余談
いつか思い出してきっと泣いてしまう恋のDVD化に気が取られてしまい、次は9月か...と漠然と考えていたら先週、その前に今月新刊が出るという嬉しいサプライズに見舞われた。
ということでここからはゴールデンカムイ18巻までのネタバレがあります。
本題
アラウンド・タトゥー
再びの監獄突入...と思いきや本格的には次巻までお預け、という展開を二巻続けて味わってしまったものの、思わぬところの事情が明らかになったりとやはり目が離せぬ巻であった。
始まりは第七師団。そこから各視点へ暗号を軸に視点が展開していく。気がつけば刺青人皮も大分集まってきた。もしかしたら読者諸賢の中には解き明かした人々もいるのかもしれない。筆者は全く分からないが、アシリパがウイルクに学校に行くことを奨められていたということを踏まえると鶴見中尉の推測は少しずれていて、「アシリパが少し日本語を理解した」ということが暗号を解く鍵になるのではないかと考えている。例えば今回取り上げられた「迂」のように彼女の和名である「コチョウベアスコ」に対応する漢字がキーになっているとか。または、アシリパの言う通りアイヌが漢字そのものを重視しないのであれば、その形(例えば「迂」であれば左向きの矢印ととらえるような)仕掛けがなされているのかもしれない。解いたあとに出てくる言葉がアイヌ語、それがわからなければたどり着けないということもありそうだ。
さらってきましょうかと表情を変えず言い放つ宇佐見、呉越同舟ながら有用情報を引き出そうとする月島と茶化して台無しにする鯉登、カネモチをつくる谷垣など各人淡々とした描写ながら個性が「らしく」出ていて良い。
エノノカを救う杉元がしかし脳裏によぎるのはアシリパであり、それがとっさに出た言葉なのか、頭部の銃弾の影響がやはり現れ始めているのか一見して分からないのが恐ろしい。「俺がやったのに…」という杉元の目は暗い。それにしても、ゴールデンカムイで「へえ…どんな?」と促されたあとの展開ってろくなものがない。棺桶生き埋め刑、執行するのはものの本によると加害者の近親者であるというからなるほど杉元にやらせるわけにはいかないのだろう。
天は自ら助くるものを助く
場面変わって土方組、永倉さんのかわいい小首傾げで門倉元看守部長と出稼ぎ途中で連れ回されているキラウシが動く!っていうか現状二人ともただの無職じゃないか、と思ったがふと考えるとゴールデンカムイ主要メンバーの住所不定無職率やばいな…。土方その人は先程の生き埋め刑を彷彿とさせる状態で狭い空間に横たわっている。
下手人は刺青死刑囚の一人、関谷輪一郎。動物関係者、ストリキニーネ、そして名前の相似性を考えるにモチーフのひとつとしては関根元ではないかと考える。毎度お馴染みなつかしキャラ登場コーナーの過去の網走監獄では味噌汁ロシアンルーレットを開催。トリカブトが事態打開のキーとなったエピソードが印象深いおやびんを出してくるのがまた心憎い演出である。
運命ー例えば今まさにクライマックスにあるアニメ「ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風」においても極めて重要なテーマである。それこそが、関谷を突き動かしている。彼はクリスチャンであり、教会に行く敬虔な信者でありながら、しかしまさしく青天の霹靂によって愛娘を失う。その瞬間の瞳のハイライトの落差は文字通りの堕天である。
聖書においてキリストにもっとも愛された弟子とも言われるヨハネは毒杯を受けても命を落とすことがなかったという。果たしてそれが影響しているのかは分からないが、関谷は「毒」を用いて他人の運命を、運を試すことに取りつかれていく。試練を与えようとする。
