カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

本日21時からAbemaTVで無料で見られるPRODUCE48第4話はここから見ても全く問題無い神回なので見ましょう。

何度か記事にした「PRODUCE48」がAbemaTVで無料放送されている。もう何度見たかもわからないが、コメント付きで見るとまた新鮮である。

本日は21時より4話目が放送される。

abema.tv

「えっもうそんなになの…じゃあもういいかな……」と思ったあなた、それは早計である。むしろこの第4話目からの視聴開始こそが一番おいしいとさえ言えるのである。

1話目、2話目を見て期待よりフラストレーションが大きくなり視聴をやめてしまったあなた、ここにはカタルシスがある。是非見ていただきたい。突然秋元康プロデューサーグルメ旅に変わることもないのでご安心だ。

なぜ4話目からでも安心なのか。第4回はグループバトル。即ちパフォーマンスが主軸としてある。よくわからなくても、そのパフォーマンスを見るだけで楽しめるのである。

それだけでなく、そのパフォーマンス本番に至るまでの過程もがっつり見ることが出来る。グループバトルは同じ曲を1班・2班の2チームでパフォーマンスし、観客(現場の国民プロデューサー)がそれぞれのチームの誰か1人に投票する。そしてチームの得点合計が多い(人数が違う場合は平均点が高い)方のチームが勝利し、特典をもらえる、という仕組みだ。

なので例えば1人が多く票を取りすぎて他がとれないとチーム全体としては負けることもあるし、逆に他がボロボロでも1人で相手チーム全員分の票を獲得して勝つこともありうる、全員の票数が明かされるまで安心できないシステムとなっている。

そしてチームの勝敗のほかに、それぞれ個人で獲得した票数が今後のサバイバルに反映される。

グループバトルからの視聴を勧める理由はパフォーマンスの素晴らしさだけではない。「PRODUCE48」は「アイドルグループ」を生み出すためのサバイバル番組である。「アイドル」を生み出す番組ではない。というこの番組のコンセプトの真骨頂が味わえるからである。

単体のアイドルではなくアイドルグループの面白さは相乗効果であり、群像劇である。それまで日本であったり韓国であったり、所属チームであったり所属事務所であったりはありつつもあくまで個として、せいぜいユニットとしてパフォーマンス、クラス分けを行ってきた彼女らはここではじめて即席の「アイドルグループ」としてサバイバルに挑むことになる。参加者たちの間には通訳もいない中、コミュニケーションに苦労しつつ、ポジション決めがあり、センター争いがあり、トレーナーによる指導がある。

1人言語が違うチームへ入ったことの戸惑い。チームメンバー選択から曲選択、対戦相手選択に至るまで全てが術中にはまったことへの驕り。日本では踏み出せなかったセンターへの挑戦。過剰なまでの勝負事への嫌悪。誰からも選ばれなかった者たちの諦念。常勝を宿命づけられた者たちのプレッシャー。リーダーであるがゆえに狭まった視野。幼く才気あふれるゆえに悪気なく放たれるダメ出し。

これら全てが絡み合い、増幅され、そしてパフォーマンスへ昇華していく過程こそは正しくアイドル錬金術であり、アイドルグループであるからこそのエンターテインメントである。

番組構成としては次はこのチーム→その練習風景はこんな感じ→では本番のパフォーマンスをご覧ください

という流れが1組ごとに繰り返されるので、この回から見てもある程度把握できる親切な造りになっているのも視聴をお勧め出来る理由の一つだ。

そして太っ腹なことに今なら過去話もAbemaTVで無料配信中なので、興味を持たれたら遡ってみるのもよい。実はグループバトルは1曲は3話で既に対決が終了しており、この対決もまた確実にこの番組とターニングポイントであるからである。

百聞は一見に如かず。是非PRODUCE48を鑑賞いただきたい。

そして語り合いたい。矢吹奈子さんの高音の伸び、ワン・イーレンさんのただそこにある美しさ、松井珠理奈さんの面倒見の良さ。村瀬紗英さんがさえぴいから紗英様になった瞬間、下尾さんが世界のみうへと変貌を遂げる様、ShortHair(タンバルモリ)赤チームの溌剌としたかわいらしさ、青チームのインモラルなセクシーさ。チャン・ウォニョンさんのアイドルの天才ぶり、ハイテンションの原曲超え振りを。

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produce48 Tシャツ

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ハラキリショー! あるいはゴールデンカムイ16巻感想

ゴールデンカムイ 16 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

余談

妻は最近鯉登少尉にお熱である。筆者も薩摩人のはしくれ、それは悪い気はしないのだが、ピンナップが収録されているアニメ雑誌を買うというムーブを妻がするのをはじめてみたので(IZONEのノンノ特集は我慢したのに)こやつ……本気じゃな……と思う。

月島軍曹表紙の15巻が出た時から「次は絶対鯉登少尉」とうわごとのように繰り返していてどうしてこんなになるまで(以下略)←懐かしいですね(この矢印もね)という心境であったが、果たしてその通りであった。妻の喜びようはひとしおであった。

それは特典版がないことの悲しさにも繋がったのであるが。

www.senganen.jp

本日からこちらのイベントが始まり、今週末行く予定であったのだが鯉登少尉のポストカードが12/30からであったので急遽日程を変更するほどのお熱ぶりであった。忘年会の次の日なので頑張って起きたい。

ということで勿論ここから下はゴールデンカムイ16巻までのネタバレ満載です

 

 

 

 

 

 

本題

アシリパさん組で土方、杉元組をサンドイッチしたような内容であった。相変わらず振れ幅がすごい。

ホホチリの交錯

ジャコウジカ狩りに乗せてまつろわぬものであったウイルクやキロランケの悲哀、アシリパとの思い出が語られる。しかしその一つ一つからも金塊の手がかりを探り出そうとするキロランケと尾形の(尾形は何を考えているのか分からんが)視線は暗い。全身麝香だからといって油断は禁物である。

