一緒にいられなくなることを心配しているのだった。彼が命がけで動画を取ったスマホは凪が奪っており、形勢逆転する。

Barに板倉父子が現れ、靖幸を詫びさせる雄馬。だが、動画は好きに使っていいという。そんなことをされても再開発計画はやめないという意思表示である。だが、有村は板倉がかつて利益のため天文館を追い出された板倉商店の息子であったことを調べていた。住民のためだけではない、利権だけでもない、板倉の私怨がこの計画には滲んでいたのである。

しかし、彼が否定した絆を体現する宇佐美の飾らない言葉に心を動かされたのか、板倉は記者会見で計画の慎重な検討を告げる。みんなの絆を打ち砕く再開発計画はひとまず落ち着いたのだ。

そして探偵には新たな助手――凪の息子が加わっていた。天文館を人知れず守った男は、6歳に負けず無邪気に笑うのだった。

review

まずはスタッフの皆さんにありがとうと言いたい。寺西拓人さんに変に鹿児島弁を喋らせようとしないでいてくれて本当にありがとうと。

メインの肥後さん、大原さんが共に鹿児島出身であるがゆえに無理に寺西拓人さんに鹿児島弁を喋らせようととするとどうしても鹿児島県民としてはどこかムズムズする気持ちを抑えられずにいただろう。これに関しては妻(広島県出身)がまず開口一番に言った感想でもあり、彼女の世に氾濫する「広島風ことば」の数々と対峙してきた日々を思うのであった。

90分鑑賞、エンドマークまで見届けてまず感じたのがヒジョーに天文館らしい映画だということ。いい意味で雑多、バラエティ豊かでサラダボウルのようだ。

他方で一つの映画として観たとき、ストーリーラインがどんどんと展開されていくため、「新しいエピソードが始まったということは前のエピソードはもう終わりということでいいのだろうか? ……いいらしい」となることが何度かあった。

例えば蒲生の退場は唐突に思えたし靖幸(の独断ということでよかったのかな?)の追っ手は天文館再開発計画反対の署名を集めているときはなぜか襲ってこない。それぞれのパートが独立しているように感じた。

一連のエピソードで筆者が唸ったのは序盤で凪が見せたスリテクが最終盤で靖幸に対して発動し、スマホを取り戻していたところである。しかしその手さばき、おぎおんさあのときが初犯じゃないのでは……?

逆に残念だったのは、せっかく寺西拓人さんの盟友である原嘉孝さんが特別出演してくれたのに、冷たい兄として後味が悪いまま終わってしまったことだ。終盤で病院が出てきたとき、兄として対応することは出来ないが、妹の友人に対して医師として非常に献身的に対応する橋口拓海の姿があればまた印象が違ったのではないだろうか。

とはいえ該当シーンの寺西拓人さんと原嘉孝さんの対峙はタイプロから追っている筆者ですら感慨深いものがあった。

それぞれの筋は面白いだけにぶつ切り感がもったいなさを覚える。例えば30分の連続ドラマ番組とかならスゴくしっくりきそうな気がするのだが……。

またメインである天文館再開発計画への大立ち回りであるが、実際のところ天文館は先に再開発が進んだ東開町エリア、鹿児島中央駅エリアに大きく後塵を拝しており、盟主である山形屋も経営再建のメスが入るなど、「今までの天文館」の維持は非常に厳しいのが現状である。また、センテラス天文館の開業など、再開発は着実な成果を上げてもいる。余談に記載した店のほか、この映画冒頭で出てくるカコイさんも今はなく、その他にももうスクリーンの中にしか存在しないお店はいくつか見受けられた。そういう意味で記録映画としての価値がこのフィルムには残り、年を経るにつれ高まっていくことだろう。

だから天文館の再開発自体は現在進行中かつ必要なことであり、板倉が半沢直樹的なわかりやすい悪役でなかったどころか最後まで格落ちしなかったのはうまいやり方だなと思った。カタルシスを求める人達からすれば不評かもしれないが……。

ただ折角板倉商店の倅という設定があるのだから宇佐美の主張する絆=天文館の人々の言ってしまえば同調圧力によって追い出された存在としてもっと書き方があったと思うし、宇佐美の父が起こした犯罪もそこに絡めることが出来たのではないか、とも思うが天文館全面協力では難しかったのかもしれない。

途中の署名撤回が宇佐美のなにかのアクションきっかけでやっぱり撤回を撤回します、とかあってもよかったんじゃないかとは感じた。今の流れではやはりあれほどの政治家が言った言葉を引っ込めるほどのこととは思えないからである。凪によって連れ去られる直前、バカデカ勝利者の邸宅で帝王学を仕込もうとしても心を閉ざしていた孫が託児所ではみんなに囲まれて心からの笑顔を見せていたことに感じ入るとか、ベタかもしれないがそれくらいやってくれても筆者としては一向に構わない。

それにしても「シングルマザーのことをこんなに考えている街は天文館だけ(要約)」というのは流石にないだろう。出演者に関係ないところで炎上しないでほしいな……。

で、パンフレットを読んでみたら(寺西拓人さんのいい写真がたくさんあるのでそれだけでも買った甲斐がある)プロデューサーさんが「古臭いけど人間臭い映画が創りたい」と仰っていて滅茶苦茶納得してしまった。完全にその通りの作品になっていて手腕に脱帽する他ない。ちょっと懐かしい作りで不器用さがあるけど嫌いになれない愛嬌のある作品に仕上がっている。やっぱり天文館と似ているのかもしれない。

宇佐美(寺西拓人さんが掃き掃除をしていた隣の「天神房」都会的なお蕎麦屋さん。おいしい。

その反対側の「そば茶屋」こちらは鹿児島県民のソウルフードと言っても過言ではない県下に展開する甘い味付けのそば。カレーもおすすめ。

映画館を出て駐車場に向かう途中、映画で宇佐美一行が歩いていた場所ばっかりで笑ってしまう。都会の人って、いつもドラマとかでこんな気分になっているのかなあ? と思ったりもした。

Bar兼託児所があると思われる建物。スリランカかごしまのカレーはもたれずとてもおいしい。ちなみに斜め向かいくらいにINIの西洸人さんが好きだというオムライスを出すお店がある。

同建物1階には本編で印象的なシーンで使われた、いわゆる聖地が存在する。

寺西担は巡回済だった。さすがです。

www.kagoshima-yokanavi.jp

鹿児島市としても力を入れて特集ページを作っているので、(特製グッズが抽選でもらえるスタンプラリーもやっている)ぜひこれをきっかけに沢山の人が鹿児島を、天文館を訪れてくれたらいいなと思う。

ちなみに冒頭の習い事から帰るときには谷山行電車に乗っていたものであった

今後また天文館を歩くとき、ふとあのスラッとした長身の金髪頭を見つけることがあるかもしれない。天文館も人も、変わらないものなんてないかもしれないけれど、ちょっと時代遅れの不器用で優しい男、宇佐美蓮だけは、ずっとちょっと時代遅れで、だからこそ変わらないでいてほしい。

この街には宇佐美蓮がいる。きっと後ろ姿に声をかけたら、振り向いてはにかんだ笑顔を向けてくれるだろう。だから天文館はきっと大丈夫だ。再開発と、地域の絆、二兎を得てほしい。