カナタガタリ

すごくダメな人がダメなすごい人になることを目指す軌跡

M-1グランプリ2022感想走り書き

ちょこちょこM-1グランプリの感想は書いているのでせっかくなので今年も書いておきます。

kimotokanata.hatenablog.com

kimotokanata.hatenablog.com

kimotokanata.hatenablog.com

優勝はウエストランドでした。おめでとう。

最後の結果発表まではとても楽しく見ていました。

「誰も傷つけない漫才」というのはある種イデアのようなものだと思いますがだからこそ「テクニック」としては挑み甲斐があるものなんじゃないか、と筆者としては考えるところです。

例えば筆者は創作をしますが、所謂「死にネタ」「病ネタ」「色恋ネタ」を使わずに人の感情を動かすことは難しいけれど、だからこそやり甲斐を感じます。

「悪口」というのは、「毒舌」というのは良きにつけ悪しきにつけ人の心を動かしやすいものだと思いますし、だからこそ「そうではない」笑いというものに筆者としては「テクニック」を感じます。

また、回収できる笑いに対して傷つける範囲が広いネタは、単純にコストパフォーマンスが悪いようにも感じました。

なので、審査員の講評も自分たちが偉くなってできないガス抜きをウエストランドを駒としてやらせようとしているように感じてあまり納得できませんでした。

総じて博多大吉先生への信頼が高まった1日でした。

 

「1番の映画」ではない――スラムダンク新作映画『THE FIRST SLAM DUNK』ネタバレ感想

※滅茶苦茶スラムダンクのネタバレがあります

見るまで

スラムダンク新作映画『THE FIRST SLAM DUNK』を妻と一緒に見てきた。

本来は12/3の公開日に見たいところだったが仕事で断念、翌日も地域の行事で断念、ここでこそ見るぞととっておいた5日月曜日の有給も14日に振替……。まさに公開、あれから10日後――といった視聴予定になりそうだった。

それでも、育児真っ最中の中、劇場で鑑賞できるだけでありがたい。基本は在宅育児の娘は週に1回、近くの一時保育施設で預かってもらい、妻はその日に自分のメンテナンスやこまごまとした家のことを片付けてくれている。幸い娘もその時間を楽しんでいて、年上のお兄さんお姉さんに可愛がってもらっているようだ。

その貴重な1日を、今週は妻は土曜日にずらしてくれた。土日は出来る限り筆者が娘の相手をするようにしているので、そこに一時保育日を入れる、ということは筆者は1日娘メインの日が浮くし、妻は平日ずっとワンオペということになる。

「気にしないで」妻は言う。「私も早く見たいと思っていたから」

この不公平性を少しでも緩和するためにやや早いクリスマスデ~トとして妻の服を選びながら、しかし胸中様々な思いが渦巻いてもいた。

果たして今から見る映画を妻は楽しんでくれるだろうか。自分は楽しめるだろうか。親子3人の時間を引換にしただけのものを得ることはできるのだろうか……。娘が生まれてからこちら、可処分時間・所得の活用方法というのは我々にとって常に横にある話題であり、高速代とガソリン代、もちろん映画鑑賞料やパンフレット代、移動に伴う時間や上映時間……それらをぜいたくに使う映画という娯楽はどうしても隅に追いやられ、それであっても妻は筆者のためにその時間を何度か提供してくれ、それらは記事として結実した。

kimotokanata.hatenablog.com

kimotokanata.hatenablog.com

妻はあまり「見るぜ視るぜ、映画を観るぜ」というタイプの人間でもない。そんな妻が娘を預けてまで見たかった映画。『THE FIRST SLAM DUNK』。その期待に応えてくれるのか。

交際前、筆者は妻の「チップとデールの片方なら倒せる」という発言に心動かされ、「スラムダンクで一番好きなのは水戸洋平」という宣言にすっかり惚れてしまったという経緯もあり、我々にとって思い出深い作品、スラムダンク。もちろん我が家には新装版が全巻揃っている。

このツイートをLINEでシェアしたのがどちらからかだったか思い出せないくらいだ。夫婦で様々な予想妄想憶測を膨らませた。やはり山王戦か、それともIH編を三部作とかで? もしかしたらリブート、いやいや黒板マンガ+αかも――。ジャンプ原作映画の大作化が増えていたこともあり期待は尽きなかった。

懐かしく記憶にあるアニメ版を東映公式チャンネルで太っ腹にも無料配信したりもし、制作側の本気も伝わってきた。

だからこそあの特番で大きな失望と不安を抱くようになってしまった。

「山王戦をTVアニメのキャストで忠実に映画化する」という「見えている正解」をしてくれないのか……?、という気分になった。これはニンジャスレイヤーのアニメ化(なにがシヨンだ)の時も同じようなことを思い、そこからの当該コンテンツの急激な「オワコン化」がフラッシュバックした。

キャスト一新するのにTV版アニメをPRとして配信していた、というのもかつての思い出を「エサ」に使われてしまったようで嫌だったし、なにより生配信でコメントも閲覧できる状況で声優諸賢を盾に使っているような番組構成も制作者側の姿勢に疑問を持ってしまうことでもあった。

それが販売開始後であったこと、その後の情報の伏せ方もあの「ジョジョASB」のような逃げ切り前提のような感じがしてしまった。

それでも、見ようと思った。見届けようと思った。2人分のムビチケを買った。

「たとえどんな映画であろうと、このイラストは格好良く、手元に残して置けるから、2,000円弱で格好いいイラストカードを買ったと思えばいいよね」

購入日、渡すと妻はそう言って、ムビチケの流川と三井の頭を交互に撫でるような仕草をした。

公開当日。年に1回の仕事をどうにか終えた時には18時が近くなっていた。TLの気配は決して荒々しくはなかった。信頼すべきTL諸賢は軽率なネタバレをつぶやくことはなかったが、それゆえにある種のことは予感させた。それは「シン・エヴァ」の時もそうであったように。

とはいえ夜も更けると少しずつみんなの口が緩み始めるのも仕方のないことで、これは出来るだけ早く見に行った方が良さそうだな、と感じた。そうして予定を少し前倒しして鑑賞することにしたのである。

前日、せっかくだから、とIMAXを予約してみた。既に結構な席が埋まっている。

見た

冒頭、1on1。外用のバスケットボールを地面にドリブルして起こるあの独特の甲高い音。バックボードに当たる音。地面とシューズの摩擦音……。

急激に自分が「あの頃」に戻されていくのを感じた。「バスケット少年」なんて名乗るのは面はゆい、でもなんだかんだで中高6年間バスケ部だった時、より、ちょい前。小学校時代。朝の授業前、昼休み、放課後。ハンベ(ハンドベースボール)もいいけど校庭の隅のバスケットゴールがあるところでやる、適当にラインを引いての3on3は楽しかった。もしかしたらトラベリングもダブルドリブルもあったかもしれない。それよりもシュートが決まった快感、ブロックできた達成感が大きかった。世代ではなかったけど、上のきょうだいがいる友人宅でスラムダンクは全巻読んでいた。

そうだ、あの頃があったからこそ自分は中学校でバスケ部に入ったのだ、と思い出した。競技としてのバスケのルールの複雑さ、厳しい上下関係、女バスほか体育館を使う部活との惚れた腫れた……そういった「余分なこと」にとらわれて忘れていた。バスケットが好きで、楽しかったからバスケ部に入ったんだということに。

目の前の少年の予感される悲劇に胸を痛めながらめぐる思考が急ブレーキで止まる。

描き出される宮城リョータ。そして湘北スターターたち。三井寿赤木剛憲流川楓桜木花道……。その姿はまさに臨戦態勢だ。音楽がいやおうなしに気分を盛り上げる。

そして。

バスケットは5人ではできない。相手がいる。

足からせり上がってくるカメラ。興奮は早くも最高潮だ。まさか。まさか。

胸元に刻まれた「山王工高」。

きた!