侍になりきれなかったもの達の決斗

まずは土方組が人斬り用一郎と対峙する。かつて永倉新八は言った。年寄りを見たら「生き残り」と思えと。その通り生きているのか死んでいるかもわからないジャック・クリスピンが嫌悪しそうな老人は自らへの殺気を感じ取るや「あの時代」を纏い始める。しかしそれは彼にとって紛れもない悪夢。彼自身をむしばんでいることに気がついた土方はその生き方を否定はしないが、受け入れもしない。

志士という流行病に浮かされた用一郎は完治せぬまま、侍になりきれず切って捨てられ、「アイヌ」――人になろうとし、そして死んでいった。

新撰組もまた歪な侍になりきれなかったもの達の集合体である。彼らは今なんになろうとし、死んでいくのか。筆者はかつてゴールデンカムイの主要人物達を死すべき時に死にきれなかったもの達と書いたし、今でもそう思っているが、土方の北海道独立が思想として提示された今、そこを目指してまだ生きて欲しいと思ってしまうあたりやはりこの作品の土方は魅力的である。

 

とざいとお~ざい樺太島大サーカス

侍とは、明治政府とは何なのかと感傷に浸っていたら明治政府の北面の武士たる陸軍兵士達が(元もいるけど)軽業に目覚めたり少女団のお荷物になっていたりハラキリショーを始めたりそれらをさめざめとした目線で見たりしている(枕はしません)から恐ろしいマンガである。乳輪がでかい! 水が冷たい!

ほれぼれするほど鯉登音之進大活躍であった。誰か薩摩揚げでも大量に送りつけたのだろうか? 今までの失点を取り戻せて……はいないのだが。本筋に関しては邪魔ばかりしているし。

鶴見中尉殿に叱られてしまう……!!(ジャアアァーーーン)

ヤマダ曲馬団のモデルはそのままヤマダ・サーカスだと思うがこの後スパイ容疑で団員が処刑されたりもする。

ハラキリショーも実際に人気演目だったようだが、いわゆる切腹ではなく子どもを切りつけるように見せるバイオレンスなもので、最後は布にくるんで引き上げさせ、その死体を埋めているんでは無いかということで警察のガサ入れが入ったりもしたらしい。

いかにも意味ありげな引きで気になる紅子先輩であるが、恐らくモデルは山根はる子さんであろう。上記のヤマダ・サーカスに所属し、結婚するもロシア革命の混乱の中夫に先立たれ、義母に捨てられ、旅券も切れた中で遠く離れた日本大使館へどうにかたどり着き、必死に「かっぽれ」を踊って日本人だと信じてもらったというエピソードがある。


かっぽれ

果たして紅子先輩もモデルのような人生をこの先辿るとして、滑稽みのあるかっぽれを踊ったときに少女団の大きな後輩のことをふと思い出したりするのだろうか、それは出来れば微笑ともにであって欲しい、と思った。

再びアシリパ組・オロチックウラー(化け馴鹿)と化けウイルタ

すぐ尾形が彼氏面してくるので真意を測りかねる(どちらかというと母性を求めているのではという指摘もあるようだ)。アシリパさんは尾形がアチャと杉元の脳漿ぶちまけた張本人であることを知ったらどうするのだろうか。

キロランケに関しても物騒な前歴が語られた。工兵だったから爆薬に精通しているわけではなくその逆だったのだろうなと類推が働く。

しかし気持ちの悪い生き物であるところの情報将校・鶴見中尉が本領発揮して一枚上をいかれたところで次巻。さっそく待ち遠しい。

 

 

 

「西郷どん」とはなんだったのか――大河ドラマ「西郷どん」最終話「敬天愛人」感想

あたしゃキレました、プッツンします。

最低限やらないといかんだろうことを放棄してしまったらさすがに怒るしかない。 

kimotokanata.hatenablog.com

 もはや懐かしい、大体一年前の第一回の感想記事であるが第一回の冒頭を読者諸賢は覚えておられるだろうか?糸どんの銅像を前にしての「うちの人はあげな人じゃなか」というセリフ…その真意は終盤で語られるだろう……と多くの方は思ったことだろう。具体的には最終回のBパートとかCパートとかであの後のシーンが入り、「あんな高いところに立っちょる人じゃなか みんなと一緒に生きてきた人やっで……」みたいな感じになるとか、そういう感じで。

最終話。特に言及はありませんでした。ええ……一応囲炉裏端で西郷隆盛という人がどういう人かということを糸が言っていたからそういうことだとは思うんだけどそういう処理の仕方ではいかんでしょう。銅像を前に一切が終わった後に言うから意味があるのであって。

先掲した写真は上野の西郷隆盛像を製作中、顔部を未作成の状態のもの(のポストカードを筆者が撮影したもの)である。何気にツンも顔部がないが、これを「西郷どん」展で見た時に筆者は「西郷どん」に関する何かが腑に落ちた。

いや、これが「西郷どん」という大河ドラマが抱える問題をもっとも端的に表しているのだ、と思ったし、西郷隆盛という人をも雄弁に語っているように思えた。

この様なものが残っているということ自体、西郷隆盛の顔を再現するということの困難さを表しているように思う。ひるがえって西郷隆盛という人自体の再現性の困難さも。それにしても西郷隆盛という人は捉えどころのない人で、ある面を見せたと思ったら次の瞬間には豹変している、ということがある。あの司馬遼太郎氏ですら西郷隆盛という人を完全にはとらえきれなかったように思う。

各々が各々に自分の西郷隆盛を見ていた。それを一つの像に結実させるということ自体がそもそも無理難題だったのである。大河ドラマを決定した頃から筆者は強い危惧があった。西郷隆盛という人を描くとき、その外堀から埋めて輪郭を形作ることは出来ても主人公としてドラマを展開させることは困難極まるのではないかと。

それは杞憂であってほしいと思い続けていたが、残念ながらそうなってしまった。

やっせんぼーはやっせんぼーのまま、ぼっけもんにはなれなかったのである。

西郷どん」とはなんだったのか。一言でいうと「西郷隆盛という人を主人公に幕末を描く」という難題に挑み、そして散っていった大河であった。

西郷隆盛という人はこの大河でついに統一したキャラクターとして描かれることはなく、のっぺらぼうの方がまだましな無残なモンタージュとなって死んでいった。

島編以降は一度死んだ男として風格を備えるかと思ったらヘタレるし、思い出したように黒化するし、急に慶喜絶対殺すマンになる。政府に出たり入ったりやっぱり出たり、若者の時代を築きたいくせに若者を死地に導いたり。

唯一ぶれないのが「徹底して人の心がわからない」ってもうなんなんだよこいつ。

もう一つ欠かせないと思っていた「もう、ここらでよか」もまさかのカットかと思ったらさすがに最後の最後に出て来たが、そのあと「完」と出てしまうともう失笑ものなのである。なんですか? BADENDですか?

