余談
なんと前回の感想から二年以上が経ってしまった。確か19巻の感想を書きあぐねている間に20巻が出てしまって……という感じでタイミングを逃してしまったように思う。
さていよいよ連載はクライマックス、全話無料という大盤振る舞いが先週まで…であったが恐ろしい反響により20日まで延長となったという。まだ未読の諸賢の月曜日の過ごし方は決まったように思われる。
とか書いていたら愛娘がぐずりだし気が付けばなんだかんだで20日の17時14分である。
未見の方はとりあえず読んでください!
そしていつの日かこのブログに帰ってきていただければ幸いである。
そして今回、この無料開放で27巻分も読んじゃったからわざわざ買わなくてもいいかな……と思っている諸賢。
実はゴールデンカムイは単行本化にあたっての加筆修正が多いことでも知られており、主にその偏愛を受ける谷垣は今巻は登場しないが、セリフやあるいは死亡する人物など見逃せない変更点が見られた。
それらをひとまず確認し、自らのライブラリに加える前の参考に本記事がなるのであれば幸いである。
本題
ということでここからはゴールデンカムイ27巻までの容赦ないネタバレが乱舞します。
前巻まで
さて随分と間が空いてしまったので筆者自身の復習も兼ねて前巻までの流れを振り返っておきたい。
役者は札幌ビール工場へ集い、窮地に陥りながらもアシリパはウイルクの過去の真相よりも彼に託された未来を、杉元は誰から生まれたかよりどう生きるかを、それぞれ「未来」を語り突破する。
刺青人皮はいよいよ残り2枚。揃うかと思われたときどう考えてもジョン・ウェイン・ゲイシー(リンク先閲覧注意!)な上地は自らの刺青を台無しにしてしまっていることが判明する……が実は刺青人皮の暗号は全部そろわなくても解ける類のものだった。
失意のうちに落下死を迎えようとする自分を窓ガラス越しに見て歓喜して舞台を去る(ややこしいね)道化・上地。
残り1枚。
それは、門倉元看守部長(現無職/お腹がだらしない)の背中に彫られていたのだった。それこそは時系列的にも最後に彫られた刺青。
不思議な符合であるが筆者が最後に書いていた感想記事である18巻にて門倉は尻を丸出しにしていながらも注意深く背中は見せていなかったことが周到な伏線となっていたのである。無駄に尻たぶを見ちまったぜ。
札幌ビール工場の一角、火災に巻き込まれた杉元一行を突如裏切る海賊房太郎。自らの帰る場所、故郷を作るために金塊を得ようとするアシリパ。房太郎の金塊が無ければ杉元とずっといられるという言葉に迷いながら、彼女は故郷を守るために金塊を活用するべきではとも考える。
上は大火事下は大水。地下のビール樽が割れ、洪水となっている中で鯉登が房太郎に挑みかかるが、二之太刀不要の示現流は酔っていたためか精彩を欠き、辛くも月島に助けられる。アシリパよりも優先されて……。
こうして逃げおおせたかと思えたアシリパであったが世紀末リーダー伝たけし!のたけしの頭のガラス以来の見事な伏線により二階堂によって捕えられ、鶴見一派の手に落ちる。鶴見に伝わるように報告する鯉登はそんな自分に戸惑うのであった。
白石によって解放された杉元はもはやそこにアシリパがいないとも知らず、房太郎に挑みかかる。
あと門倉はピタゴラスイッチ……門倉スイッチによりなんか助かりました。身構えているときには死神は来ないものだ。
サッポロ・ビール・ラン(SBR)
火災は延焼し、消防組が動員される。密かに超A級の狙撃手の戦略が交錯する中、房太郎を打倒した杉元一行は鶴見一派が「足」を手に入れたことを知り、呉越同舟、房太郎に運転を任せ後を追う。(ちなみにこの宣伝車のモデルはキリンビールのものであるらしい)
