カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

日曜劇場「怪獣保険」第4話

f:id:kimotokanata:20220102100603j:image

前回までのあらすじ

東都海上保険営業本部調査室課長代理・勇樹サトルのもとに届いた怪獣保険申請の精査指令。「焼け太り」の可能性を指摘された工場に赴いた勇樹は、工場長の言動のちぐはぐさから何らかの意図をもって工場の全損および保険申請が「仕組まれた」ものであると確信する。

ところが核心に迫ろうとした矢先、調査を外される勇樹。納得がいかないところに大学時代の同期・歩留(ぶどまり)から飲みに誘われ……。

CM(ネタ元)

本編

少しずつ賑わいを取り戻している飲み屋街のちょうど真ん中あたり、小料理屋「ひきがね」が歩留とのいつもの落合い場所だ。学生時代から通っている。当時は背伸びしていたつもりだったが、いつの間にか「適齢期」になってしまった自分たちに苦笑する。

「サトルちゃん、ポテサラもうできてるわよ」

とはいえ、女将にとってはいつまでもこういった扱いなのだろう。目で会釈しながら視線を移すと、いつもの定位置で歩留がこれまたお決まりの手羽唐揚げをかじっていた。

席に着くと温かいおしぼりと少し薄めのハイボールがさっと出される。顔をぬぐいながらそれでどうした、と尋ねると歩留は名残を惜しむかのように手羽唐揚げを飲み込んで口を開いた。

「オマエんとこ、こないだのロボで怪しい請求いくらきた?」

学生時代から歩留はいつも直球だ。現在は相乗総合保険の保険企画部のエースとして辣腕をふるっている、ということを共通の知人から聞いていた。

「おいおい、守秘義務を知らないわけでもないだろ」

ハイボールを軽く流して「社会人の微笑」で牽制しながら言う勇樹に対する歩留はあくまでもまっすぐなままだ。

「うちは少なくとも750億だ。もっと増えるかもわからん。このままだと、怪獣保険の設計を根本から見直さないといけなくなる」

そのまま、ジンジャーエールを一気に飲み干した。歩留は下戸だ。

「勝手なもんだよ。そもそも資産評価がいい加減すぎる。怪獣なんてめったに来やしないと高をくくって、手数料をふんだくるために分不相応な査定をしているからいざというときにこんなことになっちまうんだ」

750億――その額に驚きながらも、歩留の言葉が勇樹にとっては耳が痛かった。怪獣保険成立時、いわば突如降ってわいた「ボーナス」のように売りさばいていた連中を知っているからだ。もちろん、相乗にもいるのだろうが。そうして営業成績を上げ、「上」に行った連中がそのことを棚に上げ、今最前線で調査や保険設計をやっている人間が突き上げを食らう。そしてこのままでは、法外に値上がりした保険料で更改を打診しに来る営業や、なにより顧客にまでしわ寄せがくることだろう。

「少なくとも俺は一件、今担当している」

そこで一度言葉を飲み込んだが、歩留の憤りにシンパシーを感じ、その職業倫理を信じて言葉を継いだ。

「26億だ」

「絵に描いたような『全損』だったか?」

間髪入れずそういうということは、歩留が把握している750億分もそうなのだろう。無言でうなずく。

「不自然だろ? 絵図を書いている奴がいる。きっとな」

「歩留、俺もそういうことなら協力したい。……だが、ちょうど今日、担当を外されてしまったんだ」

言いながら、また怒りがふつふつと湧いてきた。不正請求の真相を突き止められるかと思った矢先の交代。後任の扇相(おうぎそ)は事なかれ主義者で、この難しい事態に対処できるとは思えなかった。事実、直属の上司の斎藤は苦み走った顔で、

「すまん、俺も納得はできないが……東和田取締役直々の人事で……何とか撤回できないか動いてみるつもりだ」

と言う始末だった。サラリーマンは人事がすべて。とはいえ、納得がいかないことに変わりはなかった。そんな中の歩留の誘いに愚痴でもこぼせたらと思ったが、かえって発奮させてもらった形だ。

おそらく、社内では手詰まりだったのだろう歩留の目に落胆が浮かんだが、彼もまた「社会人の微笑」を浮かべ、塩梅よく出てきたお代わりのジンジャーエールを口元に運んだ。

「いや、こちらこそだまし討ちみたいになってしまってすまなかった。何か協力できることがあったら言ってくれ。業界全体の問題だからな」

すまない、と再度言いながら、勇樹の脳裏に引っかかるものがあった。東和田。もしかしたら。

会社の業務用端末を開く。支給時から勝手にDLされ続けて容量も軽いから気にも留めていなかったPDF、「東都だより」。

バックナンバーを探る。

あった。

巻頭特集「怪獣保険、始動!新しい時代のリスク管理」。そこに写る銀縁眼鏡の眼光鋭い男。下にキャプションがある。

――怪獣保険の優位性を熱弁する東和田損害保険部怪獣保険推進特任部長。

ビンゴだ。そうと決まれば、善は急げ。

「ありがとう、歩留。おかげで光明が見えたよ。お前の方の疑い申請にも、現場で力になれそうなことがあったら情報を知らせる」

「ほんとに、いつもはスンとしてんのにスイッチが入るとすごい勢いだな……」

苦笑しながら、歩留はどこか眩しそうに目を細めた。かつてここで激論を重ねた若き日の自分たちを見たかのように。

※ ※ ※ ※

工場跡。まるでずっと前から廃墟であったかのようなその姿に、往時の面影はない。

その敷地内のガラクタを、朝からあさり続けている老人がいる。

男は、思わず声をかける。

「こんなところで、何をしているんですか?」

その声に、老人は一瞬顔を上げるが、

「ま、色々な」

とだけいうと、再び視線を下に向ける。時々、横にある大きなバケツに何かを投げ入れている。

「いろいろなかけらが散らばってますから、危ないですよ」

「ああ、ほんとに色々だよ」

老人はそういうと顔を上げ、今度は少し笑った。

「あそこに入っているやつはな、うちの工場をぶっ潰した、機械人形のジャンクだ。地球にゃあねえモノを作ってるから、すぐわかる」

そういうと男は少し、背筋を伸ばしたような形になる。心なしか、目に警戒心が浮かんだようにも見える。

「そういうものですか」

「ああ、しかもな、こりゃあいい仕事をしてやがる。デッカい部品は検証だなんだで防衛省や保険会社が持って行ったが、こんな細かい部分までしっかり磨きこんでやがる。そりゃああんだけ生き物みてえに滑らかに動くわけだ」

「はあ……」

「俺の働いているところをぶち壊した野郎だけどよ、これを作ったやつは、きっとクソ真面目に仕事をしやがったんだろうなあ。だからあんなふうな倒れ方をするなんて、俺にはちょっと不思議なんだよ」

「……!」

と、男の胸元から振動と電子音がする。会釈をして、

「お怪我に、気を付けて」

というと、男は足早に人気の少ない裏路地まで走り去る。端末のスイッチを押す

「はい」

「人間そのものの声だな。そちらの技術力というのは恐ろしいものだね」

「……光栄です、東和田様」

(第5話に続く)