石橋蓮司さん演じる川口雪篷が隆盛の墓を泣きながら揮毫するシーンとか絶対に入ると思ったのに……これじゃ川口雪篷はただの西郷家賑やかし面白おじさんじゃないか……。

まあ海江田を茶坊主時代から出しておきながら大村益次郎との辛みを一切設けなかった大河ドラマだから仕方ないかもしれないが。

まさか糸関連の伏線で回収されるのが「郷中で一番足が速い」(延岡に単身辿り着けた理由)だなんて思わないじゃないですかぁ。

俳優さんの演技は本当に素晴らしいんです

鈴木亮平さんのウェイトコントロール含む演技はまさに役者魂を感じたし、瑛太さんの最終回の演技はまさに一世一代と呼ぶに相応しいものだった。(鹿児島県の空のブースの後、大久保の私物らしき赤い薩摩切子にフォーカスするシーンなどは演出もいい仕事とをしていた。個人的には最後のスタッフロールは大久保の走馬燈だと思う。)

小栗旬さんのすっぽかした西郷を待っているときの坂本龍馬の静かな怒りのシーンも最高だったし、「逃げればよかったんだ」と最後にいう松田翔太さんの徳川慶喜は幕末の汚れ役を一手に引き受けた後だから響く爽やかさがあった。ハリセンボン春菜さんの演技も素晴らしかった。

藤本隆宏さんの幕臣という概念が形になったような山岡鉄舟の演技もいいし、軽やかな遠藤憲一さんの勝海舟 もたまらない。

文字通り最高の島津久光となった青木崇高さんは終身名誉久光といってもいいだろう。吉之助に発破をかけるシーン、泣いてしまった。なお史実の久光は「やりきった」吉之助に対し鹿児島への多額の寄付による復興の協力という形で応えている。

塚地無我さんの熊吉は終始癒しであったし、柏木由紀さんの演技も及第点であった。

DV彼氏役を演じた時リアルすぎてファンが減ったという噂のある錦戸亮さんの信吾も評判通り鬼気迫る演技だった。

鶴瓶師匠は鶴瓶師匠であった。

結局のところ皆さんが素晴らしかったのできりがないのでこの辺りにしておく。

敗因はあの脚本! 俳優の皆さんは最高の演技をした!

観終えて

少し落ち着いたら空白部分の感想を仕上げていきたいと思う。

このキャストで脚本三谷幸喜さんで全三回くらいの幕末ドラマやってくれないかなあ……

別府晋介は泣いていいと思います。

西郷隆盛について実際の所が知りたい方は、以前もご紹介しましたがこちらの書籍を是非ご参照ください。

 

みんなの西郷さん

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  • 作者: 小平田史穂,尚古集成館(田村省三、松尾千歳)
  • 出版社/メーカー: 渕上印刷株式会社
  • 発売日: 2017/12/08
  • メディア: 文庫
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 ほんとは最終回後におすすめなんてしとうなかった……。

 

 

 

 

 

やわらか銀行と固ゆで卵

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いらすとやさんの画像を使うと気軽にそれらしいブログ感がでてありがたい


時刻は14時を少し過ぎたところだった。

おれ――ヒッシャー・ウッドブックはひどく腹が減っていた。今日はスタッフが少なく、動くことが多かったうえに、休憩時間がずれこんでしまったのだ。慣れ親しんだ青いコンビニに入ったところで、ワイフからスマホにメッセージが届いた。

ワイフ「いいニュースと悪いニュースがあるわ」

「いい方から聞こうじゃないか」

ワイフ「私のスマホのWi-Fi受信検知は正常に作動したわ」

「Wi-Fiがストライキでも起こしたのかい?」

ワイフ「判らない、突然圏外表記になってしまったの」

おれの家では現在固定回線を止めていて、いわゆるポケットWi-Fiで賄っている。それは丁度ひと月前からで、よく働いてくれていたのだが、どうもその調子が悪いらしい。

荒れ狂う胃袋を(最近とみにベッドがおれを離したがらないので今日も朝食を犠牲にする羽目になっていたのだ)一刻も早くなだめたかったがこの問題を放置するとワイフが胃袋以上にお怒りになりそうだ。

やれやれ。おれはとりあえず思いつく解決方法―充電の確認、再起動、電源オフで暫く待ってからの再びの電源オン――などを提案しつつ、慌てて会計を済ませ、家路に急ぐことにした。電子決済のわざとらしいほどに軽やかな音が皮肉気に聞こえてしまったのもきっと空腹のせいなのだろう。

愛車のスタンリックを転がしてドアを開けるとワイフが盆と正月とGW進行が一度に来たような顔をして待っていた。恐らく先程の対処法はどれも駄目だったのだろう。

確認してみるとなるほど圏外になっていた。自分のスマホを確認してみるとやはりポケットWi-Fiの電波は拾っているものの、インターネットには接続されていないと表示が出た。

となるとやはり本体がおかしいのだろう。参った。代替機が借りられたらいいが――思案しつつサポートセンターにコールする。出ない。旧名:デンデン・カンパニーはサポートに掛けると延々と保留音を鳴らしてしかもだんだんそれが大きくなるというスマホの電池・鼓膜・心証の全てによろしくない効果を上げる戦法を繰り出してくるが、こちらは「一昨日きやがれ」でブツッと切られるので時間的にはかえって良いのかもしれないが、しかし忘れてはいけないのは目の前には問題が未だ転がっている。

