カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

野生の息吹、理性の蠢き。あるいは「ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド(BOTW)」が筆者に与えた役割(ロール)について。

本題

自分へのクリスマスプレゼントとしてゼルダの伝説ブレスオブザワイルドを本体と同時に購入したのは一昨年のことだった。発売当時から絶賛されていたし、スイッチの購入理由の一つでもあったそのソフトを筆者が一応の終わりを迎えるまでには約半年の月日を要した。

初めて起動したことを思い出す。冬の底冷えのする朝、まだ眠る妻を起こさないように気を付けながら、筆者はスイッチの本体にブレスオブザワイルドのカートリッジを差し入れた。昨日は遅くまでスマブラで激闘を繰り広げていたので熟睡しているとは思うが。

スイッチをドックに入れ、いつもは妻が使っているプロコントローラーを掴む。ファミリンク機能で自動的にテレビが立ち上がる。昨日までスマブラしかなかったメニュー画面に新しい選択肢が生まれている。ブレスオブザワイルド。迷わず決定ボタンを押す。

そうして、筆者は目覚めた。彼は目覚めた。百年の時から。それは寒々とした風景で、コントローラーのボタンを押す度に、皮膚が張り付いて剥がれるような気持ちがした。
息詰まる祠から這い出すと、緑が広がっている。英雄が敗北したとはいえ、fallout世界のように荒廃したりはしていないようだ。リンゴを取れる。木の枝を拾える。崖も...登れる。オープンワールドでどこまで出来るのか、その自由度の一つは壁をどう突破できるかが一つの尺度だと思うのだが、そういった意味ではなかなか期待できそうだぞ、と少しにんまりする。

情報はなるべく入れないようにしていた。思えば筆者の人生は、「面白そうだけどどうせ今後接することもないだろうからネタバレをガッツリ踏んで時間を節約しよう」という愚かな思想に支配され、未来の筆者に殺意を抱かれ続ける繰り返しであったわけだが、ブレスオブザワイルドの情報にTwitterでちらりと触れたとき、「あ、これはまっさらな状態で接したいやつだ」という直感が働いた。発売当時はswitchを買うかどうかなど全く考えていなかったというのに。
そういうわけだから、筆者の頼りは画面上に出る説明のみである。事実、ちらっと出たけど読みのがした弓が壊れたときの再装備の方法はいまだに分からないのでいちいちポーチを開いて装備している。
見るからに怪しげな老人に出会う。筆者の考察脳はフル回転である。
「これは切り離された善のガノンドロフではないか?」
「いや、ガノンドロフ第一の手先であって最後の最後で正体を現す最初のボスかもしれない」
ともあれ先を進むにはこの老人に従う他無いらしい。何度もさらに広がる世界に足を踏み出そうとするが、ままならない。さすがにそこまでの自由度は難しかったか...と完璧な優等生の弱点を見つけたようで少し邪悪な気持ちになりながらも、祠を攻略していく。てっきり冒険の節目節目で手にはいると思っていたアイテムがどんどん埋まっていき景気がいいな、と思う。

物語が進むたび、筆者が動かす「彼」は「リンク」になっていく。それは今までのプレイ体験にはない、不思議な感覚だった。

例えばドラゴンクエストシリーズでは一般的に主人公は「あなた」として(選択肢は基本的に二択であるものの)自分の分身としての側面が強いし、ファイナルファンタジーシリーズでは逆に、主人公は物言うキャラクターであり、もちろんこちらもプレイヤーが干渉する部分はあるけれど基本的には主人公という確立した存在の追体験をする、というデザインを押し出しているように思う。

