ダウ90000という名前は知っていたのである。
嘘、ダウ9000だと思っていました。すみません。
先月末(寝かせているうちに先先月末になってしまった)、その「オモロの感覚」を信頼している友人から、「何も言わずに、ネタバレを観ずに、『旅館じゃないんだからさ』を観て欲しい」と連絡があった。
何も言わずに観た。嘘。おぉ……みたいな声が何度か漏れた。4000円かあ、と思って観た。奇しくもキングオブコント優勝を果たしたラブレターズの過去公演が格安で配信されたタイミングだったので、4000円かあ…と少し噛み締めながら、観た。
これも嘘で、買ってから色々あり、(どうせならテレビにキャストして妻と一緒に見たいのにうまくいかなかったり、PCで見ようと思ったらマウスの調子が悪くてブラウザを開くことが出来なかったり)結局1週間くらい経ってから観たのではないか。その間に妻が信頼する東京03の飯塚さん(妻は無類のお笑い好きだがとりわけ人力舎の人々が好きであり、我が家に唯一ある芸人さんのサインは東京03のものである)が激賞していたこともあり、我々の期待値は高まっていった。
ここから先はネタバレに一切の容赦がありませんので、未見の方はご注意ください。ダウ90000の蓮見さんのnoteで台本が破格の700円で販売されていますので、購入をお勧めします。(第6回公演の今回のものと細部が異なるところがあります)面白いです。
note.com
12/2 18:00追記 そんなこと言ってたら今回の第6回公演分の脚本も販売開始されました。めちゃくちゃ面白いので買いましょう。(こちらの台本に沿って感想を述べます)
耳馴染みのある音楽が流れ、舞台が映る。レンタルビデオ店だ。学生バイトというには風格のあるレンタルビデオ店の制服を着た男が、いかにもバイトの間の暇つぶしの雑談……というには面白い話を気心の知れた同じバイトの女性とカウンター内で話している。
そこに、制服を粉まみれにして新人バイトがやってくることから物語が始まる――。
新人バイトのできたての彼女。その元カレ。先輩バイトの元カノ。その今カレ。初来店の人。彼らのそれぞれの思惑が交錯し、物語は期待どおりの破綻と期待以上の構築を繰り返してやがて収斂していく――。
悔しいと思った。とても面白かったからである。そして同時にまた、この作品を薦めてくれた友人の意図もありありとわかった。
筆者は大学時代4年間、レンタルビデオ店でアルバイトをしていた。劇中に出てくる新規会員登録、貸出・返却処理、延滞者対応、お客様同士のトラブルの仲裁……。それらを幾度となく繰り返した4年間であった。
ていうかタウンワークでアルバイト募集情報を見て応募した。
まだ慣れぬ広島の路面電車に乗って3駅。面接時間ぴったりに店舗に着いたが、「○時から面接のお約束をしていた木本です」の一言を店員さんに掛けることができない。5分ほどモダモダしながら過ぎたときようやく、(今思えば○番対応と言われる不審者向けの声かけだったような気がするが)どうかされましたか、という声をかけてもらって、実は、と面接について切り出した。店員さんの後についていくと、スタッフルームに通され、そこにはどうみても堅気ではない男性が仁王像のごとき形相でどっかりと椅子に座っていた。筆者にその向かいの椅子に座るよう促すと、店員さんは退出した。
「木本くんね」
男性は筆者が差し出した履歴書を一瞥して言った。
「店長のYです。木本くん、面接というのは君と僕との約束です。この間、他の仕事を止めて、あなたのための時間を作っています。お金にはならないけどね。それを破るのは正直言ってあり得ない」
全くその通りだった。落ちた――。さよなら、バイトライフ。ていうか普通に、最寄りのレンタルビデオ店なので今後利用しようと思ったのにそれも心理的に辛いな……。
