カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

やわらか銀行と固ゆで卵

f:id:kimotokanata:20181206231500p:plain

いらすとやさんの画像を使うと気軽にそれらしいブログ感がでてありがたい


時刻は14時を少し過ぎたところだった。

おれ――ヒッシャー・ウッドブックはひどく腹が減っていた。今日はスタッフが少なく、動くことが多かったうえに、休憩時間がずれこんでしまったのだ。慣れ親しんだ青いコンビニに入ったところで、ワイフからスマホにメッセージが届いた。

ワイフ「いいニュースと悪いニュースがあるわ」

「いい方から聞こうじゃないか」

ワイフ「私のスマホのWi-Fi受信検知は正常に作動したわ」

「Wi-Fiがストライキでも起こしたのかい?」

ワイフ「判らない、突然圏外表記になってしまったの」

おれの家では現在固定回線を止めていて、いわゆるポケットWi-Fiで賄っている。それは丁度ひと月前からで、よく働いてくれていたのだが、どうもその調子が悪いらしい。

荒れ狂う胃袋を(最近とみにベッドがおれを離したがらないので今日も朝食を犠牲にする羽目になっていたのだ)一刻も早くなだめたかったがこの問題を放置するとワイフが胃袋以上にお怒りになりそうだ。

やれやれ。おれはとりあえず思いつく解決方法―充電の確認、再起動、電源オフで暫く待ってからの再びの電源オン――などを提案しつつ、慌てて会計を済ませ、家路に急ぐことにした。電子決済のわざとらしいほどに軽やかな音が皮肉気に聞こえてしまったのもきっと空腹のせいなのだろう。

愛車のスタンリックを転がしてドアを開けるとワイフが盆と正月とGW進行が一度に来たような顔をして待っていた。恐らく先程の対処法はどれも駄目だったのだろう。

確認してみるとなるほど圏外になっていた。自分のスマホを確認してみるとやはりポケットWi-Fiの電波は拾っているものの、インターネットには接続されていないと表示が出た。

となるとやはり本体がおかしいのだろう。参った。代替機が借りられたらいいが――思案しつつサポートセンターにコールする。出ない。旧名:デンデン・カンパニーはサポートに掛けると延々と保留音を鳴らしてしかもだんだんそれが大きくなるというスマホの電池・鼓膜・心証の全てによろしくない効果を上げる戦法を繰り出してくるが、こちらは「一昨日きやがれ」でブツッと切られるので時間的にはかえって良いのかもしれないが、しかし忘れてはいけないのは目の前には問題が未だ転がっている。

実店舗に行くことが最善に思われたが、おれは後30分もしたら再び戦場に舞い戻らなくてはいけない。検索してみるとどの実店舗からもそれなりに距離がある。今のおれには9マイルは遠すぎるし、隣の市となれば尚更なのだ。

とはいえ何かしらの対策を施さねば今すぐこの場が戦場になりかねない。グロック銃口が向けられているようなプレッシャーをワイフから感じながら、藁にも縋る思いで実店舗へと電話をしてみることにした。

ややあって電話はつながった。電話先の女性は少し疲れたような声で、自社製品の使用のお礼、サポートセンターに繋がらなかったことのおわび、そして問題の聞き取りを淀みなくこなしてくれた。

「お客様、それは本体原因ではなく、電波障害かもしれません」

おれは突如稲光に打たれたような気持になった。とうとうワイフがしびれを切らして戦闘が、いや一方的な蹂躙が始まったのかと思ったがそうではなく内から湧き上がる感情であった。

電波障害。即ち、大本がダメ。考えていなかったわけではないが、その可能性は著しく低いと思っていたからだ。(個人的には最近は酷使していたため、充電ケーブルにつなぎっぱなしによる過充電を疑っていた)

やわらか銀行の電話が圏外になってしまっているのだという。このポケットWi-Fiも兄弟会社のものであるから、その影響を受けて使えなくなってしまっている可能性が高い、と電話先の女性は続けた。きっとその問い合わせが殺到して疲れているのだろうな、と気の毒に思いながら、それでも丁寧に対応してくれた彼女に感謝をして電話を切り、ワイフに経緯を説明した。

ワイフ「要するに巻き込み事故ってわけ?」

「兄弟ってのは嫌なところばかり似るものさ」

ワイフ「それにしても不思議ね。我々のキノコは使えている訳だし……」

「ソン・ジャスティス氏が急にソン・ピカレスク氏と化してしまったのかもしれない」

ともかくも現状はどうしようもない、ということの太鼓判を捺してもらったのだからこれ以上は今エネルギーを使うのは得策ではない。ワイフもそのことは判っていてくれていて、また問い合わせをしたことに感謝もしてくれた。

そういえばまだ何も食っていなかったことを思い出し、乱暴に荒野の男よろしくステーキにかじりついた。

おれは今度このドアを開けるときにはWi-Fiが復活していることを願い、またそうなっていたらワイフとティー・リキュールで祝杯を挙げることを約束して道を戻った。

結局のところ、おれが戦場を這う這うの体で逃げ出すまで、やわらか銀行がその電波を回復させることはなく、電子の海には「上場前を狙ったサイバー攻撃」だの「関連業者の逮捕が原因」だの無責任なボトル・メールが流され続けていた。

そして電波障害による悲喜こもごもも。1年ほど前までは、おれと戦場をつなぐ鎖もやわらか銀行製だったわけで、タイミングが違えばなにかしら大変なことになっていた可能性がある。逆に言えば電波障害を盾にうやむやにするチャンスを失ったともいえるかもしれないし、ここでの某かがまた別の出来事に反転することもあるだろう。

結局のところ、サイオー・ホースなのである。

スタンリックのキィを取り出そうとしたときにスマホに通知があった。ワイフからのWi-Fi復旧通知であった。問題の発生は14時前で、結局のところ大体の復旧は20時前後だったというから1日の1/4が、通常の業務時間で考えれば半分以上が障害に見舞われたということになる。

今のところはサイバーテロではなく設備の問題ではないかという噂であるが、しかし陰謀論が今後も盛り上がるかもしれない。

もう少し障害が長引いていればあるいは来年の出生率統計に有意な差が見られたかもしれないが、しかしこの時間で何とか復旧させてくれたことに敬意を表したい。

世の中何が起こるかわからないものだ、とティー・リキュールの入ったグラスを傾けながら使い古されたことを考える。

そうであればこそ、明日起きたら枕元に3億円が置いてあるかもしれないという希望を抱いて眠りにつけるのである。

 

 

 

紅茶のお酒 夜のティー 500ml

紅茶のお酒 夜のティー 500ml

 

 

 

※この物語はフィクションであり、ヒッシャー・ウッドブックは架空の人物です。