そして映し出される、夢にまで見た動く山王工業のメンバー。

表示される「秋田県代表 山王工業高等学校」の文字。

横の妻をちらりと見た。目が合った。2人とも、マスクが無ければ、暗闇でなければとてもお見せできないようなオタク丸出しの「フヒヒ…」という顔をしていたであろう。

山王戦だ。動く山王戦が見られるんだ。自分の体が前のめりになり、声をあげそうになるのを必死で抑える。ちょっと泣きました。

10人は彩られ、ジャンプボールから試合が動き出す。

最初の1on1でも感じたことだが、音が本当にいい。地響きのような強豪校の応援、コート内のやりとり、交代やタイムアウトの音。コートとバッシュの摩擦。屋内バックボードに当たる音。ゴールネットをボールがくぐる音。最高のタイミングでかかる劇伴。

そして、視点だ。バスケットボールの試合はスピーディで、カメラの数も限られているから俯瞰になることが多いが選手の視点で映されると臨場感がまるで違う。自分とマッチアップした相手の威圧感、なかなか相手を振りきれないパスを出したい相手のもどかしさ、視線はしにチラチラして気になる素人……「こう」だったんだ、宮城リョータの山王戦は、とこれ以上なく贅沢に伝えてくれる。

それ以外の細々、シュートが決まった後のバック走やチェック、イチノのスッポンディフェンス絶対嫌だという実感……カメラワークがバスケという競技の魅力を存分に引き出していた。

勝敗はわかっていてもなお、山王は恐ろしく、何度も読み返すたび思ったように、いや、動くからこそよりリアリティをもって「今回は負けるかも」と思う。「勝利確定BGM」が流れてもそこに割り込んでくる反則スーパーエース沢北の恐ろしさのすさまじさを改めて実感させられる。

それでもリョータは諦めない。彼が山王戦中に繰り出す言葉は、現役バスケ部員時代の筆者を何度も鼓舞してくれた。「流れは自分たちでもってくるもんだろがよ!」「ドリブルこそチビの生きる道なんだよ!」その言葉がまた、あの頃より倍近く人生を重ねた筆者に(えっ……豊玉の監督ってもう年下……!?)響く。168cm。当時の筆者とほぼ同じ身長。筆者に彼のようなスキルはもちろんあるわけはなかったけれど、っていうか168cmってやっぱチビの部類なんだ……と思ったりもしたけれど、同じようにリョータに救われたバスケ部員は多かったことだろう。

過去と今が交錯し、色々なしがらみを切り裂くような鋭いドライブはまさに今回のキラーシーンだ。そしてそれは三井の4点プレイにもつながり、士気はますます上がる。これがNo1.ガードでなくてなんだというのか。

そして終盤。原作でページを繰る手ももどかしく、息も忘れる展開は「やっぱ、みんなそうだったよな」と思わず言いたくなるほど「その感じ」が再現されていた。「スラムダンク」というタイトルでありながら、生まれ持ったポテンシャルに依存するそれではなく、地道な積み重ねにより習得したことが勝負を決める。スラムダンクに対して「結局才能ってマンガだろ」というやつがいたとしたら、「まあまあ、そういわず山王戦まで読んで」と勧めたい。

鑑賞後、妻と筆者は静かに立ち上がり、娘を迎えに行くために愛車に乗り込み、直ちに曲を流した。

第ゼロ感

第ゼロ感

  • provided courtesy of iTunes

あの映画見た後この曲を聴かないでいられる人、深津並みのメンタルの持ち主だと思う。

見た後

「1番の映画」としてどうだったか?

映画、というより体験として得難いものだった。

公開前の懸念は払拭されたと言ってもよく、しかしその良さ故に「もうちょっと、こう……」という部分がありもした。

「THE FIRST」。そのタイトルに色々と憶測が飛んだが、1つのニュアンスとしてバスケのポジションとしての1番――PG(ポイントガード)があるということは間違いないだろう。

そして、その視点で見るとどうしても物足りなさを感じてしまうのだ。

この映画の主人公は湘北の1番、宮城リョータであることは衆目の一致することだろう。しかしそのライバルは同年代の山王のスーパーエース、沢北に位置付けられているように思う。もちろん、そうであっても最終盤のオリジナルシーンで「1番をすることもある沢北」とリョータが対峙するのは心憎い演出ではあるのだが……。

山王工業の1番にして主将。すなわち日本一のチームのキャプテンにして1番、深津一成。

ノーマークの相手にド派手なアリウープで先制を決められてもクールに自ら点を取り、「同じ2点だピョン」とリセットして見せる男。

チームの精神的支柱であり、試合の最後最後において監督さえもそのゲームメイクに託した男である彼こそはまさしくリョータの理想像であり、越えるべき壁であり、もっと、本作ではフィーチャーされるべきではなかったか。

山王戦でカットされた場所はいくつかあるが、「深津を評価するおじさん」や観客の「イヤなところで仕事するのが深津」というセリフが削られてしまったのも追い打ちになってしまっている。

そうしてもう1人、かけがえのない「1番」が本作ではほとんど触れられない。

安田靖春(やすだやすはる)、通称ヤス。

原作ではリョータと小学校からの幼馴染の彼は、山王戦のベンチで懸命に応援はしているものの、それ以外では三井とリョータの最悪な再会シーンで位しか出番がない。(きっちり学ランを着ているヤス、めちゃくちゃわかる……と言った感じだ)

登場当初から桜木と赤木の間で翻弄される糸目の2年生部員として扱われなかなかリアル等身の描写がなされなかったものの、三井がやんちゃしていた時には正面切って「帰ってください」と頭を下げる部と部員を思い、胆力のある男であり、未だ映像化されていない(本作の桜木のリバウンド全国デビューシーンで一瞬だけ出た)豊玉戦で相手の挑発に乗せられたリョータの代わりに湘北チームの1番を引き受け、流れを変えた功労者。まさに「心臓バクバクでも平気なふりする」1番の魂の擬人化のような男である。

ところが、リョータの話であり1番の話であると思われた本作での活躍は上記のようにさみしいものとなっている。バスケは1人ではできないチームスポーツだ。煌めくようなシュートセンスもなく、天を衝くような身長(タッパ)もないリョータは素晴らしいクィックネスと感性を持っていたとはいえ、強豪校・陵南にそれだけで声をかけられるとは思えない。チーム自体に力があり、そこにはヤスがいたはずである。

本作で転校時のあの状態から「バスケだけがよりどころ」と述べられるようになるまでは中学校時代のヤス達との日々があった。そこをもっと描写してほしかった。新しいシーンを作らなくても、リョータの挨拶のシーンであれっと思うヤスがいるとか、三井との邂逅の後にヤスと部員たちがやってきて声をかける(周りが止めているのに話しかけてヤスの意外な度胸がここでも確認される)とかするだけで違ったんじゃないかな、と思う。