そんなことを考えながら、ふわふわした状態で受け答えをし、本当に申し訳ありませんでした、と頭を下げてスタッフルームを退出した。
METAL GEAR SOLIDポータブルオプスを購入し、忘れることにした。
PSPでの潜入任務も板についてきたその夜、電話が来た。副店長からだった。採用。さっそく明日から、とのことだった。
後から思えば当時その店舗は主婦層がメインの早番と地元の学生がメインの遅番があり、よそから来た(家の生活リズムに縛られない)学生は使い勝手のいい存在だったのだろう。実際、4年間で開店~閉店すべてのシフトに入っているのは社員さんの他は筆者くらいのものであった。
翌日、筆者はもうくぐることはないと思っていたスタッフルームのドアをくぐり、レンタルビデオ店の「あの制服」を身に纏った。
逆に言えば、初日どころか面接からやらかした人間を雇うくらい忙しいバイト先だった。開店シフトの時、返却ボックスから溢れんばかりの返却物を見たときの焦り、レンタルセールのときの折り返しが生まれるほどの人の列、人気アーティストの新譜が発表されたときの鳴り止まない電話、大作が入荷された時の深夜の棚レイアウトの大変更、連休明けにドッと増える延滞電話リスト……。
ただ、やることがたくさんあった分時間もあっという間に過ぎたし売場を動き回る(基本的に走ってはいけない、MAX早歩き)業務だったので運動をしない、マックと松屋を爆食する自堕落な大学生生活であっても標準体重を上回るということはなかった。バイトで一番つらかったのはたばこゴミの掃除(夏場などおそらく唾液が発酵してとってもくさい)、次いでカウンターでのチラシ作りであった。(単調なので恐ろしく時間が過ぎるのが遅く感じる)
そう、あの頃、レンタルビデオ店は忙しかった。活気に満ちていた。そこに行けば、トレンドがあった。高校までを鹿児島で過ごした筆者にとってそこは文化の発信地だった。中央と繋がる蜘蛛の糸だった。カルチャーがコンビニエンスに得られるクラブだった。だからこそ、大学へ進学したとき、そこでアルバイトがしたかったのだ。
とはいえ希望はBook部門だったのに入ってすぐのGWの改装でコミックレンタル部門になり、なし崩し的に担当もコミックレンタルになるのだったが……。
他方、ダウ90000「旅館じゃないんだからさ」に登場するレンタルビデオ店はスカスカである。油断をしていませんでしたか。この記事はダウ90000「旅館じゃないんだからさ」の感想記事です。
具体的な時期は出ていないけれど、初演は2021年なのでだいたいその辺りだと思っていいかもしれない。(あ、でも台本だと消費税がまだ8%っぽい(108円とか216円が出てくる)からその辺りの話なのかな? まあ第6回公演だと呪術廻戦の映画の話が出てくるけど)ちょうどこの年は筆者の高校時代の思い出の店舗が閉店した年でもある。
実際のところ、社会人になってからレンタルビデオ店に足を踏み入れたことというのは数えるほどである。レンタルビデオ店をこよなく愛した筆者ですらそうなのだから閉店ラッシュが相次ぐのも仕方がないことなのだろう。
新人バイトの及川(演:上原佑太)は就職が決まって「つなぎ」のバイトとしてレンタルビデオ店に勤務している。かつての筆者が聞いたら卒倒しそうな話である。覚えることが沢山あり、長期で働くことが前提の雰囲気があり、実際、長く勤務しているスタッフがほとんどだったからだ。しかし先輩バイトの2人もそれに特に疑問を持つことがなく、実際この閑散ぶりであれば即戦力を求めることもないから大丈夫なのだろう。
音の出ないDVDプレイヤー、普段はしまわれている視聴用ヘッドホン、使用時だけコンセントを差し込むUFOキャッチャー……小道具が的確に「場末」感を醸し出す。