実店舗に行くことが最善に思われたが、おれは後30分もしたら再び戦場に舞い戻らなくてはいけない。検索してみるとどの実店舗からもそれなりに距離がある。今のおれには9マイルは遠すぎるし、隣の市となれば尚更なのだ。

とはいえ何かしらの対策を施さねば今すぐこの場が戦場になりかねない。グロック銃口が向けられているようなプレッシャーをワイフから感じながら、藁にも縋る思いで実店舗へと電話をしてみることにした。

ややあって電話はつながった。電話先の女性は少し疲れたような声で、自社製品の使用のお礼、サポートセンターに繋がらなかったことのおわび、そして問題の聞き取りを淀みなくこなしてくれた。

「お客様、それは本体原因ではなく、電波障害かもしれません」

おれは突如稲光に打たれたような気持になった。とうとうワイフがしびれを切らして戦闘が、いや一方的な蹂躙が始まったのかと思ったがそうではなく内から湧き上がる感情であった。

電波障害。即ち、大本がダメ。考えていなかったわけではないが、その可能性は著しく低いと思っていたからだ。(個人的には最近は酷使していたため、充電ケーブルにつなぎっぱなしによる過充電を疑っていた)

やわらか銀行の電話が圏外になってしまっているのだという。このポケットWi-Fiも兄弟会社のものであるから、その影響を受けて使えなくなってしまっている可能性が高い、と電話先の女性は続けた。きっとその問い合わせが殺到して疲れているのだろうな、と気の毒に思いながら、それでも丁寧に対応してくれた彼女に感謝をして電話を切り、ワイフに経緯を説明した。

ワイフ「要するに巻き込み事故ってわけ?」

「兄弟ってのは嫌なところばかり似るものさ」

ワイフ「それにしても不思議ね。我々のキノコは使えている訳だし……」

「ソン・ジャスティス氏が急にソン・ピカレスク氏と化してしまったのかもしれない」

ともかくも現状はどうしようもない、ということの太鼓判を捺してもらったのだからこれ以上は今エネルギーを使うのは得策ではない。ワイフもそのことは判っていてくれていて、また問い合わせをしたことに感謝もしてくれた。

そういえばまだ何も食っていなかったことを思い出し、乱暴に荒野の男よろしくステーキにかじりついた。

おれは今度このドアを開けるときにはWi-Fiが復活していることを願い、またそうなっていたらワイフとティー・リキュールで祝杯を挙げることを約束して道を戻った。

結局のところ、おれが戦場を這う這うの体で逃げ出すまで、やわらか銀行がその電波を回復させることはなく、電子の海には「上場前を狙ったサイバー攻撃」だの「関連業者の逮捕が原因」だの無責任なボトル・メールが流され続けていた。

そして電波障害による悲喜こもごもも。1年ほど前までは、おれと戦場をつなぐ鎖もやわらか銀行製だったわけで、タイミングが違えばなにかしら大変なことになっていた可能性がある。逆に言えば電波障害を盾にうやむやにするチャンスを失ったともいえるかもしれないし、ここでの某かがまた別の出来事に反転することもあるだろう。

結局のところ、サイオー・ホースなのである。

スタンリックのキィを取り出そうとしたときにスマホに通知があった。ワイフからのWi-Fi復旧通知であった。問題の発生は14時前で、結局のところ大体の復旧は20時前後だったというから1日の1/4が、通常の業務時間で考えれば半分以上が障害に見舞われたということになる。

今のところはサイバーテロではなく設備の問題ではないかという噂であるが、しかし陰謀論が今後も盛り上がるかもしれない。

もう少し障害が長引いていればあるいは来年の出生率統計に有意な差が見られたかもしれないが、しかしこの時間で何とか復旧させてくれたことに敬意を表したい。

世の中何が起こるかわからないものだ、とティー・リキュールの入ったグラスを傾けながら使い古されたことを考える。

そうであればこそ、明日起きたら枕元に3億円が置いてあるかもしれないという希望を抱いて眠りにつけるのである。

 

 

 

紅茶のお酒 夜のティー 500ml

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※この物語はフィクションであり、ヒッシャー・ウッドブックは架空の人物です。

(妻の)2018年・買ってよかったもの

今週のお題「2018年に買ってよかったもの」

先週まで読書の秋だった気がするが早いもので2018年も〆にかかっている感じである。

とはいえ、今年は基本的に良かったことはこのブログにて報告しているので今回は妻に尋ねてみることにした。

セザンヌ・皮脂テカり防止下地

セザンヌ 皮脂テカリ防止下地

セザンヌ 皮脂テカリ防止下地

 

 妻「私が下地に求めていることはたった一つ……シンプルなことだ…『崩れない』

この商品はそれを達成してくれているので良い。Tゾーンのテカりをしっかり防止してくれている。欠点はちょっと重いことと私以外の人にも好評なのでなかなか入荷しないこと」

 

スガオ (SUGAO) シルク感カラーベース グリーン SPF20 PA+++ 20mL

スガオ (SUGAO) シルク感カラーベース グリーン SPF20 PA+++ 20mL

 

 妻「ということで代替品としてこちらも使っている。自己主張が少なく軽いのが良い」

 

ちょこっと製本工房

妻「200P40冊で17,000円。これは普段使っているところが50,000円と考えると非常に安い。が、安かろう悪かろうということは全くなく誠実な仕上がり。(文字のみで使用した場合の感想)あくまで一般の印刷屋さんなので二次創作やムフフな作品ではなく文集などで特に真価を発揮するのでは」

格安小冊子作成・冊子印刷・制作 ・印刷・印刷通販【ちょこっと(ちょ古っ都)製本工房】

弁慶丸とれとれ直送便

妻「やっぱり今年はこれだね! メールマガジンも毎回楽しみ。無料で読めていいの!? ってレベル」

 

kimotokanata.hatenablog.com

 よろしければ是非お試しのほどを。

 