土方も合流しチェイスは加速……と思われたが房太郎のハンドリングが怪しい。やはり示現の太刀は彼に深手を負わせていたのだ。
執拗な銃撃の中、房太郎は白石をかばって命を落とす。家族を、故郷を手に入れるためあらゆるものを犠牲にしてきた男は最期に自らを犠牲にして同じく天涯孤独のみの上である白石という「家族の素になりうるもの」を守り、その遺志を伝えたのである。その行為こそが家族愛ではなかった。筆者は彼の行動にワンピースの白ひげを思い浮かべたりした。そして彼は白石に金塊が初めて集められた地の場所を託す。
寂寥感漂うシーンで白石は「忘れねえぜ…海賊房太郎こと大阪房太郎」と房太郎の本名を間違えてしまう(大沢房太郎が正しい)。これはいやもう忘れちゃってるぜというギャグ、の向こうにやはり「犯罪者の名前が肯定的に語り継がれることなどあってはならない」ということなのか……と思ったが単行本では削除されていて、真意がはかりかねるところである。
一方鶴見たちの車両に取りついた杉元と菊田が実は旧知の間柄であるらしいことが分かり、あるいは杉元をかばうかのように菊田は車両から蹴り落とす。
援護を狙ったソフィアもまた、第七師団の練度の前に競り負け、アシリパ共々連行されるのであった。
隙あらば余談
さておよそ3巻近くに渡って舞台となった札幌ビール工場であるが、この前身となった開拓使麦酒醸造所を立ち上げたのは実は薩摩人であったりする。
彼の名は村橋久成。薩摩藩が幕末密かに企てた密航留学生のうちの一人であり(薩摩はすぐそういうことする)、現在の新幹線停車駅、鹿児島中央駅前には「若き薩摩の群像」として銅像が残っている。
函館戦争中に「青天を衝け」にも登場した医師・高松凌雲を通じて榎本武揚と交渉を行い、榎本は降伏、彼の命を繋いだ。
その後流転を経て神戸で行き倒れるという数奇な運命をたどった人物である。
サッポロビールを飲む際には少し脳裏に思い浮かべてみてもいいかもしれない。
ちなみに筆者は一度だけ札幌に行ったことがあって、その時の道内限定のサッポロビールのおいしさが忘れられない。コロナ禍が明ければもっとも訪れたい場所の一つである。
黄金の対面
鶴見はソフィアの持ち物から、彼女がかつて「ゾーヤ」として出会った人物だと知る(汁)。
ソフィア・ゴールデンハンド。単行本加筆された鶴見のセリフによれば「民衆にとっては痛快な義賊の輝く黄金の手/一方では革命のために沢山の人間を犠牲にしてきた呪われたゴールデンハンド」。
いきり立つ彼女はしかし、目の前の人物が「長谷川サン」であると気づく。そう、またも不思議な符合として18巻と内容が呼応するのである。
鍵穴からのぞく月島軍曹は、鶴見と長谷川写真館を訪れたことを思い出す。文字通り滅私奉公してきた彼のアイデンティティを揺るがす鶴見の公私混同の予感にいら立ちを隠せない月島軍曹。
鍵穴の向こうではウイルクとユルバルスがソフィアと別れ、訣別するまでが語られる。
ユルバルスとウイルク。かつてはソフィアを守護する前門の虎後門の狼であった彼らは虎狼のさだめか悲しい訣別を選んでしまう。
これまた前回感想から今回感想までの間に筆者は一女の親となっており、なるほどウイルクの変節に納得も出来るように思えたのは期せずして娘から贈り物をもらった気分であった。
とはいえその後もあらゆることを最短経路で決断していくウイルクを考えるとより大きな深謀遠慮があったのではないかと思ってもしまうのだが。
その訣別をアシリパはユルバルスがソフィアを愛していたからだと分析するが、当時から彼がふくよかな女性を好んでいたことは長谷川写真館でのやり取りでも示唆されている。