初来店の亜子(演:忽那文香)のようなお客様がいたなあ、ということも懐かしく思い出す。今なら、レンタルビデオ店ではなくても探しているものを自分のスマホで表示して聞くことは一般的だろうが筆者がバイトをしていた頃はまだまだガラケー全盛期で、ガラケーに表示される荒い画像か、カウンター裏のめちゃくちゃ動作が重いPCの検索機能を駆使して探すことがほとんどだった。ただそれだけにお客様の話をよく聞いて、推測して求めていたものを探し当てられた時は喜びもひとしおであった。
まさか「アイアンマンじゃなくてそのパ…オマージュ作品のメタルマンをあえて見たい人」があんなにいるなんてレンタルビデオ店でバイトしなかったら永遠に知ることはなかっただろうなァ……。
あと、貸出カウンターまで来て身分証明書がない……というのもあるあるだ。凄まれても拝まれてもバイトに会員規約を飛び越える権限はない。散々粘った後じゃあ取ってくればいいんだろ! と悪態をついて、そのまま戻ってこなかったお客様も1人や2人ではない(レンタル予定のものを保持できる期限というのが決まっていて、売り場に戻して少ししたらやっと来てもうひともめしたり、取り置いているものが人気作品だったりして後ろに並んでいたお客様に「あの人どうせ帰ってこないからあれ貸してよ!」と言われることもあった)
先輩バイトの2人、片山(演:園田祥太)と塚田(演:道上珠妃)が話題にする「スタッフおすすめPOP)も思案のしどころだ。片山ほどの危険思想ではないがやはりレンタルビデオ店に勤めている以上、おススメ棚は「ほう……できる」とお客様に思ってもらいたいのである。実際、映像担当のスタッフがおススメした商品をレンタルし、シェフを呼ぶかのようにそのスタッフを呼んで「あなたは分かっている!」と固く握手をかわす、ということもあった。そしてもちろん、スタッフ同士でも静かな火花が散っている……高尚な年単位でしかレンタルされない文芸映画を勧めるスタッフ、みんなが楽しめる王道だけど稼働率が落ちている作品を勧めるスタッフ、ネットミームの元ネタをすすめるスタッフ……各人の個性が出て、休憩が被ったときの話題にもなったりと、なかなか好きな業務だった。
ちなみに筆者が自分で作ったPOPは映画は「フィッシュストーリー」と「AtoZ運命のガイアメモリ」、コミックは「それでも町は廻っている」、音楽は「フリクリのサントラ」などだったように記憶している。さすがに当時のPOPはもう現存してないだろうな……。
そこで片山がおススメしようとした映画「コーヒートラベル」が物語の縦横を駆け回るこのギミックがまさに映画の、そしてレンタルビデオ店の素晴らしさと滑稽さ、切なさを凝縮しているようでとてもいい。
無論「コーヒートラベル」は存在しない作品だけど絶妙に「ありそう」なところがたまらない。5枚で旧作1,000円の日に4枚までは選んで、ついでに観ても観なくてもいいけど借りとくかあ、なんかネットで話題になってたな、くらいの立ち位置の作品。
そこに至るまで色んな固有名詞がタンタカタンタカとリズムよく射出され、笑いに繋がっているので「あるのかな?」と一瞬思わせる辺りもうまい。
「それくらいつまらない作品」の補強として初め提示される「映画館で初め片山が観た時同伴者は寝た」という情報が後になってスルッと回収される鮮やかさ、忘れたと言いながら片山が要素をぽつりと言うと堰を切ったようにあふれる情報、1人で観ていたら隣に座って観に来たという2人でいる間は日常の、だからこそ離れてからは得難く忘れがたい思い出……。片山の人生には欠かせず、しかし藤川(演:中島百依子)の人生を要約した時は省略されそうなこの質感はかつてカウンターで見送ったお客様のその後としていくらでも類例があるのだろうな、と思いながら、そのファジィなリアリティの思い出の構築の仕方に感心させられた。
当然、今の藤川のパートナーである高橋(演:飯原僚也)が面白いはずもない。2人の間に割って入ろうとするが、そこでもう一つの話の軸が交差する、これが本当にうまい。