ジャルジャルの漫才の「ショートコント:漫才」感、あるいはM-1グランプリ2018感想

M-1グランプリ2018の優勝者をはじめ数々のネタバレがあります。

敗者復活戦

筆者が投票したのは以下の三組であった。

さらば青春の光

独りよがりにならなければさらば青春の光はやっぱり面白いんだよなと思った。最初の掴みで終わるのかと思ったらものまねネタで最後まで引っ張るとは。

マヂカルラブリー

確実に去年より進化していた。ツッコミでボケという猛獣をコントロールできるようになりつつそれでもちょっと暴走させてしまうという塩梅でこれからも言ってほしい。スタイルとしては南海キャンディーズに近いのではないかと勝手に思っている。

インディアンス

ネイティブアメリカンスでなくていいのだろうか。アンタッチャブルを彷彿とさせるけれどもやっぱり本家と比べるとツッコミに物足りなさがある。けれども3分漫才らしいテンポで昨年同様面白かった。

結果はミキ。最初の方の出番で不利かなと思ったけどさすがであった。

次点のプラスマイナスも面白かったけどもうまいなあ、という感心が先に立ってしまったのが敗因なのかなと思う。

 

勝戦

見取り図

初出場の一発目なのにそれを感じさせない面白さだった。「架空の人を繰り出してくる」というのはお笑いの一つのパターンではあるけれども笑ってしまった。でも仕込みがいる行為なのでその分笑いの数で言うと少なくなってしまったのが残念だなあと思う。

スーパーマラドーナ

ラストイヤー。頑張ってほしかったが……筆者がスーパーマラドーナを好きな理由の一つに伏線回収力があったのだが、このネタではそれが発揮されていなかったようで残念だった。落ち武者がいた時の衝撃、キリッとした田中さんが出て来た時の感嘆をもう一度味わいたかった。家族の写真があとあと活きてくると思っていたのだが……。

その後の武智さんのコメントは万感迫るものがあっただけになおさら後悔が募る。

かまいたち

ネタのスケールとしてはコンパクトな、そこを拾うのかという部分を展開してどんどん面白くしてしまうのはさすがの手腕である。妻と話していてなるほどと思ったのは、ボケを説得しようとしてだんだんツッコミの論理が極端になっていってボケが急に冷めて冷静にツッコむというのはブラックマヨネーズっぽかった。

ジャルジャル

去年と同じで沢山練習したんだろうなあという感心が先に来てしまって素直に笑えない。

一張羅の銀はがしみたいなスーツも目にちらちらして気になってしまう。ジャルジャル自体は全く悪くないのだけれど明日の朝テレビの影響を如実に受けるタイプのイケイケ男子が日本各地でドネシアドネシアウエーイしそうな感じで暗澹たる気持ちになる。

妻「ゴールデンでチンチンを繰り出してきた胆力は評価したい」

ギャロップ

一番漫才らしかった。逆にその漫才過ぎるのが良くなかったのかな……と思わせるのがM-1の難しいところである。「安心してみていられる」「安定感がある」というのが純粋な加点要素ではないからだ。(とはいえ銀シャリのような優勝者もいるのだけれど)新春演芸とかで出てきてほしいタイプのコンビである。

ゆにばーす

普通に面白い。けれどやはり普通に面白いだけではこのステージで、このキャラクターでは厳しい段階にこのコンビも来ているのだろう。オール巨人師匠も指摘されていたけれど、あまり強い言葉を使い過ぎないことが次の段階に進むために必要なのかもしれない。

ミキ

ちょっと攻めた感じだなという感想。面白いけどやっぱりルックスネタ1つでずっと展開していくのはうーむ……。といった感じ。敗者復活戦に続き、言ってしまえば「版権ネタ」を使ってきたのも個人的にはあまり好きではなかった。ジャニーズの番組に出演されたことがあるんですね。

トムブラウン

子どもはやりたがるネタだろうなと思った。審査員の方々も触れていたがいちいち観客にふる律義さがじわじわ面白い。でも一番面白かったのは加藤一二三九段のネタ紹介の下りだった。Gyaoで見られるらしいので見てみたい。

霜降り明星

昨年敗者復活戦で見た時はツッコミがイマイチ…(毎回ツッコミの時に取るポーズがなんかイラッとするのと言葉が乱暴なのに面白さに繋がらない)だったのだが今回は滅茶苦茶面白かった。舞台を広く使えていたし、こっちが予想しているところにちょい足ししてくるツッコミが素晴らしかった。

和牛

トリのプレッシャーを全く感じさせない貫禄の漫才。正直最初は大丈夫か……と思ったけれど今までとは違うパターンでしかし、期待通り終盤の畳みかけを見せてくれるのだからやはりこれが常連の力かと改めて思わされた。それだけに「殺す」以外の言葉が何とか見つからなかったものかなあとも思う。

最終決戦

ジャルジャル

面白かった。多分ジャルジャルファンが好きなジャルジャルと一般受けするジャルジャルをすり合わせていくとこういう感じになるのだろうかと思う。それでもやっぱりジャルジャルの漫才から感じてしまう「ショートコント:漫才」は一体何なのだろう。ジャルジャルは懸命に漫才と向き合っている。それは判るのだがなぜか漫才師としてのジャルジャルは薄皮一枚を纏っているように感じてしまうのである。血のにじむような練習が起因する「作り上げた」感じがそう思わせてしまうのだろうか。ラストイヤー、残念であったが肩の力を抜いてもらうことでさらに漫才師として一段階レベルが上がってくれると信じている。

和牛

三組すべて見た時、今年は和牛だな、と思っていた。去年も和牛だな、と思っていた。正直なところどちらともに獲得していても全くだれも驚かなかったろうと思える。

こうなってしまうと来年以降ももちろん出場してくれると信じているが、並み居るライバルに加え、過去の自分が審査員の中で自分の敵になってしまうだろうから年々獲得は厳しくなってしまうだろう。来年は是非獲得してほしい。