もちろん体型など関係なくソフィアを愛していたのだと考えることもできようし、同じく長谷川写真館でのやり取りにソフィアがウイルクを意識していることを嫉妬しているように思える描写もあるけれども、実際にアシリパが見ておらず、読者に提示されているユルバルスの表情を見るにやはりウイルクへの親愛の情と可愛さ余って憎さ百倍の裏返った感情が彼を狂気に走らせたのではないかと筆者は考えてしまう。
ただ、ウイルクはあくまで合理的でありこの時彼はユルバルスを「まだ利用価値がある」と思っていただけではないかと思うのだが……。どちらかというと彼にとってこの場面は、合理的であるがゆえにユルバルスの気持ちを読み違えてしまった、というところなのではなかろうか。
いよいよ話は七人のアイヌにもたらされた惨禍に繋がっていく。その端緒となるのは有古の父・シロクマル。これまた単行本書き下ろしのチエトイのヒンナシーンなどウイルクのカリスマ発現描写を見せながら、鶴見は疑惑という毒矢を彼らに放つ。
果たしてそれは命中した。この時今わの際に鶴見一派と話をしたのは雑誌掲載時のキムシプからシロクマルに変更されている。
ウイルクの誤算は追跡者もまた愛する妻子を持ち、そして彼の場合は喪っていた鶴見であったこと。執念の追跡の末邂逅した二人。長谷川の成れの果てと気付くウイルク。何とか逃げおおせた彼は、北海道で最も堅固な要塞・網走監獄へ自ら入城するのだった。
ユルバルスはあれほど憎んでいたはずのウイルクの生存を予感し目を輝かせるも、やはり彼の考えを「弱い」と断じ、そして網走での凶行に至った。その時の目のハイライトの消えっぷりが対照的である。
しかしこの流れを追うと、筆者はウイルクは自らの死をもってしてアシリパに時代の旗手としての選択を迫ったように見えるのは考え過ぎだろうか……。
語り終えた鶴見は彼の妻子を殺したのはウイルクだと告げる。彼が自ら剥いだ顔の皮を被り、アシリパに呼びかけながら……。
その狂気にアシリパは父の罪を悟り、ソフィアは鶴見の目的を復讐かと尋ねるが、鶴見の回答はあくまで日本国の繁栄という大きな道の過程に個人的な弔いがあるのみと語る。それを聞いて誰よりも穏やかな顔になるのは盗み聞きしている月島軍曹であった。
鶴見は語る。ウイルクがすべての元凶ではない。真の元凶とはどんなカムイよりも醜悪で凶暴で触れるものに無惨な死をもたらす、眩いほどに美しく黄金色に輝くカムイ――
――黄金に宿るゴールデンカムイではないか、と。
しかし筆者にはそう語り、近しい人の死を予言し、アシリパを篭絡せんとする鶴見その人こそその禍々しきゴールデンカムイの受肉した姿のように思えてならないのだった。
邪悪なるゴールデンカムイ・鶴見がゴールデンハンド・ソフィアを窒息死させようとする中、ついにアシリパは父の名、「ホロケゥオシコニ」――「オオカミに追いつく」を告げるのだった。
考察・感想(妄想)
筆者も無料開放分で続きを全部読んでしまったのでこれからの予想などしてもずるっこなのでやめておくが、ふと気になったのが鶴見の妻・フィーナの素性である。賢い女性であれば怪しすぎる鶴見と結婚し、子どもまで設けるだろうか? 18巻の描写からしてそこに愛があったことは間違いがないのだろうが、元々は彼女にも何か別の思惑があったのではないだろうか?
狂気のゴールデンカムイ・鶴見を打倒す手段はもしかしたらそういうところに眠っているのかもしれない。結局月島を伴って長谷川写真館を訪れた時、老人が彼らが長谷川を知っていたとしたら何を伝えたかったのかも気にかかる。長谷川がスパイだということは判明しているだろうから残党狩りなのかもしれないが……。
また、雑誌掲載分の後読むとアオリやハシラ文も本作の魅力に大きく寄与してるので是非そのまま残してほしいと思う次第であった。
ではまた28巻感想か、291話感想でお会いしましょう。