神ならぬ人が人を理不尽なやり方で裁く。それは神を冒涜する傲慢である。それを恐らく、関谷自身も気づいている。本来は悲しいほどに義理堅く律儀な男なのであろう。彼は神をそれでも信じている。疑いながらも信じている。そして娘を間違いなく愛していた。
だからこそ彼は「かくあろう」とした。逆説的に。「愛娘を理不尽に神が奪うほどの凶悪犯に自らがならねばならない」というロジック。神の正しさを、自らの運命を肯定したいからこそ神を冒涜し、運命を弄ぶ。それは悲しすぎる自傷行為であり、自慰行為である。
その関谷を止めるのは神ではなく人間だった。「迷宮入りだ!」「謎は深まった!」など名探偵ぶりを発揮する門倉現無職はしかし、食らいつく。だてに無駄に尻の穴を見ていないのである。全裸で人の大事な刀を尻に挟んだりもするのである。凶運の持ち主は翻弄されながらもその凶運ゆえに楽になろうとして飲んだ毒薬で中和されて生き延びる。果たしてこのキングボンビーが一味にいることで土方組は今後どうなるのだろうか。正直ここまで忠誠心があるとは思っていなかったので過去エピソードが見たいと思う。
引導を渡す列の先頭にいたのは土方無戸籍である。始めに冷たく撥ね付けていた牛山について「土方を救うために牛山は飲んだ」と言われて表情を変え、自分の道の正しさを問われたときついに勝負の舞台に乗る。かつて土方が信じた道、新撰組、士道というものは否定され、破れ去った。しかしその体現者である土方は生きていた。それこそ生き埋めのように半死半生であったとしても。その土方の運命、命を運んだのはかつての石田散薬時代の知識、そして士道で身に付けた度胸であった。運に甘んじず自ら過去を原資に運命を引き寄せた土方。その土方により神を肯定され満足して死んでいく関谷。けれど土方自身は過去ではなく今を、現世を見ているという対比が感慨深い。
平行して牛山と少年の心暖まる(?)交流が語られる。別れを通して、少年はひとつ大人になっていく...。関谷との対決が息詰まるものであったが心理的な動きが主だったのを補うかのようにガンガンにアクションしてくれる。毒については関谷の方便で実際は女郎にまた騙されていたのは残念だったが......。
そいつの名はハセガワ
いよいよプリズン・イン……の前に回想。ワンピースであれば二巻くらい使うところだがテンポよく話が進んでいく。束の間の穏やかな時間、それはしかし予想外の形で破られる。
長谷川幸一…一つの幸せさえも掴むことを許されなかった男の本名は、鶴見篤四郎。勘の良い人はガトリングガンとの親和性で気付いたかもしれないが、筆者は彼の「名乗り」シーンで戦慄させられた。ウイルクたちの手配書を見るシーンで追っ手サイドだとミスリードさせられたあとであったので驚きは大きかった。
ゴールデンカムイは大切なものを奪われた人々の物語であるが、鶴見中尉もまたそうであった。スパイではあっても妻と子に対しての愛情は本物であったのだろう。そう言えば今まで彼の家族の情報が全く出てこなかったのも伏線の一端であったのかもしれない。キロランケが妻子の間接的な敵と知ったとき鶴見中尉は長谷川幸一に戻るのだろうか? ソフィアが外見のイメージが随分と変わってしまったのさえ、鶴見中尉が敵とすぐに気づかないための伏線でないかとすら思えてきてしまう。
鶴見中尉のモデルは須見新一郎であると言われ続け、事実その要素はあると思われるが、今回のエピソードを踏まえると明石元二郎もそこにミックスされているのかなと感じた。ロシアという国への一つの復讐という形で鶴見中尉は革命を起こそうと考えているのかもしれない。
虎トラップの発動
現代に時間軸が戻り、どうにも出だしがよくないプリズン・インのさわりで次巻。今度は虎である。(シベリアトラ?)ロシアもヤバイッ。彫刻はワニかと思ったのだが。
9月までお預けとなると気が遠くなるが、監獄活劇を楽しみに待ちたい。