とりあえず警視庁は一刻も早くオレオレ詐欺撲滅大使に任命してほしい。

霜降り明星

勝戦の方が好きだった。が、昨年の敗者復活戦のネタをリメイクしたものであるので、それでリベンジを果たしたことがなかなかエモーショナルであったと言える。

幅広い層に受けるコンビだと思うので年末年始が楽しみである。

観終えて

全体的に外れがなく、面白く観られた。スーパーマラドーナだけが残念。勿論、M-1だけがお笑いではない。また別の所で二人の漫才を観たいと思う。もしくは謎の新人ウルトラマラドーナが来年出てきてもいい。

予想検証

筆者の予想は

1位 スーパーマラドーナ

2位 和牛

3位 ジャルジャル

であった。霜降り明星に完全にまくられた感じである。

見事的中させたというDJ Kooさんは来年是非審査員として参加していただきたいと思う。

しかしM-1って昔はもうちょっとクリスマス前後っぽいイメージがあったのでなんか感覚が妙な感じになる。

 

 

君の孤独もすべて映し出す秋、あるいはkindleで買った電子書籍1600冊くらいから選ぶ1冊完結の漫画10選

今週のお題「読書の秋」

余談

 読書の秋である。明々後日は師走だが読書の秋なのである。

読者諸賢であれば、筆者がこのブログにて立てたある誓いを思い起こされるかもしれない。

 

kimotokanata.hatenablog.com

 早半年が過ぎた。果たして積読本はどうなっているのか……

その成果が……これだッ!!

 

1(ワン)

 

 

2(トゥ)

 

 

3(スリー)

 

……はい。すみません。一冊しか積読は減っていません。でもこの後書籍で五冊ほど読んだし、電子で買った本もそのまま積まずに三冊ほど読んだのでなんだかんだで半分くらい積み本を減らしたといってもいいんじゃないだろうか。駄目ですか。はい。

 

おいしいロシア (コミックエッセイの森)

おいしいロシア (コミックエッセイの森)

 

 ということで唯一積読本から崩された本はシベリカ子さんの「おいしいロシア」であった。コミックエッセイは肩がこらず読み進められるのでつい優先的に崩してしまったり、再読してしまったりする。実はこの本も三回くらい読み返した。帯の通り素朴でやさしい(そしてダイナミックな)家庭料理を中心に等身大のロシアが柔らかな筆致で語られる。スメタナ食べてみたい。

この本でとりわけ「おっ」と思ったのは、「ウハー」の紹介。ロシアの温かい汁もので、魚を主体にしたものが多い。この紹介を聴いておや、と思った読者諸賢もいることだろう。そう、このブログでも何度か紹介した「ゴールデンカムイ」でもお馴染みオソマ…いや「オハウ」こそは同じような「温かい汁もの」をアイヌの言葉で意味する。

「ウハー」と「オハウ」は語感も似ているし、語源は一緒なのでは!と閃いた筆者は感動のあまり入浴中の妻に報告に行ったら「それ昨日私言わなかったっけ?」と一蹴された。ともあれ常々言っている自分の人生の伏線が回収されていくように過去の読書体験とリンクするという読書の醍醐味が味わえて楽しかった。

これからの季節にお勧めの一冊である。

本題

ということで読書の秋、ガッツリ読書ももちろん素晴らしいのだが、一冊完結のコミックもおすすめしたい、ということで千六百冊近く電子の海に漂わせている筆者が、その中から拾い上げた十選をご紹介したいと思う。

こちらである。十選なのに十二冊あるとかそんなことはいいのです。竜造寺家とか軍艦四天王とか、あるじゃないですか。最初三十八冊あったのを頑張って減らしたので許してください。

十選選出基準

①一冊完結であること

大前提としてこちら。また、一冊完結であっても連作であったり続編が出ているものも涙をのんで対象外とした。

②同じ作者の重複はしない

ちょっとグレーゾーンが一例あったがまあグレーゾーンということで

③すでに取り上げた本、今後取り上げる予定の本は除外

これはかなり悩んだ。選ぶくらいだから当然どれも単独記事を書けるくらい思い入れがあるのだが。紹介済みの「ミュージアムの女」「おいしいロシア」や紹介予定の「ヒャッケンマワリ」他はしぶしぶ除外することにした。

オンノジ 施川ユウキ先生

 えっもう五年も前の本なの……といきなり落ち込んでしまったが、もちろんそんなことは微塵も感じさせない傑作である。

そこにあるのは優しいポストアポカリプスである。何があったのかはわからないが、しかしいつの間にか終わってしまったような世界で、少女は一人暮らしている。イレギュラーな世界観で、しかしほのぼのと過ごす少女の日々はある出会いから変わり始め……。

バーナード嬢曰く。」からもSF好きが伝わる施川先生だからこそ描き得た作品であろう。静かに転がり始め、終盤怒涛の展開を見せるこの作品がどのように着地するのか、是非見届けていただきたい。飛行場のシーンが筆者はとても好きである。

 

大斬 西尾維新先生(原作)

西尾維新――ゼロ年代に青春を駆け抜けたサブカル男子が胸をざわめかせるこの四字熟語。色々言われていたけれどめだかBOXも筆者は大好きである。完全に球磨川先輩が主人公だったけどなあの漫画! でも好きだよ!