及川の恋人である栗原(演:吉原怜那)、そして彼女の元恋人である吉岡(演:蓮見翔)の間で争点となるのは延滞金である。筆者がアルバイトをしていたレンタルビデオ店では延滞者に電話をかけることを「8番対応」と言い、所定の研修を経た後ではないと従事することが出来なかった。延滞者リストは個人情報であるため厳重に扱われる。会員情報、延滞発生日、商品名などが記載されたそれはファイリングされているが、黄ばんで変色しているものもあり、「ヌシ」を感じさせ、負の相続財産となる気配を孕んでいる。
すっかり馴染んだスタッフルームに入り、社員さんの確認の元、キーストッカーから鍵を取り出し、ロッカーを開け、延滞者リストを取り出し、電話をかける。正直なところ、出ない方がホッとする。リストのTEL履歴に「TEL出ず」を記載するだけ。翌日の担当に引き継ぐ。筆者がもう少しリテラシーを揺らがせれば読者諸賢にお話したい延滞を巡る悲喜こもごもが無数にあるのだが、しかしそうもいかない。ただ、栗原・吉岡の争いは決して荒唐無稽なものではなかったくらいは書いておいていいだろう。
基本的にはレンタル商品の定価を限度として延滞金を頂くが、レンタル商品はその許諾料というのがえげつないらしく、例えばセルで3,000円のものはレンタルだと数万円するのが普通であり、逆切れして「弁償すればいいんだろ!」と言ってくる人の威勢をしばしば挫いていた。当時は「レンタル出来ない」というペナルティは筆者によって非常に恐ろしいものだったが、今となっては……である。
「コーヒートラベル」という一枚のDVDによって引き起こされた悲喜劇をピシャリと断ち切るのは二つのサブスクという、この構成が凄すぎる。筆者がバイトをしていた時分に伝え聞いた話には同棲カップル解消の折り、「共同購入をしていたマンガがどちらに帰するか」ということがしばしば争いの種となっていたが、今はこういう感じなんだろうな。ここにおいて片山のフリーターが悲しすぎる回収をされるのが追い打ちとなり、沁みる。(映画ではなくアマプラオリジナルコンテンツなのが偉い、と思う)
一般的には「なにいってんだこいつ」なのだろうけれど、片山の言うことはなんだか筆者はわかってしまうのである。Amazonの配送先に広島の住所は登録したままだし、ブラックフライデーで買い物をした時にふと目に入るとやはりかつての思い出がよみがえる。就活全然通らなくてアホほどこの住所を履歴書に書きまくった小さな筆者が電脳世界の中に住んでいる。やっと就職が決まって日本未発売の「Deadspace」をAmazonで買った筆者が。
手元のスマホを見る。学生時代に(赤外線で!)交換した妻の連絡先は旧姓のままで、スマホがそれから6台代替わりしてもアドレス帳の中にあり続けている。今は同居しているし、出先での連絡はLINEなのでほぼ使うことはない。たとえば娘の書類を書いていて両親の連絡先を記載するときにスマホを開き、アドレス帳を呼び出して、「まだ旧姓だなあ」と思いながら電話番号を書き写す。
たぶん、2.3タップで現姓に修正できるのだろう。というか、入籍してからの方がもはや付き合いが長いわけであるが、とはいえこの名前からあった着信に胸を躍らせていた時のことを思うと変更しきらないのである。きっと妻に言ったら「ちゃっちゃと変えなよ」というだろうけれど、思い出も上書きしてしまうようで忍びないのだ。
一つの物語にけりがついた後、それではこっちはどうなるんだと思っていた問題は実にあっさり解決する。筆者がアルバイトをしていたレンタルビデオ店において「再生でききなかった」という声は残念ながら珍しくなかった。本来であれば返却を受けた時に盤面も確認し、汚れ・キズがあったときはクリーニングをする→できなくても商品にロックをかけるときにする→それができなくても貸し出し時にする、というフローで盤面の汚れ・破損により再生できないことはないようにしているのであるが、これは特に地獄のレンタルキャンペーン中などは「まあ自分がやらなくても前工程/次工程の人がやってくれるだろう」という悲劇を生みやすく、また朝の返却BOXの膨大な量を処理しているときは何枚か漏れてしまうことなどもあったのである。