パンフレットによると当時は描けなかった親視点での話が描けるようになった、ということを井上先生は述べていたが、逆に当時小出しであっても感じられた高校生の青春という意味ではここも掘り下げてほしかった、リョータがバスケが好きであり続け、かつ1番であり続けた理由として欲しかった関係性だ。

リョータの物語」として

では「宮城リョータの物語」としてはどうだったか。

重複するが、ヤスの過去編での薄さが気になる。従来より上記の井上先生のイラストにあるようにリョータより上の背番号である6をヤスが背負っていることについては赤木との相性、素行の面から見せしめの意味で同じポジションで親友でもあるヤスに与えられたのだと思っていたが、今回リョータが兄の形見と言ってもいい「背番号7」にこだわりがあることが明らかになった。

であればこそ、「ヤスなら6番でもいい」みたいな描写があってもよかったのにな、というのは正直なところである。どうもこれまたパンフレットでリョータを主人公にした理由の1つに2年生の物語が薄かったから……というのがあったらしいが、それならばこの関係性を薄くするのはどうなのだろう、と思ってしまった。

また、今回関係性が深掘りされた三井とリョータについても前述したようにヤスの度胸を見せるシーンがターニングポイントであり、劇中での出来事を補強できたはずなので勿体なかった。さすがに細かくなりすぎるのかもしれないが。(襲撃自体がなかったことになっている……とは考えづらいが……)

リョータ、2年生、といえば彩子との描写もそうである。原作では一目ぼれであると明言され、デレデレのリョータだが本作でそのような描写はない。特に必要だとも思わないが、妹の様子を見るに、リョータの母も元はもっと天真爛漫な女性だった感じがあり、(最終盤でその片鱗が伺えるような気がする)快活な彩子にその時の母の姿を重ねたのではないか……と筆者などは考えるのだが一切描写がないので推論に過ぎない。

続けて「ダンナ」と慕う赤木との関係性について。実は今回筆者が最も残念だったのはスラムダンクで最も好きな「感情的になるな……」のシーンの削除だったのだが、その回想で登場する「月バス」は意外な登場を果たす。

リョータの兄、ソータの形見として同じ「最強・山王特集の月バス」が登場するのである。じゃあベタだけど嫌な奴だと思ってたけど「バスケに対して真剣で、亡き兄と同じ夢を持っている」ということがきっかけでリョータの赤木への見方が変わる、というのを回想で示してくれていいのに、というのはわがままだろうか……。

今回の「リョータの物語」のコア、母親との関係性について。子の親になったということもあり、どの年のリョータが泣くシーンでも筆者はワンワン泣いてしまった。手紙にうっかり書いた文でも泣いた。

バスケ部員時代、補欠の補欠だった筆者。母は曾祖母2人の介護と幼い弟達の世話で手いっぱいで、試合を見に来てもらう、ということはほとんどなかった。どうせ出るかどうかもわからないからいつしか試合の連絡もしなくなった。試合の合間、他人のお母さんが作ってくれた差し入れを食べ、頭を下げ、狭い体育館ではシュート練習を出来るのはレギュラーだけだからボールを磨く。お母さん方はそんな筆者を気の毒に思ったのだろうが特に褒める点も見つからないので「お辞儀の仕方が丁寧ね」となんとか言葉を絞り出してくれて余計に申し訳ない気持ちになった。

中学最後の試合。もう相手の学校さえ覚えていない。お情けでもらった背番号は多分ラストの18とかだったと思う。点差が開いていく。残り時間あとわずか、逆転は不可能。コートのメンバーが総入れ替えされる。筆者、17,16,15,14の背番号の面々。思い出作りだ。あと3分とかで20点を逆転できるような逸材が補欠の補欠になるわけないのである。

おふくろが、末弟と少し離れたところで見守ってくれていた。筆者はいつの間にかボールを手に持っていた。切れ味鋭いドライブ――なんてできるわけもない。とりあえず考え無しにダムダムついて、阻まれて、苦し紛れのシュート。

入ってしまった。3Pだった。もちろん、波乱はなく、試合は終了した。公式試合スコア3点。それが筆者の中学校バスケのすべてだった。よくわからない弟がはねて喜んでいたのがわかった。これでうっかり高校もバスケ部に入ってしまい、塗炭の苦しみと生涯の友人を得ることになるがさすがに脱線が過ぎる。

山王戦、母が来ていたことを恐らくリョータは知らないだろう。けれどそれがきっと彼の力になっていたはずである。

この対比として犠牲になっただろうキャラクターが沢北の父、テツ沢北である。バスケットキt……フリークである彼の尽力によって「スーパーエース沢北」はつくられたと言っていいだろう。原作では息子に会場で惜しみない声援を送る協力的な父。リョータの母とはまさに対角線上の関係にある。

きっと、だから彼は本作に登場しない。(魚住みたいによく見たら背景にいるのかもだけど)「来ない親」として設定され、それによって沢北は負けたというように。

リョータと母の関係性の終着点として「会場への応援」を持ってきた点は良かったと思うが、それにより既存のキャラクターがオミットされてしまったように感じてしまった。

それはそれとして、今まで手が震えることのごまかしとしてポケットに手を入れていたリョータが最後にソータの形見を渡すためにポケットに手を入れる描写はすごくよかった。そのときの母の表情も。

極めつけはラストシーンである。海外進出を果たすリョータ。フィジカルの不利を語る沢北よりも更に背の低いリョータが敢然と立ち向かう……。

いい。いいのだが、視聴しながら「リョータが主役で、キャプテンを意識している……つまりラストは『新キャプテンのリョータだ!』のあいさつで締めだな」と思っていたので予想外の着地に驚いてしまった。それは兄をなぞっただけであり、リョータはさらにその先を行く……ということだったのかもしれないが。

いつの間にか8,000字を超えてしまったのでこの辺りで。ハードルを下げていたこともあるかもしれないが特に試合シーンに関しては素晴らしい体験だった。IMAXで見て良かった。試合シーンだけまとめてみたい! という感想を抱いてしまうのがいいのか悪いのか。

あんなにつらかった灰色の青春だったはずなのに、三井を何度でもよみがえらせるあの音を聴くと、なんちゃってバスケットマンであった筆者の血も騒いでしまうから不思議なものだ。近所のバスケットコートを検索している自分がいた。

宣伝のズレでこの作品が届くべき人に届かなくなってしまうと思うと非常にもったいない。劇場で見ることでさらに楽しめる作品だと思うので、ぜひ足を運んでいただきたい。配給会社におかれましては、OPのシーンを解禁するだけでもかなり動員人数が変わると思うのですが、いかがでしょうか。