ともあれそういったところから原作者として存在感を発揮してきた西尾先生が「めだかBOX」でコンビを組んだ暁月あきら先生、「うろおぼえウロボロス」でコンビを組んだ小畑健先生を初めとした名だたる作家諸賢を向こうに回し、原作という名の挑戦状を叩きつけたルール無制限反則なしの真剣勝負(セメントマッチ)――それが本作品集である。

それぞれの話は正しく西尾維新的であるのだけれど、その見せ方が漫画家先生方の面目躍如といった感じで素晴らしい。最後には西尾維新先生の解説もついていてお得である。筆者が一番好きなのは福島鉄平先生の「ハンガーストライキ!」サムライうさぎを初期の感じで二十年くらいやってくれないかなあ……。

8bit年代記 ゾルゲ市蔵先生

8bit年代記

8bit年代記

 

例えばこんな風に気軽に貼る画像と同じ、あるいはそれ以下の容量に死に物狂いでゲームを組み込んでいた時代があった。それは決して古き良き時代ではなく、子どもからガンガンに搾取する詐欺まがいのものであったり、未完成であったり、受け手の想像力に丸投げしたものだってあったりしたけれど、しかし間違いなく熱があった。そんな時代に生きた一人の男の半自伝である。ファミコンになれなかった諸々の仇花への愛情ゆえの辛辣なレビューはネットで聞きかじったその辺の評とは重みが違って読みごたえがある。

そして特筆すべきは主人公が高校時代自主制作したアニメの顛末であろう。少しでも創作に携わった人々であればきっと心に刺さるはずである。

創作を「継続する」上で大切なことは一度「折れ切る」ことではないか、と筆者は考える。何かしら大きなものにぶちのめされ、このままじゃ駄目なんだ、と考え直して、自分を再構築していくことが出来るか否かが、創作人生の寿命を決めるのではないかと。勿論、最初からずっとトップスピードで駆け抜ける天才もいるのだろうけれど。

また、最後に紹介されていた「寿屋」はかつて南九州に存在していたデパートで、店舗こそ違え筆者にとっても思い出の場所であった(かつて筆者にクリスマスプレゼントや、おいしいお肉や、かいけつゾロリを与えてくれたその場所も、今はもうない)ので画面の向こうとつながったような不思議な感じがあった。

因みに作者さんはあの「セガガガ」の発案者である。

成程 平方イコルスン先生

成程 (楽園コミックス)

成程 (楽園コミックス)

 

世の中には「なんじゃこりゃあ」が褒め言葉である作品というのがあって、この作品集はまさにそういうたぐいであると思う。「え、なにこれは(困惑)」といった昔懐かしい語彙も飛び出すかもしれない。

タイトルは「成程」だけど全然成程じゃないんである。どちらかというと真逆なのである。いや、ちょっと待って一から説明して? といった感じなのである。基本的にはスタンダードな女子高生やそのあたりの年代の人々が、しかし何かミョーなシチュエーションに身を置こうとしていたり、置いていたりする。けれどそこにあるのは奇妙な「リアルさ」である。読みながら自分の常識が揺らぐ感覚があるかもしれない。気づけば思わず「成程」と声が漏れているかもしれない。

えっなんで俺この展開で、文章で感動しているの? という事態が発生するかもしれない。他の漫画で例えるならば「ヤクザウィングである」のような不思議な余韻を残す短編がたっぷり収録されている。筆者の一押しは「とっておきの脇差」。

異郷の草 志水アキ先生

絶対滅茶苦茶難しいだろうといわれ続けて来たし筆者も思っていた京極堂シリーズのコミカライズを最高の出来で提供し続けてくださる志水アキ先生。もうすぐ完結の鉄鼠の檻は坊主が多すぎて困っていたけれどコミカライズされるとかなり判り易い。刀剣乱舞ファン諸賢においては南泉斬猫公案が出てくるのも見逃せない。しかし講談社で言うとアフタヌーンがあっていそうなんだけどな。

閑話休題。そんな志水先生の作品で今回ご紹介するのは三国志をテーマとした連作集だ。主人公が黄忠甘寧、鐘会、孟獲、簡雍というのだから渋い人選である。しかしそれぞれの作品の人物はみずみずしく、また力強く我々の前で立ち回ってくれる。乱世というのは即ち、己の業を突き詰めやすい時代だといえるが、それぞれの志、言ってしまえば野望や業と表裏一体のそれらが内側から人物を振り回していく様は時に痛快で、時に哀れで、時に滑稽だがしかし土臭い生の力強さに満ちている。読了後は真・三國無双エンパイアーズシリーズを起動したくなってしまう一冊である。

 

散歩もの 谷口ジロー先生、久住昌之先生

散歩もの (扶桑社文庫)

散歩もの (扶桑社文庫)

 

孤独のグルメコンビの送る、文字通り散歩がメインの漫画。因みに筆者が初めてkindleで買った漫画は孤独のグルメである。

谷口ジロー先生の精緻な筆致で描き込まれた風景にはため息が漏れる。散歩している今をベースに、様々な過去が重層的に重なってエピソードを形作る様は圧巻である。筆者が初めて読んだのは二年前の連休真ん中の真夜中で、収録作の「真夜中のゴーヤ」に特に心を打たれた。ただいま時刻は零時四十分であるが、むかしはこんな時間に活動するなんて思いもよらなかった。大学でバイトを始めて、深夜二時帰宅するとき、まだ明かりがぽつぽつとついていて、こんな時間に起きている人もいるんだ、自分は世界のほんの少ししか知らなったんだな、と思ったことを思い出す。

散歩こそは正しく自分の感受性を開拓していく過程に他ならない。

さよならタマちゃん 武田一義先生

アザラシではない。あのタマである。GANTZで著名な奥先生のアシスタントとして辣腕を振っていた主人公にあるとき難病が降りかかる。時折不意打ちの様に漫画家さんの訃報があるけれど、やはり過酷なお仕事なのだ、と思う。優しい絵柄だが、その内容は重々しい。(この絵柄に落ち着く過程も必見である。)

忙しかったのはホントだけど

命より大切な用事なんて一つでもあったのかな

という登場人物の言葉がじんわりとしみこむ。筆者にとっては妻との入籍を決意させたきっかけのひとつでもあり、思い出深い作品である。

主人公やそれを取り巻く人々の話がメインであり、もちろん面白いのだが、妻に先立たれた主人公の父が僅か四コマで最終盤に描写され、今までこらえていた筆者の涙腺が決壊した。妻、長生きしてくれ。

さよならもいわずに 上野顕太郎先生

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

 