汚れはともかく、傷があると厄介だ。実際のところ多少の傷では問題なく再生できることが多い。より安全を求めれば盤面を研磨することにより傷を修復するべきであるが、これには15分程度時間がかかる。お客様に全く包み隠さずお話をすると、「ちょっと傷がありまして、まあ多分観られるんですけど、もしかしたらダメな可能性もあって、出来れば15分くらい待って欲しいんですけど……」ということになり、ほとんどのお客様は「えっまだ待つの?」というリアクションを取られる。新人時代GWのセールで忘れられないのは、ただでさえ長蛇の列でやっと自分の番が来たお客様が明らかにイライラしており、これ以上お客様を怒らせたくなくてビミョーな傷をスルーしたら見事に見られないという電話がかかってきたことだ。以来、確認と提案は徹底するようにしてきた。
基本的に「再生不可」は性善説でやっていた。お客様の見られませんでしたという申告に対し、わかる範囲で聞き取りをして(全くダメ、開始から○分くらいなど)お詫びの無料チケットをお渡しする。状況によってはプラス1枚。基本的には返金はしない。ただし、こうなると悲しいことに「全部見れなかったから全部無料チケットにして」ということもある。この場合は劇中にもあったように検証用DVDプレイヤーで一緒に確認をしてもらうこともあった。さりとて、どうしてもプレイヤーとソフトの相性もあるので検証用DVDプレイヤーでは視聴出来てもご家庭では本当に再生できない……ということもままあったようである。そういう場合レンズクリーニングセットを勧めたりもした。
そういうことが出来たのも薄利多売の精神があったからで、来客数が減るとそこをしっかりやっていかないといけないのだろうな……。とも感じた。
ちなみに「再生不可」で戻ってきたものはクリーニング、ものによっては研磨の上、スタッフがスタッフルームや自宅などで確認の上、再びレンタルに戻すことになっていた。スタッフは福利厚生で在庫のある商品は一定数無料でレンタルできるのだが、「再生不可」のチェック作業の商品はその数に含まれないため、合わせて見るスタッフが結構いた。また、スタッフルームで休憩が被ったとき他のスタッフと実況しながらガキ使を見る時間が筆者は結構好きであった。自分から積極的に借りないけれど見てみたら面白かった、という視野が広がった意味でこのシステムは現在の筆者を構成している一要素と言える。
ただ、バイト後半に巻き起こった「韓流ブーム」はこれらのシステムに対する特効のように機能し、現場を大いに苦しめた。韓流の中でも歴史ものは巻数が長い(30巻とか平気である)・レーベル面が似通っていてお客様が正しいケースにDVDを入れて返却してくださらないことが多い・主要利用者のお姉さま方がバイタリティーに満ち溢れているなどの要素はすべてのフローで今まで以上の神経を使ったし、大人気であるので入荷数も多く、棚を開けるのも大変であったし「再生不可」商品もどんどんと増えた。
馴染みのない歴史の全30巻中14巻だけ見ても内容を楽しむことは難しい。かの国の様々な年代の歴史をちょっとずつかいつまんでいくとこんがらがって余計にである。それでもレンタル利用数は圧倒的で、入口からの目抜き通りが洋画新作から韓流ドラマコーナーになったとき、大げさながら筆者は歴史の転換点に立ち会ったような気持ちになった。