ひとまずは本日発売のこの本が手元に届いたら、出来るものがある答え合わせはやっていきたいと思う。9,000字超えてしまった。週末はシュートを打とうと思う。

この記事は「孤独のカナタガタリ Advent Calendar 2022」14日目の記事でした。

「silent」でスピッツに興味を持った人に聴いてほしいスピッツアルバム曲

これは「孤独のカナタガタリ Advent Calendar 2022」8日目の記事です。

余談

その人は決まって筆者のことを「かなた君」と呼んだ。
近所だった頃によく遊んでいたが、5才の時の引越しによって疎遠になり、それきりだと思っていた。
公立高校の合格発表日。朝のある時間までに担任の先生から電話が無ければ合格、という形式。
その時間から30分が過ぎて、どうやら合格したようだ、という安堵と喜びがじわじわと沁み出てくる。
もう少しすれば高校に合格者の受験番号が貼り出されるということで、筆者は母の車で「母校」になりつつある場所へ向かった。
同窓生となる人々が思い思いの喜びを爆発させており、その合間を縫って母と自らの受験番号があることを確かに確認し、母は親類への連絡に余念がなかった。
母の献身が無ければ決して掴み取れぬ合格であった。多少は恩返しできたろうかと思った。
叔母か叔父かに何かを電話越しにつらつら話していた母は人ごみに誰かを見とがめて手を振った。
そこに、その人とお母様がいた。親同士はなにやら盛り上がっていたが、我々は思春期真っただ中であり、先方は「かなた君、おめでとう」の後押し黙り、筆者も「ァ…ドモ……」みたいな言葉を絞り出すのがせいぜいであった。精一杯すぎてほぼ10年ぶりの再会であるのに名前で呼ばれたことすら帰ってから気がついた。
「幼なじみと高校で再会!」という出来過ぎのシチュエーションはそれを活かせぬ者にとっては無用の長物でしかなかった。
学年は同じでもフロアが異なっていることもあり、日中顔を合わせることもほとんどなかった。
ただ時折、下校のタイミング、お互いの友人を裏門で(部室棟からは裏門の方が近かった)待ち合わせる際に待ち人が来るまで話すことはあった。
内容は取り留めのないものできれいさっぱり覚えていない。

暮れなずむ街を背に、門に続く塀に寄りかかり、ガラケーパケ死と電池持ちが怖かったので文庫本をぺらぺらと読む。短い時間だからこそ集中できたのか、深く読書世界に入り込める貴重な時間だったが、その時を「かなた君、だからそれはやめないと目が悪くなるよ」と中断されるのを待っていなかったかというと嘘になるかもしれない。けれどもう、その声も忘却の彼方である。
バレンタインデーに義理チョコをもらったときは「ガトーショコラ1/6サイズ…すなわち少なくとも5人はライバルが…いや試作とかお父様の分もあるかも……」
などと試験よりもずっと脳細胞を活性化させたりもした。
遠征中、部活仲間たちとの「なあ木本、お前彼女出来たのかよいいなあ!」「バーカ、〇〇さんの彼氏は木本じゃなくて◎組の木元だよ」「」
という筆者のツッコミが差しはさまる余地のない会話によってこの話は打ち切りめいて終わる。
裏門からではなく、正門から帰るようになり、ふとこちらからだとCDショップが近いことに気がつく。
ふらふらと入る筆者の耳に雑踏をかき分けて涼やかな声が転がり込んでくる。
およそ15年前、「さざなみCD」と筆者との出会いであった。

本題

余談が、ながくなった。

我が家はドラマを見ることは余りなくて、特に今放送中のドラマというといつが最後だったかちょっと見当がつかない。(一緒にサブスクで一気見したのは「透明なゆりかご」を9月ごろ、というのがあった)半沢直樹とか?

その我が家が今期は「PICU」と「エルピス」をほぼリアルタイムで見ている。妻はともかくとして筆者の処理能力ではこれが限界なように思えたが、TLと世間の盛り上がりに土曜の妻と娘が寝てしまっている間の暇つぶしにと、うっかり見逃し配信を延長してくれていた「silent」の1話を見た。

もう、ボロボロに泣いた。

目黒蓮さん演じる佐倉想君が最後のクライマックスで川口春奈さん演じる青葉紬さんに感情をぶつける。言葉はなく、荒い息遣いと身振り手振り、表情が織り成すそれは間違いなく「叫び」であり、その発露と、その様子に驚きながらなんとかコミュニケーションを取ろうとする紬さんの姿に筆者の琴線は震えまくってしまったのである。

結局4話まで本編を鑑賞し、スピンオフも見た。

泣いて、箱ティッシュを2箱消費してしまった。

同時に、想君と、鈴鹿央士さん演じる戸川湊斗君を知れば知るほど、

「こ…こんなにスピッツを煮締めたようなキャラクターが生み出せるのか…それも複数…」

と驚嘆することしきりであった。よく考えれば佐倉君からしスピッツどころかJ-POPの金字塔である「チェリー」からきているであろうし、そうなると湊斗君は「みなと」であろう。夏帆さん演じる女性は奈々さんだというからこれまた「ナナへの気持ち」…とスピッツへの目配せを感じてしまう。

劇中に出てくる曲も「楓」はいかにもな別れのナンバー…という感じであるが、キラキラ眩しい「魔法のコトバ」の活用の仕方がまたいい。

魔法のコトバ

口にすれば短く

だけど効果は凄いものがあるってことで

「魔法のコトバ」は恋い慕う人たちがお互いに呼び合うファーストネームなのではないか、と発売当時、リアルタイムで聴いて思ったものだ。

かつて忌み名という概念があったように、更に昔は名前を呼び、そしてそれに答えることが求婚の証であったように、ファーストネームで呼び合う、ということは特別な意味がある、少なくとも思春期パーソンにとっては――と、そういうことを33歳、どこに出しても恥ずかしくないアラサーになっても考える。

想君は耳が聴こえなくなる前に自分の名前を紬さんに呼んでもらえた。たった一度だったけれどその一回を心のうちにしまって、時々はこっそり取り出して思いに浸るということがきっとあったんではなかろうか。

(「silent」制作者が目配せをしている羽海野チカ作品――「ハチミツとクローバー」には「声っていつまで覚えていられるんだろう」というエピソードがあったりもする)

だから、最終回は多分想君が自分の声で「紬」と呼ぶことになるのだろう、と考えるけれど、そういう「ドラマ的」なこと、「ご都合」の薄皮を一枚剥がしてくれるのがこのドラマの魅力だと思うので筆者の想像を超えてきて欲しい。

ただ、最近の展開はそういう「ドラマ的」に沿っているようなことが多いようにも思えてちょっと視聴意欲が落ちつつあるのも事実である。

スピッツへの言及がドラマ内で減ってしまったからというのもあるかもしれないが……。

ということで(ということで?)「silent」からスピッツに興味を持たれた方に、スピッツというバンドが内包する奥深さ、バラエティの豊かさ、おもちゃ箱をひっくり返したかのような様々な曲をご紹介したい。

安易に選ぼうとすると結局「全部聴いて!」となるので、せっかくなので制限を設けたい。

・アルバム曲から選ぶ(カップリング集(花鳥風月、色々衣など)もアルバムとしてカウントする)

・1アルバムにつき1曲までとする

・公式プレイリストにある曲は除く(選曲が素晴らしいので是非聴いてみてください)

music.tower.jp

・柚木ログさんのPodcastで間借りした時の曲は除く

open.spotify.com

・想君が確実に聴いていただろうアルバム(小さな生き物)までにする

では、やっていきたい。

スピッツ/うめぼし

うめぼし

うめぼし

  • provided courtesy of iTunes

1stアルバム「スピッツ」からは「うめぼし」。「silent」主題歌「subtitle」では「正しさより優しさが欲しい」という正直な叫びが歌われているが、この曲では、

