カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

親父の(いまんとこ)一番長い日

10月のある土曜日開かれた説明会で、壇上の先生はおっしゃった。

「11月1日朝7時より願書を受け付けます。原則として定員を過ぎましたら、受付はできません」

説明会終了後、先生にお尋ねした。提出受付が7時からであるとして、いつから並んでよろしいのか、例年はどれくらいから皆さん並ばれているか。

先生はおっしゃった。

「日が替わるあたりからでしょうか。何時に並べば確実ということは申し上げられませんが……」

令和なのに……mm

連絡帳はアプリとかなのに……mm

説明会の間、園庭で遊ばせてもらっていた娘の顔は晴れやかだ。

正直、保育園戦争と比べて幼稚園を甘く見ていたところはある。

筆者は「まんが親」及び「おかあさんの扉」愛読者、妻と相談し未就学児教室から娘を通わせ、道筋はつけているつもりでもあった。

満3歳児クラス。このタイミングで入れなければ、進級していく他のお子さんの隙間を来年以降どうにかして入らなければいけない。

募集人数こそ2ケタだが、優先順位としては卒業生、在園生のきょうだい児、その次に娘と同様に未就学児教室に通っていた子たち、最後にそれ以外の子たちとなり、最初のきょうだい児の数が暗数である以上、「出来るだけ早く並んで『未就学児教室の子たちの中では一番』というアドバンテージを獲得するしか勝利の道はない。

その後は、親子面接。特段問題なければ入園許可書を交付という形になる。

未就学児教室も娘は楽しんでおり、このまま入園と考えていたが、一度立ち止まって考えてみよう、と夫婦で話し合いを持つことにした。

この日説明会を受けた幼稚園をAとして、妻が一人で説明会に言ってくれた幼稚園Bがあった。

大雑把に言うとAはやや遠方、大規模園、課外授業が多く、Bは近場、小規模園、課外授業は少なめといった感じである。

しおりを拝読する限りではどちらの園の理念も素晴らしく、いずれに進学しても娘は人間として大きく成長してくれるように思われた。

しかし先ほどのAの入園過程が引っかかっていた。他がかなりハイテクに感じていただけに、急に「我が子のことを思えるんならこの1日くらい本気出せるよな?」と言わんばかりのアナログさが突如現れて面食らってしまったというのもある。

以前より筆者はその日は有給を取ってはいた。とはいえ11月1日は週の真ん中水曜日、前日月末業務を死ぬ気で終わらし、月初業務を自分が不在でも回るよう段取りをした後、諸事を済まして並ぶ。なかなかに困難である。

しかし、それ以外は本当に素晴らしいと説明会でつくづく思った。Aの入園式でダボダボの制服を着る娘、大きな園庭を駆け回る娘、バスでお友達とおしゃべりする娘……それらが一瞬のうちに脳裏に浮かび、一刻も早く願書を書かなければという気分になる。

他方で妻から聞いたBの園長先生のお話が脳裏の別の方のスクリーンに映し出されていた。

「子どもが楽しそうだったから、と園を決める親御さんがいらっしゃいます。それだけでは、園生活に何かあった時、『あなたが行きたいって言ったからここにしたのよ』ということになりかねません。親御さん自身が納得してお子さんを通わせたい園を選ぶことが大切なのです」

Bは朝の9時から受け付け、面接を経て1週間後に結果を送付する、という方式であった。何時から並べるかは教えてもらえなかったが、例年そんなに並ぶことはない…と妻は先生から伺ったという。

その日の話し合いは「とりあえずAに並んでみて、願書を7時に提出出来たらその足でBにも行ってみよう」という二股作戦をとりあえず立ててみたのみで終わった。

その日からは寝不足が続いた。実の娘とはいえ一人の人間の大きな選択をする時が来た。Aか、Bか。それともまだ見ぬところか。妻の仕事を増やして保育園を探すか、自宅育児を継続するか……様々を考えているうちにあっという間に10月は終わり、時刻は11月1日0時となった。

ひとまず、車を出してAに向かうといつから並んでいたのか、既にぽつぽつと人がいた。妻によると、親御さんだけでなくバイトを雇っていることもあるという。

それを見届けると筆者はそのまま駐車場でUターンして家に帰った。そして改めて、妻とBに願書を提出する旨を確認しあった。

あの話し合いの日、結論が出ず外の風にあたってリフレッシュしようと親子3人でBまで歩いてみた。近場ながら普段通らない道を通り、新鮮であった。途中狭くなっており、道を知っている妻と娘が先導してくれた。