しかし「再生不可」を言ってもらえるというのは凄くありがたいことなのである。「見れなかったけどクレーマーみたいに思われるのもな……」というお客様も一定数いらっしゃると見えて、返却ほやほやだけど明らかに盤面がおかしいものを見つけては「先ほどのお客様は淡々とご返却されたけれども実は見られなくて心を痛めておられたのでは…」と戦々恐々したものであった。
また、1バイトとしては「この場面で止まったんですけど確認してもらっていいですか?」まであると大変助かった。もちろん、無料チケットを出せば利益が減るのでお店としてはよくないが、バイトとしては平身低頭、無料チケットを渡してその場をさっさとやり過ごしたい。しかし乱発すれば社員さんからチクリと言われてしまうので、「間違いなく見られない」ことをすぐに確認できると大義名分が立ち非常に後の流れがスムーズだったのである。
カップルで来たお客様の片方が「見られなかったんですけど……」と切り出そうとするともう片方がその行為が「ダサい」であるかのように、そういうのやめなよ、というリアクションをすることも幾度となくあったが、これはよく忌避される「店員に対して態度デカいパートナー」ではなくて正当な権利の主張であるので言葉を飲み込まないでくれ……そこから喧嘩に発展しないでくれ……とハラハラしていたことも懐かしい。
栗原は最初登場人物の中で一番軽薄に映るが、その言葉は的確で、川端康成を踏まえた行動をしてくるなどいい意味で裏切ってくれた。栗原と片山が特に顕著だが、登場人物の誰もが自分のことはよくわかっておらず、他人のことには極めて鋭く的確な批評をすることが面白い。
劇中人物たちはそれぞれの愛が揺らぐとき、狂気に振り切れるように見えるが、しかしこの公演が「ラブコメ」かというとそうではない。ノスタルジーに酔う作品かといえばそうでもない。
この作品で「過去」は「今」に勝てない。かといって「今」も絶対ではなく、傷つきやすいものでもある。むき出しのDVDみたいに。
複雑かつ目まぐるしい愛の関係性から一人放り出されていたかに見えた亜子は序盤でタイトルを回収し、終盤でレンタルビデオ店そのものを愛して、無くならないでほしいな、と去っていく。彼女こそがエニタイムフィットネス通いのデウスエクスマキナなのだろう。
神は去り、二人の男女が消灯された舞台に残り、その姿をモニターの光が照らす。このシーンはまさに白眉であり、どうにか再配信、ソフト化してほしいところだ。
そして曲が流れる。
開始時に流れた曲は Base Ball Bear(ベースボールベアー、以下ベボベ)の1st「ELECTRIC SUMMER」だった。最初に耳馴染みのある、と記したとおり、ゼロ年代田舎サブカル男子としてしっかりロキノンも通った筆者としてはベボベは「我が軍」のような感覚で、バイト先でも多大なる人気を誇っていた。バイトを始めた頃はちょうど鹿児島では放送されていない「銀魂」のタイアップにもなり、知名度もガンガン上昇していた頃だ。
その後発売された(WHAT IS THE) LOVE & POP?など果たして何度貸し出したかわからない。このジャケットを見るだけで店内放送の幻聴が聴こえるような気配すらある。
流れてきたのは、そんなノスタルジーの薄皮を丁寧に剥いでいくようなベボベの新曲、「夏の細部」だ。過去も今も超えて未来への道筋を予感させて終わる、美しいエンディングだった。
配信のカメラワークも素晴らしく、実際に観劇していたら筆者では気づけなかっただろうそこここを楽しめてよかったし、演者諸賢の微細な表情も堪能することが出来た。
また、予備知識がまるでなかったのでダウ90000諸賢が何人組かも知らず、「もしかしたら最終的に90000人くらい入ってきたらどうしよう」と思っていたのだが、8人組だった。これは「あと何人出てくるか」で話の展開の予想をする、ということがなかったので大変いい方に作用したと思う。
4000円は安い。しばらくは「佐藤勝利のすべて」を見逃してしまったことに筆者はもんもんとし続けることであろう。