知らない間に僕も悪者になってた

優しい言葉だけじゃ物足りない

とさらに自分に正直になっている。正直すぎて不安になる。

奥田民生が自分のツアーで我がもののように歌っていたことでもおなじみ(本人談)。

彼のcoverが収録されたアルバム「一期一会」は残念ながら配信されていない。

椎名林檎の「スピカ」、中村一義の「冷たい頬」など垂涎の曲が他にも目白押しなのだが……。

番外にはなるがつじあやのさんcoverの「猫になりたい」は配信されているので是非ご一聴いただきたい。

猫になりたい

猫になりたい

  • provided courtesy of iTunes

名前をつけてやる/恋のうた

恋のうた

恋のうた

あれ? この猫去年の今頃テレビで見た…という方はかなりのお笑いフリーク。

ハライチの岩井さんがこの柄のシャツでM-1に臨まれていた。

そんな初期の名盤と名高い「名前をつけてやる」から「恋のうた」である。

きのうよりも

あしたよりも

今の君が恋しいから

コンパクトで可愛い曲調にスッと普遍的な言葉を入れ込んでくる、いい意味で小さくまとまった佳曲である。スピッツの中では割かし歌いやすい歌でもある。

アパート

アパート

  • provided courtesy of iTunes

「惑星のかけら」は実に「silent」味が強いアルバムで(が、公式プレイリストには一曲も入っていなかったりする)、表題曲「惑星のかけら」や「日なたの窓にあこがれて」など「ドラマ見てた?」と尋ねたくなるくらい解像度の高い歌詞で合わせて聴いていただきたいが、なんといっても「アパート」である。

誰の目にも似合いの二人

そして違う未来を見てた二人

小さな箱に君を閉じ込めていた

壊れた季節の中で

湊斗編じゃん…。

Crispy!/クリスピー

クリスピー

クリスピー

  • provided courtesy of iTunes

「ブレイク前夜」感がひしひしと漂い始めた「Crispy!」からは「クリスピー」。表題に恥じずサクサクとテンポよく進んでいく曲にマサムネ節とでもいうべき歌詞の配置がたまらない。

輝くほどに不細工なモグラのままでいたいけど

なんてどんな食生活を送っていたら浮かぶフレーズなのだろう。

聴き終わった後なんかサクサクしたものを食べたくなっていること必至である。

空の飛び方/恋は夕暮れ

恋は夕暮れ

恋は夕暮れ

  • provided courtesy of iTunes

「空の飛び方」の名前にふさわしく、スピッツが初のオリコン一位を獲得することになるシングル「空も飛べるはず」(ただ、発売すぐではなくドラマ主題歌に採用されての2年遅れのヒットだった)が収録されたアルバム。布陣に隙が無く、個人的にスピッツの曲で一番好きな「スパイダー」が収録されていたりと、(のちにシングルカットされる)「スピッツらしいアルバム」を聴いてみたいならまずはこれか「さざなみCD」と言った感じの名盤となっている。このアルバムこそ超メジャーバンドへと飛び立つスピッツの跳躍台と言ってもいいかもしれない。

「恋は夕暮れ」は「スパイダー」がシングルカットされる際にカップリングとして収録されたことからもわかるように、その中でも個人的には頭一つ抜き出た名曲、とりわけ歌詞がいい、と思う。

恋は昨日よりも美しい夕暮れ

恋は届かない悲しきテレパシー

恋は待ちきれず咲き急ぐ桜

恋は焼きついて離れない瞳

(筆者注/中略)

恋は迷わずに飲む不幸の薬

恋はささやかな悪魔への祈り

額に入れて飾っていたい歌詞である。これが金管楽器を交えて夕暮れに染まる街の様子が見事に描写されたメロディに乗るのだからたまらない。途中に挟まる切れ味のいいギターも最高である。

ハチミツ/あじさい通り

あじさい通り

あじさい通り

  • provided courtesy of iTunes

やってきました「ロビンソン」を擁する大アルバム「ハチミツ」もまた「ロビンソン」一強ではない、バンドがノリにノッていることを感じさせてくれるアルバムである。ここからは「あじさい通り」をおすすめしたい。

だって信じることは間抜けなゲームと

何度言い聞かせたか 迷いの中で

ただ 重い扉押し続けてた

だからこの雨あがれ

あの娘の頬を照らせ ほら

寄せ集めの花抱えて

こういう視点人物は花屋で花を買ってきてはいけない。そうなのだ。

どことなく霧雨のロンドンに現れたフランケンシュタインの怪物、のような物語を夢想してしまう、静かな温かみのある悲劇が迫っているような雰囲気がすこぶる好きである。

インディゴ地平線/バニーガール

バニーガール

バニーガール

  • provided courtesy of iTunes

またまた誰もが知る大名曲、「チェリー」を収録した「インディゴ地平線」である。「インディゴ地平線」。いい言葉だ。筆者ならこの単語を思いついたらそれだけで3日くらいニヤニヤ出来る自信がある。indigo la End がバンド名の元ネタにしたのもむべなるかなという感じである。

「silent」登場人物の名前のインスパイア先?「ナナへの気持ち」はこのアルバム収録。

劇中では想君と紬さんが学生時代ファミレスで話し込んで……というエピソードがあるが、「ナナへの気持ち」では視点人物がナナとロイホで夜明けまで話し込む描写がある。狙っているとしたらなかなか残酷な対比をするよなあ、という感じだ。

「ハチミツ」の「ロビンソン」の溶け込み具合に比べて、このアルバムではチェリーの浮きっぷりがすごい。というか最後におまけみたいな感じでえいっと入っていることからして、嫌々入れたんじゃないか、というゲスの勘繰りすらしてしまう。

そんなアルバムからは「バニーガール」にご登場願おう。「チェリー」のカップリングでもあるが、「チェリー」よりだいぶアルバムに馴染んでいる。

俺もまたここで続けられそうさ そんな気がした曇りの日

Only youの合図で回り始める

君と落ちてく

ゴミ袋で受け止めて

やはり世間的にあまり歓迎されてなさそうな視点人物である。

だから快晴ではないし、受け止めるのはゴミ袋だ。

だけど軽快なメロディは愚かでも瑞々しい恋の喜びに満ちている。

フェイクファー/仲良し

仲良し

仲良し

  • provided courtesy of iTunes

前述の公式プレイリスト、一見して「フェイクファー」から「フェイクファー(曲のほう)」を引っ張ってくるあたり、マジで「理解」ってる……と唸ったものである。

他方、「仲良し」と向き合え!と言う気持ちもまた、偽らざるものであった。

いつも仲良しでいいよねって言われて

でもどこかブルーになってた あれは恋だった

時はこぼれていくよ ちゃちな夢の世界も

すぐに広がっていくよ 君は色あせぬまま

悪ふざけで飛べたのさ 気のせいだと悟らずにいられたなら

「もう許してくれ」と言いたくなるような幼なじみ特攻ソングである。君の好きな作品の関係性にぶち込んで「もう許してくれ」と言ってみよう。

花鳥風月/俺のすべて

俺のすべて

俺のすべて

  • provided courtesy of iTunes

大ヒット曲ロビンソン、そのカップリングが「俺のすべて」である。

残り物探る それが俺のすべて

ルララ宇宙の風に乗っている陰でこんなことを宣言してしまう、スピッツの機智と稚気にあふれたリリックの妙味とバンドサウンドの楽しさが味わえるナンバーとなっている。きっと当時は「ま、俺はロビンソンよりカップリングの方が好きかな~」みたいな「俺はわかってる」みたいなパーソンが大量にいたと信じたい。