前述の「さよならタマちゃん」とはある種、対になっている作品。どこまでも個人的であるがゆえにかえって普遍性をある部分で持ちえたように感じられる作品。今回、久しぶりに再読したがやはり更なる再読は相応の時間を置くことが必要そうであると感じた。それほどこの作品に込められた熱量はすごい。冷たすぎて火傷をしそうな矛盾した熱量はしかし、矛も盾も突き破って読者の喉元に突きつけられる。

愛というのはどこまでも主観的なものであるのかもしれず、さよならもいわずに去った人のそれを推し量るのは残された人々のエゴでしかないのかもしれないが、しかし人はせずにはいられない。それはもしかしたら他の誰かが、また別の誰かを見送るための準備として見せてくれているものであるのかもしれない。

絶対に活用したくない予習本として稀有である。妻、長生きしてくれ(二回目)。

粋奥 日本橋ヨヲコ先生

粋奥 (IKKI COMIX)

粋奥 (IKKI COMIX)

 

 パーフェクトな奥様が愛する旦那さんの為に行動していくと、いつの間にか世界が優しく回り始める、という一見すると都合が良すぎる展開も先生の説得力ある画面展開により納得してしまう。

特に一話目は伏線の貼り方も見事で、あ、あんたは…そういうことか! と膝を打ちたくなること請け合いである。二話目は年末の話で今からの季節にぴったりなのも嬉しい。

極めつけはこの漫画が出来るまでが日本橋ヨヲコ先生の解説付きで見られるおまけがついているところ。漫画家志望者諸賢必見である。

シブすぎ技術に男泣き! 見ル野栄司先生

シブすぎ技術に男泣き!

シブすぎ技術に男泣き!

 

 続刊があることに商品詳細を張ろうとして気づいた(番外編まで買っているくせに…)でも是非読んでいただきたい作品なのである。プロは何故すごいのか。妥協しないから。そういうプロもいるだろう。でも本当のプロは、落としどころを間違えないところなのだ……と学んだように思う。そして、立志伝中の人物はたいていねじが二三本外れているということも学んだ。

中小企業の悲哀、意地、工夫……日本スゲー番組なんか見ている場合ではない、これを読もう。

 「設計は思いやり」……「次工程はお客様と思え」の極致である。

 

と、ここまで書いたところではや深夜二時が近くなってしまった。あと二作残ってはいるが、一応十作品はご紹介できたので、残り二作は明日の更新とすることをお許し願いたい。ハブアナイス読書の秋!

(ここから11/29更新分)蛇足・残りの二冊

ということで残り二冊である。前提条件にやや触れるところがあったため、(本当はスゴすぎ技術もそうだったのだけど)後回しにさせていただいた。決してすでに紹介した本に劣るという訳ではない。(もっと言うと先の十冊も紹介した順番が面白いと考えている順番という訳でもない。)

黒博物館 スプリンガルド 藤田和日郎先生

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

黒博物館 スプリンガルド (モーニング KC)

 

からくりサーカスがアニメ化されているらしい。封神演義のアニメ化によって心に深い傷を負った筆者は観る勇気が持てないでいるのだが、その分量なら本作を代わりにアニメ化してくれたらいいのに……とは思った。結構ちょうどいい感じになるんではないかと思う。

魔都ロンドン。ジャックと名づけられた怪人物はジャックザリッパーに留まらない。ジャックザストリッパーなんてのもいる。そしてこの物語で言及されるのは「バネ足ジャック」である。以前書籍版を紹介したオカルトクロニクルさんでも記事になっていたりする。

okakuro.org

 かつては他愛もないイタズラに思えたバネ足ジャック。ある時忽然と活動をやめた彼は最近復活し、過激化し、ついには死人が出る事態に至る。

FBI心理分析官を読んだ読者諸賢であれば犯罪は頻度が短くなり、そしてエスカレートするのが常であるのは御承知の通りであろう。今回もその例外に漏れないのか? バネ足ジャックは最悪の殺人鬼に堕してしまったのか?

 イタズラ時代の捜査主任であった「機関車男」ロッケンフィールド警部は当時目星をつけていた男の元へ殴り込む。男の名はウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド。侯爵である。絵に描いたような放蕩貴族の彼がバネ足ジャックなのか?

一触触発の警部と侯爵。そこにメイド・マーガレットが現れるや一変する侯爵。そんな侯爵をやさしいと評するマーガレット。彼女が雇用された三年前はバネ足ジャックが一度活動をやめた時期と符合する。そこに何か秘密があるのか?

犯罪の証拠が集められるという「黒博物館」を訪れた彼は、そのバネ足ジャックを巡る物語をキュレーター(かわいい)相手に語り始める――。

ここから先は敬虔で善良なるもの以外立ち入り禁止だ

……オレたちは入れない

余韻が美しい一編の映画のような物語である。

かっこいいスキヤキ 泉昌之先生

かっこいいスキヤキ (扶桑社コミックス)

かっこいいスキヤキ (扶桑社コミックス)

 

 小学校~中学校の一時期、古本屋でやたらVOW系統を読み漁っていた時期があって、そのころからちょっとずれた感じにひねくれていたのだな、と思うのだが、その時に出会ったのが収録作品である「パチンコ」であった。当時、こんなくだらないことを力いっぱい描けるなんてすごい、と思ったものである。後年、孤独のグルメの原作者であると知り、なるほどそのイズムが生きている、と納得した。

本作に収録されている「夜行」は「孤独のグルメ」と「食の軍師」に分離する前の(他にも色々とグルメ漫画の原作はされているけれども両巨頭として。うさくんは関係ないだろ! いい加減にしろ!)原作者のむき出しのスタンスが垣間見られるようで面白い。(筆者は未見だが世にも奇妙な物語で映像化もされたらしい)

全編くだらない、くだらないのだが一本筋の通ったくだらなさがありどこか哲学さえ感じさせる。

やっぱり男はキンピラゴボウよ!

 そう断言できる人生はきっと豊かであるに違いない。

以上蛇足でした。御笑覧、感謝。