本作はそのどちらとも違う、そして過去のゼルダシリーズとも違う体験をプレイヤーに与える。

はじめ、筆者と、プレイヤーと「彼」は平等である。筆者は文字通りその世界にやってきたばかりであるし、逆に「彼」は様々なことを長い年月で忘れ去ってしまっている。

初めに出会った老人を皮切りに、多くの人が「彼」に言う。

「彼女」は「彼」をずっと待っているのだと。

なるほど、と老人の話を聞いたときに筆者は思った。王道も王道、大王道だ。囚われの姫を騎士が救い出す、その役割(ロール)を筆者に背負わせてくれるというのだな、と。

しかし女装したり、雷に打たれたり、鶏肉をちまちま集めたり、がんばりゲージをドーピングして高いところに昇ったりしているうちに筆者は、「彼」と少しずつ乖離していく。

同じまっさらな状態であっても筆者は知らず、「彼」は忘れている、という決定的な違いがある。即ち「彼」の自己の獲得によって筆者の主人公としての役割(ロール)は喪失していくのである。

道中、ふとしたところで「彼」はハッとする。そして思い出す。過去の記憶を。そうして「彼」は少しずつ「リンク」となっていき、筆者は己の真の役割(ロール)を知るに至るのである。

「彼」を「彼女」に会わせにいくこと。あのゼルダの伝説の象徴にして今や災厄の中心である場所まで連れていくこと。それこそが自らの役割(ロール)なのだと。

しかし一方で、世界はあまりにも魅力的であった。目指すべきところは文字通りの中心にあるのに、冒険を始めると、なんか変なところを追いかけて行ってコログのミを見つけ、クエストに出会い、ほこらに挑戦し、気が付くと目指すところの真反対に突き進んでその日はこの辺にしておくか……ということを幾日も繰り返した。人々にはすべて固有の名前がついていて、血が通った言葉をかけてくれた。

そうして出会う人々の中にはかつての「彼」を知るもの、伝え聞いている者もおり、ますます筆者と「彼」は乖離していく。その中で、同じ英傑たちとの邂逅は特にいずれも味わい深いものになった。ライバル、相棒、姉御、大切な存在……それぞれの立場で掘り下げられる「リンク」の姿はその目線を注ぐ彼ら自身も魅力的な存在であることもまた証明してくれた。

特にライバルである「彼」の下に辿り着いた時の、既に肉体は滅んでいる彼の憎まれ口には思わず目が潤んでしまった。軽口をたたきながら、しかし「リンク」が自らのところまでたどり着くことを全く疑っていないその口ぶりはなんと取り繕おうと親友のそれではないか……。

筆者はそれでも物語を先に進めることに抵抗があり、彼らそれぞれのもとをぐるぐる回りつつ、なかなか踏ん切りがつかないでいた。先に進めることを決意したのはちょうど半年が経ったことに気付いたからだ。

そうだ、「彼女」は待っているのだ。いや、そればかりではなく、「彼ら」も待っているのだ。ぐるぐる回っていた甲斐があって、装備を贅沢に使って禍々しい「奴ら」を倒すのはそこまで苦労しなかった。「彼」の十八番の超ジャンプを活用して、裏口から本丸へ突入する。オープンワールドの真骨頂である。緊迫したムービーからのごっつあんモードがはじまり、もはやスタッフロールの一部と言っても過言ではない戦いが始まり――負けた。据え膳をかっこもうとして盛大にむせた格好である。

筆者はとぼとぼと滑空し、それからリアル時間で3日ほど彷徨い、英傑たる証の剣をこちらも一度無事倒れながらも手にした。

今度は正面から突入した。気負いのなさが勝利を呼び込むというジンクスめいたものが筆者をそうさせ、それが功を奏したのか戦いはいよいよ最終局面へと至った。「彼女」の声がする。二人の再会はすぐそこまで来ていた。コントローラーが汗で滑る。目の前でもがく野生の息吹。一方でどこかで筆者の理性は冷めて蠢いていた。己の役割(ロール)を悟っていた。

エンディングが始まり、筆者は微笑んでいる自分に気付いた。

ああそうだ――こういう時かける言葉を筆者は知っている。

「幸せにおなり」だ。

あるいは機知を利かせてBon Voyage(良い旅を)であったかもしれないが。

すっかり満足した筆者が再び起動すると、画面左下には控えめに達成率13.5%が表示されるのだった。恐るべし、ブレスオブザワイルド。

 

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド - Switch