ハヤブサ/さらばユニヴァース

さらばユニヴァース

さらばユニヴァース

  • provided courtesy of iTunes

いわゆる「スピッツ的なもの」からの脱却を目指したであろうアルバム「ハヤブサ」。そのどれもが新鮮な驚きに満ちているが、「さらばユニヴァース」はリアリティある手触りの歌詞と、どういうこと?という歌詞が混在しており、過渡期の具体化のような曲になっており味わいが深い。

君が望むようなデコボコの宇宙へ繋ぐ

からのギターソロの謎の壮大さ、遠大さはまさに宇宙であり、むやみに感動する。

三日月ロック/ミカンズのテーマ

ミカンズのテーマ

ミカンズのテーマ

  • provided courtesy of iTunes

遠大な宇宙の次は四畳半ロックである。「三日月ロック」からは「ミカンズのテーマ」。急に現れたミカンズに読者諸賢も驚かれたかもしれないが、ミカンズの方も自覚的で

はじめましてのご挨拶 余計なことも紹介しよう

から始めてくれるので親切である。親切か?

コミカルなサウンドと裏腹に、

当たり前すぎる人生を 切り張りしてこのざま

好きだと言えたらよかった そんな気持ちでいっぱいだ

結構胸に来ることを歌ってくれる。

ミカンズ 甘くて酸っぱい言葉かます

青春は柑橘類なのである。知らんけど。

色々衣/大宮サンセット

大宮サンセット

大宮サンセット

  • provided courtesy of iTunes

これまた等身大の曲をスペシャルアルバム第二弾、「色々衣」から「大宮サンセット」という形でお届けしたい。

この街で俺以外

君のかわいさを知らない

自信満々の宣言からこの歌は始まる。

今のところ俺以外

君のかわいさを知らない

と思えば、早速「今のところ」と予防線を張り始めた。大丈夫か。

はず……

ダメだった。どんどん弱気になっている。お前は関白宣言のさだまさしかという感じだが、この愛しきひ弱っぽい姿を幻視させてくれるスピッツにこそ、筆者は全幅の信頼を置いてしまうのである。

あの大宮サンセット

妙にでかいね

ぜっっったいデート中に言うことじゃないと思うのだが、この「らしさ」が、いい。

ちなみに筆者は暫くの間、母の車で曲だけを聴いていたので曲中繰り返される「大宮サンセット」を「おお、見やしゃんせ」と聞き取って、どっかの方言で「あら、ごらんなさい」みたいなことを言っているのかなあ……と思っていた。

スーベニア/みそか

みそか

みそか

  • provided courtesy of iTunes

みそか」の名の通りアルバム「スーベニア」のラストを飾る曲だ。全曲「会いに行くよ」もアルバムの終わりを穏やかに予感させる曲なのだが、「みそか」はもう一度最高潮に引き上げてやる! という気概を感じるめちゃくちゃ格好いいバンドサウンドでそのまま眠りにつきそうだったキッズたちは思わずこぶしを突き上げてしまうことだろう。

再び羽海野チカ作品で言うと、現在では短編集「スピカ」に収録されている「イノセンスを待ちながら」という押野監督の映画「イノセンス」公開前の短編にこんなセンテンスがある。

別れ際に人の心を引き裂くのは「再会の約束」です

―― しかも素子はその約束に

「いつか」という言葉をつけました

「いつか」…なんてくるおしい響きでしょう

永遠かと思うくらい果てしなく横たわる

時間の重さ 仄暗さ…

誰しも誰かとしていそうな「いつかの約束」をこのように落とし込み「ぐわー」という気持ちにさせてくれる羽海野先生の描写力に感銘を受けながら、読んだ時に思い出したのはスピッツのこの曲だった。

約束1つを抱きしめて

テレパシー野晒しあきらめず

というフレーズがそんな気分にさせるのかもしれない。

スーベニアのアルバムカラーは「晩冬~初春」だと勝手に思っているが、まさにそのキワを責めるようなエッジの効いた歌詞とメロディが最高の調和を出した曲だと思う。

さざなみCD/点と点

点と点

点と点

  • provided courtesy of iTunes

さざなみCDは初めて自分で買ったスピッツのアルバムで、思い入れもひとしおである。その中でも自分の人生哲学の一つの柱とも言える「桃」を入れてくるあたり返す返すも公式プレイリスト選者に嫉妬と羨望の念を禁じ得ない。

全体的に「お求めのスピッツはこちらです」とでも言うようなキラキラあたたかなスピッツ感が強い、それだけに初めてスピッツを聴く方にも勧めやすい「さざなみCD」の中で、鋭いサウンドから始まる、全編尖った「点と点」はやや異質な存在だ。

昨日の朝飯も思い出せそうだし

一緒に行こうよ

ただ、それだけでは終わらない。息が詰まるような音のせめぎあい、サビの最後でスッと出される「昨日の朝飯」。この絶妙な抜け感がスピッツの真骨頂である。

こういうタイミングでこういうことを言う人間こそ、信頼に値するし一緒についていきたい、と筆者は主張したい次第である。

とげまる/恋する凡人

恋する凡人

恋する凡人

  • provided courtesy of iTunes

シングル「つぐみ」に収録されているLIVEバージョンが最高なのだが残念ながら未配信。しっかりレコーディングされることでこの曲の持つ粗削りな疾走感がやや失われてしまったのは残念だが、それでもこのアルバムで一番好きな曲である。

進化する前に戻って何もかもに感動しよう

そのまなざしに刺さりたい

「そのまなざしに刺さりたい」……数多くあるスピッツ流アイラブユーの中でも筆者ベスト3にランクインする好きなフレーズである。この後に入るギターソロもまた「刺さりたそうすぎる」という感じでよい。

走るんだ土砂降りの中を ロックンロールの微熱の中を

「ロックンロールの微熱」というフレーズも好きで、確か伊坂幸太郎先生も似たような言葉を使っていたような覚えがあり、そういう訳で筆者のかなり上位の褒め言葉のボキャブラリーとして「微熱のロックンロール」というものがラインナップされている。

本人たちも気に入っていたのか、30周年記念写真集のタイトルが「ロックンロールの微熱」だったりもする。

走り続けるこの曲が最後の最後どこへ着地するのか、ぜひご一聴いただきたい。

おるたな/三日月ロックその3

三日月ロック その3

三日月ロック その3

  • provided courtesy of iTunes

スペシャルアルバム第3弾、カップリングに加えてカバー曲まで収録した豪華仕様の「おるたな」からは「三日月ロックその3」である。

ん? と思った読者諸賢は鋭い。さっきありましたね、「三日月ロック」というアルバムが……。そのタイトルトラックになり損ねた曲が「三日月ロックその3」である。1と2は今なお謎に包まれており、2はどうやら暗い曲であるらしい。いつか聴いてみたい。

ストレートなロックチューンに叙情と哀愁、というバンドの熟練を感じさせる曲に仕上がっている。こんなにかっこいいサウンドなのに視点人物は甘えん坊のわがままでしかも自己評価は低いという「ス、スピッツ~~」な仕上がりである。