目の前を歩いている2人を見て、ああ、Bに通わせたいな、と思った。

Bなら今日のように徒歩通園になる。行き帰り、沢山2人でお話をして、その後ずっと胸の中に大事にしまっておけるような思い出を作ってほしい、と考えた。それはもしかしたら、父である筆者が知ることのない娘が気になる男の子の話であったりするかもしれない……。

Aも魅力的だがやはり前時代的な申し込み方が承服できず、並んでしまうとその肯定になってしまうという思いもあり、実際に並んでいるところを見て数日の葛藤がとうとう落ち着いたのだった。

綺麗ごとを並べてみたが、今後何かあった時「おれはお前を入園させるために徹夜して並んだのに」という浅ましいことを思わない自信がないから、というだけかもしれないが。

ちなみにBの前も通ってみたが無人であった。

横になってみたが相変わらず寝付けず、モダモダしているうちに3時になっていた。久しぶりに着るスーツの確認をしたりしながらもどうにもソワソワしてしまい、Bまで歩いてみることにした。もし待機している人がいればその場で即その後ろに並ぶつもりでkindle、モバイルバッテリーも持って行くことにした。

3時、5時、6時、7時、無人。ある時は頭上をオリオン座がまたたき、ある時は小学生に元気よく挨拶をされた。

8時、スーツに着替えて何度目かの出撃をすると入り口前に「願書を持ってこられた方は2Fでお待ちください」の掲示があり、ついに、とのどが鳴る。あれだけ何度も来たのにこの一時間の間に誰かに機先を制されていたらどうしようと2Fへ急ぐ足は慣れぬ革靴でぎこちないが、結論から言えば急ぐ必要は全くなかった。

2Fは施錠されたままだったのである。

何かの間違い? 他の2Fがある? アッというまに定員が埋まってしまったのでもう締め切ってしまった? 様々な思いが去来しながら電話してみると、電話口の先生はもう来たんですか? と驚かれた様子で、開錠しに来てくださった。筆者は一番乗りだったわけである。

先生は開いていなかったことをお詫びしてくださりながら、順番は選考に関係ないこと、開園の7時半にやってきた人がいたが出直しをお願いしたことを柔らかい口調でお話しされた。

筆者としては「時間を守れない保護者」ということでマイナス評価が下ってしまったかもしれない……朝のお忙しい時間帯にやらかしてしまった……」

と後悔しつつ、妻にそういうことなので娘とゆっくり来るようLINEをした。

他の親御さんたちは受付開始の9時までに3組、過ぎてからも続々来園されており、筆者は自分のから回り具合に恥じ入りながら、親子3名で面接の部屋へ向かった。

娘はいつものおしゃべりマシンガンぶりはどこへやら、人見知り全開であったが先生方は娘が伝えたいことを丁寧にくみ取ってくださっていた。筆者や妻もお尋ねいただいたことはしっかりお伝えすることが出来たと思う。

10時前に面接が終わり、親子3人互いの健闘を称えあいながら帰路に就いた。

窮屈なスーツから解放され、ついにここから真の有給である。前に車で通って目をつけていた新たな公園を開拓し、娘は自分の滑り台コレクションにまた新たな1ページが」刻まれることの喜びを全身で表現していた。来た当初はできなかったちょっとしたボルダリングが帰るころにはできるようになっており、成長を感じた。

昼は妻が敬愛してやまないめっけもんへ。毎年秋の平日ランチ限定の丼を今年も食べることが出来て嬉しい。

その後買い物をしていたら着信があり、業務トラブルの相談であったがなんとか口頭での指示で解決することが出来た。

休みなのに……mm

勤め人として……mm

折よくガソリン割引クーポンがLINEに来たのでガソリンを入れたところで人間サイドはガス欠し、帰宅して親子3人川の字になって寝た。15時半ごろだったと思う。

輪唱のようになっている妻子の寝息を聞きながら、幼稚園に行けるかどうかはわからないけれど、この時間を得られただけでも今日有給を取ってよかった、としみじみ思った。

夫として……mm

父として……mm