泣き止んだ邪悪な心で

ただ君を思う

ただ自分の邪悪さに気がつけているだけ昔よりもマシになっている気はする。

小さな生き物/小さな生き物

小さな生き物

小さな生き物

  • provided courtesy of iTunes

いよいよ最後、「小さな生き物」からはタイトルチューン「小さな生き物」をご紹介しよう。社会人になってから初めて出たアルバムで、先行シングルはデジタルで購入した。ちょうど今のパートナーと本格的なお付き合いがはじまったりした時期で、そういう意味でも思い出深い曲である。ちなみに妻はスピッツは全く聴かない。

負けないよぼくは生き物で 守りたい生き物を

抱きしめてぬくもりを分けた 小さな星のすみっこ

そう思える人が自分出来るとは思わなかった。実際、そこからほぼ10年、守られてばかりなのであるが。

実はこの後筆者自身、スピッツを聴くことは激減してしまう。

今、振り返って、たぶん、「大丈夫」になったからなのだな、としみじみ思った。

「silent」でスピッツに興味を持った人に…といいながら、大分偏った選曲になってしまったかもしれないが、機会があればどうぞお聴き願いたい。

open.spotify.com

プレイリストも作ってみました。

 

そんでもってほんでマイナ保険証

読者諸賢はもうご自分のマイナンバーカードを「マイナ保険証」にアップデートされただろうか?

その名の通り自身のマイナンバーカードに保険証機能を持たせることで、期間中に登録するとポイントが付与されるから決行された方もいるのではないかと思う。

なんかそもそもマイナンバーカードってそんなに気軽に持ち歩いていいんだっけ? という気がしないでもないが、まあ処理水をコントロール下にあると豪語していた国だし気にしなくてもいいか……。(急に思想を強くするな)

ともあれ、医療機関というのは毎月10日までに国へ保険診療の内容をまとめて請求し、その内容は審査され、2カ月後に振込まれる、というルーティンがある。コロナで大混乱の2020年3月も10日までという期日は揺らがなかった。確定申告は延期してくれたのにな~。

その請求書(レセプトという)の審査で弾かれることが多く、かつ医療機関ではどうしようもないのが「保険証の喪失」である。

本来、退職・転職または扶養関係の変化によって無効になった保険証は直ちに返還せねばならないが、どういった理由からか本来無効な保険証で診察を受けてしまう人というのは存在する。

市町村などが発行している国民健康保険は保険証に期限が記載されているものもあるが、社会保険の場合は記載されていない。窓口で患者さんに「これが有効な保険証です」と言われたらそれを信じ、その保険証で請求するしかない。

そして間違っていた場合、国から「てめえ嘘ついてんじゃねーよ嘘つきにお金は払いませ~ん」と審査で弾かれ、正しい保険証で請求し直すまで国からお金はもらえないのである。

すぐに請求できればいいが、風邪を引いてふらっとやってきたサラリーマンなどの場合連絡を取るのはなかなか困難であったりし、こうして未請求で眠っているレセプトは各医療機関でそこそこの数に上ることであろう。

これはオンライン請求の整備によって幾らか改善された。請求時の簡易審査で「この保険証は有効じゃありませんよ」というのが分かるようになったのである。

そして2021年のオンライン資格確認制度により、導入した医療機関は患者さんが保険証を提示したタイミングでその保険証が有効かどうか分かるようになった。この段階で無効な保険証の場合は10割負担してもらい後から有効な保険証を提示してもらったら差額を払い戻す……。という医療機関の負担を軽減できる方法が取れるようになったのである。

これはなかなか画期的な制度だと思ったが、実はこれは保険証の記号番号が分かればいいのでマイナ保険証にする意味は全くない。

マイナ保険証のメリットとしては薬剤情報や特定健診の情報が確認できるので、そのために他の医療機関をはしごしたり、紹介状を書いてもらうという手間が省ける、というところだろうか。

このオンライン資格確認制度は当初2021年3月に大々的に始まる予定だったのだが、しれっと本格運用が10月に伸ばされた。流通の混乱で機器の納品が大幅に遅れており、本格運用開始に間に合わないと冷や汗を流していた筆者であったがこのグダグダぶりには大丈夫かこの国、という不安をぬぐえなかったりもした。

翌年、すなわち今年は医療機関が患者さんにお金を請求する際のルール、診療報酬が改定され、オンライン資格確認もその活用が盛り込まれた。

以下、引用。

厚生労働省】診療報酬の加算を算定できます!(4/27更新)
---------------------------------------------

■令和4年度より、オンライン資格確認を「導入」していれば診療報酬で加算を算定できます

---------------------------------------------

オンライン資格確認の導入に関して、厚生労働省からお知らせです。

日頃よりオンライン資格確認の運用及び導入・運用開始に向けて、ご準備いただきありがとうございます。

下記【詳細案内】のとおり、令和4年度より、

〇 初診時にオンライン資格確認システムを通じて患者の薬剤情報又は特定健診情報等を取得した場合は、7点が加算されます。

〇 再診時に患者の薬剤情報又は特定健診情報等を取得し、当該情報を活用して診療等を実施することで、月1回、再診料(外来診療料)に対して4点が加算されます。

 ※ オンライン資格確認を導入しているが情報を取得困難な場合等については、初診に限り初診料に対して3点を加算することができるようになります(令和6年3月 31 日まで)。

オンライン資格確認の導入を検討している医療機関・薬局の皆様におかれましては、機器の調達状況、導入作業者となるシステム業者の対応体制等によっては、ご希望の導入時期に沿えない可能性がございますため、ぜひお早めに機器の調達、また、システム業者へご相談し、導入作業を開始くださいますようお願い申し上げます。

【留意事項】
電子的保健医療情報活用加算については、令和4年診療報酬改定に伴い新設されたところですが、初診時の7点及び再診時の4点(保険薬局の場合は、3点)の加算点数については、オンライン請求を行っており、受診した患者に対して、健康保険法第3条第13項に規定する電子資格確認により、当該患者に係る診療情報等(保険薬局の場合は、薬剤情報等)を取得した上で算定できる加算となります。
別に厚生労働大臣が定める施設基準を満たしていても、当該患者に係る診療情報等を取得(マイナンバーカードにより受診し患者が診療情報等の取得を同意した場合に限る)していなければ算定することはできませんので、レセプトの請求の際にはお間違いのないようにご留意願います。

【厚生労働省】診療報酬の加算を算定できます!(4/27更新) - オンライン資格確認・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト

そう、患者さんはマイナ保険証を提示することで、初診なら20円、再診なら10円、マイナ保険証ではない人より自己負担額が増えるのである!

ば~~~っかじゃね~~~の????

しかしこれは当初、あまり問題にならなかった。それくらいマイナ保険証自体が認知されていなかったんじゃないかなと思う。

しかしあちらこちらで「なんか変だぞ」という指摘が出始め、各医療機関の受付では罪もないスタッフたちが負担増を責められることもあった。

国はあっさり方針を転換した。

2022年8月10日中医協総会資料

今までマイナ保険証を使う初診の患者さんは20円、そうでないときは10円だった負担額がみんな一律基本は10円になり更に+αで情報を活用する場合は負担増、ということになったのである。っていうかお薬手帳は持ってないと負担増になるんだからそっち方向で最初から調整すればよかったんじゃないの……?

そしてこの改正された報酬を満たすためには(満たさないと物価が上がっているのに医療機関の収入は減ってしまうので必死である)問診票の改定などをせねばならず、コロナが盛り返していたところにまたも負荷がかかった。

現場は今まで頑張って「マイナ保険証だとこういうことが便利だからその分高くなってしまうんですよ」と説明してきたので本丸がこんな風に朝令暮改されるといい面の皮であった。

フルカラーA2サイズのマイナ保険証推進ポスターが国からプレゼントされ、こんなものを刷る金を医療従事者給付金に回してほしいと思った。

レスポンスが悪いオンライン資格確認は来年には原則義務化となり、マイナ保険証も再来年にはこちらをメインとするという。

他方で、国は訪問診療の充実も推進しているはずなのだが、お家に訪問してマイナンバーカードという個人情報の塊を取り扱うというのは今から考えても気が滅入るし、そもそもポータブルオンライン資格確認マシーンみたいなやつをこの国は絶対用意してくれていないんだろうな、訪問診療の患者さんのこと考えていないんだろうな、という諦念がある。

今のところ一番いい活用方法はマイナポイントが付与されたらそっと引き出しにしまうことである。あーあ。

この記事は「孤独のカナタガタリ Advent Calendar 2022」5日目の記事でした。

 

 

果たしておれは何度大宰相を読み返すのか

 

人生で一番読み返したマンガはなんだろうか。

もしかしたら、大宰相かもしれない。

群像劇好きにはたまらない。

\もういっちょ/あ~もうめっちゃ悔しいわ

この記事は『もっとハロブロを読まれたい!ハロヲタブログ Advent Calendar 2022』(通称:もハ読)の3日目の記事です。

この記事は「孤独のカナタガタリ Advent Calendar 2022」3日目の記事でもあります。

手段は選ばねえ…! ボール(アドベントカレンダー)を繋ぐためならな…!

kimotokanata.hatenablog.com

ということで本来は上記記事をもうちょっとまともな記事にしようと思ったのに土曜日なのにガッツリ仕事をしてしまってようやっと今(22:37)打鍵できるようになって悔しいわ…と言ったところである。

13年前、筆者がぬくぬくと人生のモラトリアムを過ごしているとき、文壇には後に平成生まれ初の直木賞を受賞する「A」が降臨し、アイドル業界には後に才能のサラダボウル「A」となるグループが誕生していた。

同じ13年間でも過ごし方によってここまで景色が変わってくるのか……という一つのサンプルとしてご一読いただければ幸いである。

また、この13年前…2009年には前回第2回にしてフルスロットル、後続へのハードルをバキバキに上げてくださった午前3時の初回生産限定盤SP氏が指摘した通り、「お先はまっキラだ!」が既に登場しており、(「お先はまっキラだ!」元年かどうかは議論の対象であり、続報が待たれる)そういった意味でも2009年は見逃すことのできない年であったと言えるだろう。氏が上げたハードルは今回の更新によって筆者が下げておくので安心してほしい。みんなでカラオケに行ったときうまい人の後にいったん挟まれるやつみたいなポジションだと思ってほしい。

www.youtube.com

www.youtube.com

いわゆる「在宅」になって悔しい…いや久しい筆者であるが、今回は世に言う「ツアーで曲が育っていく」過程を画面越しに味わうことが出来てとてもありがたかった。筆者は語彙力の少なさからアイドル諸賢を見るとすぐ天使だとか神だとか言ってしまうのだけれど、間違いなく人間である彼女たちが錬磨を重ね、そのうえで洗練され、あるいは「遊び」が生まれていく、その道のりこそを人は尊いと感じ、彼女たちはきっと後から振り返って青春と呼ぶのだろう。

永遠に未完成であり永遠に最高点を更新し続けるアイドルグループであり続けて欲しい。

 

アナログ・アドベントカレンダー3年目

この記事は「孤独のカナタガタリ Advent Calendar 2022」2日目の記事です。

只今時刻は23:27。いつかは来るだろうと思ったけど2日目からこんなRealFace(平成の慣用句でギリギリの意)になることある?

そんなことを言っている場合ではないので書いていこう。

思えば昨日、アドベントカレンダーについてつらつら書いていこうとするとき、本来的なアドベントカレンダー、日ごとに開封して……というものにも話題を展開しようとしていたが、筆者の中のハンチョウが「フフ......へただなあ、木本くん。へたっぴさ........! 継続できるブログの書き方がへた....」と煽ってくるので昨日と今日に分割して書くことにしたのだった。たまにはハンチョウも人の役に立つのである。

人にプレゼントをあげるときには大きく2つ、すなわち想定通りかそうでないか、となるわけで、基本的に妻に何かプレゼントするときは「今欲しがっているものをプレゼントする」ということが多いのだが、ここ最近は「それはそれとして」何かサプライズめいたプレゼントもしたい、と思うようにもなってきていた。小さな幸せが毎日コツコツ妻の前に広がってくれていたらいいなと考えるようになった。

そういう意味でクリスマスのアドベントカレンダーはうってつけであった。

初めて買ってみたのは2年前。何か実用的なもの、ただ、コスメは本人の嗜好が色濃く合わないものをプレゼントしてもかえって迷惑であろう、アクセサリーも同様だ……。と考え、以前ハンドクリームを使っていたことを思い出してL'OCCITANEのアドベントカレンダーをプレゼントし、おおむね好評であった。

去年はウェッジウッドティーカレンダーであった。これは候補をいくつか挙げて、妻に選んでもらった。最終日のホリデーチョコトリュフの芳醇な香りは今も思い出せる。

そして今年はこちらを購入した。

妻はハリー・ポッターを敬愛していて、映画BDコンプリートセットも所持している。娘の手の届かぬ書斎にて、娘を寝かしつけた後に2人で少しずつ開けていく……。師走の新たな楽しみがここに生まれた。

(以下、このアドベントカレンダー序盤のネタバレがありますのでご注意ください)

初日。「賢者の石」から順番に映画の名場面のシーンを表すものが出てくるのだという。となればパッケージにもある印象深いホグワーツへ向かうあの列車か、もしかしたら初日だからハリーのミニフィグかもしれない……。幸い喜んでくれた妻は初日の封を開ける。

出てきたのはこの…この…何?

妻の方を見ても疑問符が浮かんでいる。とりあえず、組み立ててみる。扉の裏の組立図とパッケージの写真から推測して組み立てていくが、どうもパーツが余るような気がしてならない。

出来た。似たような色で統一されており地味に難易度が高い。一応筆者も「賢者の石」は見たのだがパッと浮かんでこない。妻は「多分…魔法薬のなんか……だと思う」と、ハリー・ポッター好きの矜持が揺らいでいるようであった。こんなはずでは……筆者はただアドベントカレンダーを肴に妻のハリー・ポッターの思い出話を聞きたかっただけだったのに……。

そして本日、2日目を開封した。

これはなんか…この段階でもなんか分かるぞ! クィディッチに出てくるやつ!

友達の家でやったクィディッチのゲームでアホほど酔ったなあ……懐かしい……。

コンパクトに再現されてかわいらしい。カラーもメリハリがついているし、どう考えてもこっちが初日が良かったのでは……そんなことはどうでもよくなるほど妻が翌日も楽しみだなあ、という方向に気持ちを切り替えてくれたのでひとまず良しとしよう。